転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

 今ここにある硬鞭(こうべん)は、(ぬえ)疑似魂(ぎじこん)であり、鵺の妖気を増幅する呪具でもある。そこまで聞いた梢賢(しょうけん)は眉を顰めて言う。
 
「だいぶヤバいシロモンやな。こんなんどうやって保管しとけばええんや?」
 
康乃(やすの)様もそれを憂いていた。あんな事があっては藤生(ふじき)眞瀬木(ませき)も、雨都(うと)さえもこれを持て余すだろう」
 
 八雲(やくも)がそう答えると、皓矢(こうや)が細かく頷きながら身も蓋もない事を言う。
 
「なるほど。それならば鵺人(ぬえびと)とやらに押し付けてしまえと、そういうことですね?」
 
「え!?ちょっと、慧心弓(けいしんきゅう)を作ってくれるんじゃないの!?」
 
 どうも話が弓に行かない様なので(はるか)は焦った。しかし八雲は落ち着いている。
 
「最後まで聞け。この硬鞭は犀芯の輪(さいしんのわ)から作ったのだから、慧心弓から抽出した鵺の妖気とともに、慧心弓自身の神気も僅かに取り込まれている」
 
「つまりね、慧心弓の神気のコピーが硬鞭の中にあるからそれを取り出して、新たな弓に宿らせれば慧心弓の複製弓が作れるかもってことだよ」
 
 言葉の足りない八雲の説明を皓矢が補ったことで、永にも理解ができた。鈴心(すずね)も同様で、弾んだ声を出す。
 
「すごい!本当ですか!?」
 
「かつて慧心弓を雨都から借りた時にとった記録によれば、慧心弓はその神気の中に鵺の妖気を取り込んでいたらしい。だからこそ、慧心弓は鵺に対する武器として有効なのだ」
 
「なるほど。慧心弓のメカニズムとしては、毒には毒を持って制すってことかな。鵺の妖気を神気で(くる)んで放つ矢は、確かに効きそうだ」
 
 皓矢は嬉々として慧心弓の分析に思いを馳せている。しかし、すぐにハタとなって八雲に問うた。
 
「ただ、今は、中で妖気と神気の割合が逆になっていませんか?神気が妖気に(くる)まれた状態だ」
 
「そうだ。(けい)の設計でその様に調整した。その割合を元に戻して弓に宿らせれば、理論上は可能だ」
 
「すげえじゃねえか、永、やったな!」
 
 蕾生(らいお)は八雲が「可能」と言った言葉で判断して喜んだ。だが、永はまだ疑っている。
 
「う、うん……。でも、そんなことが本当にできるの?」
 
「問題は、そこだ」

 永の不安を肯定するように、八雲は少し顔を曇らせる。そしてまず皓矢が見解を述べた。
 
「詳しく調べないとはっきりとは言えないけど、現在の硬鞭の中にある慧心弓の神気が少な過ぎる。おそらく、眞瀬木(ませき)(けい)によって鵺の妖気が増幅されたのでは?」
 
