「ええ、最近膝が痛くてね……。寒くなってきてから特に酷いのよ」

なるほど、引きずるほどではないが確かに左足の動きが鈍いようだ。

「それはよろしくないですね。さ、どうぞ中へ」

玄関の扉を開けて、俺はデボラを家の中に招き入れた。

中では穏やかな笑みを浮かべて椅子に座っているキルシュが出迎える。

「やぁ、デボラさんいらっしゃい。今日も素敵だね」

「もうやだわぁ先生ったら。いつでも透き通った肌に綺麗な顔してて、あたしたち女より綺麗な男の子なんだもの。先生がそんなこといっても説得力ないわよ」

「そりゃ残念。これでも一応男の子のボクとしては、こんなエルフの貧弱で華奢な体より、がっしりとしたザイの体つきのほうが羨ましく思えるんだよね」

「あははは、そりゃそうだわ。男の子に綺麗といっても嬉しくないわよね……って先生、もう何百年も生きてるんだから、男の子っていうのは無理があるわよ」

「いいじゃない、ボクの心はいつでも夢見る十代の少年だよ」

また俺の容姿が話題に上がっているが、こんないかつい男の見た目のどこがいいのか俺にはさっぱりわからない。

とりあえず台所に向かった俺は、戸だなから乾燥させたカミツレを取り出し、ポットに入れて湯を注ぎカモミールティーを用意する。

それを居間に持っていた時、キルシュは向かいの椅子にデボラを座わらせて診断を開始していた。

「膝が痛いんだよね。さ、こっちに座って。診断を始めるね」

彼がデボラに対して右手をかざすと、その手があたたかな緑色の光に包まれる。

“透見”という、物体の中の構造を把握する魔術でキルシュの場合は体調不良の人の原因を

「う……ん、原因は大きく分けると二つあるみたいだ。一つは体の冷え。これは酷いね、手や足の先に結構な冷えを感じるんじゃないかな?」

「そうなんですよ。前から冷え性で辛かったんですけど今年は特に酷くてねぇ……。寝てる時は足がつって目が覚めるし、肩こりもひどくて……」

「それは血流が悪くなって、筋肉が収縮しているのが理由だね。体力も少し落ちてるようだから、改善には人参薬がよさそうだね。ザイ、調合頼むよ。一週間分用意して」

「分かりました」

居間から見て台所の反対にある右の部屋は、様々な薬草や薬品を収納してある調合室になっており、そこで薬の調合を行うことになっている。

俺は調合室に向かった。

護衛士は魔術師の補佐役として、徹底的に知識と教養を叩きこまれる。

薬草の種類、薬品の取り扱いから効能まで全て理解して、調合できるようにならなくてはならないのだ。

キルシュの護衛士となってから、俺はキルシュの処方する薬の調合を全て任されている。

調合室に入った俺は、キルシュの指示どおり人参薬の調合にかかった。

人参と言っても野菜の人参ではなく、薬用人参と呼ばれる木の根っこのような形をした植物を指す。

子供など熱の高い元気な人には適さないが、体力の弱っている虚弱体質の人には活力を与える薬として珍重される。

生育に二年から六年(五年以上が望ましい)かかり栽培の難しい植物であるが、キルシュはこの植物に精通しておりティツ村の人々に栽培方法を伝授している。

これに当帰、芍薬、地黄、白朮、茯苓、桂皮、黄耆、陳皮、遠志、五味子、甘草を加え、薬研ですりつぶし粉末にする。

このような薬の調合は本来魔術師や薬草師など専門的な知識をもつ者が行うもので、俺のような護衛士が行うことはほとんどない。

護衛士も調合できたほうが何かと便利だというのでキルシュから色々と習い覚えたが、彼が薬を作るのがめんどくさくて俺にやらせているのではないかと疑念を持っている。

キルシュは手先が不器用なので、このような細かい作業は俺が担当した方が良いのは確かなのだが……。

最後に薬包紙と呼ばれる紙に一回分ずつに分けた粉薬を包めば完成だ。

一週間分の粉薬を袋に入れて居間に戻ると、キルシュがデボラの診察を続けていた。

「もう一つの原因は膝の軟骨がすり減っている事だね」

「膝の軟骨……ですか?」

「体の構造とかの詳しい説明は覚えてもあんまり意味がないから、簡単な説明をするね。ボクたちの体を構成する骨はつなぎ目に関節があるんだけど、そこって日常生活でそれこそ何十、何百回と骨と骨が擦れ合っているわけね」

「はぁ……関節ねぇ」

「で、人間というのはボクたちエルフとは違って、それほど長生きするように体ができていないのね。つまり新陳代謝の限界が短くて、段々と体の細胞の再生が滞るようになっているんだよ」

「……」

また始まったか。

デボラはキルシュの話についていけず茫然としているが、当然キルシュはそれに気づくこともなく講釈を続けている。

「これが生物の寿命そのものに影響するわけなんだけど、デボラさんの膝の部分はちょうどその状況に陥っているわけだよ。古い部分が再生されないまま使われているから、軟骨がすり減っている分、膝関節の骨と骨のすき間が狭くなってそこが軋んでいるわけね。これが神経に触って……」

「キルシュ、そこまでですよ」

俺は怒涛のごとく膝関節症の説明を行っているキルシュを制止した。

「ん、なんだいザイ。薬はできたの?」

「はい。人参薬の調合はとっくに終わりましたよ。それよりほら、デボラさんの顔を見て下さい」

「ん? ……ああ、ごめんごめん。話を置き去りにしちゃったね。ついやっちゃうボクの悪いクセ」

デボラがぽかんと口を開けている姿を見て、キルシュは自分が専門的な話をし過ぎて彼女の事を置いてきぼりにしている事実にようやく気づいたようだ。

一般人に症例の詳しい説明をしてもついていけないしそもそも意味がないですよと伝えているのだが、この悪癖はなかなか治りそうにない。

「わかりにくい説明をしてしまったようだね。いろいろ端折って言うと、長年使ってきた膝が疲労して耐久力不足に陥っているわけ。まだ内部に炎症が起きていない初期の段階だから対処はそれほど難しくないよ。ただ、薬草だけでは対処しきれないね」

キルシュは席を立つと懐から鍵を取り出し、居間の壁際にある戸棚の前に移動すると鍵を差し込み扉を開けた。

戸棚の中をしばらく眺めて青い液体が入った瓶を手に取ったキルシュは、それをテーブルの上に置く。

「今回はこのポーションを試してみよう。膝関節の軟骨の補修に効能があるよ。とりあえずこれを今日服用してみて。併せて一週間こっちの粉薬も服用してもらうと、冷えも解消されるからとても膝が楽になるはずだよ」

魔法薬であるポーションは魔法を使える魔術師でなくては生成できず、その管理や処方も含めてすべて魔術師が行うことになっている。

護衛士である俺も例外ではない。
なぜかと言えば、ポーションは使い方を誤れば使用者にとって命取りになりかねない劇薬だからだ。

薬草は薬効成分をもつ植物のことをさすが、それだけですべての病気や怪我を癒せるわけではない。

ポーションはそれらの治療を可能にする。

当然等級が高い方が効果が高いのだが、その分体力も大きく削られる。

体力が有り余っている若者であればそれほど心配はいらないが(とはいえ特級ポーションを使えば体力自慢の十代の若者でさえ数日寝たきりになる場合がある)、幼子や老人など体力が少ない者が使用すれば体に強い負荷がかかり、命取りになる恐れすらある。

