素敵な言葉をもらって、照れくさくとも胸は温かさで満たされた。
「なんか、嬉しいね」
「照れくさいけどな」
そんな会話をしつつ廊下で少しの間待機。
下級生や保護者が体育館に入り終わると、私たちは体育館へと移動を開始した。
体育館の前にクラス順に並ぶとそこで要くんと日菜子が交代する。
「日菜子、ありがとう。日菜子と仲良くなれて、一緒に二年過ごせてとっても楽しかった。私が生活に慣れるまで出掛けたりするのは少し難しいけど、卒業しても会えるかな?」
私の問いに、日菜子は少し鼻をすする音を立てたあとに言った。
「卒業式前から泣かせる気か! 会えるに決まっているでしょ! 私たち友達なんだから!」
そういうなり、ギューって抱きついてきた日菜子。
「うん、日菜子! 大好き」
そんな私たちをクラスメイトももらい泣きしつつ見守ってくれていた。
卒業式が、つつがなく進行し卒業生退場になると綺麗にはけたあとで、卒業生は再び体育館に戻る。
毎年この後体育館のステージで学年が集まって記念撮影会になる。
「有紗、行こう!」
日菜子に手を引かれて歩き出すとそのスピードは早く、走っていた。
すると、要くんと蒼くんが急いで追いかけてきたみたい。
「日菜子! お前、有紗を引いて走るなよ!」
その要くんの声に、ピタッと足を止めた日菜子。
「うっかりした! ごめん、有紗」
要くんに突っ込まれて、日菜子はちょっとしょげた声を出した。
「ふふ、日菜子。大丈夫だったから気にしないで。むしろ久しぶりに走ってちょっと楽しかった」
そんな私の答えに要くんや蒼くん、引っ張っていた日菜子は驚いたのか、え?! て声を上げる。
「ほら、体育も免除されてから運動してなかったから。走るってこんな感じだったなって思って。ほら記念撮影でしょ? 移動しようよ」
私の言葉に納得しつつ、日菜子も蒼くんも要くんも少し考える顔をしつつもみんなで歩き出した。
学年が集まれば二百人ちょっとになるので大人数だ。
私達は端の方に寄って写ることにした。
集合写真は後日学校側で撮ってくれたのは郵送されてくるらしい。
他にもみんなスマホやデジカメで撮っていたし、保護者も撮ってくれているらしかった。
撮影が終わると各教室に戻る。
卒業式ではまとめてクラス代表が受け取った卒業証書を教室で担任から一人ひとり受け取る。
私の時は先生が私の席に来て渡してくれた。
「汐月有紗、卒業おめでとう。汐月は今後どうする予定なんだ?」
先生は就職の子には頑張れよ!
進学の子にはちゃんとこの先も勉強しろよ! 等と声をかけていた。
私の答えにクラスのみんなが聞く姿勢なのか静かになる。
「四月から一ヶ月、中途失明者や弱視になった人のための生活訓練施設に入って白杖を使っての歩行訓練や生活に必要なことの訓練を受けてきます」
私の答えに、少なからず成績を知っているみんなは驚いていた。
進学するものだと思っていたのだろう。
「それが済んだら、そのあとは?」
その問いには、私は少し照れつつも答えた。
「来年、一年の浪人なりますが音大を受験します。声楽科に入るのが希望です」
そう、私は歌うのが好きだ。
難しいこともあるかもしれないけれど、好きな音楽を学ぶ、声楽家の道にみんなより遅くなるけど進みたいと思っている。
「そうか! 汐月、進学の際なにかあればいつでも相談に乗るから、連絡してこい」
「ありがとうございます」
私たちの会話が済むと、先生はまた卒業証書を手渡していく。
そして、先生がクラス全員に配り終わると話し始めた。
「このクラスはみんな真面目で、優秀だったな。俺はこの一年見守るくらいだった。みんなそれぞれ、この先自分の道を進んでいくだろう」
先生はひとつ息をつくと、続けた。
「この先はこの三年間より困難や苦悩することも多くあるだろう。でもここで出会った仲間や友達とは、なんだかんだ長く付き合えるだろう。互いに支えあって歩いていって欲しい」
「みんな卒業、おめでとう! みんなの未来が輝かしくあるよう願っているよ」
先生の言葉はなによりの送辞となったと思う。
クラスのみんなで、連絡先を交換したりして一人ひとりここを旅立つ。