「でも、妖気と神気を反転させたのは八雲さんですよね?逆の作業をすればいいのでは?」
 
 鈴心の疑問は当然だったが、八雲はさらに難しい顔をしていた。
 
「確かにそうなのだが、銀騎(しらき)の見立て通り俺が扱った時よりも妖気が増幅されているのでは勝手が変わるからかなり困難だ」
 
「あいつ、ほんとに碌でもないことしやがったな……」
 
 永も悔しそうに歯噛みしていた。
 
「なんとかならんの?」
 
 梢賢も救いを求めて皓矢を見た。皓矢は腕を組んで深く考える。
 
「硬鞭の中の神気を増幅できたらあるいは──」
 
「だがどうやって?」
 
「……」
 
 八雲とともに黙ってしまった皓矢に、突如永が低く笑った。
 
「ふっふっふ。まだまだだな皓矢」
 
「急にどうしたハル坊?」
 
「いつ出そういつ出そう、もしかしてこいつの出番なんてないのかもしれないと思っていたけど、ついに来たね」
 
「何がだよ?」
 
 とっておきの物をもったいぶるのは永の癖なのだが、蕾生もさすがに焦れた。
 
 そうして永は更に大袈裟な動作でゆっくり桐の箱をポーチから取り出して掲げて見せる。
 
「ジャーン!この子達の事をお忘れですかあぁ!?」
 
「──あ」
 
 それを見た皓矢は目を丸くしていた。鈴心も晴れやかな顔になって叫ぶ。
 
「そうか、翠破(すいは)紅破(こうは)ですね!」
 
「何!?」
 
 突然の新たな神具の登場に、八雲でさえも驚愕していた。
 
「そう、僕の可愛い二本の矢!その(やじり)がここに揃ってんのよ!?」
 
「そうか、そいつに慧心弓と同じ力が宿ってるんやな!?」
 
 梢賢も明るい声に戻っていた。永は勢いのままに桐の箱を皓矢に握らせる。
 
「ね?これ、使えるでしょ?」
 
「確かに。出来るかもしれない」
 
 箱を開けて鏃を手に取る皓矢の瞳には、強い光が宿っていた。
 
「ふむ。鏃の神気で奥に隠れている神気を釣り上げることができれば──」
 
「スポーン!てか?やば、興奮するわ!」
 
 すっかり安心した梢賢はもうふざけていた。
 
「光明が見えましたね、八雲さん」
 
「うむ、久々に腕が鳴るな。銀騎の、出来れば手伝ってはくれないか?」
 
「それはこちらからもお願いしたい所ですよ」
 
 皓矢と八雲が互いに笑いかけながら言うと、鈴心もいっそう安心して声を弾ませた。
 
「お兄様!」
 
「バンザーイ!」
 
「バンザーイ!」
 
 永と梢賢も手を上げて喜んでいる。その様子を蕾生は笑いながら見ていた。
 やはり、事態はなんとかなるものだ。それはきっと永がずっと頑張っているからだと思った。


 
「では早速作業に取り掛かろう」
 
 八雲が硬鞭を作業机に置くと、梢賢は突然大声で止めた。
 
「あああ、ちょっと待って!」
 
「どうした?」
 
「その前にスジ通さな!」
 
 そう言うと、梢賢は硬鞭をひったくって作業場を飛び出した。







 梢賢(しょうけん)は急いで自宅に戻って来ていた。
 
「ただいまあ!姉ちゃん達は?」
 
 玄関を上がったところで橙子(とうこ)がおり、短く答える。
 
「帰ってきたわよ、孫を連れて」
 
「マジで!?もう!?」
 
 梢賢は二重に驚いていた。
 楠俊(なんしゅん)優杞(ゆうこ)夫妻がもう(あおい)を連れ帰ってきたこと。それから橙子の口から「孫」という単語が出たことだ。
 
「全く、今朝突然話があるなんて言って、他所様の子を引き取りたいなんて──我が娘ながらなんて無鉄砲なのかしら」
 
 こんな風に口早に喋る母を梢賢はあまり見たことがない。例え文句だとしてもだ。
 
「顔が笑ってんで、お母ちゃん」
 
「ああ!?」
 
 なので面白くなってつい揶揄ってしまった梢賢に、橙子は極道の女組長のような睨みを効かせた。
 
「ピッ!」
 
 一目散に逃げた梢賢を追って(はるか)蕾生(らいお)鈴心(すずね)もドタバタと騒がしく戻ってくる。
 
「ちょっと梢賢くん、待ってよお!」
 
 居間に行くと、葵が優杞と楠俊に囲まれて食事をしていた。
 
「おお……」
 
 葵の顔に血色が戻り、黙々とスプーンを動かす様を見て梢賢は感嘆の声を上げる。
 
「お帰り、梢賢」
 
「なんや姉ちゃんソレ!お子様ランチか!?」
 
 優杞は葵の隣でにこにこしながら、口を拭いてやったり甲斐甲斐しく世話をしていた。
 
「作ってみたかったのよぉ、こういうの!」
 
「最初から飛ばしすぎなんちゃう?」
 
 逆隣の楠俊も苦笑しつつも、葵が食べているのを幸せそうに見ていた。
 
 そんな二人の気持ちが通じているかはまだよくわからないが、葵は一心不乱にお子様ランチを食べ続けている。
 
「葵くん、うまいか?」
 
 小刻みに頷きながら手を止めない葵の様子に、梢賢は更に感動していた。
 
「そうかあ……」


  
 そんな我が子と新たにできた孫の様子を薄暗い隣の部屋から覗いている者がいる。
 
「……」
 
「何してるんですか?柊達(しゅうたつ)さん」
 
 明るい部屋の団欒に踏み入れるのを躊躇った永達は、襖を隔てた隣の部屋で柊達がコソコソ様子を窺っているのを見てこちらに来たのだった。
 
「──!いや、何、私が側に行ったら泣くんじゃないかと思って……」
 
 強面坊さんは焦りながらそう答えた。本人の意識とは別に、その様は実にコミカルだ。
 
雨都(うと)家は基本コント集団ですね」
 
「ワカル」
 
 鈴心と蕾生の感想が全てを物語っていた。


 
「あんた、用事は済んだの?」
 
「いや、これからや。その前にスジ通さんとと思ってな」
 
 優杞と梢賢の会話を、何故か柊達とともに隣の部屋から永達も覗いて見守った。
 
「葵くん、あんな、これ……」
 
 梢賢が恐る恐る取り出した犀髪の結(さいはつのむすび)と呼ばれていた硬鞭(こうべん)に、葵はビクッと震えてスプーンを落とした。
 
「──!!」
 
 慌てて優杞がスプーンを拾って葵の背中を摩る。
 
「だ、大丈夫?梢賢!あんたなんてもの見せるの!」
 
「いいや、見るんや。見てくれ、葵くん!」
 
 梢賢はさらにずいと硬鞭を葵の目の前に差し出した。
 
「梢賢!」
 
「優杞。ちょっと……」
 
「でも──」
 
 楠俊が穏やかに制したが、優杞はまだ不安そうだった。
 
「葵くん、これ、ちっと形が違とるけど、わかるか?」
 
 葵は目の前の硬鞭にかつて犀芯の輪(さいしんのわ)であった頃の妖気を感じ取って、優杞にしがみつきながら答えた。
 
「うん……怖いの」
 
「せや。これはごっつこわーいもんや。それを前まで君は平然と触っとった」
 
「ごめんなさい、僕……」
 
「いや、いいんや。謝らんでもええ」
 
 梢賢は硬鞭を少し遠ざけて葵の目を見て言った。
 
「今の葵くんはこれが怖いものだってわかってるんやろ?それで充分や」
 
「僕、それ、もう持ちたくない……」
 
「ほうか。なら、これ兄ちゃん達にくれへんか?」
 
 梢賢がそう言うと、葵は怯えながらも声を荒げて焦った。
 
「だめ!お兄ちゃん達もおかしくなっちゃうよ!」
 
 葵はやはりわかっていたのだろう。
 あの呪具が母親を狂気に駆り立てた原因だったこと。自分の運命も狂わせたこと。そして最愛の姉を創り出してしまったこと。わかっていながらも、葵は母のために従うしかなかった。
 
 そんな健気で優しい葵の頭を撫でて、梢賢はにっこりと笑った。
 
「心配してくれるんか、ありがとうな。でも大丈夫やで。これをな、今度はごっつええもんにするんや」
 
「いいもの?」
 
「そう。ぜーんぜん怖くない、めっちゃありがたーいモンにこいつは生まれ変わる」
 
 だから、君も生まれ変わって欲しい。ここで。
 
「ほんと?」
 
「おう。それをな、やってもええかって葵くんに聞こうと思ったんや」
 
 すると葵は無邪気にニカッと笑った。
 
「いいよ!」
 
「──ありがとう」
 
 梢賢はしばし葵の頭を撫で続ける。どうか、これからは健やかに。叔父として願わずにはいられなかった。


 
「なあ、あいつ、幼くなってないか?」
 
 梢賢に撫でられてニコニコしている葵の様子を影から見ていた蕾生が小声で呟いた。
 
「そうかもしれません。以前はもっとしっかりしていたような……?」
 
 鈴心もそれに同意すると、永が総括するように答えた。
 
「精神的ショックが大きくて幼児退行してるのかも」
 
「ああ……」
 
「──生まれ変わったんだよ、きっと」
 
 そうだ、そう考えればいい。蕾生は笑い続ける葵に視線でエールを送る。
 
「そのうち年相応に戻るだろ?」
 
「きっとね。ここにいれば」
 
 永も同じように葵の幸せな行末を願っていた。


 
「よーし、元の持ち主の許可が下りたで!」
 
「全く、騒々しい!早く行け!」
 
 それまでのほのぼのとした空気感が一気に台無しになるような軽快さで梢賢が立ち上がると、優杞もつられて角でも出すような勢いで怒鳴る。
 ただ、それを見ても葵は変わらず笑っていた。







「ほいほい、お待たせ」
 
 八雲(やくも)の作業場に(はるか)達を伴って戻って来た梢賢(しょうけん)の軽快さを見て、皓矢(こうや)は笑いながら聞いた。
 
「スジは通してきたのかい?」
 
「おう、バッチリや」
 
 それから硬鞭(こうべん)を八雲に渡してから梢賢は強い意思をこめて言う。
 
「──生まれ変わらせたってや」
 
「承知した」
 八雲も力強く頷いた。
 
「では八雲さん、どこから手をつけましょう?」
 
「うむ、そうだな……」
 
 積極的な皓矢を見て、永が少し揶揄う。
 
「随分楽しそうじゃん?」
 
「うん、そりゃあね。銀騎(しらき)は自分が使う呪具は基本自分で作るけれど、眞瀬木(ませき)は専門家に一任している。そこが眞瀬木の強みだよ、勉強させてもらいたい」
 
「何を言う。(ぬえ)の専門家に立ち会ってもらえるなら私の方こそ勉強させてもらおう」
 
「さいですか……」
 
 すっかり乗り気の専門家二人を見比べて永は呆れながら溜息をついた。


 
「御免」
 
「おっちゃん!」
 
 梢賢達が戻って間もなく、作業場の戸板を開けて眞瀬木(ませき)墨砥(ぼくと)瑠深(るみ)が入って来た。
 
「みな、ここにいると聞いてな」
 
「どうも……」
 
 遠慮がちに入ってきた瑠深の姿に、鈴心(すずね)が弾んだ声で駆け寄った。
 
「瑠深さん!体調はどうですか?」
 
「うん、そこそこ……?バカに借り作ったままじゃあ落ち込んでもいられないしね」
 
「さよけ」
 
 瑠深が、少し元気はないけれど、梢賢に悪態をついた事で梢賢も少しほっとした。なのでいつも通りに返す。
 
 子ども達の反応を見た後、墨砥は一歩進んで永達に向かって頭を下げた。
 
鵺人(ぬえびと)の皆さんには、(けい)が大変申し訳ないことをした。本当にすまない」
 
「いえ、僕らは別に……」
 
 恐縮して慌てる永に続いて、鈴心と蕾生(らいお)も口々に言う。
 
「そうです。結局私達は珪さんを止められませんでした」
 
「俺があそこまで消耗してなけりゃ……」
 
「いや。あの場で皆殺されずに済んだのは貴方方のおかげだ」
 
 墨砥は首を振りながら、皓矢にも視線を送る。それを受けて皓矢も軽く会釈を返した。
 
「あの、良かったら聞かせてくれませんか?珪さんと、灰砥(かいと)さんのこと……」
 
 永はどうしても気になっていた。眞瀬木(ませき)灰砥(かいと)という人物が眞瀬木(ませき)(けい)に与えた影響について。
 
「……身内の恥を話すことになるが、それでも良ければ聞いていただこう」
 
「大丈夫です。恥ずかしい人達の話なら慣れてますから!」
 
 躊躇いながら言う墨砥に、永は皓矢を見ながら明るく答える。心当たりのある皓矢は何も言わずに苦笑していた。
 
「……兄の灰砥は優秀な呪術師だったのだが、実戦を好まなくてね。術を体現するよりは、術体系を開発する方が好きで得意だった」
 
 話し始めた墨砥に皓矢は頷きながら反応する。
 
「たまにいらっしゃいますね、そういう方」
 
「おめーのジジイだろが」
 
 だが、永にそうつっこまれて、皓矢は苦笑してまた黙った。
 
「兄は毎日文献を読んで暮らしていた。眞瀬木が所有するものはどんなに古くても隅から隅まで読み、把握しておかないと我慢ができない性格で──」
 
「そういう人、よく知ってます」
 
 永がうんうん頷いて言うと、やはり皓矢は後ろで苦笑する。
 
「兄が鵺にのめり込むのは自然なことだったのかもしれない。ただでさえ俗世離れしている兄はますます自分の世界、鵺を中心に置いた独自の世界に没頭した」
 
「ええ?そんな陰気な印象ちゃうかってんけどなあ。よく遊んでもろたし」
 
 梢賢が横入りすると、墨砥はそちらを向いて答える。
 
「お前や珪と遊ぶ時はただの気分転換だったからだろう。子どもの無邪気さに当てられれば、どんなに狂気があろうと一時的には薄れるさ」
 
「狂気ですか、はっきり仰るんですね」
 
 永が真顔でそう言うと、墨砥も真面目に頷いた。
 
「まあ、私は兄とは逆で体術を高める方が好きだったからな。私から見れば鵺を崇める兄の行動は奇異そのものだったよ」
 
「それで、十年前に跡目争いが起こったんですね?」
 
「ある程度の想像はつくだろうが、そもそも鵺肯定派は当主になれないのが慣例だ。次代の当主は満場一致で私に決まった」
 
 そこまで聞いた鈴心が続きを促すように尋ねる。
 
「けれど、それに灰砥さんは納得しなかった……?」
 
「いや、そこには兄も不満はなかったと思う。当主なんかになれば、好きな研究に没頭できないからね。ただ、何を思ったのか、兄はとんでもないことをしようとしていた」
 
「何だよ、それ?」
 
 蕾生が聞くと、墨砥は一瞬躊躇ったものの低い声で答える。
 
「……あろうことか、康乃(やすの)様を呪おうとした」







 眞瀬木(ませき)灰砥(かいと)は、藤生(ふじき)康乃(やすの)を呪おうとしていた。
 
 墨砥(ぼくと)の告白に、その場の皆が息をのんだ。
 
「何故、そうなるんです?」
 
「それは……」
 
 鈴心(すずね)が聞いても、墨砥は言葉を濁し次の句を懸命に探しているようだった。
 
 それで(はるか)がズバリと持っていた推論を口にする。
 
「康乃さんも、鵺人(ぬえびと)だから──では?」
 
「気づいて……いたのか」
 
(けい)さんが言ってましたよ。「鵺人に成り果てた藤生には任せられない」って」
 
「どういうことですか?」
 
「それは、梢賢(しょうけん)くんなら知ってるよね」
 
 首を傾げる鈴心に、梢賢を見るよう視線で永は促した。それで梢賢は観念したように肩で息を吐く。
 
「しゃあない。トップシークレットやで」
 
 蕾生(らいお)も緊張しながら梢賢の言葉を待つ。
 
「康乃様は、(まゆみ)婆ちゃんの娘なんや」
 
「──!!」
 
 永は少し見当がついていたものの、蕾生と鈴心は衝撃に打ちのめされた。
 
「藤生の前当主が若い頃、雨都(うと)(まゆみ)と恋に落ち、できた子が康乃様だ」
 
 梢賢の言葉を続ける墨砥の言葉も重い。永達は何も言えずに黙って聞くしかなかった。
 
「だが、里のトップと居候の家の娘との結婚など認められる訳がない。当主は別の娘と強引に結婚させられ、檀はひっそりと娘を産んだ後、藤生家に取り上げられた。
 その後、まるで厄介払いをするように檀にも強制的に里が外部から呼んだ婿を当てがったのだ」
 