これを避けるため、軽い症状であれば病気や怪我の治療は薬草を用いた治療がメインとなり、それが及ばない重症の時のみポーションが処方される。

キルシュがデボラに処方したのは青色の三級ポーションなので、体力の負荷はほとんどかからないが効果もやや低めとなる。

それを先ほど処方した薬草で補うことで寛解を目指すのだ。

「先生いつもすみませんねぇ。うちのダンナもギックリ腰をやって一時期大変だったのに、先生のお薬で今じゃピンピンしてますよ」

「それは良かった。ただギックリはクセになることがあるから、油断は大敵だよ。首から腰までをしっかり温めるようにいっておいてね」

「はいはい、ちゃんと伝えておきますよ。あ、これ良かったら後で召し上がってくださいな。今朝のうちの鶏たちが生んだ新鮮な卵ですよ」

卵がぎっしりと詰まったバスケットをデボラから受け取って俺は礼を述べた。

「いつもありがとうございます。新鮮なうちに調理していただきますよ」

「そうしてくださいな。じゃ、あたしはそろそろ失礼しますね。ハラペコの家畜たちに餌をやりにいかなきゃいけないわ」

こうして本日第一号のお客の対応が終了した。

台所の洗い場にカップを片付けた後、俺は卵を冷蔵箱に収納する。

「キルシュ、冷蔵箱の氷が無くなっているので補充してください」

「いまのうちにやっておこうか。もうじき次のお客さんがきそうだね。」

どうやら結界の中に次の村人が入ってきた事をキルシュが感知したようだ。

庵の周辺に張られた結界は、不審者の侵入対策というよりは来訪者にすぐ対応できるようにするという意味合いが大きい。

キルシュの手が青白く輝くと、冷蔵箱の受け皿の中の水が一瞬にして凍りつき氷が出来上がる。

対象の周囲の空気を急激に冷やす“氷結”の魔法だ。

「ありがとうございます。それで、次に来る方はどなたかわかりましたか?」

「がっしりした体格に皮のチョッキを着てる人だから、恐らくライナーさんだね」

「狩人の彼が相談に訪れるのは珍しいですね。何か森に異変があったのかな……」

「どうだろうね、そこらへんはご本人に直接聞いてみるのが一番早いだろうね」

キルシュの言葉とほぼオナジタイミングで来訪者の訪れを知らせるベルの音が家の中に響き渡り、玄関の扉が開かれた。

家を訪れたのは予想通り、村の狩人のライナーだった。

白髪交じりの髪に立派な髭をたくわえ、そろそろ初老の域にさしかかっているがまだまだ体の衰えは見せない村一番の狩人だ。

「先生、いつも村の皆が世話になっとります」

「やぁいらっしゃい。貴方が来るなんて珍しいね、何があったのかな?」

「実は今朝がた猟に出たんですが、森の中でこんなものを見つけやして……」

そういってライナーが俺たちの前に差し出したのは、幾重にも厳重に袋に包まれた猪の死骸だった。

袋をあけて猪の体を見てみると、ところどころ紫の斑点のようなものが浮き出ていた。

斑点のある部分は火傷を負ったように皮膚が爛れている。

そしてその腹の部分は何か獰猛な生物に襲われたのか、無残に内臓が食い散らかされていた。

「越冬中のヤツを狙いに行ったんですが、こんな死骸をいくつも見つけやしてね。以前、確か先生がこう言うおかしな死に方をした獣を見かけたら、素手で触れないようにとおっしゃっていたので、皮手袋で回収してきやした」

「うん、正解だよ。これに直接触れると同じように爛れるからね。絶対に素手で触っちゃだめだなんだ。よく覚えていてくれたね」

「先生の言いつけはしっかり聞くようにしとりますから」

危険物となっている猪の死骸を正しく取り扱いできたことをキルシュから褒められて、ライナーはよくできたと親に認められた子供のように照れくさそうに破顔した。

それもそのはずだ。

キルシュがこの地に庵を結んでから百年以上が経過している。

ライナーの両親に、祖父母、相曽祖母に至るまでが何かあればキルシュに相談し、教えに従って生きてきた。

つまりキルシュはティツ村の村人全員の師であり親でもあるような存在なのだ。

「死骸を持ってきてくれて助かったよ。この痕跡からすれば、猪たちを襲った魔物がなんであるか一目瞭然だね」

「ヴァンキッシュですね」

ヴァンキッシュとは体長2mにも達する巨大なトカゲ型の魔物だ。

紫色の毒々しい見た目どおり、触れたものの皮膚を焼く強力な毒を吐きかけてくる。

魔物とは人間や動物など通常の生命とは異なる特殊な生物である。

魔素を取り込み特殊な進化を遂げた種であるという説が有力視されているが、まだ実証はされていない。

謎が多い生命であるが、全ての種にはっきりしていることがある。

それは人間や動物を捕食する存在であり、発見次第討伐しなければならない脅威であるということだ。

放置しておけば生態系が破壊され、人間も動物も植物も全てが生きていけない環境に変えられてしまう。

「そう。しかもこのヴァンキッシュの中に産卵期に入った雌がいるようだね。猪が何体も喰われているなら確実だよ。このまま気づかずに放置していたら繁殖されて厄介なことになっていたところだよ。お手柄だね、ライナーさん」

「先生の教えのおかげでさぁ。何か異変があれば、軽く見ないでまずは痕跡を調べること。そして深入りはしないで判明した事を正確に伝えること。これを守っただけです」

「それがちゃんとできる事が大したことなんだよ。しかしそうなると、闇雲に森を探しても見つけるのは難しいし、そもそも産卵場所を見つけないと問題の解決には至らないね」

「産卵場所、ですかい?」

現在の事態がまだよく理解できていないライナーのために、キルシュはヴァンキッシュの生態について説明する。

「ヴァンキッシュは群れで生活する魔物でね。付近に巣にしている場所があるはずなんだ。そこを叩く必要があるわけ。ザイ、地図もってきて」
「はい」

俺は居間の片隅に筒状に丸めてある羊皮紙の地図を手に取り、テーブルの上に広げた。

ティツ村を中心にしたザールラント地方の地図だ。

キルシュが村から北西にある森を指さした。

「ライナーさんがこの死骸を見つけたのは、この森?」

「へぇ、よくお分かりで」

「このあたりは森はドングリが実るナラの木が多いからね。それを餌にする小動物やイノシシなどをはヴァンキッシュたちにとってご馳走になる。その付近で暗くジメジメしていて、水が多い場所が候補地なんだけど……」

