ヴァン・ゴッホ作「アーモンドブロッサム」柄の青いランチョンマットの上に白い大きな角皿が乗っている。皿には三つの仕切りが付いている。手前の主菜ゾーンに鮭のムニエル。小麦粉の代わりにおからパウダーをまぶし、ハーブ風味のオリーブオイルで焼いた女子力アップバージョン。奥の副菜エリアには、ミニトマトと紫キャベツのマリネ、ひじきと大豆のサラダ。 皿の横には人参のポタージュスープに五穀米。

この二セットが向かい合ってダイニングテーブルに並んでいる。

 これらは帰宅して十五分ほどでテーブルに並んだ。休日にまとめて作り置きをしているから、仕事を終えて帰ってきても労せず華やかな食卓が出来上がるのだ。

 全部、まりあのお陰だけどね。

 私はまりあが食事の準備をしている間、空きっ腹にビールを流し込む。何てったって明日は定休日。定休日前夜、女は黙ってビールと決まっている。

「もう、またおつまみ食べずにお酒飲んでる!腸に負担が掛かるわよ。腸の健康は美容の要なんだから!」

 まりあがプクリと頬を膨らませる。

「大丈夫!私の腸、超強いんだから!」

 つまらない親父ギャグをお見舞いして、トマトのマリネを口に放り込む。バルサミコ酢を使っているじゃん、流石。

 まりあは肩をすくめて、テーブルの片隅にいくつかの小瓶とコットンを置いた。リムーバーをコットンに含ませて、瞼の上に置く。

 私に合わせて料理を先に作ってくれるけど、自分はメイクを落としてからじゃないとご飯を食べない。しばらく置いたコットンを離すと、マスカラがコットンに乗り移っていた。

「那帆もちゃんとメイクを落としなさい」

 今度はコットンを唇に貼り付けながらまりあが言う。空きっ腹ビールで良い気分になったから、メイクを落とすのもお風呂に入るのも面倒だ。

「メイクはね、したとき以上に時間を掛けて落とさないと肌に負担を掛けるのよ」

 コットンのせいでまりあの言葉は不明瞭だ。ややあって、唇の艶やかなカメルンピンクはコットンに綺麗に吸い取られていった。まりあはいつもこうやって、パーツ毎に丁寧にメイクを拭き取ってから顔全体のメイク落としをする。

「どうせ一皮剥けば皆骸骨よ」

 私は残り少ないビールをあおり、メイク落としシートで顔をこすった。途端にまりあの怒声が響く。

「那帆!なにやってんの!顔はこすっちゃ駄目って言ってるでしょ!しわになるわよ!」
「だーって、面倒臭いんだもん」

 女子力格差はもう嫌という程分かっている。自分のレベルを私に押しつけないでほしい。私は立ち上がって、冷蔵庫に二本目のビールを取りに行った。

 まりあと私は高校入学と同時に一緒に暮らし始め、共に美容師になるという夢を追いかけてきた。でも、まりあと私では熱量が違い、二人の格差は開いていくばかり。

 私は時々、分からなくなる。

 美容師に本当になりたかったのかな。でもそこを疑ったら、今の生活全てを疑うことになりそうで、目を背けている。