あれから何日も過ぎたけど、その日以来、真白に会うことはなくて。
 あたしの日常は特に変わったこともなく、勉強に頭を悩ませたり、いつものようにユウウツなマラソン大会の練習で、いつものように最後尾を走ってる。
 あの日の出来事はまるで夢みたいだったから、真白の存在も全部、実はあたしが作り出した幻だったんじゃないかって不安に思ったこともあったけど、真白に会ってから今までとは少しだけ気分がちがうんだ。
「いいぞー、その調子だ橘! お前のそのたゆまない姿勢が、みんなの励みとなって――」
 体育の先生の、やけにハキハキした声が耳に届いてくるけど、
「あたし、別に誰かのためにがんばってるんじゃありません。自分のためにほどほどにやってるんです」
 と、あたしは今日キッパリと言えた。
 先生はキョトンとしてるけど、そんなのどうでもいいや。
 ムリしてがんばりすぎて誰かの涙を誘うより、楽しいこと、興味のあること、ステキなこと、そういうことに囲まれて笑顔のたえない自分になりたいんだ。

「ねぇねぇ、最近マラソン大会の練習やテスト勉強とかくたびれることばっかじゃ~ん? 今度さ、みんなで駅前のカフェのジャンボパフェ食べに行こうよ」
 昼休み。友だちのひとりからそんな提案があった。
「あ~、前インスタで評判になってたやつ?」
 ガラスのバケツみたいな入れ物に山盛りのパフェが入ってるの。
「そう。ひとりじゃムリだけど、四人くらいでチャレンジしたら完食できそうじゃない?」
 だけど、まわりの友だちは、
「でも、あれ八人前くらいあるらしいよ? 四人でいける? このごろ寒くなってきたし」
「あたしも、チャレンジしたくないわけじゃないけど、カロリーすごそうじゃない?」
 と、少しビミョーな表情。
 気持ちは分かるけど、でも、このままあきらめるのも惜しいなぁ。
「いいじゃん、行こうよ。このごろマラソンばっかりやってるから、それくらいカロリー摂取したって問題なくない? どーせなら、この機会にみんなでがっつりパフェ食べてみようよ。カフェだったら暖房きいてるし、あったかい部屋で冷たいスイーツ食べるのもよくない?」
 あたしがそう言うと、みんなは一瞬ハッとしたあと、顔を見合わせてアハハハッと笑った。
「そーだね、たまにはいっか! 巨大パフェチャレンジって、記念にもなりそうだし」
「うん、なかなかそんな機会ないもんね。カロリーはこの際気にするだけムダか」
「ありがとう、琉花。やっぱり琉花がいてくれてよかった」
「でしょ? あたし、めっちゃスイーツ食べるほうだから」
 食い意地張ってるの見え見えだったかな?
「ううん、そういう意味じゃなくて。琉花、遊びに行く提案とか、いつも反対せずにちゃんと聞いてくれるでしょ? 予定が合わなくてムリなときもあるけど、琉花って毎回頭から否定せずにおもしろそうだねってのってくれるから、感謝してるんだ」
「え!?」
 そんな、感謝だなんて。特別すごいことしたわけでもないのに。
 なんかちょっぴり恥ずかしくなる。
 だけど、それ以上に心はとってもあたたかくて。
 自分でも意識してなかった細かいところ、ちゃんと見ててくれてたんだ。うれしいな。
 「ありがとう、パフェ食べに行く日、楽しみにしてるね」
 
 学校が終わって、外に出ると町はすっかり夕焼け色に染まっていた。
 まるで正義のヒーローが身に着けているマントみたいに鮮やかな赤い色。
 とってもきれいな色だな。こういう色のこと、スカーレットって言うんだっけ。
 この夕焼けを、今どこかで真白も見てるのかな……。
 ねぇ、真白。
 どこか他のひとと違ったところがあると、パッと見で嫌われたり、ヘンにあわれみの目で見られたり、妙な期待されることも少なくないけど、暗闇のなかからきらめく星を見つけるみたいに、自分の良いところを見てくれているひともちゃんと存在するんだね。
 きっと、真白のそばにもいるんだろうな。
 あたし、これからも自分の抱えてる障害のことで、ときどきムカッとすることや、ヘコむこともあるんだろうけど、この世界のどこかで真白が見守ってくれてると思うと、少し肩の力を抜いて生きていけそうな気がするよ。真白も無理せずがんばってね。あたしも応援してるから。
 顔をあげると、つややかなリンゴのような夕陽とともに、ふわっと浮かびあがる人影が見えた。
 あれ? あれは――。
 クスッ、と笑みがこぼれたあと、あたしは人影に向かって大きく手を振った。
「おーい!」
 唐揚げ、買って来なくっちゃ。