「ふむ、その条件だと川の付近か洞窟が候補になりますなぁ。確か森から北に向かった山の付近にいくつか洞窟があって、その付近には川があったはずですよ」

森の北側には山々が連なっている。

その付近に洞窟があることは初耳だったが、ライナーの言う通りそこが産卵場所の可能性が高そうだ。

キルシュも同じ考えだったようで、

「うん、そこがあやしいね。よし、午後になったら早速調査にいってみようか。繁殖地は早めに叩いて置きたいからね」

「現地まで案内しますよ、先生」

「いや、ライナーさんは家に戻っておいて。調査はボクとザイでやっておくよ」

断られて些か残念そうな顔をするライナーだったが、魔物が出現するかもしれない場所に、狩人とはいえ戦闘訓練を受けていない一般人が立ち入ることは危険すぎる。

それではよろしく頼みますとライナーが頭を下げて帰ると、ドアが閉まったことを確認してからキルシュが俺に顔を向けて口を開いた。

「ねぇ、ザイ。村のこんな近くに魔物が現れるなんておかしいと思わない?」

「はい。俺が貴方と契約してこの村に来てから一年、その間にこれほどの距離で魔物が出現したことはありません」

魔物は人類すべての脅威であり、魔術師と護衛士にとっても当然討伐すべき対象だ。

しかし魔物を討伐する仕事は何も魔術師と護衛士だけが担うものではない。

「この村の周辺にも、採集や魔物討伐など依頼を受けた冒険者が来ているはずですね」

「付近に冒険者がウロウロしていれば、魔物たちも警戒して無暗に近づくことはない。とんでもない大物がきたというならば話は別だけど、それならボクやザイが接近を感知できるはずだよ」

「そもそもそのような魔物が現れれば、周囲の環境にも影響がでますしね」

魔物の中でも特に強大な存在は「災害種」と呼ばれ、体に含む魔素の濃度が濃すぎることから周囲の自然環境に影響を及ぼすことがある。

例えば作物の実りが極端に悪くなったり、人や家畜などの動物が疫病にかかりやすくなる、なおりにくくなる、精神が不安定になるなどだ。

文字通り世界に「災害」をもたらす存在のため、このような魔物の発生が確認された場合は国を挙げて討伐されるのがセオリーだ。

「うん。ヴァンキッシュ程度なら、それなりのランクの冒険者がうろついているだけで警戒して、人里には接近してこないはずだよ」

魔物も自然界の動物と同じように、危機を感知する能力を持ち合わせている個体がほとんどだ(稀にそういった感覚を持ち合わせていない本能のみで動く個体もいるが)。

小さな群れを形成して繁殖を行うヴァンキッシュならば、自分たちの脅威となる冒険者がうろついている場所などに姿を現すはずはないのだが……。

「この村の付近もしくは周辺の冒険者、どちらかに異常が起きているのかもしれないね。とまれ、いくらここで思案を重ねても机上の空論の域をでないね。ここはフィールドワークに出て、検証してみようじゃないか」

「わかりました。準備を開始します」

ティツ村周辺における魔物の痕跡を元に魔物の存在の有無の検証及び討伐を行うため、俺たちはヴァンキッシュの討伐準備を開始した。

家の右奥の納戸は、俺が用いる武具を修める武器庫とそれらのメンテナンスを行う工房を兼ねている。

俺が選んだ防具はなめした動物の皮をベスト状に仕立て、裏地に金属片をリベッドで打ち付け強度を高めたブリガンダインだ。

金属鎧は防御力に秀でるが屋外での探索に不向きなため、今回はチェインメイルは着用しない。

ブリガンダインは丈夫で軽く(あくまで板金鎧などに比べて、だが)、高い耐久性と修復しやすいメンテナンス性がウリの防具である。

ティツ村にも鍛冶師はいるが金属鎧や剣などの武具の専門ではなく鍬や鋤、鋏などの農具を専門としているため、専門的な鍛冶師のメンテナンスが定期的に必要となる武具は使いづらい。

手入れがしやすく、かつ丈夫なブリガンダインは俺の現在の環境にとても適した防具と言えるのだ。

騎士のように目立つ必要はないので、色は黒に染め上げてある。

それを身に付けると、壁に立てかけてある武器に目をやる。

今回は複数体のヴァンキッシュと戦闘になる可能性が高いため、近接と遠隔両方の武器を用意しておいたほうが良いだろう。

弓は取り回しがしやすい、丈が短く屈曲した型の短弓コンポジットボウにした。

ロングボウのほうが射程が長く威力も圧倒的なのだが、今回の想定されている戦場は視界の悪い森や洞窟だ。

取り回しがよく速射性の高いコンポジットボウのほうが適性が高いと判断した。

複数の敵を同時に相手する時にも便利な武器なので、俺はロングボウよりこちらの弓を使用することが多い。

動物の腱、木、骨、角など複合素材を貼り合わせて作る弓なのでコストが高くつくのが難点だが、それに見合うだけの価値がある武器だ。
そして相棒と言える俺のメインの武器は壁に立てかけてある両手、片手両用の大剣バスタードソードだ。

斬ることも突くこともできる万能タイプの剣で、重武装の相手には片手による刺突で、軽装の敵は両手で持ちパワーで薙ぎ払う。

取扱いにそれなりの筋力と修練を要するが、それに見合うだけの価値がある武器だ。

このバスタードソードは刀身に柄、はては鞘にいたるまでが全て漆黒に染まっているがこれは別に俺の趣味というわけではない。

最後にハンガーにかけてあるマントを羽織ろうとしたとき、扉の外からキルシュが呼びかけてきた。

「ザイ、準備はいい?」

「はい、お待たせしました」

装備を整えて納戸から居間に出ると、キルシュも装備を終えていた。

若草色のローブにマントという軽装だが、布地には金糸による見事な刺繍が施されておりキルシュの色白の肌によく合っている。

そして右手には、彼の身長並みの長さがある木製の杖が握られている。

この世界の中心にあるという伝説の世界樹ユグドラシルより与えられた枝の一本から創られたそれは、魔法文字と呼ばれる金色のルーンがびっしりと刻まれている。

アーティファクトと呼ばれる魔法の遺物である。

魔法は魔術の域をはるかに越えた奇跡を発現する魔の法則であり、現代の魔術師では再現することのできない強大な力を秘めている。

それが証拠にこの杖はすでに千年を超えて存在しているが、傷一つなく籠められた力の減退も一切ないという。

現代の魔術師の技術では、魔を帯びた品を作るだけでも大変な労力が必要な上に、その力は百年を待たずして失われてしまう。

今から千年以上も昔にこの世界に栄えていた古代魔法帝国アヴェルラーク。

その最高峰に位置した“魔法使い”に創られた遺物だけがアーティファクトと呼ばれるのだが、最近の冒険者たちの間では、遺跡から発掘された魔法の品全てがアーティファクトと呼称されるようだ。

ドラウプニルと呼ばれるこの杖に果たしてどのような力が秘められているのか、その全貌は不明だ。

それはまだキルシュから教えてもらっていないことだが、彼が俺に教える必要がないと判断していることをわざわざ訪ねるつもりはないし、知る必要性も感じない。

分かっていることは彼の装備はどれもアーティファクトであり、ローブ一つとって金属鎧並み(もしくはそれ以上)の防御力を誇る

キルシュは俺の装備をまじまじと見つめて、感想を口にした。

「その姿を見るといつも思うけど、完全武装した時って全身黒づくめになるよねザイ」

「ゴルトベルク先生から戦士が戦場で目立つ必要はない。確実に敵を倒すことだけを考えろと言われていましたからね。屋外で身を隠すときにも役立ちますから、先生が選ぶ色はいつも黒系統でした」

俺の装備の大半は先生から譲り受けたものだ。

農村出身で冒険者上がりの護衛士である俺には、装備を整える金しかなかったため実用的であればデザインや衣装などはどうでもよいと特に気にもしてこなかった。

「ボクはその色好きだよ。ザイにとっても似合っててかっこいいからね」

え……?

