「そのことなのですがキルシュ、どうも奥の厨房に向かって奇妙な痕跡がありまして……」
「奇妙な痕跡かぁ……どんな痕跡なんだい?」
「何度も往復した足跡です」
厨房の先は食料貯蔵庫になっていた。
干し肉にパン、塩漬け肉やピクルス、チーズなど日持ちする食品がたくさん置かれ、発酵食品の独特の匂いが立ち込めている。
ここにも当然ながら足跡が複数ついているのだが、俺が気になったのは貯蔵庫の奥にある壁の一角だった。
「ただの壁だぜ、旦那」
「そうなんだが、ここに足跡がやたらと集中していてな」
俺のほうが年下と伝えたのだが、ディートリヒは俺を旦那呼ばわりすることに決めたようだ。
この一角には特に足跡がついていて、それも何もない壁の前を何度も往復した形跡があるのだ。
何も隠されていないのであれば、そんな場所を何度も往復する必要などないだろう。
ここに何かあるようだ。
俺が拳を固めて壁を叩いてみると
コンコン。
ここの壁からは軽い音が返ってくる。
それではと右側の壁を叩いてみると、
ドンドン。
と硬い音が返ってくる。
どうやらここの壁の中には空洞が存在するようだ。
壁に沿って手を滑らせてみると、わずかだがへこみのある部分が見つかり、そこに指をかけると横にスライドさせることができた。
指に力を込めて右にスライドさせると壁が隙間に収納され、奥へと繋がる通路が開かれた。
「やはり隠し扉があったか」
「こんな扉よく見つけられたな、旦那。本職の斥候並みに優秀なんじゃねぇのか?」
「俺の場合は強化した感覚で探り当てられただけだから、それだけで優秀なのかどうかは分かりかねるが……。キルシュ、この先に進みますか?」
キルシュに確認をとると、彼は慎重にこの通路の先の事を考えていた。
「う~ん……恐らくこの通路の先はさっきの両開きの扉の奥につながっているよね。ここからでれば後ろから相手の隙をつけるかもしれない。しかし中の情報が不足しているから何とも言えないねぇ……」
「相手の隙をつけば有利をとれるってのは、あんたらがこの遺跡ですでに実践済みだよな」
ディートリヒがいう通り、相手の虚を突くことで戦闘を自分たちにとって有利に運ぶことができる。
戦場において何よりも危険なことは、逡巡することである。
わずかな迷いが自分の思考と行動を鈍らせ、敵に対し致命的な隙を見せることに繋がる。
正面の扉から突入するより、この通路から侵入して背後から攻めたほうが相手の虚をつけることは確実だろう。
だがこの先には恐らく敵の戦力の本命と、もしかしたら生きている行方不明の冒険者たちがいるかもしれない。
彼らが人質にとられるようなことがあれば、こちら側がかなり不利な状況になる。
相手の戦力がわからない以上、まずは慎重にこの通路の先にある情報を集めてから行動を考えたほうが無難かもしれない。
しかしキルシュは、ディートリヒが指摘した相手の隙を優先することにした。
「ここは慎重さより大胆さをとることにしよう。下手に準備に時間を割くと相手にも時間を与えることに繋がる。この先に敵がいるとして、そいつらが外の状況を確認したりこちらの通路から移動してきたらボクたちが遺跡の中に侵入してきていることに気づかれて警戒されるよね。それよりは現在ボクたちの存在が気づかれていないであろう有利を活かして、ここは一気呵成に仕掛けた方がよいと思う」
「わかりました。それでは突入します」
主であるキルシュが判断したのであれば、俺はそれに従うのみである。
鞘の留め金を外し、バスタードソードの漆黒の刀身を露にさせると、俺は通路の先へと足を踏み入れた。
部屋の壁は翼を広げた巨大なドラゴンの彫刻に覆われている。
そしてその壁に沿って、翼を生やしたグロテスクな姿をした彫像が左右に二対、合計四体並んでいる。
部屋の奥には祭壇があり、球を抱いて眠るドラゴン“邪竜ファーブニル”の偶像が置かれている。