「それがオレの爺ちゃんや。あ、誤解せんといてくれよ?爺ちゃんはほんまにええ人やったで!」
 
 梢賢が明るくフォローしたものの、真実の重さに三人は衝撃を受けたまま口々に言う。
 
「……なんてことだ」
 
(かえで)、楓はそれで──」
 
「康乃さんは、それ知ってんのか?」
 
 蕾生が聞くと、墨砥は首を振る。
 
「いや、ご存知ない……はずだ」
 
「檀婆ちゃんはな、康乃様の前でも他人のふりを貫いとった。誰にも気づかせなかったよ、母ちゃんにもな」
 
 梢賢が少し悲しそうに言うと、瑠深が遠慮がちに尋ねる。
 
「……梢賢は何故知ってるの?」
 
「珪兄ちゃんに教えてもろた。こーんなこまい頃な」
 
 右手で当時の身長の低さを表しながら答える梢賢に、墨砥はまた頭を下げる。
 
「そうか……本当にすまない……」
 
「聞いた時はよくわからんかったけどな。でも何でかその話が忘れられなくて、理解できたのは婆ちゃんが死んだ後やったな」
 
 幼少時に刺さった棘のような記憶が、思春期になって甦る。
 多感な時期に自分の身内に関する、生々しく暗い過去を知った梢賢の当時を永は想像してみる。だから自宅や村にはいたくなくて街をフラフラしていたのかと思い至ってみれば、理解できる。
 
「康乃さんは雨都の血を引いているから、(あおい)くんのキクレー因子に干渉できたんですね……」
 
「謎は解けたけど、後味は悪いね」
 
 鈴心も隠されていた真実に打ちのめされていた。それからかつて雨都(うと)(かえで)が背負っていたものの大きさを知る。永もやるせない思いだった。
 
「私もあれは驚いた。資実姫(たちみひめ)様のお力に加えて鵺の力も操ってみせたのだから」
 
「そりゃ、力を使い果たして当然かもな」
 
 墨砥の呟きに蕾生が反応すると、次の瞬間とんでもない速さで墨砥はグルンと蕾生の方を向いて鬼のような形相で聞き返した。
 
「何だと!?」
 
「あ、バカ!」
 
「あ、ヤベ」
 
 慌てて梢賢が諌めたがもう遅い。墨砥はお口チャック状態で口元を抑える蕾生ではなく、梢賢の方に詰め寄った。
 
「やや、康乃様が、ち、力を使い果たしただと!本当か、梢賢!?」
 
 梢賢は襟元を掴まれてガクガクと揺さぶられた。
 
「ほ、ほ、ほんとですぅ……」
 
「ああぁ……」
 
「父さん、しっかり!」
 
 苦しそうに梢賢が認めると、墨砥は一瞬意識を遠ざける。後ろにフラついて瑠深に支えられた。
 
「資実姫の力は確かに康乃様には無くなりました。ですが、お孫さんに発現していますよ」
 
 見かねた皓矢(こうや)が落ち着いて教えてやる。すると墨砥はまたもグルンと皓矢の方を向いて涙目で聞いた。
 
「ほ、本当かね!?」
 
「ええ。見事なものでした」
 
 皓矢が笑って頷いてやると、墨砥はその場でへなへなと座り込む。
 
「ほー……」
 
「父さん!」
 
 情けない父親の姿が晒されて、瑠深は心配やら恥ずかしいやらで声を荒げた。
 
 そんな二人の様を見ていた鈴心と蕾生は笑いを堪えるあまりに無表情で目配せをし合う。「ここにもコント集団」「ワカル」と。
 
「けど、わかんないな。どうして灰砥さんも珪さんも鵺人を目の敵にするんです?口では持ち上げておきながら──」
 
 弛んだ空気感を戻すような永の言葉に、墨砥も体勢を立て直し元の威厳ある物言いで答えた。
 
「ここからは私の想像なのだが、兄や珪の考える世界では鵺も鵺人も信仰の対象であると同時に、従えるべき存在なのだと思うのだ」
 
「ああ、眞瀬木が鵺を従えるとも言っていましたね」
 
「人間の上位の存在が鵺及び鵺人。珪達は鵺を上位の存在と認めつつ、それよりも更に上に自分達が上り詰めようとしているのでは……」
 
 そんな墨砥の考えを皓矢も頷きながら聞いた。
 
「いつかは鵺の上に君臨することを目指す、ということか……」
 
「スーパー上昇志向って訳ね」
 
 永は呆れていた。やはり眞瀬木珪は碌でもない。だがそれを父親と妹の前ではさすがに言えなかった。
 
「それで、灰砥さんは康乃さんを呪おうとしたから、その……」
 
「粛清した」
 
「……」
 
 鈴心が遠慮がちに言った言葉に、八雲は淡々と短く答える。それで鈴心は何も言えなくなった。更に八雲は続ける。
 
「八雲には二つの役目がある。一つは呪具職人。もう一つは眞瀬木を乱す者を粛清する暗殺者だ」
 
「ハハァ……」
 皓矢が感嘆を漏らすので、鈴心は不安になって嗜めた。
 
「お兄様、そこは学ばないでください」
 
「もちろん」
 
 そんな茶々入れを意に介さず、八雲は懺悔するように言う。
 
「灰砥兄さんを粛清した後、珪への配慮が足りなかった。もう少し気をつけていれば鵺に魅入られることも無かったかもしれない」
 
「どうかな、それは」
 
「……」
 梢賢の言葉の続きを八雲は神妙な顔で待った。
 
「珪兄やんのアイデンティティはとっくに鵺で作られとった。オレは小さい頃から良く知っとる。だからそれを唯一知ってたオレが止めなくちゃいけなかったんや」
 
「梢賢、決してお前のせいではないぞ」
 
 自分を責める梢賢を墨砥も瑠深も首を振って気遣った。
 
「そうだよ。父さんやあたしも知ってて何もしなかった。兄さんを信じたかったから……」
 
「せやな……」
 
 梢賢は確かに最初から珪を疑っていた。だからこそ菫を正気に戻すことに躍起になった。そうすれば珪は菫や葵を諦めるかもしれないと、信じたかった。
 実際は珪は既に梢賢にも墨砥達にも及ばない所まで行ってしまっていた。梢賢達が珪を信じたいばかりで目が曇ってしまっていたのを逆手にとって、珪は自分の望みを完遂した。
 
「あの馬鹿息子が──!」
 
 家族以外の梢賢がここまで信じてくれていたのに。そんな憤りを墨砥は素直に表す。
 
「おっちゃん、珪兄やんの件はオレに任せてくれへんか?」
 
「え?」
 
「オレが地の果てまでだって探し出して連れ帰る。そんで康乃様に土下座させんねん!そん時はおっちゃん達も付き合ってもらうで!」
 
 さすが、楓が託した子だ。墨砥は改めて梢賢に陽だまりのような感情を抱く。
 
 雨都は、いつも村に新しく清々しい風を送ってくれる。
 
「──わかった。お前に任せよう」
 
「梢賢、ありがと」
 
「おう」
 
 この楓の後継に、村の──眞瀬木の未来を託してみよう。
 墨砥も瑠深も、ニカッと笑う梢賢の笑顔を信じた。







 話題が一段落つくと、墨砥(ぼくと)は大慌てで作業場を出ていった。康乃(やすの)から剛太(ごうた)に継承された藤生(ふじき)の力を確認するためである。
 図らずも父親に置いていかれた瑠深(るみ)は少し場違いな気もしたが、八雲(やくも)に声をかけた。
 
