夏休みが終わり、バスケットの練習は今まで通り月・水・金の放課後になった。
 でも、シンはぱったりと姿を見せなくなった。

 同じ学校の子に「シンはどうしてこないの?」と聞いた。その子はいつもシンにちょっかい掛けていたいがぐり頭の男の子。丸山って名前の子だ。自分はシンと仲がいいと思ってるみたいだけど、シンはなんとなくその子のことを避けていた。

「あいつ、やめたよ」
 そいつは、信じられないことを言った。

「お母さんに、やめるように言われたんだって」

***

 次の日の夕方、学校の門の前でシンを待ち伏せした。学校はお腹が痛いと言って休んだ。うちは共稼ぎだったから、割とあっさり「だったら寝てなさい」と言って貰えた。

 シンは一人で門から出てきた。ジーンズに長袖のTシャツを着ているシンは、いつもよりも大人びてみえた。黒いランドセルが不釣り合いだ。私が声を掛けると、ぎょっとした顔で後退りした。

「何でバスケやめたの?」

 詰め寄るように問いかけると、シンはさっと表情を曇らせた。

「那帆には関係ないよ」

 関係ない。その言葉にカチンときた私は反射的に握りこぶしを作ったけれど、シンに向けることはなかった。腹が立ったけど、シンを傷つけるような事は出来る筈がなかった。だからこそ、悲しかった。

『関係ない』

 その言葉が。

 正門の前で俯くシンと、睨み付ける他校の児童。通り過ぎる子達が好奇の視線を向けるので、私はシンの手首を掴んで走った。行き先は、決まっている。いつもの公園だ。

 金色に色付いた稲が延々と続く道をシンの手首を掴んで走る。シンは本気を出せば私の事なんて軽々追い越せるし、腕を振りほどくことだって簡単にできるはずだった。それなのに伴走するみたいに私の速度に合わせて付いてきた。私たちの行く先々で、しげみからトンボが慌てたように飛び立っていく。

 ゴールの下にたどり着くと、私は膝に両手をついて荒い息を整えた。シンは、殆ど息を乱していなかった。それでも、私に合わせるように身体を小さく丸めた。

「……ごめんね」

 シンは小さな声で言った。シンの声の混じる風が私の髪を揺らす。

「何に対して」

 身体を折り曲げたまま、つっけんどんに言葉を返す。

「勝手に、やめて」
「それだけ?」

 シンの影が、首を横に振った。

「約束、破ったことも」

 涙が出そうになった。口をぎゅっと結んで堪える。約束破られたくらいで泣くもんか。でも、泣きたくなったのは悲しかったからだけじゃなかった。

 シンが約束を覚えていてくれた。それが嬉しかった。

 堪えきれなかった小さな雫を、汗を拭く振りをして拭ってから、顔を上げる。わざとすごく怒った顔をした。

「何で、やめたの?」
 改めて問いかけると、シンは斜め下を向いた。

「……お母さんが、やめた方がいいって言ったから」
「なによそれ。あんた親のいいなりなの?恥ずかしくない?」

 シンは唇を噛んだ。ぎゅっと赤い唇が結ばれる。凄く苦しそうな顔に、私ははっと息を飲んだ。

 シンが苦しくて、悲しそうな顔をしている理由。それは、お母さんが無理矢理バスケをやめさせたからだ。シンはお母さんに逆らえないんだ。

 そう思った私はまた、シンの手首を掴んで走り出した。