「お待たせしてごめんなさいね」

 そういって、お母さんはカルピスを作ってくれた。その白い液体を見て、喉が渇いていることを思い出した。ゴクリ、と一口飲み込むと、いがらい甘さが喉を滑り落ちていく。

「遠藤さんは、真一がバスケをやめるの、引き留めに来てくれたの?」

 お母さんはさっきよりは私を子供として扱った。それでも、自分の親とか担任とかよりはずっと、私の意見を聞いてくれようとしている。シンの気持ちを無視して一方的にバスケをやめさせたわけではないと、私はその時悟った。

「シンとは、約束をしたんです。私が1ON1でシンを負かすまで、練習に付きあって貰うって」

「そう……」
 お母さんは困ったように眉を寄せた。

「それは、ごめんなさいね。シンに約束を破らせてしまったわね」

 シンは私の隣で俯いていた。

「どうして、シンはバスケをやめないといけないんですか?」

 私はお母さんにきつい口調で詰め寄った。お母さんは首を横に傾けて、難しい顔をした。頭ごなしに突っぱねる事も、適当にあしらう事もせず、私が納得できるよう説明しようとしてくれていることが分かった。

「真一は病気なの。だから、出来るだけ運動を控えさせたいの」

 だから尚更、言いにくそうに伝えられたお母さんの言葉に恐怖心を抱いた。

 シンが病気?もしかして死んでしまうの?

 咄嗟にシンを振り返ると、シンはやっぱり俯いていた。

シンの顔にガラス戸から差し込む光が濃い影を作っていた。影に隠れて顔がよく見えない。そのせいで異様に顔色が悪く見えた。

顔を覆っていた布の下を興味本位で覗いて、おじいちゃんの顔の白さに驚いた時のことを思い出してしまった。

「死んじゃうの……」

 黙っているのが怖くて、お母さんに聞いた。お母さんは一瞬凄く驚いた顔をしてから、眉を寄せて微笑み首を横に振った。

「命に関わる病気ではないの。でも、上手に付き合っていくためには、運動はしない方が良いの。バスケをやめるのも、真一と二人で話し合って決めたことなの。真一も、納得してくれたのよね?」

 シンは、お母さんの目を見つめて頷いた。そして、苦しそうな顔を私の方に向けた。

「納得して、決めたこと。本当は続けたいけど、仕方がないんだ。ごめんね、那帆」

 頷くしか、なかった。シンの病気がなんなのかは分からないけど、運動は病気によくない。それなら、続けて欲しいとは言えないじゃないか。

 悲しくなって俯いた。カルピスの氷は小さくなって、乳白色の液体の上に透明の層が出来ていた。

 不意にお母さんが私の髪に触れた。

「遠藤さん。私に髪を切らせてくれない?」

 私は突然の申し込みに唖然とした。