「それで、新しい弓はできそうなの?」
 
「うむ。この二つの(やじり)を使って(ぬえ)の妖気と慧心弓(けいしんきゅう)の神気を硬鞭(こうべん)から取り出す算段はついた」
 
 すると横から皓矢(こうや)が少しウキウキしながら口を挟む。
 
「弓本体はどうするんです?」
 
「まさか、一から作る……の?」
 
 (はるか)も薄々勘付いていた不安を口にした。
 
「それが希望ならそうするが、三ヶ月以上かかる」
 
「やっぱり……」
 
 がっかりと肩を落とした永の横で鈴心(すずね)も残念そうにしていた。
 
「そんなにかかるものなんですね」
 
「竹曲げて、糸張ればいいだけなのにか?」
 
 蕾生(らいお)の迂闊な認識に、永が烈火の如く怒った。
 
「ライくん、なんてこと言うの!大昔の野蛮人じゃないんだよ!?職人さんへの侮辱です、謝りなさい!」
 
「す、すいません……」
 
 だが八雲は涼しい顔で言ってのける。
 
「別に構わないが、一から作るのは最終手段だな」
 
「他に方法があるんですか?」
 
 鈴心の問いに八雲は軽く頷いた。
 
「ここは眞瀬木(ませき)が誇る武器工房だ。あらゆる武器の基礎まで作成したものは常にストックがある」
 
「え、じゃあ、弓も!?」
 
「もちろんだ。仕上げだけを残して作ってあるものが数本ある」
 
「うひょー!」
 
 永はいつになく興奮しており、蕾生は思わず一歩引いてしまった。実はさっき怒られたのがだいぶ効いている。
 
 両手を上げて喜ぶ永に、八雲は工房の奥を促した。
 
「その中にお前の手に馴染むものがあればそれを譲ろう、こっちだ」
 
 永はスキップでも踏むような足取りで八雲についていく。
 奥の間は完全に倉庫化しており、所せましといろいろな道具が置いてあった。
 
 弓や杖、それから短剣などの武器はもちろん、衣服や一見日用品に思える皿や花瓶などあらゆる物品が棚に敷き詰められていた。
 それでも雑然とした感じはなく、埃っぽさも感じられない。清浄な空気が満ちていた。
 
「これは、壮観だね」
 
「すごいです。全部八雲さんが作ったんですか?」
 
 そこに入るなり、皓矢と鈴心は棚をぐるりと見回して感嘆の声を上げる。
 しかし、八雲は平然と頷いただけだった。
 
「そうだが。弓はここだ」
 
 倉庫部屋の奥、棚の中に整然と立てられた数本の弓があった。永はそこに近づいて溜息を漏らす。
 
「わあ、結構ありますね。どれがいいんだか……?」
 
「まず真っ直ぐ立って目を閉じ、精神を集中しろ。そうすると見えてくるものがある」
 
「はあ……」
 言われて永は背筋を伸ばし、目を閉じた。
 
「……」
 屋内なのに空気が綺麗だ。心が落ち着いていくのがわかる。
 
「……」
 目を閉じているけれど、何かが見えた。小さな灯りが呼んでいる。
 
「……あ」
 
 永はそこで目を開けて、棚の中から迷いなく一本の弓を取り出した。
 まだそれは剥き出しの竹だったが、不思議と手に馴染む感覚があった。
 
「これ、気になるなあ」
 
「ふむ、それか。さすがだ」
 
「え?」
 
 八雲は無表情だが、その言葉は確実に満足しているようだった。それで永は期待を込めて次の言葉を待つ。
 
「それは去年作ったものだが、最近では一番納得した出来のものだ」
 
「やった……」
 
 永は手にした弓に既に愛着のようなものを感じていた。
 
「さすがハル様です」
 
 鈴心も喜びながら永を褒め、蕾生も永ならこれくらいは当然と言わんばかりに大きく何度も頷いた。
 
「では早速始めましょう。すみませんが僕もあまり時間がなくて……」
 
 腕まくりで皓矢が八雲を促すと、八雲も振り返って静かに頷く。
 
「む。そうか、そうしよう」
 
「わくわく!」
 永は擬音をわざわざ声に出して、期待満面の笑みで二人を見ていた。

「あの、八雲おじさん……」
 
 一同が倉庫部屋を出ようとした時、瑠深が遠慮がちに声をかける。
 
「どうした、瑠深」
 
「その犀髪の結(さいはつのむすび)はどうなるの?」
 
「あぁ……これは鵺の妖気と慧心弓の神気を抜き出したらただの鉄棒になる」
 
「廃棄しちゃうの?」
 
 瑠深は寂しそうに尋ねる。兄の残した物が捨てられるのが辛いのだろう。
 
「むう……我ながら惜しいとは思うが、あまり良いものではなかったからな」
 
「それも、生まれ変われないの?」
 
 瑠深には特に妙案があった訳ではない。ただ、兄の証が何の価値もなく忘れられていくのが寂しかっただけだった。
 
 だが、それは八雲にとっては一つの兆しであった。
 
「む?──そうか」
 
「八雲さん、仕事が増えましたね」
 
 皓矢も同じ事を察していた。
 
「そうだな」
 
「これは徹夜確定ですね」
 
 皓矢がニヤリと笑うと、八雲も少し笑った。
 
「ああ、そうしよう」
 
「?」
 二人の笑みは、何も察していない梢賢(しょうけん)に向けられる。
 
「梢賢、楓石(かえでいし)はあるか」
 
「そらもちろん」
 
「俺に託してはもらえないか?」
 
「ええ!?」
 
 驚く梢賢を八雲の次なる言葉が更に追い打ちをかけた。
 
「この犀髪の結をお前の呪具として生まれ変わらせる」
 
「えええっ!!」
 
 驚きながらも無意識にシャツの中にある楓石のペンダントを握る梢賢に、八雲は真っ直ぐ目を見ていった。
 
「お前はこの先、(けい)を探しに行くんだろう」
 
「そらまあ……」
 
「その過程で戦うこともあるだろう。その時、きっと役に立つ。頼む」
 
 八雲は頭を下げて言う。それに少し考えてから、梢賢は口を開いた。
 
「じゃあ、いっこ聞きたいことがあるんやけど」
 
「なんだ?」
 
「楓婆を石にしたのは、眞瀬木なんか?」
 
「──」
 
 八雲は黙ってしまった。しかし梢賢は強く出る。
 
「どうなんや、ちゃんと答えてくれ」
 
 そして八雲は観念したように短く答えた。
 
「そうだ」
 
「やっぱり……」
 
「梢賢、楓さんがいた頃はおじさんはまだ生まれてないし、父さんだって──」
 
 瑠深がなんとかフォローしようと口を挟むも、梢賢は優しい目で首を振った。
 
「ルミ、オレは別に責めるつもりはないよ」
 
「え?」
 
「八雲のおっちゃん、当時のことは伝わっとるんやろ?」
 
 聞かれた八雲はゆっくりと話し始める。
 
「俺の聞いた話では、雨都(うと)(かえで)は鵺の呪いに当てられて亡くなった。その遺体は鵺の呪いを内包する貴重なものだ。当時の眞瀬木は惜しいと考えたんだろう。いつか役立つ日があるかもしれないと、眞瀬木随一の保存術が施されたそうだ」
 
