打ちっぱなしのコンクリートにモノトーンのインテリア。絡みつくように伸びたポトス。
美容室兼エステティックサロンla bellezaは今日も満員御礼。私はマダムの髪にロッドを巻き付ける。隣から、キャッキャウフフと男性K-POPアイドルについて客と盛り上がっているのは店長の矢木。一見顎髭がダンディーなイケメンだけど、恋愛対象は男だと憚ることなく豪語する人。
K-POPアイドルは好きだけど、実在する色白の王子様系男子には絶対に心惹かれないと固く誓っている。
ロッドを巻き終えて、待ち時間にカットの客をやっつけるべくカウンターに戻ろうとした時だった。店の奥にあるドアが開いた。
グレーの扉は、魔法の国への入り口のように、秘密めいた佇まい。その扉が開くとき、彼女は現われる。
先端まで手入れが行き届いた黒髪は、美しい横顔を飾る装飾品のようだ。Dカップの胸にきゅっとくびれた腰、すらりと細い足。一緒に歩いていて、ナンパかスカウトに出会わない日の方が珍しい。
彼女は低く腰をかがめて右手をひらりと水平に翳した。誘われるように出てきた中年女性の頬に艶玉が光る。中に入ったときよりも確実に五歳は若返っている。それは、彼女の魔法によるもの。彼女の指先に触れると、全ての人が美しくなる。
彼女は超一流の腕を持つエステティシャン兼美容師。
名を、まりあと言う。
順番待ちをしていた若い男性客が、ぽかんと口を開けてまりあを見つめている。
「ご案内しますねー」
私の声など聞こえちゃあいない。まあ、無理もないだろう。まりあを初めて見た男性は、大抵こうなる。
「彼女は……?」
そして大抵こう聞いてくる。
「うちの美容師兼エステティシャンです」
もれなくそう答えることにしている。
「エステティシャン……」
そして男は妄想する。自分がエステを申し込めば、この美女を至近距離で独り占めできる。もしかしたら、あんなことやこんなことも……。などとあり得ないところまで妄想は暴走する。
ふっ。
嘲りを隠さず、笑みを向ける。
「うちのエステは女性専用なんですけどね」
「えー」
男性客はこの世の終わりのような顔をする。
「美容師さんでもあるんですよね。彼女に指名を代えることは出来ますか?」
担当美容師の目の前でそれ言うか?まぁ、どうせ私は万年スキニージーンズに黒のシャツ、無造作に髪をお団子にしたしゃれっ気ない美容師ですけど。でもさ、余りにも無作法じゃん。呆れて肩をすくめるが、これもいつものやり取り。
「彼女の指名料金、高いですよ」
「いいですよ!この際金に糸目は付けませんっ!」
「八ヶ月待ちになりますけど。今日はどうされますか?」
「八ヶ月!?」
「はい。因みに、彼女の予約枠は火・木の十時から二時までとなっております」
顔中に「おーまいがっ!」という文字を貼り付けて、男はがっくりと項垂れる。
因みに、まりあの予約枠がそんな強気設定なのは、下心丸出しの男にまりあの予約枠を独占させないためなのだ。まりあ目当てでエステに通うマダム達だって、まりあに髪を切ってもらいたい。
そんなやり取りが繰り広げられていることを知らないまりあは、美しい笑顔を男性客に向けるのだ。
「いらっしゃいませ」
ほんのりとローズの香りを残して、まりあはグレーの扉の向こうへと消えていく。
――こういう光景が、la bellezaでは毎日のように繰り広げられている。
美容室兼エステティックサロンla bellezaは今日も満員御礼。私はマダムの髪にロッドを巻き付ける。隣から、キャッキャウフフと男性K-POPアイドルについて客と盛り上がっているのは店長の矢木。一見顎髭がダンディーなイケメンだけど、恋愛対象は男だと憚ることなく豪語する人。
K-POPアイドルは好きだけど、実在する色白の王子様系男子には絶対に心惹かれないと固く誓っている。
ロッドを巻き終えて、待ち時間にカットの客をやっつけるべくカウンターに戻ろうとした時だった。店の奥にあるドアが開いた。
グレーの扉は、魔法の国への入り口のように、秘密めいた佇まい。その扉が開くとき、彼女は現われる。
先端まで手入れが行き届いた黒髪は、美しい横顔を飾る装飾品のようだ。Dカップの胸にきゅっとくびれた腰、すらりと細い足。一緒に歩いていて、ナンパかスカウトに出会わない日の方が珍しい。
彼女は低く腰をかがめて右手をひらりと水平に翳した。誘われるように出てきた中年女性の頬に艶玉が光る。中に入ったときよりも確実に五歳は若返っている。それは、彼女の魔法によるもの。彼女の指先に触れると、全ての人が美しくなる。
彼女は超一流の腕を持つエステティシャン兼美容師。
名を、まりあと言う。
順番待ちをしていた若い男性客が、ぽかんと口を開けてまりあを見つめている。
「ご案内しますねー」
私の声など聞こえちゃあいない。まあ、無理もないだろう。まりあを初めて見た男性は、大抵こうなる。
「彼女は……?」
そして大抵こう聞いてくる。
「うちの美容師兼エステティシャンです」
もれなくそう答えることにしている。
「エステティシャン……」
そして男は妄想する。自分がエステを申し込めば、この美女を至近距離で独り占めできる。もしかしたら、あんなことやこんなことも……。などとあり得ないところまで妄想は暴走する。
ふっ。
嘲りを隠さず、笑みを向ける。
「うちのエステは女性専用なんですけどね」
「えー」
男性客はこの世の終わりのような顔をする。
「美容師さんでもあるんですよね。彼女に指名を代えることは出来ますか?」
担当美容師の目の前でそれ言うか?まぁ、どうせ私は万年スキニージーンズに黒のシャツ、無造作に髪をお団子にしたしゃれっ気ない美容師ですけど。でもさ、余りにも無作法じゃん。呆れて肩をすくめるが、これもいつものやり取り。
「彼女の指名料金、高いですよ」
「いいですよ!この際金に糸目は付けませんっ!」
「八ヶ月待ちになりますけど。今日はどうされますか?」
「八ヶ月!?」
「はい。因みに、彼女の予約枠は火・木の十時から二時までとなっております」
顔中に「おーまいがっ!」という文字を貼り付けて、男はがっくりと項垂れる。
因みに、まりあの予約枠がそんな強気設定なのは、下心丸出しの男にまりあの予約枠を独占させないためなのだ。まりあ目当てでエステに通うマダム達だって、まりあに髪を切ってもらいたい。
そんなやり取りが繰り広げられていることを知らないまりあは、美しい笑顔を男性客に向けるのだ。
「いらっしゃいませ」
ほんのりとローズの香りを残して、まりあはグレーの扉の向こうへと消えていく。
――こういう光景が、la bellezaでは毎日のように繰り広げられている。