“邪竜ファーブニル”教団のカーストにおいて最上位を占めるのがドラゴン種であり、多くのドラゴンが教団の信徒を下僕にしている。

休眠期から覚め活動期に入るドラゴンは、栄養をつけるために非常に大喰らいになることで知られている。

この場所に散らばっているおびただしい数の骨と破壊された装備品の数(恐らく百近い)はこの一か月間で、レッドドラゴンが尋常ならざる数の人を喰らってきたことを示している。

「獲物をすぐに狩るのではなく、弄りながら殺していったようですね。どの武具も損傷が激しいのである程度抵抗させて、殺さない程度に傷つけていたように見受けられます」

「くそ! 惨い事しやがる……!! あんな化け物どうやっても俺たちが勝てる敵じゃねぇだろうに……」

ディートリヒは悔しさを滲ませて拳を握りしめた。

俺たちが相手をしたこのレッドドラゴンは、長老種という強大な力をもつまでに永く生き続けたドラゴンでありおよそ人間が立ち向かえるような相手ではない。

洞窟に連れ込まれた冒険者たちは、恐らくあのレッドドラゴンのブレスや爪で弄られ絶望的な戦いを強いられたことだろう。

キルシュもこのドラゴンのやり口を見て、不快感を露わにした。

「ドラゴンの中でもレッドドラゴンは特に性悪で強大な力を持つ種族だからね。きっと一か月前くらいに目覚めたあいつは、部下となる魔物や人間を集めてそいつらに冒険者たちを巣穴に連れ込ませると自分の力を誇示しながら一人一人追い詰めながら喰っていたんだろうね。本当に悪趣味なやり方だよ」

「……その非道もこれまでです。元凶であるレッドドラゴンを討伐した以上、もうこの遺跡で被害に遭う冒険者はでないことでしょう。あとはギルドからの依頼を果たすだけですね」

遺跡の中に隠れ潜んでいたレッドドラゴンの討伐は成功した。

しかし冒険者ギルドのマスターから俺たちが請け負った依頼はまだ完了していない。

依頼の内容は行方不明になった冒険者たちの救出、もしくは彼らのものと分かる手がかりを見つけることだ。

俺は冒険者たちの遺品である黒こげになった武具が散乱する場所に向かい、彼らの手がかりとなるものを探してみた。

骨や装備品はその大半が損傷して元の形を保っておらず、彼らの存在を示す品にはなりそうにない。

他にそのようなものがないかと調べてみると、ペンダント型のプレートが見つかった。

冒険者ギルドより支給される、ランクと名前が記されているネームプレートだ。

「ヴ…ネッサDランク、…ナップCランク、コリ…ト……。これは…D …ランクか。読めなくなっているものも多いな」

原型を留めているものはまだマシなほうで、多くのプレートは砕かれたり炎で溶かされており、文字を識別することすら難しいほど損傷していた。

それでもレッドドラゴンの被害にあった冒険者たちと遺族のためにも、なるだけ多くのプレートを集めておきたい。

俺がプレートを拾い集めていると、ディートリヒも同じようにプレートを拾っていた。

「ザイフェルトの旦那、ありがとうよ。せめてこいつらも墓標になるものくらいは欲しいよな……」

「依頼されていることだからな。これで十分とはいえないだろうが、彼らの死が確認できるものが無くては、残された者がその事実を受け入れることは難しいからな」

「ああ、まったくだぜ。俺たち冒険者はいつどこで死ぬか分からねぇ仕事だから、ある程度は覚悟ができてるが残される連中はそうじゃねぇからな」

冒険者は魔物と戦う以上いつどこで死んでもおかしくない立場である。

しかし残される家族はそうではない。

当人が死んだということがはっきりと証明されなければ、もしかしたら生きているかもしれないという希望にすがりたくなってしまうものだ。

死は遠ざけるものではなく受け入れていくべきものだが、それは大変難しいことである。

キルシュがもしも俺より先に死んだとしたら、それを受け入れられるかどうかまったく自信がない。

そして死んだとしたら、キルシュにはどう受け止められるのだろうか。

そんなとりとめの無いことを考えながらプレートを拾い集めていると、比較的損傷が少なく真新しいプレートが見つかった。

そこには覚えのあるランクと名前が刻まれていた。

「ヴェッツ、Cランク……アルベルタの弟のものか。残念な知らせ、いや知らせることができるのは良いことだな」

ランクと名前が一致しており、プレートが真新しいということも昇格したばかりという情報と符合する。

このプレートがあの受付嬢アルベルタの弟のプレートと見ていいだろう。

俺とディートリヒがプレートを回収している間、キルシュが何をしていたかといえばレッドドラゴンが蓄えていた金銀財宝の鑑定を行っていた。

「……ふむふむ、悪くないね。ツェーレンドルフで鋳造された金貨があったよ。皇帝ハインリヒ5世顔が彫り込まれているこの金貨、鋳造数が少ないからマニアの間で人気なんだよね。それに魔術に関する書物が数冊、これは帝国期に記されたもので研究する価値がありそうだ。アーティファクトもいくつかあったから一財産になるね」

これらの特別な宝物以外に珊瑚で造られた盃に、孔雀の羽できた外套、華麗な黄金飾りが施された硝子製の薔薇、どこか古代の戦場の戦争の場面を描いた絵画などさまざまな骨董品も見つかった。

道具を使う習慣がないドラゴンにとって、物とは金銭的な価値以外まったく興味がないものである。

ただひたすらに富を蓄え続ける。

邪竜ファーブニルの眷属たるドラゴンたちは、常に富を求める衝動に突き動かされて活動していいるのだ。

「正確な鑑定を行うにはまだ時間がかかるから、ここで全て行うのは無理があるね。一度持ち帰って価値を全て割り出した後に分割するということでどうかな、ディートリヒくん?」

「ん、ああ、俺の分はいらないぜ、キルシュさんよ。なにせここで俺は大して役に立ってねぇからな」

「そういうわけにはいかないよ。ボクたちと同じように君も命の危険を侵してまでガイドとして来てくれているんだからね。まぁ、受け取っておきなよ。金というものはあればあるだけ困るものでないし、いつ必要になるか分からないからね」

「ふーん、そういうもんかね」

Bランク冒険者になれるだけの実力があるディートリヒであれば、金が必要になれば自分の力で貸せばいいという自負があるのだろう。

しかし世の中とは何が起きるかわからないものである。

キルシュの言う通り急に物入りになるケースはあるもので、そんな時に金がないと苦労させられるのは世の常だ。

魔術と治療、どちらもそれなりに金のかかる世界にいる俺としては、金の有難味がよく分かる。

「さて、一通り確認も終えたしそろそろ帰還するとしようか。こちらの財宝はボクたちの庵に転送しておくよ」

キルシュは杖を振り、“送還”の魔術を発動させる。

財宝の山が光に包まれ眩く煌いたかと思った瞬間、それはこの場から全て消え去った。

「うぉ! 大概のことには慣れてきたが今度は何をしたんだ?」

「物を決められた場所に転送する魔術だ。条件がいろいろとあるので、いつでもどこにでもなんでも送れるとはいかないがな」

魔術によって刻まれた紋のある場所に対象とした物体を送る“送還”は便利な魔術であるもの、生物を送れない指定した場所以外に送ることができないなど使用条件に縛りが多い。