「その感じだと、当時も眞瀬木に鵺肯定派がおったみたいやな。しかも上の立場の」
 
「そこまでは俺の口からは言えん。墨砥兄さんに聞いてみるといい」
 
「──いいや、そんだけわかれば充分や」
 
 八雲の言葉に誠意を見た梢賢は深く息を吐いて引き下がった。
 
「あの、その事を雨都の人達はご存知なんですか?」
 
 蛇足かもしれないけれど、永はその事が気になっていた。八雲は素直に教えてくれた。
 
「石化は雨都(うと)(まゆみ)立ち会いのもとで行われたそうだ」
 
「ばあちゃんは隠し事がうまいからなあ」
 
「……」
 
 苦笑する梢賢に、永はやはり余計な事を聞いてしまったかもと少し後悔した。
 
 そんな永の心配を打ち消すように微笑んだ後、梢賢は胸元からペンダントを取り出して、ジッと見つめた後首から外し八雲に差し出した。
 
「わかった。よろしく頼んます」
 
「承った」
 
「いいのか、梢賢?」
 
 蕾生が遠慮がちに聞くと、梢賢はスッキリした顔で笑う。
 
「おう。言われた気がしてん。「戦え」って」
 
「楓サンは厳しいからねえ」
 
「子孫ならば余計でしょうね」
 
 永も鈴心も、あの頃の楓を思い出している。梢賢はちょうどその頃の楓と同じ光を瞳に宿していた。
 
「よっしゃ、改めて言わしてもらうわ。ハル坊、オレも仲間に加えてくれ」
 
 願ってもないことではあった。
 けれど永には少し躊躇いがある。また雨都の人間を危険な目に合わせることになる。それが果たして正しいのか、永にはわからない。
 
 梢賢はそんな永の気持ちすらも見透かして、屈託のない笑みを向けた。
 
「鵺との問題はもう君らだけのもんやない。雨都にも因縁ができてしまいよった。きっちりケジメつけたるわ、楓の後継者としてな」
 
 その宣言を、蕾生と鈴心は力強く頷くことで受け止める。
 
「わかった。これからもよろしく」
 
「おう!」
 
 永も心を決めて右手を伸ばす。梢賢はその手をとって二人はがっちりと握手を交わした。


 
 その午後から翌一昼夜、八雲の作業場ではずっと灯りがついていた。







 翌日の午後、永達四人は眞瀬木(ませき)墨砥(ぼくと)に呼び出され、眞瀬木邸に来ていた。
 
「こんちはー」
 
 梢賢(しょうけん)が玄関で軽く挨拶すると、瑠深(るみ)が迎えてくれた。
 
「ああ、よく来たね」
 
「お邪魔します」
 
「墨砥さんが僕らに何のお話ですか?」
 
 瑠深にはそれまでの刺々しさがなく、鈴心(すずね)(はるか)を友達に接するように促した。
 
「うん、とりあえず上がりなよ」
 
 蕾生(らいお)は眞瀬木邸から離れた場所にある作業場を気にしながら瑠深に聞く。
 
皓矢(こうや)八雲(やくも)はずっと作業してんのか?」
 
「そうね」
 
「もうすぐ丸一日経つんじゃねえか?」
 
「八雲おじさんにとっては珍しいことじゃないよ。呪具馬鹿だからね、納得するまで出てこない」
 
 瑠深は少し肩を竦めて苦笑する。次いで鈴心も心配を吐露した。
 
「お兄様も研究室に籠りっきりなのは日常茶飯事ですが、お食事はきちんとされているのかだけ気がかりです」
 
「それなら心配ない。父さんとあたしがきっちり食事は届けてる。毎回皿は空になってるから食べてるはず」
 
 その言葉に安心した鈴心は行儀良くお辞儀して礼を言う。
 
「ありがとうございます。お世話かけてすみません」
 
「とんでもない。あの人がいなけりゃ梢賢の武器も、ハルコちゃんの弓も完成しないよ」
 
 瑠深はすっかり鈴心が気に入ったのだろう。ニコニコ笑って答えた後、最後に永の方を見てニヤリと笑う。
 
「ハルコちゃん?」
 
「わー!わー!お邪魔しまーっす!」
 
 蕾生が首を傾げると永は慌ててその背を押して家の中に入った。瑠深はまた可笑しそうに笑っていた。


 
「ま、お茶でもどうぞ」
 
 居間に四人を座らせてから、瑠深は冷たい麦茶とパティスリーのロゴが入ったケーキ箱を持ってきた。
 
「そ、それは!!」
 
 刻印された店名に瞬時に反応した鈴心は瞳をキランと輝かせた。
 
「うん。あんた気に入ってたでしょ、このタルト」
 
「感激です、またいただけるなんて!」
 
「スポンサーに感謝しなよ。今回はあんたらにも分厚く切ってやろう」
 
 瑠深は箱から燦然と輝くプレミアムタルトを取り出して包丁を入れていく。
 
「ありがたやー!康乃(やすの)様、女神様!」
 
 梢賢は涙を流さん勢いで手まで合わせて喜んだ。永と蕾生もワクワクしながら瑠深の手元に注目していた。
 
「ああ、来たか」
 
 五人で和気藹々とケーキを食べ終えた頃合いを見計らって墨砥が居間に入ってきた。
 
「お邪魔してます。で、今日はどういった……?」
 
 改めて永が聞くと、墨砥はいくつかの書類やファイルを持って着席した。
 
「うむ。(けい)の書斎を調べてな、あの伊藤とか言う男の事が少しわかった」
 
「本当ですか!」
 
「ああ。どうやらヤツは兄の部下だと名乗って珪に近づいたようだ」
 
灰砥(かいと)さんの部下、というと眞瀬木の縁者ってことですか?」
 
 興味深そうに身を乗り出す永の前に、墨砥は書類の一つを取り出して広げて見せる。
 
「珪が調べた伊藤についての身上調査書だ。それによると、伊藤はかつて雨辺(うべ)とともに里を出た眞瀬木の縁者の末裔らしい」
 
「そんな人がうちにいたの?出てったのは雨辺だけなんだと思ってた」
 
 瑠深がそう言うと、墨砥は頷きながら説明を続けた。
 
「表向きはもちろんそうだ。だが雨辺には里を出る時に犀芯の輪(さいしんのわ)を託している。あれは(ぬえ)信仰の要。外に信仰の場を移すにしても、雨辺を監視するにしても、人材は必要だ」
 
「やはり、眞瀬木の鵺肯定派と雨辺を繋ぐ仲介者が常にいたってことですね」
 
 永が言う事にも墨砥は頷いて答えた。
 
「そうだ。伊藤は兄の灰砥の代からの仲介者だと珪には名乗ったようだ」
 
「断定はされないんですね」
 
 その永の言葉に、墨砥は眉をピクリと動かしてから付け加える。
 
「私の息子は、そう言われて鵜呑みにするようなうつけではない。こうしてきっちり自分で裏どりをしている。
 そういう仲介者が元は確かにいたのだが、かなり前にその血筋が途絶えていたことが調査でわかっている」
 
「じゃあ、伊藤は何者なの?」
 
 瑠深が訝しげに聞くと、最後に大きく息を吐いて墨砥はこう結んだ。
 
「結局のところはわからない。だが、珪はそれを知りながらも伊藤と協力関係を続けていた。鵺に関係する何かがあったことは間違いない」
 
「そうだね……あの殺気と、不思議な力。只者じゃないよ。人間なのかな、そもそも?」
 
 瑠深が言ったその言葉に永ははっとした。
 
「瑠深さん、それ鋭いかもしれません」
 
「え?」
 
「実は銀騎(しらき)にも間者が入りこんでいて──」
 
 銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)の秘書として長年勤めていた佐藤斗羽理(とばり)が実は得体の知れない者だったこと。脱走する直前に詮充郎に重傷を負わせ、家宝を奪取したことなどを永は簡潔に説明した。
 
「なるほど。佐藤に伊藤、いかにも偽名っぽいな」
 
 墨砥が考え込んでいると、永は更に付け足した。
 
「ここに来て伊藤という人の存在を聞かされた時、妙な既視感がしたんです。そして今のお話であの女と似てるって確信しました」
 
「佐藤という女の正体は掴んでいるのかね?」
 
「あ──それはまだ僕らは聞かされてません。皓矢が調べていると思いますけど、このゴタゴタでそこまで話してなくて」
 
 そこまで聞いた墨砥は広げていた書類を整えてまた封筒にしまうと、それを永に差し出した。
 
「そうか……。良かったらこの書類を持っていくかね?」
 
「いいんですか?」
 
「我々も情報網はそれなりにあるが、銀騎に比べたらたいしたことはない。そちらに預けた方が有用だろう。それに──」
 
 墨砥は少し躊躇った後、小さな声で呟くように言った。
 
「あの伊藤という男が兄の時から暗躍していたのだとしたら、兄を鵺に狂わせたのはあいつかもしれない……」
 
「そうですね、あり得ることです」
 
 銀騎研究所において佐藤が詮充郎の側で暗躍していたように、眞瀬木でも同様のことがあってもおかしくはないと永は考えていた。
 
「こんな事を頼めた義理ではないのだが、あの男の素性を必ず暴いてくれ」
 
「ええ。必ず」
 
 永は墨砥の思いとともに、封筒を受け取った。







 麓紫村(ろくしむら)に来てから一週間と少しが経った。永はその日は朝早く目が覚めてしまった。携帯電話で時間を見るとまだ五時だった。だが、僧侶の二人は起きているだろうと思って、着替えて庭に出る。
 
「……」
 
 なんとなくぼうっと立っていると、梢賢(しょうけん)が大きな口を開けながらやって来た。
 
「ふわぁあっと、おろ、ハル坊?」
 
「あ、おはよ」
 
「どしたん、随分早いやん」
 
「梢賢くんこそ」
 
 苦笑しながら永が言うと、梢賢は首を回したり肩を回したりしながら答える。
 
「おー、なんか目が覚めてもうてなあ……」
 
「うん、僕もなんか落ち着かなくて」
 
 すると二人の前に人影が現れた。
 
「へえ、起きてるなんてやるじゃない」
 
「ルミ?どしたん?」
 
 早朝から、しかも庭先に顔を出した瑠深(るみ)を見て、梢賢は少し驚いていた。瑠深はニヤと笑って親指で自分の家の方向を指しながら言った。
 
「できたよ、あんた達の武器が」
 
「ほんとに!?」
 
「へえ!」
 
 永も梢賢も急に興奮して声を弾ませる。その様子に瑠深は満足そうだった。
 
「さすがに持ち主はちゃんと目覚めてるんだね。見直したよ」
 
「たた、大変だ!とりあえずライくん起こしてくる!」
 
 永は慌てふためいて庭を右往左往した後、蕾生の寝ている部屋の方向を向く。
 
「お、おう、じゃあオレは鈴心(すずね)ちゃん起こしてくる!」
 
 梢賢もまたオロオロしながら鈴心が寝ている洋間へ向かおうとしていた。
 
「──オイオイオイ、まてまてまて!」
 
 永は慌てて物凄い形相で百八十度振り返り、梢賢の首根っこを捕まえる。その様に瑠深は深く溜息を吐いた。
 
「落ち着けコント野郎ども。あの子は私が起こしてくる」
 
「おお、頼む!洋間や!」
 
 永に首を絞められそうな勢いの梢賢は瑠深に鈴心の部屋を伝えた。
 
「わかったわかった」
 
 勝手知ったる瑠深は縁側から上がり、家の中へと消える。それを見届けると二人は蕾生を起こしに走った。
 
「ライくーん!ライくーん!」
 
「ライオンくーん!」
 
 今日もまた暑くなりそうな日差しだ。

 

