「了解しました、キルシュ」

「あいよ、旦那! 悔しいがあんな化け物、俺じゃ近づくこともできやしねぇ。あんたたちに全て任せるぜ」

ディートリヒの言う通り、魔力を持ちえない者ではドラゴン種の相手は困難を究める。

鉄をも溶かす炎に、鋼すら易々と切り裂く爪、大木すらへし折る尻尾の一撃。

どれ一つとっても人間が直撃を喰らえば命はない。

それでも若竜ぐらいまでなら人間の力でも何とかなる相手だが、相手は数百年の歳月を生きてきたであろう長老種のレッドドラゴン。

ここは人の理から外れた力をもつ俺たち魔術師と護衛士の力の見せどころだろう。

作戦が決まり、俺たちはレッドドラゴンに対し攻勢に転じた。

まずはキルシュが“防除”の魔術を解除して、攻撃魔術を叩きこむ。

「これだけ広い洞窟なら、範囲を気にしないで攻撃魔法を撃てるからいいねぇ」

レッドドラゴンの周囲を氷雪の嵐が包み込み、その体に岩石ほどの大きさがある氷の塊が降り注ぐ。

“氷嵐”の魔術である。

嵐と名づけられたこの魔術の効果範囲は伊達ではなく、小山といってもいいレッドドラゴンの巨体すらすっぽりと覆いつくした氷雪が容赦なくその体を凍てつかせ、降り注ぐ氷塊は鱗に覆われた体を打ち砕いた。

傷口から噴き出す鮮血までもが瞬く間に赤い氷結となり凍てつかれていく。

「おのれ、エルフッ……!! 小癪な真似を!!」

ドラゴンは何とか氷の嵐から逃れようと試みるが、凍結した体は自由が利かずブレスを吐こうにもその口や喉すら凍てつく始末だ。

ならば空中に逃れようと翼をはためかせようとするが、こちらも既に被膜に霜がびっしりと張っており満足に動かすこともできなかった。

ドラゴンの巨体をその一対の翼だけで飛ばすことは不可能で、ドラゴン種が飛行する際は基本的に魔術と同じように体内に取り込んだ魔素を動力して自分の体を浮かしている。

しかし空中での姿勢維持やバランス制御のため翼も必須であり、翼を損傷してしまうと上手く空中に飛ぶことができなくなってしまうのだ。

“氷嵐”の魔術は氷雪の嵐が過ぎ去った後もしばらく効果が継続する。

効果範囲内にいる対象に対して、常に雹が降り注ぎ行動を著しく阻害するのだ。

キルシュの魔術により身動きのとれなくなったレッドドラゴンの体にジャベリンが突き刺さった。

突き刺さった個所から鮮血が吹き出し、それもまた瞬く間に凍結していく。

「鱗と鱗の隙間はやっぱり脆いようだな!」

ディートリヒはレッドドラゴンの鱗の隙間にある表皮に対して的確にジャベリンを投射し、ダメージを蓄積させていた。

やはりこの冒険者は戦いのセンスがあるようだ。

俺たちとレッドドラゴンの戦いを見ているだけで、どのように自分がこの魔物と戦えば良いかが理解できている。

「ええぃ、小賢しい! この程度で我を屠れるものかぁぁ!!」

追い詰められたレッドドラゴンはさらに逆上し、わが身が傷つくことも顧みず無理やりに凍結した体を氷から剥がしにかかった。

凍結した部分の皮が剥がれ、どんどん血が流れていくが最早そんなことに構っている余裕はないようだ。

そうしてようやく自由を取り戻したレッドドラゴンは息を大きく吸い込んだ。

「もはや肉も骨の一片も残さず塵にしてくれるぞ、下級種族めらが!!」

「残念だが、それはできそうにもないな」

レッドドラゴンの喉元に迫っていた俺はその場で跳躍すると、無防備にさらけだされたその長大な喉元に剣を突き立てた。

吐き出そうとしてた炎が突き刺した先から噴き出した。

激痛に耐えきれず、レッドドラゴンはその身を揺らして激しくのたうち回る。

俺はドラゴンの喉に突き刺さっている剣にしがみつき、それに耐えた。

体が激しく震わされ、少しでも力を抜くと吹っ飛ばされそうだ。

「旦那、危ねぇ!!」

ここで気を抜くわけにはいかない。

ここで少しでも力を抜けば俺の手は柄から離れ、吹き飛ばされた体は洞窟の壁か床に激しく叩きつけられることだろう。

「……!!」

柄を握りしめる手から血が流れ出すが、痛みなどまったく気にならない。

今ここで絶対に手を放すわけにはいかないのだ。

柄にしがみついてしばらく耐えていると、ようやくレッドドラゴンの動きが鈍り、体の振りが弱まりだした。

そして遂に動きを止めると、ズゥンと洞窟全体に響き渡る轟音と共にレッドドラゴンの巨体は地に倒れ伏す。

その死を確認して俺がレッドドラゴンの首から剣を引き抜くと、キルシュとディートリヒが駆け寄ってきた。

「やれやれ、肝を冷やしたよザイ。吹っ飛ばされたらどうしようかと気が気でなかったんだからね」

「……ご心配をおかけして申し訳ありません、キルシュ。急所をさらけ出してくれたので、つい攻撃を優先してしまいました」

「マジでドラゴンを倒しちまったのか。マジで半端ねぇな、あんたら……」

今しがた息絶えたドラゴンを見て、ディードリヒは驚嘆とも畏敬ともとれる言葉をキルシュと俺に向けて発した。

「人の力が及ばない魔物を討伐することもボクたち魔術師と護衛士の仕事なんだよ。……それにしてもこのドラゴン、相当貯めこんでいたようだね」

ドラゴンが倒れた事によりその背後に隠されていた金銀財宝の山が露わになった。

これもドラゴン種の特性を如実に表す事例だ。

彼らのドラゴン種の祖である“邪竜ファーブニル”がもつ自信過剰、傲岸不遜、傲慢、傲岸、貪欲などの性質はその子らであるドラゴンたちにも受け継がれており、彼らは常にこの世の富を全て自分のものにしたいという強欲の衝動に駆られている。

富を集め自分の巣穴に集積することは、ドラゴン種にとってライフワークとすら言える事かもしれない。

金貨、宝石、アーティファクト、etc。

レッドドラゴンがかき集めていた宝の山を目にした俺は、今回の依頼を受ける時にキルシュが受けた“啓示”の内容を思い出した。

「あの時貴方が手に入れた啓示とは、この財宝の山とはこの事でしたか」

「そうなんだよ。この光景が見えていたから、ドラゴンが関わっているのではないかなと想定していたんだ。しかしまさか、これほど大喰らいのレッドドラゴンだとは思わなかったけどね」

金銀財宝の回りには、人間のものと思わしき粉々に砕け散った骨が黒こげとなった武器と防具と共に大量に散らばっていた。

恐らくレッドドラゴンが己の手下である“邪竜ファーブニル”の信徒たちに集めさせていた冒険者を、生贄としてこの洞窟の中に連れ込ませそれを貪り喰っていたのだろう。