彼は真一という名前だった。あんな凄い動きが出来るのに、黙って立っていたらか弱さを感じるくらい線が細くて中性的だった。「オカマっぽい」という子もいて、からかわれることも結構あったみたいだ。何をされても彼は無反応で、いじけもしないけど誰にも心を開いていなかった。

「あんた、バスケ上手いね。教えてよ」
 私は遠慮なく話しかけ、彼を「シン」と呼んだ。

 小学校近くの公園にバスケットのゴールがあって、練習終わりにシンを付き合わせた。最初は迷惑そうだったけど、だんだんそれが当たり前になった。お陰で、ドリブルすらまともに出来なかった私がすぐにボールの扱いはそれなりに上手くなった。

 程なく、夏休みになった。
「毎朝九時集合ね」
 命令のような提案に、シンは苦笑いで答えた。

 公園は白樺に囲まれていて、夏ゼミの声がシャンシャンと雨のように降っていた。夏の一時にしか浴びることが出来ない強い日差しに汗をかき、私たちは毎日飽きもせず1ON1をやっていた。

 ボールは、シンの手の平にくっついているのかと思う。ボールがシンに懐いていて離れたくないのかと思う。

 それくらい、シンはボールを上手にコントロールしていた。だから、悔しいくらいに一度だってシンからボールを奪うことが出来なかった。

「くやっしいなぁ!一回くらい勝ちたいなぁ!」

 汗を拭ってペットボトルの水をがぶ飲みしながらそう言うと、シンは声を上げて笑った。シンの笑い声は水琴鈴の音のように軽やかで、耳の奥がこそばゆくなる。

「那帆はすぐに上達するよ」

 風が吹いて、シンの前髪がさらさら揺れて、伏せた睫さえ揺れている気がした。

「……なんでわかるの。予言者か」

 顔がカッと熱くなって、下を向いて憎まれ口を叩いた。シンがこっちを見たのは分かっていたけど、私はシンの影を見ていた。

「負けず嫌いだから」
 そういってまた、鈴のように笑う。耳の奥まで熱くなる。でも、ずっと笑っていて欲しかった。

「いつか、シンに勝てるかな」
「どうかな、それは」
「勝ってみせる。それまで練習に付き合ってね」

 シンは答えなかった。答える代わりに、長い足を前に放り出して溜息をついた。影を見ていた視界に、砂で汚れた豹が飛び込んできた。黒いシューズに描かれた白い豹は、走っているときのシンみたいだと思った。

「約束してよ。私負けず嫌いなんだから」

 白い豹を見つめながら言うと、シンは少しだけ笑って「うん」と言った。