「おじさん、連れてきたよ」
 
 揃った四人は、瑠深に連れられて八雲(やくも)の作業場に来ていた。緊張しながらも入ると、見るからにボロボロの皓矢(こうや)が皆を出迎えた。
 
「やあ……来たね」
 
 頭髪はぐしゃぐしゃで、充血した目の下にはクマを作っている皓矢を見て鈴心は青ざめて駆け寄った。
 
「お兄様!大丈夫ですか!?」
 
「……」
 
 永と蕾生もその様子に絶句する。確か、銀騎(しらき)家を出発する時もグシャグシャな格好だったが、今日のはあれに輪をかけて酷い。
 
「いやあー、いい仕事だよ。僕は感動したね!」
 
 足元もヘロヘロで覚束ないが、皓矢はニコニコ笑っていた。
 
「む。来たか、入れ」
 
「お疲れさんですぅ」
 
 奥から八雲が出てきて梢賢がお愛想するが、皓矢に比べて平然としているのには永も蕾生も鈴心も別の意味で絶句した。
 
 作業場の中まで入ると、作業机の上に綺麗に磨かれた硬鞭と一対の弓矢が置かれていた。その纏う空気はとても清々しい。
 
「これが……」
 
「オレの──」
 
 永も梢賢もそれに目を奪われながら一歩進んだ。
 
 八雲はまず硬鞭の方に視線をやって言う。
 
「梢賢の硬鞭は慧心弓(けいしんきゅう)の神気を抜いたので、資実姫(たちみひめ)の神気を代わりに込めた」
 
「ええっ!?」
 
 驚く梢賢に、皓矢が代わって説明した。
 
剛太(ごうた)くんにお願いしてね。それに君も脆弱ながら資実姫の力を行使できるんだろう?つまり、資実姫とキクレー因子は相性がいいようだ。あの日、康乃(やすの)さんがそれを証明している」
 
「はあ……」
 
 あまり実感が持てていないような梢賢に、八雲は更に説明を付け足した。
 
「それから犀髪の結(さいはつのむすび)は当初は(けい)専用の呪具になる予定だった。だから珪の呪力の複製も込められていたのだが、それはそのままにしておいた」
 
「と、言うことは……?」
 
「珪を探すのにその硬鞭は役に立つだろう」
 
「珪兄やんのGPS!?」
 
「……そんなに精密なものではないけどね」
 
 盛り上がる梢賢に皓矢が注釈したがあまり聞こえていなかったようで、梢賢は硬鞭を掴んで雄叫びを上げた。
 
「よっしゃー!待っとけよ、兄やん!」
 
「試しに力を込めてみろ」
 
 八雲に言われて梢賢はキョトンとしていた。
 
「へ?どうやって?」
 
「お前がすぐ消える絹糸を出す時の要領だ」
 
「一言多い!」
 
 そうつっこんだ後、梢賢が硬鞭を右手に持って意識を集中させる。持ち手の側には楓石(かえでいし)が埋め込まれており、次の瞬間それが仄かに緑色に光った。
 
「!!」
 
 その後硬鞭の先端から白く太い絹糸がロープの様によりあって出現した。それはまるで鞭のようだった。
 
「すごい!」
 
 鈴心が感嘆の声を上げていると、八雲が大きな丸太を目の前に立てた。
 
「強度を試してみろ」
 
 ぶん!と梢賢が振り上げると空気を割く鋭い音がする。続けて硬鞭を振り下ろせばビシ!という大きな音を立てて丸太は大きく(えぐ)れた。
 
「マジか!」
 
 その威力に梢賢はとても驚いていたが、八雲は冷静に言う。
 
「まあ、合格点だな。精進しろ。慣れれば優杞(ゆうこ)のようにそれで縛り上げることもできるだろう」
 
「オレ、女王様やんか!ひゃっほー!」
 
「浮かれるな。精進しろ」
 
「はい……」
 
 精進しろ、と二回も言われて梢賢は少し肩を落とす。そこへ皓矢がニコニコしながら入ってきた。
 
「その硬鞭の名前は鴗絹鞭(りゅうけんべん)としたよ」
 
「鴗絹鞭……か」
 
 鴗絹鞭を掲げながら梢賢はその名を噛み締めた。
 鈴心は瞳をキラキラさせていたが、相変わらずの歯が浮くネーミングセンスに永は呆れている。そして蕾生はよくわからないのでどんな漢字で書くのか後で聞こうと思っていた。知ったところで理解できるとは限らないが。
 
梢賢(しょうけん)の武器が正絹(しょうけん)ってか!?」
 
 そして持ち主のダジャレには三人もれなくシラけた。
 
「あっはっは!」
 
 だが、三人の冷たい視線を他所に梢賢はご機嫌で爆笑していた。







「続いて弓の方だが」
 
 八雲(やくも)が促したので、(はるか)は緊張で息を飲みながら弓を手に取る。竹製で等間隔に蔓が巻かれている。
 
「凄い、なんか、懐かしいというか、不思議な気分だ」
 
 永は弓を持ちながらその姿を上から下へと見ていく。更に八雲は机の上の二本の矢にも言及した。
 
(やじり)も磨いて矢に仕立て直した。翠破(すいは)紅破(こうは)で一手だ」
 
 矢に使われる鳥の羽は反りの向きで表裏があり、半分に割いて使用する。一本の矢に使う羽は裏表を同じに揃えるため矢は二種類でき、これを一手と呼ぶ。
 
 永は蘇った二本の矢にも感慨深い視線を送って、八雲に礼を述べた。
 
「ありがとうございます!」
 
「弓には康乃(やすの)様からいただいた御神木の弦を巻いてある。資実姫(たちみひめ)の加護を得られるようにとな」
 
重藤(しげとう)の弓ですね。凄いや、なんだかビリビリ来るよ」
 
「本来の神気に加えて、資実姫の神気がそれを補助しているからね。これは、本当に凄い弓だよ」
 
 皓矢は親指を立てて弓に太鼓判を押した。
 
「試しに射ってみるか?」
 
「いいんですか?」
 
 八雲はそう言って一同を眞瀬木の修練場に案内する。それは作業場のある所から更に奥で、ほぼ森の中と言ってもいい程だった。
 
「凄い、こんな所があるなんて」
 
「修練用の矢だ。ゆがけも使うか?」
 
「あ、はい」
 
 八雲に道具を一式借りて、永は射場に立って精神を統一した。しばらく目を閉じていたが、やがて瞳を開き、流れる様な所作で弓を引き矢を射る。
 
「──ッ!」
 
 放たれた矢はおよそ常識では考えられないような速さで飛び、オーラのようなものを纏いながら目掛ける的を瞬時に破壊した。
 
 その様に射った永自身が目を丸くして口をポカンと開ける。
 
「すげ……」
 
 蕾生(らいお)が驚愕の声を漏らしたが、八雲は一度頷いて淡々と言った。
 
「結構。ちゃんと鍛錬しているようだ。だがその弓の力はこんなものではない。更に精進するがいい」
 
「はい!ありがとうございます!」
 
 永は声を張り上げて一礼した。そして横から満を持して皓矢(こうや)がニコニコ笑いながら言い出す。
 
「名前なんだけど──」
 
「うわ、出た……」
 
常盤慧殊(ときわけいじゅ)って言うのはどうかな?」
 
 それを聞くなり鈴心(すずね)が拍手喝采する。
 
「お兄様、ブラボーです!」
 
「常盤、慧殊……。ま、まあまあかな!」
 
 永にとってはそれが精一杯の譲歩の態度だった。
 
「かっこいいぞ、永」
 
 蕾生が棒読みで言えば、永も同じ調子で言い返す。
 
「いやいや、白藍牙(はくらんが)に比べたら」
 
「常盤慧殊もなかなか」
 
「ははは……」
 
「ははは……」
 
 二人のやり取りを好意的に捉えている皓矢は満面の笑みで満足そうだった。
 
「喜んでもらえて嬉しいよ」
 
「さすがはお兄様です」
 
 鈴心もすっかり悦に入っており、永と蕾生との美的センスとは隔たりがある事を梢賢は側から見て思った。なんだかんだでこいつらもコント集団だな、と。

 

「僕の決意を聞いてほしいんだけど……」
 
「うん?」
 
 永はおもむろに三人に向き直った。蕾生はその表情から確かな、そして新たな決意を感じ取る。
 
「僕は今まで鵺っていうのは、計り知れない化け物で、それこそ天災みたいな存在だから呪われたことは不運だったって、どこかで諦めてた」
 
「……」
 
 確かに鵺は人智を越える存在で、眞瀬木などが神格化するほどのものだ。永の考えももっともだと蕾生は思った。
 
「でも、今回の事でよくわかったよ。鵺のせいで人生を狂わされ破滅していく人が僕らの周りに何人もいたんだ」
 
 永はそこで鈴心と目を合わせた。長い、永い時間を振り返るように。
 
「僕らだけでは飽き足らず、僕らに関わった人達まで破滅させていく鵺を、絶対に許してはいけない。鵺は──憎むべきものだ」
 
「そうだな……」
 
 戦うべきなのは鵺の呪いではなく鵺そのものなのだ、と蕾生も迷わずそう思う。
 
「僕らの運命は呪いを解くだけじゃ終われない。必ず鵺を倒す。そう決めたんだ」
 
 永が前を向く。
 
 それだけで蕾生も鈴心も心に芯が通る。
 
 永の正しさが、永が正しいと思うことが、蕾生と鈴心の支柱だ。
 
「──うん、わかった」
 
 蕾生は永の望みを叶える、と心に誓う。
 
「ハル様の御心のままに」
 
 鈴心は目を閉じて御意を示す。
 
「どうせなら目標はでっかい方がええ!」
 
 新たに加わった梢賢は運命と戦うことを決める。


 
 最後に永は笑って言った。
 
「みんな、これからもよろしく」





 ピリリリ、と皓矢の電話が鳴った。
 
「失礼、おや、星弥(せいや)だ」
 
 画面を確認して呟いた言葉に、鈴心はギクリと肩を震わせた。きっとまたうるさいに違いない。
 
「もしもし、星弥?ごめんね連絡もしないで」
 
 一人で星弥のお小言を聞きたくなかったのか、皓矢は無意識にスピーカーフォンにして電話に出た。だが、星弥の一声は──
 
「兄さん!早く帰ってきて!!」
 
「どうした?」
 
 切羽詰まった様子の妹の声にただならない事情を悟った皓矢はすぐに表情を強張らせた。
 
「研究所が大変なの!乗っ取られるかもしれない!」
 
「落ち着きなさい、どういうことだい?」
 
玉来(たまき)!玉来建設が乗り込んでくるんだって!」
 
 その名前は永にも聞き覚えがあった。前回の転生。彼の姿が思い出される。
 
「まさか。千明(ちあき)さんはどうしてるんだい?」
 
「それが玉来のおじ様が行方不明なの!生きてるかもよくわからないの!!」
 
「──なんだって?」
 
 それは、かつての宿命の残火が再び燃え始めたことを意味していた。


 
 舞台は再び銀騎研究所へ。



 
第二部 了
転生帰録3 へ続く







※一番最後に第三部の予告がありますので、せめてそれだけでもワープして読んでいただけたら嬉しいです!!