俺のことが好きなのではなく黒い色が好きと言っていることはわかっているが、それでも彼から好きといってもらえただけで胸がときめく。

「あれ、ザイ顔が赤いよ? もしかして風邪を引いたのかな。薬処方してあげようか」

「い、いえ、大丈夫です。なんでもありません」

自然に声が上がってしまったが、どうしようもない。

「そう? 無理すると良くないからね。本当に体調が悪いならすぐ言ってよ」

「はい、大丈夫です。さぁ、そろそろ出立しましょう」

とりあえずここは誤魔化して先に進むしかない。

護衛士として仕える立場である俺が、主である魔術師のキルシュにこの気持ちを告げるわけにはいかないのだから。

ティツ村の周辺にはナラなど広葉樹の木による森が広がっている。

そしてドングリはリスや鳥、そしてイノシシなど森に暮らす動物たちにとって栄養豊富な食料資源である。

村人たちにとっても、ナラの木は家具などに使う木材として重宝されている。

準備を終えた俺たちはヴァンキッシュに襲われたであろうイノシシの死骸が発見されたという地点を目指して、森に分け入っていた。

「この森を見ていると、ちょっと親近感が湧いてくるね」

ごつごつとして大きく広がった枝をもつナラの木を目にして、穏やかな表情を浮かべるキルシュが俺に向けていった。

「親近感、ですか?」

「ボクたちエルフは森の神から創り出された存在だからね。本来は文明よりも自然を愛するようにできている。人間が文明を築きあげていく間、ほとんどのエルフは太古の森に引きこもり外の文明と交わろうとはしなかった」

「……」
「まぁ、少数ではあるけどボクのような変わり者もいるけどね。人間の文明に魅了され、交わってみたいと思ったエルフもいた。人間はエルフに比べれば十分の一にも満たない本当に僅かな一生だけれども、だからこそ激しく鮮烈に自分の一生を、生きた証を世界に刻もうとする」

ザクザクザク。

赤、黄、灰色。

色鮮やかに染まった落ち葉がまるで絨毯のように広がる森の地面を、俺たち二人は踏みしだいて進む。

「ボクたちエルフには想像ができない生き方だ。長い時があるゆえにエルフは焦ることを知らない。時が全てを解決してくれると考えている。自然と一体となり、悠久の時を経ていけばそれでいいと思う。ボクには退屈すぎて合わなかったけどね」

だから彼は故郷の森を飛び出し、人間の社会で生きる事を選択した。

魔術師となり人の町や村で暮らし、人間と共存する。

「貴方は人間の社会に馴染み過ぎていて、時折エルフであることを忘れてしまうぐらいですよ」

俺が苦笑交じりに答えると、キルシュは茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべて応じてきた。

「だよね。ボクも体だけがエルフで心は人間なんじゃないかと思う時があるよ。だけどこの森に入って長き時を生きる木々を目にすると、懐かしい感覚にとらわれるのさ」

「そういうものですか……。俺には分からない感性のようです」

人間にとって、少なくとも俺にとって森という所は、確かに恵みをもたらしてくれるが厄介で危険な場所という思いのほうが強い。

森の中には有害な植物が数多くいるし、危険な獣も多い上に魔物まで潜んでいるのだから、人類にとっては脅威が潜む場所といったほうが正しいだろう。

ティツ村の住人も森の恩恵を受けているとはいえ、立ち入ることは外周の僅かな部分のみであり奥に立ち入る者などいない。

しかし森の住人たるエルフからすればそこがどんなに危険な場所であろうとも、森は懐かしい故郷として感じられる場所なのだろう。

「この雄大な木々のように森の中で生きていくことが、やはりエルフとして正しい生き方なんじゃないかなと思う時もあるよ。まぁ、そのうち退屈に感じてしまうかもしれないけどね。ちなみにあそこの木の樹齢はどれくらいか分かる?」

キルシュが指さしたのは、森の木の中でも一際雄大で立派な幹をもつナラの木だった。

「そうですね……。五百年ぐらいですか?」

「八百年だよ。この木は八百年もの間、この地に根を降ろしひたすら生き続けてきたんだ。八百年の生ってどんなものか想像できる?」

「いいえ、とてもできませんね」

「そうだろうね。ボクも同じくらい生きてきたけど、その間とても色々なことがあったよ。初めての人との出会い、交流、そして別れ。人は愚かでいつも間違った選択をする。時にはお互いに争い憎しみ合う。限られた時間に生きているのだから当然だよね。しかしその炎のように激しい情熱的な生き方が、長い時をただただ生きていたボクの目には鮮烈に写ったよ」

「でも人間の知り合いは皆、あなたより先に逝く……。別れは辛くないのですか?」

俺の問いかけに、キルシュは腕を組み少しの間思案してから答えを口にした。

「……うーん、やっぱり辛いね。エルフ同士であれば自然に帰るだけだから、特に感慨みたいな感情は湧かなかったのだけれど、人間って僅かな間にすごく色々なことを経験するでしょ。喜び、怒り、悲しみ、憎しみ、嘆き。そのどれもが鮮やかすぎて、胸に焼き付いている。それを思い出してしまうから、別れが来るととても辛い。でもそれと同じくらい愛おしさも感じるね」

「愛おしさ、ですか」

「うん。人間の友人たちとの別れの時、決まってみんな幸せそうな笑顔で逝くんだよ。そういう時、ボクは一人この世界にとり残されるような感覚にとらわれて淋しさを感じることがあるね」

「……」

キルシュは現在八百歳、エルフの中ではそこそこ高齢とはいえ後二百年ほどは寿命が残っている。

普通に生きればどうあっても俺が先に逝くわけで、さて自分がキルシュとの別れの時が来た時、自分はどういった感情になっているのだろうか。

そして彼にはどのような感情で見送られるのだろうか。

「けれどそういう時は同時に、彼、彼女らが必死になって生きて生きて生き抜いた事を感じさせてもらえるんだよ。だから別れの時とは、辛くもあり愛おしくもあるというのが答えになるね」

俺が取り留めもない事を考えていると、キルシュが歩みを止めた。

「さて、退屈になりがちな森の散歩を紛らわせてみようかとちょっと長話をしてみたけど、中々有意義な時間になったね。人間の社会にいると時間の感覚が短く感じられるようになるよ。まったくエルフらしくないと同族達に言われそうだけどねぇ」

「ハイエルフは俺たち人間と接点が少ないから、想像しにくくて何とも言えませんね。千年にも及ぶ時間があれば、長期的な視野で物事を見られるようになるのでしょうが……」

エルフという種族自体は人間と接点があり大きな町などではたまに見かけることもあるが、古代種族のハイエルフはその数自体が少ない上に滅多に故郷の森から出てこないので、俺たち人間からすると一生を通しても遭遇する機会がない者も多いくらいだ。