祭壇の前の床には魔術文字と呼ばれるルーンで描かれた輪があり、血を連想させる鮮やかな赤色に光り輝いている。
ルーンの輪の中には法衣のような服を着た杖をもつホブゴブリン(司祭か何かだろう)が一体おり、激しい身振りで何かを行っている。
その左右にはロングソードやロングボウで武装したホブゴブリンが二体ずつ、こちらも合計四体侍っている。
連中は隠し通路から侵入した俺の存在にまだ気づいていないようだ。
俺は部屋に踏み込むと祭壇向かって駆けだし、右に位置するホブゴブリンに斬りかかった。
「……!!」
恐らくゴブリン語で悲鳴を上げたのだろう。
頭から足までバスタードソードで真っ二つに切り裂かれたホブゴブリンが血しぶきを上げて倒れると、他のホブゴブリンたちは口々に威嚇らしき言葉をわめき散らし、俺に対して距離をとる。
敵の中で最も奥にいる杖をもった祭司らしきホブゴブリンが何事かを呟くと、杖を俺に向かって突き出した。
(「これは、まずいな……」)
危険な気配を感じた俺はバスタードソードで受けとめることを止め、右にステップして回避することにした。
すると先ほどまで俺がいた場所に無色の水の塊のようなものが放たれ、地面に命中したそれは煙を上げながら刺激臭が放つ。
「“酸弾”か!」
強力な酸性の液体を弾丸のように放つ魔術である。
この液体が触れると金属は溶かされ、衣服などの繊維は腐食、皮膚にあたれば熱くなり火傷し、火ぶくれを起こす。
激しい痛みと損傷を被る危険な攻撃魔術だ。
魔術師は味方にいれば頼もしいが、敵に回れば多彩な攻撃魔術でこちらの行動を妨害してくる厄介な存在である。
攻撃を繰り出して魔術の行使を妨げたいところだが、残りのホブゴブリンたちが壁のように立ちふさがり祭司の下へ容易には近づけさせない。
俺がホブゴブリンの集団と切り込んだ後に部屋に突入したディートリヒは、主戦場になっている祭壇を迂回し右に大きく回り込む。
しかしディートリヒが壁面にあった石像に近づくと、立ち並んでいた石像がピクリと反応して、翼をはためかし空を飛び交い始めた。
「奇妙な痕跡かぁ……どんな痕跡なんだい?」
「何度も往復した足跡です」
厨房の先は食料貯蔵庫になっていた。
干し肉にパン、塩漬け肉やピクルス、チーズなど日持ちする食品がたくさん置かれ、発酵食品の独特の匂いが立ち込めている。
ここにも当然ながら足跡が複数ついているのだが、俺が気になったのは貯蔵庫の奥にある壁の一角だった。
「ただの壁だぜ、旦那」
「そうなんだが、ここに足跡がやたらと集中していてな」
俺のほうが年下と伝えたのだが、ディートリヒは俺を旦那呼ばわりすることに決めたようだ。
この一角には特に足跡がついていて、それも何もない壁の前を何度も往復した形跡があるのだ。
何も隠されていないのであれば、そんな場所を何度も往復する必要などないだろう。
ここに何かあるようだ。
俺が拳を固めて壁を叩いてみると
コンコン。
ここの壁からは軽い音が返ってくる。
それではと右側の壁を叩いてみると、
ドンドン。
と硬い音が返ってくる。
どうやらここの壁の中には空洞が存在するようだ。
壁に沿って手を滑らせてみると、わずかだがへこみのある部分が見つかり、そこに指をかけると横にスライドさせることができた。
指に力を込めて右にスライドさせると壁が隙間に収納され、奥へと繋がる通路が開かれた。
「やはり隠し扉があったか」
「こんな扉よく見つけられたな、旦那。本職の斥候並みに優秀なんじゃねぇのか?」
「俺の場合は強化した感覚で探り当てられただけだから、それだけで優秀なのかどうかは分かりかねるが……。キルシュ、この先に進みますか?」
キルシュに確認をとると、彼は慎重にこの通路の先の事を考えていた。
「う~ん……恐らくこの通路の先はさっきの両開きの扉の奥につながっているよね。ここからでれば後ろから相手の隙をつけるかもしれない。しかし中の情報が不足しているから何とも言えないねぇ……」
