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「疲れる試合だった……」
「間違いなく私たちのベストマッチだ」

「すごい後輩たちをもつと大変なものだ、まったく……」
「ねぇ……私たちは後輩たちに謙虚にやれてたかな?」

 試合後、唯一は静かに零華に問う。


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 スポーツの勝敗は『争い』での優劣ではなく『競う』勝ち負けである。勝った者が負けた側から搾取するものはない。ただ負けた者が一方的に勝者への敬意と羨望を送り、その高みに着く決意を固くする。そしてそれができない者からコートから去っていく。

 バレーはバドより……バレーはテニスと違って……卓球と比べたのなら……御託を並べてみたりしたけれども、『あと1ミリ』『あと半歩』『紙一重』その差が奇跡を起こし、明と暗を分けてきたのは史上の事実である。所詮一髪の差でしかないのなら、たかが1/1000秒の間だというのなら、思っていたより奇跡は身近にあるし、勝敗を隔てる上手い下手なんて僅差でしかあり得ない。
 だからスポーツは下手から始めるのが丁度良い。

 勉強より、恋愛より、人生より、お姉ちゃんより、環希先輩より、五和先輩より……人は比べてしまう……『対象となる何か』を以ってして現在位置を知る。だから見失わずに進むことができるのかもしれない。『差別』や『区別』ではない『比較』は決して悪いことばかりではない。
 ならば私は比較する側ではなく、比較される側になろう……基準となり得る人になろう。



 Set up……準備する……私たちはまだ準備中だ。進路も恋もバレーボールもまだ。


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三咲の妹(菜々巳)は頭良いから進学か?」
「さあ?!」

 お姉ちゃんも大学に行ってからは性格が丸くなった。最近では私がお姉ちゃんの洋服を借りたりするほどだ。

久蜜(うち)はセッター弱いから、欲しがってたぞ」
十色(あんた)が、でしょ?」
三咲(そっち)こそずっと期待してたくせに……ごめん、もう叶わないんだもんな……」
「もう済んだことさ……」

「人生って難しいな、環希だって……三咲だって……」
「何が起こるか分からないのはバレーだって一緒だろ?」

「アスリートは比較級、最上級の世界だけど? あの子、大丈夫かな?」
「菜々巳のファーストキャリアとも言える学生バレーボールが人生のピークなわけない。私の妹はきっと日本代表のセッターになる。だから菜々巳はいずれにせよVリーガーになる日が来る」

「ケガ……良くなると良いな」
「そんなこと言うな、また、バレーがしたくなる……」


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『バレーボールのない人生』の選択をした三咲がそう言っていたと聞いたのは、私たちが春高で全国優勝を決めた後のことだ。



 私がVリーグの選手になれたとしたらきっと、Vリーガーの中で下手の底辺からの出発となることだろう……でもそれが当たり前なんだ、またそこからset upしていけばいい。
バレボールは難しいのだから。




             2024.3      終