せいぜい数十年しか生きられない俺たち人間からすると、

「長期的な視野、かぁ。確かにそれは長所かもしれないけど、その分なんでもゆっくり考えるようになって世の中の流れから取り残されやすくもなるけどね。……さて、どうやら目的地に到着したようだよ」

彼が杖で指し示す先には、惨劇の跡が広がっていた。

落ち葉の上に倒れている数頭のイノシシの死骸。

そのどれもがライナーが俺たちに見せてくれた死骸と同じで、体に紫の斑点がいくつも浮き上がっており、はらわたが無残に食い散らかされている。

「これはまた、相当激しく食い荒らしたようだね……。産卵期を迎えたヴァンキッシュの雌は栄養補給のために獲物を探し求めるものだけど、一度にこれだけ喰らうとはちょっと異常だよ」

「群れの数が多いのかそれとも群れに大喰らいの奴がいるのか、どちらでしょうね」
「さぁてどうかなぁ……。どちらもいるというのが最悪な答えだけどね」

ヴァンキッシュは動物の内臓を特に好んで食べる性質があり、他の部位は余程腹を空かせていない時を除いてそのまま放置する。

毒液を吐きかけて、痛みで動けなくなった獲物の腸を喰らうのが連中の習性だ。

しかしヴァンキッシュの群れが一度に喰らう量は通常イノシシにして一、二頭ほど。

しかしここで殺されているイノシシは数えただけで四頭、ライナーが家にもってきた死骸を含めれば五頭になる。

恐らくこのイノシシたちは群れ全てが襲われたのだろう。

この勢いでイノシシが襲われ続けられるとやがてイノシシが森からいなくなり、次はシカや他の小動物、果ては人間すら襲いかねない。

早急に調査に来たのは正解だったようだ。

俺がキルシュに顔を向けると、彼は頷いて指示を出した。

「では頼むよ、ザイ」

「はい、キルシュ。これから探索に入ります」

この場に残されたヴァンキッシュの痕跡を探るため、魔素を体全体に行き渡らせ感覚を研ぎ澄ます。

護衛士は魔術師と契約を交わし魔力を通してもらうことで、魔術師と同じように大気に満ちる魔素を体内に取り込むことが出来るようになる。

しかし魔術師と同じように魔素を魔術に変換して奇跡を起こすことはできない。

その代わり己の全身に魔素を行き渡らせることで感覚を鋭敏にし、護衛士は自身の身体能力を大幅に向上させることができる。

これは“身体強化の法”と称される技能で、護衛士になる時最初に習得するものだ。

この能力を使用することによって、護衛士の聴覚、嗅覚、視覚は常人の五倍から十倍近くに跳ね上がる。

通常の感覚では見通してしまう僅かな環境の変化なども敏感に感じ取れるようになるのだ。

この能力を駆使すれば魔物の足取りを掴んだり、危険を予め察知することができるようになる。

身体強化した俺は、付近に漂う僅かな匂いの中からある特定のものを見つけた。

これはフェロモンと呼ばれるものだ。

生物が同族間で情報伝達などを行うために、体内で精製し匂いなどの形として外に分泌する物質を魔術師たちはフェロモンと呼んでいる。

「感じ取れました。ここから北西の茂みに向かって匂いが発生しています。道標タイプのフェロモンですね」

「ここまで漂っているということは、餌場と巣までの道のりを繋ぐ標で間違いなさそうだ。雨が降る前に動いて正解だったね」

痕跡を探す上で最大の障害が、雨などの天候による環境の変化だ。

魔物退治において何よりも重要なことは、痕跡を発見したら迅速に追跡し始末することに尽きる。

道標となっているフェロモンを追跡していくと、イノシシたちが殺されていた場所から北西の茂みの中に、僅かではあるものの四足で地面を張っている生物の足跡が発見できた。

「こちらで間違いないようです。数は……四、いや五体ですね。ここから更に北に向かっています」

「五体もいるのか。それならあれだけイノシシを食べるのも納得だよ。連中は寒い季節でも温度が一定に保たれる洞窟やほら穴などを利用して産卵することがあるからね。確実に巣穴を見つけてしとめよう」

「これだけ大喰らいな魔物が繁殖を開始したら目も当てられませんね。……匂いが濃くなってきました」

匂いはさらに強くなって北側から漂ってきている。

音を立てないように慎重に近づいていくと、森を抜けて少し開けた場所に出た。

北から南に小さな川が流れており、川の間には小石の転がる川岸がある。

「この川と匂いの流れは、ほぼ平行に北に続いています」

「ヴァンキッシュは水辺を好む水棲型の魔物だから、巣穴に選ぶのはこの辺りで間違いなさそうだね。もしかすると川の源流付近にいるのかもしれない」

川を遡っていくと、やがて前方に小さな洞窟が見えてきた。

そして洞窟の入り口には、毒々しい紫色の表皮を持つ巨大なトカゲ型の魔物が三体いる。

ヴァンキッシュだ。

連中は辺りを見回して警戒はしているものの、俺たちの接近にはまだ気づかれていないようだ。

洞窟から少し離れた場所に姿を隠すのに良さげな岩があったので、俺たちは身を屈めながら岩陰に入りヴァンキッシュたちの様子を窺う。

「この距離であれば先手を取れますね」

「うん、確実にやってしまおう。数が少ないから恐らく残り二匹は奥の洞窟に潜んでいるんだろうね。となると、気づかれずに仕留めたいところだから派手な音がする魔術は避けておくよ」

「わかりました。魔術に合わせて突っ込みます」

俺は鞘の留め金を外して、バスタードソードを柄に手をかける。

鞘の下部がパックリと開き、漆黒の刀身が露わになる。

1m以上もの剣をその度に鞘から抜いていては突然の戦闘などで遅れをとる時がある。

それを避けるため、鞘の上部にある留め金を外せば自然に刀身が抜き放てるように仕上げているのだ。

ヴァンキッシュと俺たちが身を潜めている岩の距離は凡そ10~15m。

身体強化している俺の脚力ならば一瞬で詰められる距離だ。

俺の戦闘準備が完了したのを見て、キルシュが先制の魔術を放つ。

ヴァンキッシュたちの足元に白く冷たい霧が発生したかと思うと、脚から下の部分が氷に覆われ一瞬にして凍結する。

“氷霧”と呼ばれる一定の空間の温度を急激に下げ、その場にいる対象を瞬間凍結させる霧を生み出す魔術だ。

「ジャァァァァァァァ!!」

“氷霧”による突然の襲撃に混乱したヴァンキッシュの群れは警戒の声を上げた。

身動きが取れない以上、それはただの的でしかない。

岩を飛び出した俺は、岩から見て一番近くにいたヴァンキッシュの下に一気に駆け寄る。

ズシュウゥ。

重い音と共に、その首を一刀の元に刎ねた。

ヴァンキュシュの分厚い首の皮の下には、皮下脂肪と筋肉、そして人間の背骨よりも太い骨まであるが、その全てを漆黒の刃はまるで紙を切るかのようにあっさりと両断して見せる。

