スッと朝陽が眩しく差し込む。
「ん……っ」
 昨日はいろいろありすぎて、すぐに寝つけた。
 少し違和感があるが、まだ寝たくて目が開けられない。
 なんというか、私ではない誰かの温もりを感じる。
「……って、えぇっ……⁉ちょ、こ、琥珀くん⁉」
 誰かの温もりがあると思っていたが、まさかの琥珀くん。
 でも、琥珀くん以外の人がいたら逆に恐怖を覚える。
「ん……あれ、おはよ。芙羽梨」
「おはようどころの話じゃないよ!なんで一緒にいるの⁉」
「んー……寝ぼけてたんじゃない?」
 琥珀くんは本当によくわからない人だ。
 そんな話をしていると琥珀くんのスマホから着信音が聞こえた。
「はい。火宮です……はい、わかりました。今すぐ向かいます」
「どうしたの?」
 そう聞くと、琥珀くんは私の手を取って。
「ねぇ、芙羽梨。今すぐに着替えて一緒に来てくれない?」
 言われるがまま、着替えて琥珀くんに従った。
「どこ行くの?」
「んー……友達のとこ?」
「え、友達?」
 そのまま琥珀くんについて行くと。
「あれっ?ここ?」
 火宮の本家よりも大きい屋敷。
「ここは安倍(あべ)家だよ」
「安倍って……」
「まあ、お察しの通り安倍晴明の末裔の一家」
 そう説明されるが、安倍晴明の末裔ってかなり強い人々しかいないと有名だ。
「お、琥珀ー」
「琥珀~!……って、その子誰よ」
 二人の男女が見えた。
 男性の方は黒髪でセンター分けがよく似合う人。
 この人も琥珀くんのように王子様みたいだ。
 一方、女性の方はミルクティーベージュのふわふわの髪を腰くらいまでおろしている。
 ややつり目で、それでも顔立ちは整っている。
 陰陽山には美男美女が多いのか。
「芙羽梨、僕の陰陽師仲間の安倍叶夜(かなや)、安倍汐來(きよら)
「は、花里芙羽梨です。よろしくお願いします」
「あなた、陰陽山じゃ見ない顔だけど、町の陰陽師?」
「あ、そうです」
「ふ~ん。町の陰陽師が来ていいところだって習ったのかしら」
 汐來さんはかなり攻撃的な人。
「えっと……」
「おい、汐來。初対面の人に言う言葉じゃないだろ。しかも、琥珀と一緒にいるって相当だろ。芙羽梨ちゃん、突然ごめんね。俺の双子の妹が」
「え、双子?」
「そうよ。……突然悪かったわよ。汐來よ、よろしく芙羽梨」
 攻撃的だけれど、悪い人ではなさそうだ。
「汐來様、叶夜様!」
 安倍家の陰陽師らしき人が二人のもとに走っていった。
「え~。もう行かなきゃいけないのかしら。まだ話してるってのに、空気読む呪文があったらいいのに……」
 なんて愚痴を言う汐來さん。
「なにをおっしゃっているのですか!天才の双子のお二人には来ていただかないと!安倍家の人間として」
「うっ……わかったわよ」
 そう言ってずるずると歩いていく汐來さん。
 汐來さんを引っ張る叶夜さん。
「汐來と叶夜は天才の双子と呼ばれているんだ。まあ、陰陽師が通う星雨(せいう)学園では初等部だというのに中等部の人に模擬戦で勝っちゃったんだよ」
 汐來さんと叶夜さんはそんなにすごい人だったのか。
「やっぱり……ここの陰陽師は格が違うね」
「そうかな?……まあ、確かにそうかもね。安倍晴明の末裔とか、安倍晴明の式神を宿す陰陽師たちが集まってるからね」
 安倍晴明の式神を宿す陰陽師は十二人しかいない。
 琥珀くんはそのひとり。
「さて、戻ろっか」
 家に戻り、お皿洗いをしていると。
「洗い終わったやつ、片付けてもいい?」
「えっ?も、もちろんだけど……それじゃあ契約の意味が……」
 家事は私がやるという契約なのだ。
「んー……まあ、そうかもしれないけどさ。一緒に住んでるんだし、半分こしよ?そんな一人が全部を担うなんて古臭いよ」
 なんだか、すごい言われような気もするが、琥珀くんの言っていることは正論だ。
「なんかさ、夫婦みたいでいいね」
 唐突な爆弾発言。
「……っ⁉な、なななに言ってるの!」
 身体中の熱が顔に集まっていくのが自分でもすごくわかる。
「……ふはっ。顔真っ赤。かわいー」
 琥珀くんは柔らかく笑い、私の頬を優しく指でなぞった。
「……っ。な、も、もうっ!琥珀くんの女たらし……!」
 ずっと心臓がバクバクしている。
 夜、お風呂に入ろうとすると、なにかの気配があった。
 この背筋が凍りそうになるのは怨霊がいるのだ。
 私は急いで家を出て、気配が濃くなる方向に走った。
「ここだ……っ」
 そう呟き、霊符を準備する。
滄海桑田(そうかいそうでん)急急如律──」
 そう言いかけたときだった。
『芙羽梨』
『いらっしゃい、芙羽梨』
 目の前にいたのは死んだはずの父と母だった。
「え?お父さん、お母さん……?」
 大好きだった二人の笑顔だ。
 写真でしか見れなかった二人の笑顔。
「……っ」
 ずっと会いたかった人。
 笑顔で手を広げる二人に近づこうとしたときだった。
『いらっしゃ~い?なんで来ないのぉぉ~?』
 先ほどまで女神のような笑顔だった母が急に血がついた服になり、私に近づこうとする。
 私はなぜ近づこうとしたのだろう。
 これはただの怨霊。
 父と母のフリをしたただの怨霊だ。
「……っ!」
 足に力が入らない。
 陰陽師失格だ。
「……波ノ綾(なみのあや)急急如──!」
 怨霊に腕を引っ張られた。
「やっ……!」
 このまま死んでしまうのか。
紅炎烈火(こうえんれっか)急急如律令」
 激しい炎が怨霊を祓う。
「こ、はく、くん……っ」
「芙羽梨、もう大丈夫だから」
 琥珀くんが優しく抱きしめてくれた。
 不安と恐怖心が一気に溶けて涙が止まらなかった。
「ごめん。私が祓わないといけないのに、手も足も出なかった……っ」
「──町には弱い怨霊しかいないのよ。陰陽山(ここ)とは違うのよ」
 いつの間にか汐來さんがいた。
「さっさと町に戻るか……ここにいたいのなら修行をすべきよ。琥珀も、いつまでもこの子を守るわけにもいかないでしょう。この子もあたしたちと同じ大人よ、子供なんかじゃないわ」
 汐來さんの言葉にはなにも返せない。
「確かに芙羽梨には修行が必要。だけど、なにかあったら僕が絶対に守るから」
 そう言われ、肩をギュッと抱かれた。
「なによそれ……っ。琥珀もそんなことを言っていられるのは今のうちよ?だってあの子(・・・)がいるんだから……」
 汐來さんは少し不安気に眉を下げた。
「まあね……これからが楽しみだね」
 琥珀くん一人だけがニコリと笑った。
 私にはなにがなんだかわからなかった。