「汐月さん! 私、汐月さんの歌声大好きだよ! 夢、叶えて欲しい! 私も頑張るね」
そんな声をかけてくれたクラスメイトたちに手を振り、私と要くんはゆっくりと歩いて行った。
「そういえば、要くんの夢って聞いてないな。要くんの夢は?」
私が聞くと、要くんは足を止めて答えてくれた。
「俺、理系に進むだろ? そこで教員課程もとって先生になるのが夢なんだ。中学の時の理科の先生が面白い人で、憧れて。中学校の理科の先生が夢というか、目標」
その答えを聞いて、私は自然と笑みを浮かべつつ言った。
「松島先生か。要くん面倒見がいいし、向いていると思う!」
私の言葉に要くんは照れたらしい、額をコツンと合わせてきた。
「俺だって初めて聞いたよ。有紗の進路希望。音大の声楽科を目指しているって」
なんだかすごく、クラスで先に話しちゃったのを悔しがっている感じだ。
「あのね、病気になる前から私は歌うのが好きな子だったの。病気なってからもそれは変わらなくて、ずっと音楽教室にも通っていたの。だから私、今年遅れて受験生になるね」
私の言葉に、要くんは言った。
「それ、小さいころからの夢だろ? 有紗は歌手が夢?」
「うん、いつかホールで歌うのが夢」
「応援するよ、放課後の歌姫!」
最後に茶化す言葉を入れてきた要くんだけれど、その声は温かくて私に力をくれた。
「うん、頑張る! 私も先生を目指す要くんを応援するよ!」
私達は微笑みあって、再び歩き出した。
それぞれの夢と未来に向かって。
高校の卒業から一年が過ぎた。
もうすぐ、春を迎える三月。
自宅で、私と遊びに来た要くん。
両親に、お姉ちゃんと宏樹くん。
全員が固唾飲んで、パソコンをチェックしているお姉ちゃんの言葉を待っている。
「出た! あった! 有紗、おめでとう、合格だよ!!」
そう、今日は私が受験した音大の合格発表の日だった。
視覚障害で弱視の私は、受験に際して特別措置を受けつつ試験を受けた。
そんな試験の結果、私は四月から無事に大学に通える事になった。
「おめでとう、有紗!」
「おめでとう」
家族から口々にお祝いをもらい、そのままお祝いとしてお父さんや宏樹くんは飲みだした。
あれ? お祝いにカッコつけて飲みたいだけじゃない ?
そんなお父さん達をクスクス笑いながら、合格通知を受けたことでみんな楽しくその日を過した。
この一年で、私もすっかり白杖を使って歩くことが上手くなりひとりで外出することも増えた。
時間が少しかかるけれど、料理もできるしお裁縫はまだ難しいけれど編み物はかなり上手く編めるようになった。
見えなくなって手先の感覚がよくわかるようになって、編み物はそれなりの物を編めることが分かった。
そうした生活の中で受験のため音楽教室にも自力で通い、無事に大学入試を突破することが出来た。
合格発表の翌日。
私は久しぶりに日菜子と蒼くんに会うことになった。
待ち合わせは高校の学校の最寄り駅。
その前は夏にみんなで遊んだけれど、大学一年生のみんなは単位を取るために平日は結構忙しい。
年末は私が受験のために忙しく、久しぶりの再会である。
駅のコンコースのベンチで待っていると、先に来たのは要くんだ。
「有紗! 待ったか?」
焦った声と走る足音に、私はクスクス笑って答える。
「ちょっと前に着いた所だから待ってないよ」
「有紗は可愛いから、ひとりで待たせるのが心配なんだよ」
また、要くんはキュンとさせることを意識せずに言うんだから困った彼氏だ。
私たちがそんなやり取りをとしていると、改札口から声がしてきた。
「あ! ほら! 蒼が遅いから要と有紗もう着いているよ!」
「わ! ホントだ」
そんな声とともにふたりの足音が私たちの前で止まる。
「ごめんね、有紗待った?」
「大丈夫だよ」
「あ、有紗! 合格発表どうだったの?」
私の受験と合格発表の日を知っている日菜子は、思い出して聞いてきた。
「昨日が発表だったの。合格したよ! 四月から一年遅れたけど大学生だよ」
私の言葉に日菜子と蒼くんは口々におめでとうと言ってくれた。
「それじゃあ、今日のランチは私たちがお祝いに奢るわ!」
少し前まで、よく来ていたファミレスに久しぶりに四人で入る。