眞瀬木(ませき)(ぬえ)信仰〉
 
 雲水(うんすい)一族が麓紫村(ろくしむら)に流れ着く以前、呪術師である眞瀬木家は鵺についての知識はほとんどなかった。ただ噂で銀騎(しらき)(師羅鬼)が鵺という化物をしつこく追っているのを聞く程度だった。そこに渦中の銀騎からスカウトがやってくる。民間呪術師出身の眞瀬木は、正統な陰陽師を名乗る銀騎家からの勧誘を喜んで受け入れた。当時の眞瀬木家当主の長男を銀騎に弟子という形で派遣した。眞瀬木は高い結界術を見こまれて鵺の遺骸分析チームに配属される。しばらくは研究の日々が続いた。だがある日、鵺の呪いに魅入られた眞瀬木は同僚達に怪我を追わせ銀騎を出奔する。その際、眞瀬木は鵺の遺骸から体毛を数本むしり取っている。それを持って眞瀬木は麓紫村に戻った。
 
 鵺に魅入られた眞瀬木家長男は、以降引きこもりがちになり独自に研究を重ね、自分なりの鵺についての解釈を進めていった。いつしか仲間が増え、眞瀬木内部には「鵺信者」と形容される一派が形成される。その思想は時に当主にすら及ぶこともあった。そこに雲水一族が麓紫村に流れ着く。当時の眞瀬木家当主は鵺信者だったため、雲水一族の受け入れを藤生(ふじき)家に強く進言し、眞瀬木がそれまで使っていた神社の社や土地を提供するほど熱狂的だった。その後、雲水一族は仏教の教えを麓紫村にもたらして、与えられた神社を寺に改修する。神道と仏教の教えをうまく融合させ、麓紫村の宗教観を更に強固にした。眞瀬木はその功績を讃えられ、藤生の分家として迎えられる。一介の民間呪術師が、武家の親戚筋にまで出世した瞬間であった。
 
 以降、眞瀬木は麓紫村のナンバー2として、絶大な発言権を持つまでになった。

 
雨辺(うべ)家の成り立ち〉
 
 麓紫村に移り住んだ雲水一族は鵺を忌み嫌っており、鵺を崇める一派を抱える眞瀬木家とは距離を保って暮らしていた。だが、麓紫村は藤生と眞瀬木が支配すると言ってもいいくらいの絶大な影響力が村人全体に及ぶ土地である。雨都(うと)に名を変えた雲水一族は客人扱いではあったが、改名は眞瀬木主導で行われた経緯もあって、眞瀬木に追随する者も少なくなかった。そのような背景で、雨都の一部の者に眞瀬木の鵺信仰が広がっていく。
 
 眞瀬木の鵺信者との集いに参加するようになった雨都の者は、次第に鵺に魅入られていった。呪術の知識を持たない雨都は鵺に傾倒していき、呪術師である眞瀬木であれば理性と歯止めがきくが、一般人に近い雨都は熱狂的に鵺を信仰するようになる。
 
 事態を重く見た雨都の当主は内部の鵺信者の排斥を始めた。厳しい環境に耐えかねた雨都の鵺信者は麓紫村からの出奔を企てる。時同じくして、眞瀬木の方でも内部の鵺信者が増えており、これまでのように黙認することが難しくなっていた。と言うのも、すでに雨都は眞瀬木に代わり村の宗教関係を一手に担うまでなっており、その面で藤生は雨都を重用しているため、眞瀬木は雨都をある程度尊重しなければならなかった。
 
 眞瀬木は表向き雨都に倣って鵺を排斥する立場をとる。しかし眞瀬木の鵺信者はそれでも鵺を諦めきれず、雨都の鵺信者が出奔するのを手引きし、眞瀬木で作った鵺神像の瞳を託した。その際、連絡役兼支援役として眞瀬木からも特に鵺に傾倒している者数人が密かに村を出た。
 
 隣街に逃れた雨都の鵺信者は雨辺に名を変えて鵺を信仰し続ける。その中で雨都とも眞瀬木とも違う鵺に対する独自の解釈が育っていく事になる。こうして雨辺は眞瀬木からの援助に頼る生活を現在に至るまで続けている。


〈登場人物〉

 周防(すおう) (はるか)
 15歳。高校一年生
 鵺に呪われた武将、(はなぶさ)治親(はるちか)の現在の姿
 麓紫村(ろくしむら)には雲水の末裔である雨都梢賢に請われて訪れた
 そこで、かつての同志である雨都(うと)(かえで)の末路、雨都が抱える分家問題、麓紫村の闇に触れる
 それら全ては鵺の呪いが起源であることを悟り、それまでの自然災害のような化物だという認識を変え、自らに厄災をもたらす化物として完全な鵺討伐を目指す決意をする。
 慧心弓(けいしんきゅう)の後継武具、常盤慧殊(ときわけいじゅ)を入手した

 (ただ) 蕾生(らいお)
 15歳。高校一年生
 鵺に呪われた武将、英治親の郎党、雷郷(らいごう)の現在の姿
 銀騎研究所での戦いを経て、鵺化を克服し制御しつつある
 銀騎皓矢から与えられた武具、白藍牙(はくらんが)を持つ
 麓紫村での複雑な状況で永や鈴心が疑心暗鬼に苛まれる中、当初の目的(梢賢を助けること)だけに邁進し二人を導いた
 鵺化した葵と戦う際、黄金色の鵺に変化することに成功した

 御堂(みどう) 鈴心(すずね)
 もうすぐ14歳。高校一年生(飛び級)
 鵺に呪われた武将、英治親の郎党、リンの現在の姿
 銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)の研究により、遺伝子を操作され生を受けた
 銀騎製のキクレー因子(レプリカ)とリンが元々持っていたキクレー因子(オリジナル)を合わせ持つとされるが詳細は不明
 麓紫村では少し体調を崩すも、永の補佐を立派に務めた

 雨都(うと) 梢賢(しょうけん)
 18歳。大学一年生
 意識して関西弁を話し、飄々とした雰囲気を演出している。お笑い芸人が大好きで、何でもお笑いに例えて言うと簡単に説得される
 雨都に百数十年ぶりに生まれた男子であることにプレッシャーを感じてはいるが、自分を特別視して中二的想像で動くこともある
 幼い頃に出会った雨辺菫に懸想し、彼女を正気に戻すために永達の居場所を突き止めて協力を仰いだ
 菫が石化してしまい、珪まで出奔した責任を感じ、永達とともに鵺と戦う決意をする
 犀髪の結(さいはつのむすび)の後継武具、鴗絹鞭(りゅうけんべん)を入手した

 眞瀬木(ませき) (けい)
 25歳。実業家。眞瀬木家長男
 鵺肯定派と言ってはいるが、その実、鵺過激派と形容してもいいほど鵺に傾倒している
 伯父の眞瀬木(ませき)灰砥(かいと)が粛清された後、伊藤有宇儀(ゆうぎ)に従って雨辺菫の援助に加担する
 葵の鵺化を目論み、鵺を支配下に置くため母親の存在は不必要であると考え、同時に菫の石化も準備していた
 当初珪は犀髪の結(さいはつのむすび)により葵を鵺化しようとしていたが、祭で菫が暴走したため先に菫を石化してしまった
 これにより計画とは順番が逆になってしまったが、葵が母を亡くした衝撃で鵺化したので彼の目的は結局果たされた
 黄金の鵺になった蕾生と、藤生康乃の力、銀騎皓矢の介入により彼の目論見は崩れたが、伊藤有宇儀の勧誘を受け麓紫村を出奔した

 眞瀬木(ませき) 墨砥(ぼくと)
 52歳。呪術師。眞瀬木家当主
 藤生に付き従うことが全ての頑固者。鵺否定派
 顔は険しいが、藤生とも雨都ともバランスを取りながら平穏に暮らしたいと願う穏健な部分もある
 珪がしでかした一連の事件に責任を感じるも、康乃からの命令と梢賢からの申し出により自刃を踏みとどまる
 永に珪が調べた伊藤有宇儀についての資料を託し、梢賢には珪の捜索と拿捕を託した

