「終わったぞ」

 霧崎が車に乗り込むと、助手席の女がふわりと微笑んだ。

「お疲れさま。どうだった?」
「やはり、名前は言えなかった。自分の妻の名前すら呼べないなんて、どういう神経してるんだか」
「そういう人なのよ」

 苦々しげな霧崎に、明里は苦笑した。

「もっと早く離婚すれば良かったのに」
「あれでなかなか、周到な人だから。小心者とも言うけど。以前は証拠が掴めなくて」

 明里は、忠と美紀の不倫を把握していた。しかし、なかなか尻尾が掴めずにいた。
 そこで思いついたのが、オープンマリッジだ。忠の性格を考えて、明里の方から許可を出してしまえば、これ幸いと奔放に振る舞うだろうと。
 そこで仕込んだのが、二つ目の条件。
 これを絶対に忘れるだろうと、踏んでいた。忠が、明里との約束事を律儀に守り切るはずがないのだ。適当にしても許されると思っている。

 守ってくれるなら、それでも良かった。
 名前を、覚えていてくれたのならと。チャンスもあげた。
 全てを台無しにしたのは忠だ。もう挽回の余地はない。

「これが無事に済んだら、俺たちも晴れて恋人か」
「そうね。だからもうちょっとだけ、待っててね」

 霧崎と明里の間には、恋愛感情がある。しかし肉体関係はない。裁判で不利にならないためだ。だから明里は、オープンマリッジで一度も忠に相手の報告をしていない。そのことにも、気づかなかったのだろう。

 馬鹿な人。

「騙される方が、悪いのよ」