「相手の隙をつけば有利をとれるってのは、あんたらがこの遺跡ですでに実践済みだよな」
ディートリヒがいう通り、相手の虚を突くことで戦闘を自分たちにとって有利に運ぶことができる。
戦場において何よりも危険なことは、逡巡することである。
わずかな迷いが自分の思考と行動を鈍らせ、敵に対し致命的な隙を見せることに繋がる。
正面の扉から突入するより、この通路から侵入して背後から攻めたほうが相手の虚をつけることは確実だろう。
だがこの先には恐らく敵の戦力の本命と、もしかしたら生きている行方不明の冒険者たちがいるかもしれない。
彼らが人質にとられるようなことがあれば、こちら側がかなり不利な状況になる。
相手の戦力がわからない以上、まずは慎重にこの通路の先にある情報を集めてから行動を考えたほうが無難かもしれない。
しかしキルシュは、ディートリヒが指摘した相手の隙を優先することにした。
「ここは慎重さより大胆さをとることにしよう。下手に準備に時間を割くと相手にも時間を与えることに繋がる。この先に敵がいるとして、そいつらが外の状況を確認したりこちらの通路から移動してきたらボクたちが遺跡の中に侵入してきていることに気づかれて警戒されるよね。それよりは現在ボクたちの存在が気づかれていないであろう有利を活かして、ここは一気呵成に仕掛けた方がよいと思う」
「わかりました。それでは突入します」
主であるキルシュが判断したのであれば、俺はそれに従うのみである。
鞘の留め金を外し、バスタードソードの漆黒の刀身を露にさせると、俺は通路の先へと足を踏み入れた。
部屋の壁は翼を広げた巨大なドラゴンの彫刻に覆われている。
そしてその壁に沿って、翼を生やしたグロテスクな姿をした彫像が左右に二対、合計四体並んでいる。
部屋の奥には祭壇があり、球を抱いて眠るドラゴン“邪竜ファーブニル”の偶像が置かれている。
祭壇の前の床には魔術文字と呼ばれるルーンで描かれた輪があり、血を連想させる鮮やかな赤色に光り輝いている。
ルーンの輪の中には法衣のような服を着た杖をもつホブゴブリン(司祭か何かだろう)が一体おり、激しい身振りで何かを行っている。
その左右にはロングソードやロングボウで武装したホブゴブリンが二体ずつ、こちらも合計四体侍っている。
連中は隠し通路から侵入した俺の存在にまだ気づいていないようだ。
俺は部屋に踏み込むと祭壇向かって駆けだし、右に位置するホブゴブリンに斬りかかった。
「……!!」
恐らくゴブリン語で悲鳴を上げたのだろう。
頭から足までバスタードソードで真っ二つに切り裂かれたホブゴブリンが血しぶきを上げて倒れると、他のホブゴブリンたちは口々に威嚇らしき言葉をわめき散らし、俺に対して距離をとる。
敵の中で最も奥にいる杖をもった祭司らしきホブゴブリンが何事かを呟くと、杖を俺に向かって突き出した。
(「これは、まずいな……」)
危険な気配を感じた俺はバスタードソードで受けとめることを止め、右にステップして回避することにした。
すると先ほどまで俺がいた場所に無色の水の塊のようなものが放たれ、地面に命中したそれは煙を上げながら刺激臭が放つ。
「“酸弾”か!」
強力な酸性の液体を弾丸のように放つ魔術である。
この液体が触れると金属は溶かされ、衣服などの繊維は腐食、皮膚にあたれば熱くなり火傷し、火ぶくれを起こす。
激しい痛みと損傷を被る危険な攻撃魔術だ。
魔術師は味方にいれば頼もしいが、敵に回れば多彩な攻撃魔術でこちらの行動を妨害してくる厄介な存在である。
攻撃を繰り出して魔術の行使を妨げたいところだが、残りのホブゴブリンたちが壁のように立ちふさがり祭司の下へ容易には近づけさせない。
俺がホブゴブリンの集団と切り込んだ後に部屋に突入したディートリヒは、主戦場になっている祭壇を迂回し右に大きく回り込む。
しかしディートリヒが壁面にあった石像に近づくと、立ち並んでいた石像がピクリと反応して、翼をはためかし空を飛び交い始めた。