 眞瀬木(ませき) 瑠深(るみ)
 18歳。高校三年生。眞瀬木家長女
 呪力の低い珪に比べて、瑠深は天才とも言われるほどの実力を持つ。そのため、親族では瑠深を次の当主に据える意見もある
 高校を卒業したら本格的に呪術の修行をする予定
 本人の性格はサバサバ系で、男まさりな物言いをするが、スイーツが好きなどの少女らしい一面も合わせ持つ
 同じようにハッキリと物を言う鈴心を気に入り、蕾生については少し気になっている

 八雲(やくも)
 47歳。本名は大柿(おおがき)鋼一(こういち)
 八雲は眞瀬木直属の職人集団の長の名で、鋼一はその十八代目。眞瀬木墨砥の従兄弟である
 現在は職人は八雲一人のみ
 八雲には職人と同時に内部粛清の任務もあり、少し離れた位置から常に眞瀬木家を見張っている

 藤生(ふじき) 康乃(やすの)
 60歳。藤生家当主
 夫を早くに亡くし、息子夫婦も事故で亡くす。以降村の全てを取り仕切る女傑
 藤生先代の父と当時恋仲だった雨都(うと)(まゆみ)の娘
 藤生の絹生成の力を使いこなし、葵が鵺化した際は自身のキクレー因子も機能させて葵を人間に戻した
 それにより、資実姫(たちみひめ)の力を失う
 素早い決断力で、ニコニコしながら軽い感じで決めるので周囲を戸惑わせることもある

 藤生(ふじき) 剛太(ごうた)
 12歳。小学六年生
 康乃のたった一人の孫。早くに両親を亡くし、村の大人に囲まれて育ったため少し精神が不安定な部分がある
 だが、今回の一件で次期当主としての意識が芽生え、資実姫の力を発現させた
 鈴心に恋をしている

 雨辺(うべ) (すみれ)
 36歳。主婦
 雨都から離反した分家の末裔。中学生の時に両親を亡くして以降、眞瀬木灰砥と伊藤有宇儀から援助を受けている
 鵺をうつろ神と呼び、異常な信仰心を持つ
 息子の葵にもそれを強要し、それが原因で葵が藍を妄想で作り出すもそれを無視し続けた
 葵が鵺化しかけたのを機に暴走し、織魂祭に乱入。珪の策謀により石化させられて死亡した

 雨辺(うべ) (あおい)
 10歳。小学校には行っていない
 菫の長男として生まれるが、母からの多大な期待と鵺信仰の強要により精神を病み、イマジナリーフレンドの藍を妄想する
 長年キクレー因子を摂取させられたため、本来雨辺の持つ少量の因子ではあり得ない鵺化を果たした
 蕾生と藤生康乃の尽力により、鵺化が解除、藍も消失したため、一時的に幼児退行している
 梢賢の姉夫婦、雨都(うと)楠俊(なんしゅん)優杞(ゆうこ)夫妻の養子となり、麓紫村で暮らすことになった

 雨都(うと) (かえで)
 享年25歳前後
 50年ほど前、17歳で麓紫村を出奔した後、ハル達と共に慧心弓を扱って当時の鵺と戦った
 鵺の呪いを受けた状態で村に戻ると徐々に衰弱し、およそ七年後に死亡したとされる
 その際、眞瀬木家から鵺の呪いを内包した遺体を惜しまれ、姉の(まゆみ)立ち合いの下で石化を施される
 以降はそれを楓石と呼び、現在は梢賢が受け継いで持っていた
 八雲と皓矢により鴗絹鞭の一部となって梢賢の武具となる

 伊藤(いとう) 有宇儀(ゆうぎ)
 年齢不詳
 眞瀬木灰砥と手を組んで雨辺菫を援助・洗脳していたようだが、どちらが主導していたかは不明
 灰砥の死後、珪に近づいて表向きは珪の部下のような働きをしていた
 織魂祭の日、土壇場で登場し、不思議な力で珪とともに次元の狭間に消えた

 銀騎(しらき) 皓矢(こうや)
 28歳。銀騎家次期当主
 長年ハル達と敵対していたが、今回の転生で永と和解、以降全面的なバックアップをしている
 陰陽師の力は天才的で、眞瀬木珪を圧倒した。八雲とともに常盤慧殊と鴗絹鞭を作成した
 武具に独特のセンスで名前をつけるのが大好き

 銀騎(しらき) 星弥(せいや)
 16歳。高校一年生
 皓矢の妹で、蕾生達と同じ高校に通う優等生
 鈴心同様、キクレー因子(レプリカ)を持つ被験者
 キクレー因子を半覚醒させた事により、その力を制御するべく夏休みは陰陽師修行をしている


 ⭐︎眞瀬木の呪具・犀芯の輪(さいしんのわ)から、永の武具・常盤慧殊(ときわけいじゅ)へと成った詳しい解説⭐︎

 ◎眞瀬木の長男が銀騎から持ち出した鵺の腕毛を使用して、鵺神像の瞳に鵺の妖気を宿らせた →それを信仰する
 ↓
 ◎雲水一族が麓紫村に移住。彼らが持っていた慧心弓(けいしんきゅう)を借りた眞瀬木が、慧心弓の神気と内包していた鵺の妖気を複製
  ※この時、慧心弓の内部は鵺の妖気を弓の神気でくるんだ状態だった。表には神気が出ている。
 ↓
 ◎眞瀬木の鵺信者が慧心弓から複製した鵺の妖気を神気もろとも犀芯の輪に格納。これにより、鵺の妖気が増え弓の神気が表に出なくなった。
 ↓
 ◎雨都の中の鵺信者(後の雨辺)が麓紫村を出奔。手引きしたのは眞瀬木で、これを機に眞瀬木は雨辺で鵺を信仰することに。
  そのため、鵺神像の瞳をくり抜き持ちやすい環状にして雨辺に預ける。 →犀芯の輪が完成
  ※眞瀬木も少数の鵺信者を密かに村から出し、雨辺の支援と監視をさせた。
 ↓
 ◎眞瀬木灰砥(かいと)が粛清された後、伊藤有宇儀(ゆうぎ)が眞瀬木(けい)に接近。以降、珪は雨辺家を利用することを思いつく。
 ↓
 ◎雨辺にある犀芯の輪を、珪がレプリカ(八雲作)にすり替える。レプリカには石化の呪術を組み込んでおく。
 ↓
 ◎奪った犀芯の輪を研究した珪は、鵺の妖気を増幅させる新たな呪具を設計する。 →犀髪の結(さいはつのむすび)(硬鞭)ができる
 ↓
 ◎犀髪の結に、犀芯の輪から取り出した鵺の妖気を移す。その際、珪は呪術で鵺の妖気を更に増幅させた。
  ※このため、隠れていた弓の神気が更に小さくなる。また、珪が扱うために珪の呪力も僅かに犀髪の結には込められている。
 ↓
 ◎祭の日、雨辺菫を石化させ、レプリカの犀芯の輪が消滅する(妖気を取り出した本物の犀芯の輪はすでに廃棄済み)
 ↓
 ◎犀髪の結から鵺の妖気を二分し、極小の弓の神気を取り出す。(硬鞭には鵺の妖気の半分と珪の呪力が残る)
  永が持っていた翠破(すいは)紅破(こうは)の神気を使い、極小だった弓の神気を表に出す。
  藤生から提供された資実姫(たちみひめ)の神気で鵺の妖気をくるむ。更にそれを弓の神気でくるむ。
 ↓
 ◎弓の神気と資実姫の神気で強固にコーティングされた鵺の妖気を、新たな弓・常盤慧殊に格納する。
  同様の技法で、梢賢の新たな武具・鴗絹鞭(りゅうけんべん)も作成する。
 ※{弓の神気+資実姫の神気+(鵺の妖気半分)}→常盤慧殊へ
 ※{楓石の神気+資実姫の神気+(鵺の妖気半分+珪の呪力)}→鴗絹鞭へ


【第三部予告】

 重症を負った銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)がいまだに目覚めない隙をついて、かつてのパトロンであった玉来(たまき)建設が介入してきた銀騎研究所。二十年以上疎遠だったのに、何故今なのか。皓矢(こうや)は唯一連絡を取り合っていた副社長の玉来(たまき)千明(ちあき)が行方不明になっていると知る。玉来建設の不審な動きと副社長の失踪には必ず関係性があると見た皓矢は、かつて銀騎を裏切ったとされる分家出身の御堂(みどう)漱真(そうま)の足跡を追うことにした……

 一方、学校が二学期に入った蕾生(らいお)達。銀騎研究所の危機的状況を危惧しつつも平穏な生活を送ろうとした矢先、クラスに男子の転入生が現れる。帰国子女だという彼は赤い髪で派手な外見のためにたちまち学校の注目を浴びた。何故か蕾生につっかかり喧嘩にまで発展するも、拳で意気投合。だが、(はるか)梢賢(しょうけん)は彼への警戒を緩めない。

 星弥(せいや)鈴心(すずね)は皓矢を手伝いながら玉来建設と玉来千明の行方を追っていく。御堂漱真を調べるうちに明るみになる前回の転生。彼は一体何をしたのか、リンと詮充郎が交わした密約とは何だったのか。詮充郎が愛息・紘太郎(ひろたろう)死亡の真実を語る時、鵺の呪いと転生の秘密が紐解かれる。

 蕾生の黒鵺化が止まらない。仕方なく永は弓を引く。必死で止める鈴心から驚愕の事実が……!
「お前は、九百年を無駄にしたのか?」
 赤い影が三人に忍び寄る……




 頑張って書くので、是非三部も読んでください!!   城山リツ

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