康乃と剛太に連れられて、永、蕾生、鈴心、皓矢は藤生邸の裏山に来ていた。
一同の後を追いかけて梢賢もすぐにやってくる。
裏山には、藤生家の神木たる藤の木が静かに佇んでいる。祭の後の静けさも手伝って、一際清廉さを皆感じていた。
「康乃様、一体どうしたんです?」
後から追いついた梢賢が問うと、康乃は藤の木を振り返った後、改まって皆に言った。
「この藤の木が、資実姫の宿る藤生家の御神木です」
「なるほど。先日は舞台が建てられてましたから、きちんと拝見するのは初めてですが──見事なものですね」
皓矢は藤の木を見上げながら、その神気に当てられて息を飲んだ。
「この木に、私が祈ると絹糸が生えてきます。それは資実姫の髪の毛だと伝えられています」
「なんと──」
「ご覧に入れましょう」
そうして康乃は両手を合わせて意識を集中させ目を閉じた。
まさか実際に藤の木と康乃の超常な力を見せてもらえるとは。永達は緊張で思わず息を止めて見守った。
「……」
だが、藤の木は何も反応せず、ただそこで静かに枝を揺らしている。
「ああ、やはり……」
康乃は目を開けた後、肩を落として溜息を吐いた。
「どうかなさったんですか?」
永が聞くと、康乃はこちらを向いて力無く笑った。
「どうやら私は力を使い果たしてしまったようね」
「ええっ!?」
いの一番に驚いたのは梢賢だった。
「では、もう絹糸は出現しないんですか?」
「そうねえ。来年からのお祭りはどうしたらいいのかしら……」
鈴心が聞くと、康乃はのんびりとした口調で、それでも少し困っていた。
だが、更に困って取り乱したのは梢賢の方だった。
「えええ、えらいこっちゃ!墨砥のおっちゃんが知ったら卒倒すんで!」
「仕方ないんじゃないかしら?」
「そんな軽いっ!」
康乃の様子に、分不相応でもつっこまざるを得ない梢賢。そんな二人の横から、剛太が少し思いつめた表情で一歩前に出た。
「……」
「剛太、どうした?」
蕾生が声をかけると、剛太は一瞬だけ振り返って力強く頷いた後、康乃に申し出た。
「お祖母様、僕が祈ってみてもいいですか?」
「剛太様が?」
目を丸くした梢賢を他所に、康乃は孫を優しく見つめて促した。
「やって見る?」
「はい」
そして今度は剛太が藤の木に相対して、手を合わせて祈る。すると、木の枝が騒めき始めた。
枝垂れた枝は隣り合い絡み合うものと擦れて、ザワザワと音を立てる。
その音がピタリと止んだ次の瞬間、白く柔らかい閃光が舞った。
光かと見紛うそれは、頼りないけれど確かに糸の形を成しており、数本がそのまま地面にパサリと落ちた。
「見事だ……」
一部始終を見届けた皓矢は感嘆の声を漏らす。
「すげ……」
蕾生もまた、剛太の成した成果に驚愕していた。
「ご、剛太様ーッ!!」
神がかった雰囲気をぶち壊すように、梢賢の歓喜の大声が響く。
康乃も満足そうににっこりと笑っていた。
「はあ、はあ……お祖母様……やりました」
消耗し、肩で呼吸している孫を康乃は惜しみなく讃えた。
「初めてにしては上手でしたよ、剛太」
「ありがとうございます!」
次に、康乃は少し呆けてしまっている皓矢に向き直った。
「銀騎の方には、どうお見えになったかしら?」
すると皓矢は意識を取り直して、けれどまだ整理がつかない頭でようやく答えた。
「あ、ああ……そうですね。見事としか言いようがない、私などでは検討もつかない不思議なお力です」
「まあ、お上手ね」
「いえ、本当に。世間は広いですね、感服いたしました」
「あらあら」
孫を褒められて喜ばない者などいない。康乃は本当に嬉しそうに笑っていた。
「とにかく里は安泰や!バンザーイ!バンザーイ!」
しかしすぐに梢賢の場を読まない軽快な声が響く。康乃はそれに苦笑しつつ頷いた。
「そうね。まだ終わらせる訳にはいかないわ」
「あ……」
祭の日、「里は終わる」と言ってしまった梢賢は少し罰が悪そうに押し黙った。
康乃は梢賢を──未来の後継を勇気づけるように笑う。
「楓姉さんが案じてくれた、この里の未来を守らなくては」
「はい」
康乃もまた、梢賢に託そうとしている。楓から預かった希望を。
「ところで、鵺人の方達は元々慧心弓を探していたのよね?」
「え!?あ、はい!」
急に康乃から話題を振られた永は慌てて頷くのが精一杯だった。
「あれは戻ってこなかったようだけど、うちの藤の木の弦を使って新しくお作りになったらどうかしら?」
「えええ!?」
驚きでのけぞる永の代わりに、鈴心が冷静に答える。
「お話は嬉しいのですが、慧心弓でなければ鵺に対しての特効がないと言いますか……」
「ですからね、これをお持ちになって」
その反応は想定内だと言うように、康乃は永に硬鞭を差し出した。珪が使った犀髪の結である。
「それ……」
蕾生は間近で初めてそれを見たが、あの時のような禍々しさはすでに感じられず、綺麗な紋様が施された鉄棒に見えた。
「これを持って八雲の所へお行きなさい。話は通してあるから」
「はあ……」
永はその硬鞭を受け取ったものの、なぜこれが必要なのかわからずに首を傾げた。
