八雲(やくも)の工房は、眞瀬木(ませき)邸の裏にあった。屋敷の影に隠れてひっそりと佇んでいる。外見は倉庫と言えなくもないが、はっきり言って木造の荒屋だった。
 
「八雲おじさーん、いる?」
 
 硬そうな木戸をガタガタと引いて瑠深(るみ)が中の人物に声をかける。
 
「む。瑠深か。どうした」
 
 八雲は何か作業をしていた様だったが、さりげなくそれを隠して振り返った。
 
「おじさんに会いたいって人連れてきたんだけど」
 
「──なんだ、貴様らか」
 
 歓迎されるはずもないのはわかっていた。八雲の(はるか)を見る視線は鋭い。
 
「先日はどうも」
 
「お邪魔いたします」
 
 だがここで怯んでは情報が得られない。永と鈴心(すずね)は図々しさを装って荒屋の中に入る。中は木材や道具が散らかっており、瑠深は歩く場所を探しながら呆れていた。
 
「うわ、相変わらず座るとこもないね」
 
「ここには客など来ないのでな」
 
「あ、僕らなら大丈夫です!お仕事中すみません」
 
 永がわざとお愛想すると、八雲はさらに視線を尖らせて睨む。
 
「前置きはいい。用件を言え」
 
「は。では、慧心(けいしん)という名の弓をご存知ありませんか?」
 
「昔から雨都に伝わる弓だな」
 
 即答されたのは予想外だった。永は慎重に言葉を選んで尋ねる。
 
「その通りです。ご覧になったことは?」
 
「ない。あれは雨都(うと)(かえで)が持ち出して以降戻っていないと聞く。俺を幾つだと思ってる」
 
「おじさん四十七、生まれてない」
 
 瑠深が耳打ちしてくれたので、永は一礼してから質問を変えた。
 
「失礼しました。では先代とかそれよりも前に、慧心弓(けいしんきゅう)についての記録などは残っていませんか?」
 
「何故、そんなことを聞く」
 
 訝しむ八雲の顔は、生来の強面も手伝って重厚な圧があった。だがそれに臆することなく永は続けた。
 
「雨都の古い資料に、眞瀬木に慧心弓を貸したという記述がありまして。呪具の専門家なら心当たりがあるかなーって」
 
「……心当たりがないではないが」
 
「えっ!」
 
 即座に永は期待したが、八雲は目を閉じて短く答えただけだった。
 
「黙秘する」
 
「……そういう態度を取られるということは、疑ってもよいということですか?」
 
「好きにしろ。俺は嘘はつけん。だから黙秘する」
 
 八雲の頑なさは嫌でも伝わってくる。永も鈴心も顔には出さなかったが内心で困っていた。
 
「残念だったね。八雲おじさんが口を噤んだら何も出てこないよ」
 
 少し面白そうな顔をして瑠深が得意げに言うと、それまで黙っていた鈴心が口を開いた。
 
「あの、八雲さんは(ぬえ)についてどう思いますか?」
 
「何も。それを考えるのは眞瀬木本家の仕事。俺は道具屋にすぎん」
 
「──では、眞瀬木(ませき)灰砥(かいと)氏は鵺信者ですか?」
 
「リン!?」
 
 鈴心の直接的な言葉にさすがの永もぎょっとしていた。鈴心は真っ直ぐに八雲を見ている。八雲は眉を震わせて動揺していた。
 
「──」
 
「おじさん……」
 
 瑠深が心配そうに声をかけた時、木戸の方から人影が現れた。
 
「お嬢さん、踏み込み過ぎですよ」
 
「!!」
 
「兄さん!」
 
 そこに立っていたのは、余裕の笑みを浮かべた眞瀬木(ませき)(けい)だった。