長野の片田舎にひっそり佇むミニシアター。その入り口はカラカラと可憐な音を鳴らす引き戸。暖房のない館内の為、すぐそこにはブランケットが積まれている。
 
「今日は花柄、大吉だわ」
 
 一番上のブランケットを手に取り、房江は肩をすくめた。色も形もチグハグなそのブランケット。その柄や模様で小さな運試しをするのが、このミニシアターを訪れた際の房江の常であった。
 
 入り口から少し進むと小さな売店があり、房江はあんぱんを買う。ひとつ一一〇円のそれは、昔は八〇円で買えた。
 
 飲み物は買わなかった。飲み物は手洗いを近くするし、匂いの強いものや音のなるスナックは気が進まない。
 
 席に着き、上映が開始される前にと急いでビニール袋を破った房江の手のひらの熱で、あんぱんは少しだけふやけた。
 
 まあるく艶めく、焦茶色の生地。その一番の膨らみの、胡麻がついている部分に親指をかけ、力を入れて半分に割る。
 
 あんこは生地の下の辺りにほんのり、少しだけ。決してお腹が一杯になるほどの量ではないことが、房江にとっては重要でもあった。
 
 上映中に口に放り込むタイミングも、大体おんなじだった。
 
 ヒロインが部屋を抜け出し、
 
 無邪気にはしゃぐ。
 
 相手役の男性がふざけて笑えば、
 
 互いに惹かれ合う姿が見て取れる。
 
 心が弾むたび、房江は嬉しそうにあんぱんを口にした。
 
 上映が終わると、房江はその足でミニシアターから二つ隣の茶屋に向かう。お腹を空かせる理由はここにあった。
 
「パフェをください」
 
 本来あんぱんでカラカラに乾いた喉を潤す為に入ったはずの茶屋で、房江は大抵目移りした。甘いものにはめっぽう弱い。
 
 しらたまと寒天。あんこと抹茶のムースがふんだんに盛られたそのパフェを、ついさっき観た映画の主人公の気分になって無邪気に頬張る。
 
 スプーンがクリームをすくう度、心なしか履いているスカートもフワッと空気を含んだみたいに軽く思えた。
 
 そうして房江は、閉じた口で咀嚼を楽しむふりをして。斜め向かいの窓際に座るコーヒーを嗜む紳士を、上目遣いに見るのだ。