一同の後を追いかけて梢賢もすぐにやってくる。
裏山には、藤生家の神木たる藤の木が静かに佇んでいる。祭の後の静けさも手伝って、一際清廉さを皆感じていた。
「康乃様、一体どうしたんです?」
後から追いついた梢賢が問うと、康乃は藤の木を振り返った後、改まって皆に言った。
「この藤の木が、資実姫の宿る藤生家の御神木です」
「なるほど。先日は舞台が建てられてましたから、きちんと拝見するのは初めてですが──見事なものですね」
皓矢は藤の木を見上げながら、その神気に当てられて息を飲んだ。
「この木に、私が祈ると絹糸が生えてきます。それは資実姫の髪の毛だと伝えられています」
「なんと──」
「ご覧に入れましょう」
そうして康乃は両手を合わせて意識を集中させ目を閉じた。
まさか実際に藤の木と康乃の超常な力を見せてもらえるとは。永達は緊張で思わず息を止めて見守った。
「……」
だが、藤の木は何も反応せず、ただそこで静かに枝を揺らしている。
「ああ、やはり……」
康乃は目を開けた後、肩を落として溜息を吐いた。
「どうかなさったんですか?」
永が聞くと、康乃はこちらを向いて力無く笑った。
「どうやら私は力を使い果たしてしまったようね」
「ええっ!?」
いの一番に驚いたのは梢賢だった。
「では、もう絹糸は出現しないんですか?」
「そうねえ。来年からのお祭りはどうしたらいいのかしら……」
鈴心が聞くと、康乃はのんびりとした口調で、それでも少し困っていた。
だが、更に困って取り乱したのは梢賢の方だった。
「えええ、えらいこっちゃ!墨砥のおっちゃんが知ったら卒倒すんで!」
「仕方ないんじゃないかしら?」
「そんな軽いっ!」
康乃の様子に、分不相応でもつっこまざるを得ない梢賢。そんな二人の横から、剛太が少し思いつめた表情で一歩前に出た。
「……」
「剛太、どうした?」
蕾生が声をかけると、剛太は一瞬だけ振り返って力強く頷いた後、康乃に申し出た。
「お祖母様、僕が祈ってみてもいいですか?」
「剛太様が?」
目を丸くした梢賢を他所に、康乃は孫を優しく見つめて促した。
「やって見る?」
「はい」
そして今度は剛太が藤の木に相対して、手を合わせて祈る。すると、木の枝が騒めき始めた。
枝垂れた枝は隣り合い絡み合うものと擦れて、ザワザワと音を立てる。
その音がピタリと止んだ次の瞬間、白く柔らかい閃光が舞った。
光かと見紛うそれは、頼りないけれど確かに糸の形を成しており、数本がそのまま地面にパサリと落ちた。
「見事だ……」
一部始終を見届けた皓矢は感嘆の声を漏らす。
「すげ……」
蕾生もまた、剛太の成した成果に驚愕していた。
「ご、剛太様ーッ!!」
神がかった雰囲気をぶち壊すように、梢賢の歓喜の大声が響く。
康乃も満足そうににっこりと笑っていた。
「はあ、はあ……お祖母様……やりました」
消耗し、肩で呼吸している孫を康乃は惜しみなく讃えた。
「初めてにしては上手でしたよ、剛太」
「ありがとうございます!」
次に、康乃は少し呆けてしまっている皓矢に向き直った。
「銀騎の方には、どうお見えになったかしら?」
すると皓矢は意識を取り直して、けれどまだ整理がつかない頭でようやく答えた。
「あ、ああ……そうですね。見事としか言いようがない、私などでは検討もつかない不思議なお力です」
「まあ、お上手ね」
「いえ、本当に。世間は広いですね、感服いたしました」
「あらあら」
孫を褒められて喜ばない者などいない。康乃は本当に嬉しそうに笑っていた。
「とにかく里は安泰や!バンザーイ!バンザーイ!」
しかしすぐに梢賢の場を読まない軽快な声が響く。康乃はそれに苦笑しつつ頷いた。
「そうね。まだ終わらせる訳にはいかないわ」
「あ……」
祭の日、「里は終わる」と言ってしまった梢賢は少し罰が悪そうに押し黙った。
康乃は梢賢を──未来の後継を勇気づけるように笑う。
「楓姉さんが案じてくれた、この里の未来を守らなくては」
「はい」
康乃もまた、梢賢に託そうとしている。楓から預かった希望を。
「ところで、鵺人の方達は元々慧心弓を探していたのよね?」
「え!?あ、はい!」
急に康乃から話題を振られた永は慌てて頷くのが精一杯だった。
「あれは戻ってこなかったようだけど、うちの藤の木の弦を使って新しくお作りになったらどうかしら?」
「えええ!?」
驚きでのけぞる永の代わりに、鈴心が冷静に答える。
「お話は嬉しいのですが、慧心弓でなければ鵺に対しての特効がないと言いますか……」
「ですからね、これをお持ちになって」
その反応は想定内だと言うように、康乃は永に硬鞭を差し出した。珪が使った犀髪の結である。
「それ……」
蕾生は間近で初めてそれを見たが、あの時のような禍々しさはすでに感じられず、綺麗な紋様が施された鉄棒に見えた。
「これを持って八雲の所へお行きなさい。話は通してあるから」
「はあ……」
永はその硬鞭を受け取ったものの、なぜこれが必要なのかわからずに首を傾げた。