その日の午後、昼食をとってから(はるか)蕾生(らいお)鈴心(すずね)梢賢(しょうけん)康乃(やすの)から預かった硬鞭(こうべん)を持って八雲(やくも)の作業場を訪れた。
 眞瀬木(ませき)の技術に興味津々の皓矢(こうや)もついて来た。
 
「こんちはー……」
 
 固い木戸を梢賢が遠慮がちに開けると、中には八雲が待ち構えていた。
 
「む、来たか」
 
「あのう、康乃様に言われて来たンスけどー……」
 
「その前に礼を言わせてくれ。墨砥(ぼくと)兄さんと瑠深(るみ)の赦免を康乃様にとりなしてくれたとか。ありがとう」
 
 寡黙な大男の八雲が頭を下げる様は、ある意味異様な圧がある。けれど梢賢は特に怯んだりもせずに少し笑った。
 
「いやあ、元はオレが蒔いた種ですから。その割に墨砥のおっちゃんも瑠深も家から出てきまへんけど」
 
「まあ、しばらくは仕方なかろう」
 
 墨砥の生真面目な性格も、瑠深の純粋ゆえの意固地さも知り尽くしている八雲は当然のように頷いていた。
 それで梢賢も時間が解決してくれるのを待つべきなのだと悟る。
 
「お邪魔しまーす」
 
「こんにちは」
 
 続いて永と鈴心も入って来た。蕾生は初めて入るので物珍しそうにキョロキョロと中を見回している。
 
「む、鵺人(ぬえびと)と──銀騎(しらき)も一緒か」
 
「すみません、大勢で押しかけて」
 
 皓矢も内心は蕾生と変わらず、心なしか表情が浮ついている。しかし八雲は特に気にせず一人で何かを納得しながら言った。
 
「いや、ちょうどいい。康乃様からの頼まれ物について助言して欲しかった」
 
「と言いますと?」
 
 皓矢が首を傾げると、八雲は永の方を向いて尋ねる。
 
周防(すおう)の、犀髪の結(さいはつのむすび)は持ってきたか」
 
「ああ、はい。預かってます」
 
 永が硬鞭を渡すと、八雲はそれを受け取って片手で少し上下させてから皓矢に聞いた。
 
「ふむ。……これをどう見る?」
 
「少し伺いましたが、その硬鞭には慧心弓(けいしんきゅう)の神気が複製されているとか」
 
「そうだ。何か感じるか?」
 
「……微かには。鵺の妖気の奥の奥、そこに少し光が見えます。ただ、それが慧心弓の神気なのかは僕にはわかりかねます」
 
 二人の話を注意深く聞いていた永が口を挟んで尋ねる。
 
「わかんないもんなの?」
 
萱獅子刀(かんじしとう)と違って、慧心弓の近年のデータは銀騎にはないんだ。長いこと雨都(うと)が持っていたからね」
 
 皓矢の返答に、八雲も顎に手を置いて考えるように呟いた。
 
「ふむ。すると伝承レベルのものを取り出して新たな弓に込めても、慧心弓にはならんかもしれんな」
 
「そうですね……。それ以前にこんな微かな気配を取り出せるかが難問でしょう」
 
 勝手に大人だけで進んでいく話に、とうとう蕾生が根をあげた。
 
「なんか全然話が見えねえんだけど」
 
「ああ、ごめんごめん。つい先走ってしまった。ええと八雲さんから説明して頂いても?」
 
 皓矢がそう促すと、八雲は表情を崩さずに淡々と述べ始める。
 
「む。わかった。この犀髪の結──原材料は犀芯の輪(さいしんのわ)だが、かつて眞瀬木が銀騎から持ち出した鵺の体毛と、雨都から借りた慧心弓が纏っていた鵺の妖気を拝借して合わせたものが込められていることは話したと思う」
 
「はい、確かに聞きました」
 
 永が頷くと八雲は手中の硬鞭を指でトントンと軽く叩きながら更に説明した。
 
「最初は犀芯の輪を鵺の疑似魂(ぎじこん)として、眞瀬木が鵺神像(ぬえしんぞう)に格納して崇めていた訳だ」
 
「それを、指輪型に加工し直して雨辺(うべ)が持っていたんですよね」
 
「その通り」
 
 鈴心の付け足しに八雲が頷いた後、蕾生が聞いた。
 
「けど、祭の日に雨辺がはめてたのはレプリカだったんだろ」
 
「そうだ。あれには(けい)が仕込んでいた呪毒が溢れていた。雨辺(うべ)(すみれ)の……キクレー因子と言うのか?それと結合して一瞬だけ常人ならざる力を得たが、彼女が石化するとともにその役目を終えて砕けた」
 
 珪が異空間に消えた後、菫がはめていた犀芯の輪が無くなっていたことを永は思い出した。
 
「ではもっと前からその硬鞭が「犀髪の結」であり、「犀芯の輪」でもあったということですね」
 
「そうだ」
 
 八雲は相変わらずの無表情で頷いた。