6月……インターハイ県予選が始まっている。県内12ブロックに分かれ、2日間、各会場で行われた予選、そしてブロック決勝を突破したのならベスト4、そして翌週に準決勝、決勝戦が行われる。

 私たち柏大手高校は順当に勝ち残っている。そして十色先輩、三咲お姉ちゃんが居なくなった平常安寧学園高等学校もベスト4に進出していた。
 姉たちが居なくなったとしても県内最大の壁であるのには変わりない、これを破らなければ、零華先輩の居る全国大会へは進めないのだから。



 準決勝、平安学園×市立船前高校。柏手高校×若草総合高校。ここで初めて顔を合わす4校。3年生を残し且つ春高全国大会に出場していた平安学園は、新人戦はベストメンバーではなかった。そして新1年生の入部もあって情報だけでは感じ取れなかったプレッシャーを放っている。


「先輩方が東洋アローズの大先輩……川瀬唯一先輩の居る柏大手高校……開三咲先輩の妹の菜々巳先輩……そして高坂八千先輩に皆藤睦美先輩……はじめまして」

 感じていた……プレッシャーの発信源……それがこの平安学園背番号9の存在感……。私はスマイルスルーで平常心を装う。

「はじめまして、私はアローズの9本目の矢……1年、南野萬里(みなみのまり)平安の正セッターやってます、よろしくお願いします」

 東洋アローズ9本目の矢(・・・・・)? 私たちにはその意味が分かりかねていた。しかしその意味は試合が始まってすぐに知らしめられた。平安学園がブロック予選でひた隠してきた切り札、南野萬里のセットアップ……それは環希先輩を彷彿させる完璧なフォームと華のあるトスワーク。
 3位決定戦を挟んで行われる決勝戦、柏手高校vs平安学園。



 S5ローテでスタートした柏手は、四葉・唯一・睦美が前衛の最大火力の攻撃布陣。
 試合開始の平安サーブを安定のレセプションしたのは八千。ブロック決勝とこの決勝戦以外は風和莉が担ってきたリベロ。それがこの試合への八千のモチベーションを最大限に引き上げている。

「乱れた!」

 トスの選択肢を削るように、平安学園側の声がセッター(わたし)へとぶつけられる。相手側がそう思うのも無理もない。八千のサーブカットは高く上がっていない。
Aゾーンへ返ってはいるが、普通のセットアップならボールの下へ入り込むための高さが足りない。しかし……。

 ビシッーッッ!! 迷いのないAクイックが平安学園コートに突き刺さる。

「唯一パイセン、ナイスキー」

 驚く平安学園を嘲笑うが如く、当然のように振舞うことで敵の動揺を誘う。 低く速いレセプションからの攻撃という『ワンフレームバレー』を目指した東京五輪日本代表女子。五輪での結果は実らなかったが、それが=ダメな戦略ではない。私たちが特訓してきたバレー。
『クイック』然り、『マッハ』『ジェット』然り……2から3のアクションをいかに早くするかが、バレーの課題であった。それはスパイカー(最後に打つ人)をできるだけ隠したい、という戦術。しかし1から2を速めることで、トータルの工程を早く処理することは相手の対応への強制力を突き付ける。

 しかし同じことが自陣にも言える。速いバレーで起きうるのはコンビミス。スパイカーの望む高さに来なかったときの解決策が、スパイカーの中で課題となる。
 ベストなところで打てない時にどうやって逃げるか……、プッシュ、フェイント、リバウンド……それとももっと違う解決策を出すか……常に思考と選択が付きまとう。
 しかしそれは相手がそのスピードについてこられなければ意味がない。ワンフレームバレーを相手に植え付けさせたのなら、この後の展開を優位に運べる。

「よし! 先制パンチとしては満点の入りだ」

 唯一パイセンと掌を交えながらその反応を見る……瞬間、唯一パイセンと二人、呑み込んだのは喜びなのか怖れなのか……。静観する背番号9、南野萬里。



 ピッ!

 笛と共に、一つローテションが回った睦美がサーブを放つ。睦美のスパイクサーブは強烈だ。監督からスピードを出すためにゾーン1に打て、という指示が出ている。
 そこにリベロがいたのでできるだけスピードを出す、崩すサーブを打つように軌道を低く打とうと意識したのが分かる。
 睦美に迷いは感じられない。さすがの胆力、しかし……。

「あぁぁ……」

 ボールはネットに掛かる。

 打った感じも悪くなかったと思う。だからコートのみんな、『(攻めた結果、ギリギリ運悪く)ネットか~』という感じだ。『あーやってしまった』という感情はきっと睦美だって無かったと思う。
 だから多分、今日はみんな、『チーム』となっている。1ミリのズレのない……きっと空間を支配できる。