この漆黒のバスタードソードはただの剣ではない。

アーティファクトと呼ばれる古代魔法帝国の遺跡から発見された遺物なのだ。

その力の一端がこの切れ味だ。

切る対象が鉄や鋼、果てはミスリルであろうと抵抗なく切り裂くことができる。
ヴァンキッシュの首がいかに分厚かろうと所詮は肉と骨。

両断することの障害にはまったくならなかった。

首を落とされたヴァンキッシュは、首から血を吹き出しながら地に倒れ伏す。

一匹目の首を落とした俺は、勢いをそのまま返す刃で倒れた個体の隣にいる二匹目のヴァンキッシュに狙いを定め、その頭蓋を剣で刺し貫く。

漆黒の剣先は易々と表皮を突き破り、その中にある頭蓋骨をも貫き、最後に脳へと達した。

ヴァンキッシュの瞳が濁り生体反応が停止した事を確認した俺は、頭蓋から剣を引き抜くと、続いて三匹目のヴァンキッシュの頭にそれを振り下ろした。

頭の天辺から顎下までを剣が真っ二つに切り裂く。

いかに魔物が強靭な生命力を持っているとはいえど生物であることに変わりはない。

頭部さえ破壊してしまえば、ほぼ確実に生命活動を停止する(極稀に頭部を破壊されても活動できる例外がいるので油断はできないが)。

三体のヴァンキッシュを全て屠ったことを確認し、感覚強化により近くに他の魔物が潜んでいないかも調べてみたが、周囲に脅威になる魔物の痕跡はなかった。

道標のフェロモンは洞窟の奥へと続いていることも同時に感じ取れた。

「お待たせしました。ヴァンキッシュの制圧完了です。現在俺の周囲50mの範囲内に脅威となる生物は存在しません」

周囲の安全を確保した後、俺はキルシュに報告した。

岩陰から姿を現した彼は、ヴァンキッシュの死体を見て感嘆の声を上げる。

「いやぁ、いつもながらの見事な業前だね。あっという間に片づけられてよかった。これなら素材も問題なく回収できそうで何よりだよ」

「身動きの取れない魔物を仕留めるだけの仕事でしたからね。自由に動き回れていたら、こうもスムーズにはいかなかったでしょう」

ヴァンキッシュの両脚はキルシュの“氷霧”によって完全に凍結しており、まったく身動きがとれない状況に陥っていた。

それに止めを刺す行為は、修行用の巻き藁を相手にするのと大差ないものだった。

「毎度思うけどまったく君という人は、人間の若者とは思えないほど落ち着き払っているよねぇ。君ぐらいの年齢だと、褒められたらもう少し調子に乗ってもおかしくないはずなんだけどねぇ」

「先生の教えのおかげですね。一時の勝利に浮かれるな、戦場で兜を脱いだら自分の首が飛ぶと思え。死にたくなければどこでも戦場と思い、常に警戒を怠らず気を張り巡らよという教えを叩きこまれましたから」

「あの大酒飲みは、こと戦闘についてだけはやたらと大真面目だったね。ボクとしてはもう少し肩の力を抜いてもらってもいいと思うんだけど」

キルシュの先代護衛士であったゴルトベルクは、俺の護衛士としての師匠であり、護衛士を引退した現在も護衛士の指導官として魔術師の協会である“叡智の塔”に留まっている。

あの人から俺は護衛士として、戦士として生き残る術と、主である魔術師を守るための術を徹底的に叩きこまれた。

そのおかげで今のところ魔物狩りにおいて遅れをとったことは一度もなく、感謝の言葉しかない。

今後も魔術師に仕える護衛士としてそうあり続けたいと考えているのだが、どうもキルシュは俺のこの考えに不満があるようだ。

「考えと行動が硬すぎる……ということですか?」

「う~ん、まぁ端的に言えばそうなんだけど、ちょっとニュアンスが違うような気もするんだよねぇ。気楽とまではいかないけどもう少しリラックスというか、自分の周りの空気を緩ませるというか……。まぁ、とりあえず今はその話題は置いておいて、残ったヴァンキッシュの掃討の方が大事だね。この洞窟の先にいるんだよね?」

「はい、匂いは相変わらず強く洞窟の奥から匂ってきます。残りはこの奥で間違いないと思います」

「それでは一気に終わらせてしまおう。松明や“燈明”を使うと、明かりのせいで相手に感知される可能性があるからよろしくないね。気づかれないように“暗視”でいこう」

“暗視”は夜行性の動物がもつ視覚のように、夜間や暗闇の中でも視界を確保できるようになる便利な魔術だ。

キルシュの魔術が問題なく発動したことを確認して、俺たちはヴァンキッシュが潜んでいる洞窟へと足を踏み入れた。

洞窟は冷たく湿っていて、天井から滴り落ちる水のせいで、地面には浅い水たまりがそこかしこにできている。

洞窟の中を川が走っているだけあって中はかなり高い湿度で、ジメジメして不快な空気が漂っている。

なるほど両生類型の魔物ヴァンキッシュが巣穴とするのにふさわしい場所のようだ。

通路の高さは2m50cmほどで、バスタードソードを振り回すにはやや狭い空間と言える。

いつヴァンキッシュと遭遇してもいいように剣を抜き放って歩みを進めると、狭い通路から少し開けた自然洞窟の空間にでた。

天井までの高さは9mほどで、巨大な鍾乳石がいくつも天井から垂れ下がっている。

床にはでこぼことした穴がいくつもあり、穴には水が溜まっているようだが、その中に黒い岩石のような物体がいくつも沈んでいるのが確認できた。

「あれはヴァンキッシュの卵だね。やはり繁殖を開始していたか。全部破壊しないといけない……」

「危ない、キルシュ!」

俺はキルシュの体に覆いかぶさるように彼の体を掴み、地面に押し付ける。

その僅か数瞬の後、俺たちの頭上を紫色の不気味な液体が飛んでゆき、天井から垂れ下がっていた鍾乳石に命中した。

ジュッという音ともに鍾乳石の命中した部分から煙があがり、鼻をつんざくような異臭が立ち込める。

どうやら強力な酸を含む毒液のようだ。

「すいません、反応が遅くなりました。手荒なやり方になってしまい申し訳ありません」

俺たちに毒を吐きつけたモノが、洞窟の奥から姿を現した。

先ほど洞窟の入り口で仕留めた個体より、一回り以上も体の大きいヴァンキッシュが二体、俺たちの姿を前にして激しい敵対心を露わに吠え猛る。

「ジャァァァァァァァ!!」

どうやら俺が匂いを辿ってこの場所にたどり着いたように、ヴァンキッシュたちも俺たちの接近を匂いか音で感知していたらしい。

暗がりに身を潜め、俺たちが卵に気を取られている隙をついて毒液による奇襲を仕掛けてきたのだ。

やはり魔物は侮れない存在だ。

俺が先に立ち上がりキルシュを助け起こすと、彼はヴァンキッシュ二体を視野に入れながら、杖を構えた。

「いや、助かったよザイ。卵は連中にとって虎の子のようなもの。守るのに必死になるのも道理だよ。
これだけ開けた場所なら多少派手な魔術を使っても問題なさそうだね。今度はこちらから仕掛けるとしよう」

キルシュの杖の前に激しく燃え盛る炎が生みだされ、それは玉の形となってヴァンキッシュたちに襲い掛かる。

広範囲に炎をまき散らす火の玉を作り出す魔術“火球”だ。
魔術師の魔術の中で最も有名なものの一つであり、魔術師の代名詞と呼んでもいい派手な見た目と破壊力をもつ魔術である。

ヴァンキッシュのうちの一体の体に直撃したそれは、轟音と共に爆ぜ、激しい火炎を辺りにまき散らす。

隣にいたもう一体のヴァンキッシュも炎に巻き込まれ、二体とも強烈な火傷を負ったようだがまだ死んではいない。

体を焼く炎にもがき苦しみながらも、地面に体を転がし床の水たまりを利用して炎を消そうとする。

さすがに図体がでかいだけあって、かなりの耐久力があるようだ。

しかしこれだけの時間が稼げれば、俺がヴァンキッシュの側にたどり着くまで十分だった。

この洞窟の床が濡れてすべりやすく歩きにくい場所とはいえ、身体強化で全身の筋肉の動きを強化すればこの程度の悪路は俺にとって何の障害にもならない。

ようやく体の炎を消し終え態勢を立て直そうとしていたヴァンキッシュたちの体に、俺は剣を振り下ろし止めを刺した。

「……周囲に他のヴァンキッシュや魔物の存在は感知されません。これで掃討できたと思います」

二体のヴァンキッシュの死亡を確認した俺は、念のため感覚強化を用いて辺りを探ってみたが生物の気配や痕跡は感じられなかった。

「よし、これぐらいで十分でしょ。あとは卵も全て片付けておかないとね」

洞窟にいたヴァンキッシュ(死骸を調べたところ、やはり雌だった)を全て仕留めた事を確認して、キルシュは卵が生みつけられている穴すべてに“火球”を叩きこみ、卵を破壊した。

一つでも卵を残しておけば、それがやがて孵化して成体となり、周囲の自然環境を破壊する脅威になりかねないのだ。

この魔物は姿を確認したら巣穴まで追跡し、確実に排除する必要がある。

その間に俺はヴァンキッシュの解体を行っていた。

ヴァンキッシュは皮が防具や袋の素材、毒袋と呼ばれる体内で毒を生成する器官が一部の魔法薬の材料となるのだ。

しかし目玉と内臓にも有毒な成分が含まれているのだが、こちらは素材として使うことができないものなので、摘出してから火で焼き、灰にして毒性を失わせてから地面に埋める。

頭の部分も大半が素材として使用できないため切り落とし、皮のみ剥がす。

普通の刃であれば分厚い筋肉が邪魔をして皮を剥がしにくいが、アーティファクトであるこの剣であれば難なく切除することができる。

魔物の肉は大半が酷い匂いや味がするため食用に適さず、ヴァンキッシュも例外ではない。

魔物の素材にできない部位はそのまま放置すると他の魔物を呼ぶ餌になりかねないので、屋外では穴を掘って埋めるか焼き払って炭にしてしまうのがセオリーだ。

俺たちの場合は、俺が専ら魔物を解体して素材を摘出し、残りのゴミとして出た不要な部位はキルシュが魔法で焼き払うという役割分担で対処している。

内臓の付近に毒袋が二つあるので、これを取り出し解体は完了だ。

洞窟にいたヴァンキッシュは皮がほとんど焼けてしまっているため毒袋のみ摘出、洞窟の外にいるヴァンキッシュは皮にほとんどダメージがないため、皮と毒袋どちらも回収できた。

毒袋は危険物を収納する専用の袋に入れ、皮は一定の大きさに切りそろえて縄で結束し、運びやすくる。

一連の作業が全て終了した時、辺りはすっかり暗くなり山の彼方に日が沈もうとしていた。

「これだけの数を処理すると、やはり時間がかかってしまいますね」

「それだけの対価はあると思うよ。この皮はとても良質でダメージが少ない。きっと冒険者ギルドで高値で売れるはずだ。毒袋もこんなにはいらないから、一緒に卸してしまってよさそうだね」

魔物の素材の販売は、冒険者ギルドという魔物狩りや困った人の依頼を引き受ける冒険者と呼ばれる人々の組合が一手に引き受けている。

キルシュは自分が世話をしているティツ村の人々からの相談や頼み事からは一切金銭の報酬は受け取らない方針なので、魔物の素材や魔法薬を冒険者ギルドに卸すことが俺たちの主な収入源となっている。

仕事柄危険な事に関わることが多い冒険者にとって、瞬時に傷や怪我を癒してくれるポーションは必須のものであり需要がなくなることはない。

貴重な防具や武器の材料となる魔物の素材も供給が不足していることが多いため、ギルドに卸すと喜ばれることがほとんどだ。

冒険者ギルド相手に取引し支援することも、地域の安寧を保護する魔術師と護衛士にとって大事な務めなのだ。

とはいえ、それは本業である冒険者たちの邪魔にならない範囲に限られる。

俺たちが彼らの仕事を全て奪うような行為をしては生計が立ち行かなくなるので、それでは意味がないのだ。

俺たちの活動は、あくまで彼らの手が及ばない範囲のみに留めなければならない。

「ザイ、今までの道中で冒険者たちのものと思われる痕跡はあった?」

「いえ、まったく感知できませんでした。ライナーさんのものと思われる痕跡を除いて、俺たちが今日歩いた道の付近では、ここ数日間における人間のものと思われる痕跡は見つけられませんでした」

キルシュの問いに俺は首を横に振った。

今回のフィールドワークを開始する際、キルシュが疑問に感じていたティツ村周辺の冒険者たちの状況を把握するため、俺はここまでの道中、何度か感覚強化によって人間の形跡がないかどうかも調べていた。

結果は今キルシュに告げたとおり、一切の痕跡を発見することが出来なかった。

「護衛士の強化した感覚で判断できる痕跡の期間は、最大で一週間程度だったよね。うーん……この物証だけで結論に至る事はできないけれど……」

「可能性としては残りますね」

「うん。でも助かったよ、ザイ。ここまで仮定の検証ができたのなら、さらに調査を続けて結論に導けばいいだけだ。この件に関しては村長にも聞いてみるとしようか」

「はい。この件に関して報告する義務もありますしね」

ヴァンキッシュの始末を終えた俺たちは、家に帰る前にティツ村に立ち寄ることにした。

今回は騒ぎになる前に解決することが出来たとはいえ、村の周りで何があったのかを村人に把握しておいてもらう必要があるからだ。

そして当然キルシュの仮定している「村周辺に冒険者が見かけられない異常」の答えがここにあるかもしれないので、論の検証目的も含まれる。

ティツ村は人口三百人ほどの村で、開拓されてから百年以上の歴史が経過している。

魔物や盗賊の襲来に備えて村の周りは全て木の柵で囲まれており、村を出入りできるのは南にある門だけである。

キルシュは村が開拓されてすぐの時期にこの地に庵を結び、村の人々と交流しているので三代から四代に渡ってほとんどの村人と顔見知りだ。

門番をしている村の若者のデットは、俺たちの顔を見るなり声を張り上げて出迎えてくれた。

「先生にザイフェルトさん!こんな夜更けにどうしたんですか?」

「村長さんに報告しておきたいことができてね、まだ通してもらえるかな?」

「何をおっしゃってるんですか! 先生たちが来られることをを拒む奴なんてこの村にいやしませんよ。さぁ、どうぞどうぞ中に入ってください」

夜間は魔物の群れや犯罪者たちが活気づく時間帯だ。
篝火を焚き常に誰かが入り口を見張り続けなければ、村や町など人間の生存圏はあっという間に闇に飲まれてしまう。

力もつ者である魔術師や護衛士は力無き人々のためにこそ力を振るうべしとの理念があるが、それは綺麗事でも何でもなく、そうしなければ生き残れないほど人類はこの世界に大してか弱い存在を示しているのだ。

門を通された俺たちは、日が沈み闇に包まれたティツ村の中に歩みを進める。

村長であるダミアンの家は、村の北西の少し小高い丘になった場所に建てられている。

これは村長が有事の際に高所からいち早く状況を把握し、判断を下す立場であることを意味している。

村を捨てて村人(特に老人や女子供)を安全な場所に脱出させるべきか、それとも男たちを中心に武器を持って抗うべきか、全ては村長の判断にかかっているのだ。

村の他の家屋より一回り大きく立派な家が村長の家である。

村人の誰ともすれ違うことなく村長の家に到着した俺たちは、木製のドアをノックした。

「やはりこんな時間だと、ほとんど外を出歩いている人はいませんね」

「かえって良かったかもしれないね。こんな姿を見られていたら何があったかと気を回す人が出てきてもおかしくないよ」

「確かにそうですね……」

俺たちはヴァンキッシュの群れを倒してからそのままの服装で村に入った。

今の姿は魔物と戦って血と埃にまみれた魔術師と戦士そのものなので、確かにこのまま村の中を歩いていたら人目を引いたことだろう。

時間がこれ以上遅くなるよりはと村に向かうことを優先したが、一度家に戻ってこざっぱりした服に着替えてくるべきだっただろうか。

そんなことを考えているとドアが空けられ、質素ながら整った衣服に身を包んだ初老の男性が顔を見せた。

ティツ村の村長ダミアンである。

「こんな夜更けにどなたですかな……おお、 先生にザイフェルトさんではないですか。そのお姿からすると何かありましたかな」

「やぁ、ダミアンさん。ちょっと伝えないといけない事があったので報告しに来たよ。とりあえずその事自体は解決させてきたから、事後報告みたいなものになるけどね」

「おお、それはそれはご苦労様です、先生にザイフェルトさん。立ち話もなんですからどうぞどうぞ、中へお入りください。あばら家ではございますがおもてなしさせていただきます。さぁ、中でお話をお聞かせください」

村長宅に招かれた俺たちは、香りのよい薪が火にくべられている暖炉がある暖かい居間に通された。

ダミアンはこの家をあばら家などと言っていたが、とんでもない。

俺たちが住んでいるキルシュの庵より、はるかに立派な造りである。

天井は高く、使い込まれたオーク製の机と椅子はツヤツヤと輝き、花瓶には花が活けられている。

彼は暖炉の上に置かれている嗅ぎ煙草のケースを手に取ると中身の煙草を見せて、

「いかがですかな?」

と勧めてきてくれたが、俺もキルシュも煙草は嗜まないので丁重に断った。

俺たちが椅子を勧められて席につくと、居間の奥(恐らくその先にはキッチンがあるのだろう)から恰幅の良いエプロン姿の初老の女性が挨拶に現れた。

「あら、先生にザイフェルトさん。こんな時間にいらっしゃるなんてお珍しいですわね」

村長の妻であるアンゼルマだ。

「夜分遅くにお邪魔しております、アンゼルマさん」

俺が挨拶すると、彼女は愛嬌のある顔に笑顔を浮かべる。

「いえいえ、とんでもない。私どもこそ村の人たち共々お世話になりっぱなしで……。あ、お茶を淹れますね」

「お構いなく」

アンゼルマがお茶の準備のために台所に戻り、ダミアンはキルシュに顔を向けた。

「さて、お待たせしましたな。それではお話をお願いできますか?」

キルシュは今朝我々にもたらされたライナーの話から、ヴァンキッシュの群れが村の付近に現れたことを推測し、森を調査した結果、そこから北にある洞窟に魔物の形成期があることをダミアンに告げた。

「なんと……。そんな村の近くの場所に魔物が繁殖しておったのですか」

「うん、ライナーさんはお手柄だったよ。もしあのまま気づかないままいたら、一か月もしないうちに卵が孵化して厄介なことになったからね」

アンゼルマが入れてくれた紅茶に口をつけるキルシュ。

魔物の成長は動物たちとは比較にならないほど早い。
生態が違うのだから当然と言えるのだが、幼体の魔物は驚くべき貪欲さをもって獲物を喰らい続け、短期間に成長を遂げるのだ。

一か月も立たずに成体になり、魔物は更なる繁殖を求めて行動を開始する。

まさに人類にとって、いや生きとし生ける他の生物に全てにとって恐るべき捕食者である。

「幸いなことに営巣地を突き止めることができて孵化する前の卵も全部処理できたから、心配はいらないと思うよ」

「まったく先生方には頭があがりませんな。お二人が居られなかったらこの村は果たして存続できたかどうか……」

「世界中のどこでも同じようなことが起きているよ……。人は魔物の影に怯えて、肩を竦めながら生きていかなければならない。ボクたちももう少し積極的に動けるといいんだけどねぇ」

「我々が冒険者のように世界中を旅したとしても、倒せる魔物の数は知れていますしね……」

魔物は世界各地に出没し、人間は常にその脅威にさらされている。

我々魔術師と護衛士は人々を守るために世界各地で戦いを続けているが、魔物の数は圧倒的でありまったく手は足りていない。

冒険者や世界中の国家に所属する軍隊など戦える人々も皆魔物に立ち向かっているが、人類の生存圏を守る戦いに徹せざるを得ないのが現状だ。

「我々が守りを止めれば、どこかの村や町が魔物の被害に遭う。かといって攻勢に転じなければいつまでも状況は変わらない……」

「魔物という存在がこの世界に姿を現してから五百年……。人類の生存圏は常に脅かされ続けている。人が安心して暮らせる場所は減り続ける一方だ。難しい問題ではあるけれど、どうしていけば良いのか考える行為を止めてはいけないね」

キルシュの言葉にあるように魔物がこの世界に跋扈するようになったのは今から五百年前、かつてこの世界を統治していた古代魔法帝国が崩壊し、世界が今のように複数の国家に分割して統治されるようになった頃からだとされている。

諸説あるが、帝国が崩壊した時に何かしらの魔術的な儀式によって、異世界から魔物が大量に呼び出されたのではないかというのが現代の魔術の中で最も有力な説になっている。

当時の生き字引であるキルシュならば真実を知っているはずだが、なぜかこの件に関して口が重く、俺も詳しくは知らされていない。

主であるキルシュが知る必要がないと判断するのであれば、俺はただ従うのみである。

「さて、ちょっと質問したいことがあるんだけどいいかな?」

「勿論です。なんでもお尋ねください」

キルシュの問いかけにダミアンは快く応じる。