「ありがとうございます。あまり多くの報酬をお出しすることはできませんができるだけの事はさせていただきます。何卒宜しくお願い致します」
「……それでは」
置かれた素材の代金を受け取り、俺はカウンターを後にする。
アルベルタは俺が離れた後もカウンター越しに頭を下げ続けていた。
「Cランクのヴェッツ、か……」
遺跡で行方不明になって一週間経過しているとなると、生存の可能性は低いだろう。
せめて形見になるプレートだけでも見つけ出せればよいのだが。
素材の清算をし終えた俺がギルドに併設された酒場の方に向かってみると、紙袋を抱えたキルシュが待っていた。
彼は大袈裟にため息をつくと、肩をすくめてみせた。
「なんだいザイ。切なるお願いをしてくるご婦人を前にして俺に任せろの一言も言えないわけ?」
「俺の性格はご存じでしょうに……」
「その真面目さはいいところなんだけど、融通が利かないカタブツさは欠点でもあるんだよねぇ。別に嘘をつけとまでは言わないけど、安心させるために優しい言葉ぐらいは言えるようになってもいいと思うよ?」
「……善処します。エーリカとシュールの二人は?」
「あの後食事をとって、今は落ち着いているみたいだね。しばらくはここに待機してもらって問題なさそうだよ」
エーリカとシュール、二人の獣人は客人扱いとして冒険者ギルドの一室をあてがわれた。
ここが今二人に用意できる場所の中で、最も安全が保障されている場所だろう。
しかし、それだけでは外敵に対する備えとしては十分ではない。
二人に害を及ぼす者が現れない様、キルシュは監視用の使い鴉を配置したと俺に伝えた。
「件の奴隷商の関係者がここまで追撃をかけてくるとは思わないけど、一応の備えしておかないとね。あ、これ、ケバブサンドだって」
そう言ってキルシュが差し出した紙袋の中には、平たく焼いたパンの間に羊肉とタマネギ、トマトが
挟まれたサンドイッチが入っていた。
南方より伝わった串に味付けした肉(主に羊、鶏、牛の肉が使われるらしい)を刺していって塊にし、グリルで回転させながら焼くケバブという料理をサンドイッチにするとは面白い料理だ。
一口齧り付いてみると様々なスパイスを用いた肉の味が刺激的で、たっぷりかけられた甘辛いソースと相まって独特の味わいが口の中に広がった。
「時間がないからね、食べながら城門に向かうとしよう。あ、それとこれケバブサンドに添えられるフライドポテトだって。ザイは確か皮つきのが好きだったと思うけど、この形のしかなかったよ」
「シューストリングポテトですね。確かに俺が好きなのはウェッジカットポテトですが、これも嫌いじゃないですよ。平時の食事としては栄養過多ですが、こういう時にはすぐに栄養を補給できていいですね」
まるで靴の紐のようにという意味がある、細い棒状にカットされたポテトをつまんで口の中に入れると、サクサクとした食感が心地良い揚げたての味を楽しめた。
ちなみに俺が好きといったウェッジカットポテトとは、皮つきのままくし形に切って揚げたポテトのことを指す。
ポテト本来の味が楽しめるので、俺が自分でフライドポテトを作る時はこのウェッジカットで揚げている。
しかし俺としては、自分の好きなポテトを覚えていてくれたキルシュの心が嬉しかった。
「栄養過多とかまた堅苦しい事を言うなぁ、ザイは。まぁ、こんな時でもないと軽食の類は中々食べさせてもらえないからね」
「主の健康に気を配るのも護衛士の務めですから」
キルシュは魔術と薬草については真剣なのだが、それ以外の事に関しては基本かなりのズボラだ。
いくら食べても太らない体だからといって、不健康な食事を続けていいという理由にはならない。
日々の食事が体を作り、偏った食生活が不健康な体を招く。
それが病気の源となることは薬草師でもあるキルシュも当然熟知している。
だというのに
「ボクは大病しないから」
とまったく根拠のない事を言い張ってジャンクフードをすぐに食べようとするのだ。
困った主である。
食事を全て腹に収めた俺たちが城門に着くと、そこには既に完全武装したディートリヒが城壁に寄りかかって待っていた。
「よぉ、来たか」
彼はスケイルアーマーと呼ばれる金属の小片を皮の下地に鱗状に貼り付けた鎧を身に着け、メインの武器であろうハルバートを背負い、近接用にはショートソードを腰に下げるというかなり実戦を意識した装備をしている。
ハルバードは斧槍と呼ばれる槍の穂先に斧頭を取り付けた、多様な取り回しのできる実用的な長柄武器である。
斬る、突く、払う、叩くなど様々な使い方ができるこの武器は、斧で甲冑を破壊したり高所の敵を槍でついて引きずり下ろすなど隙が無い優秀な武器だ。
懐に入られると不利になるのは長柄武器の共通の弱点ではあるが、いざとなればショードソードに持ち変えることで対処ができるようにしているので弱点も克服されている。
「どうやら待たせてしまったようだな、すまん」
「いや、俺もさっききたばかりだから気にしなくていいぜ」
この台詞は実際待たされた者が口にすることの多いものだ。
やはり待たせてしまったらしい。
「あんたたちの急いだほうがいいという判断には俺も同意するが、今から出発しても遺跡までは最低二日はかかるな」
ディリンゲンの町から南に伸びている交易街道を南に二日進んだ距離には白銀山が聳えている。
白銀山とはその山頂に常に白銀のように美しい雪が覆っていることから名づけられた、美しいことで知られる山である。
その麓にある眠れる竜の遺跡は魔物が少なく比較的安全な街道沿いにあるということで、駆け出し冒険者の腕試しに使われる場所にされているのも頷ける。
ディートリヒの言う通り、通常の手段でそこまで移動すれば二日以上の日数を消費してしまうだろう。
しかし遺跡までの道のりをギルドマスターから提供された地図で把握した俺たちは、その問題を解決する手段を持っていた。
「それに関してはいい策があるから任せてもらっていいよ。さて、早速始めるけどキミの準備はいいかな、ザイ?」
「ええ、既に感覚強化は発動してあります。いつでもどうぞ」
普通に感覚強化するだけでも、俺は半径100mの周囲の情報を視覚、嗅覚、聴覚から認識することができる。
この状態でキルシュから“超感”という対象の五感の機能を増幅する魔術をかけてもらうと、俺はさらに半径500mまでの情報を認識できるようになるのだ。
「……大丈夫です。半径500m以内に俺たちの脅威に成り得る魔物の姿は見受けられません」
「想定通りだね。よし、それでは一気にいくとしよう。ディートリヒくん、ちょっと飛ばすけど力まないようにね」
「……それでは」
置かれた素材の代金を受け取り、俺はカウンターを後にする。
アルベルタは俺が離れた後もカウンター越しに頭を下げ続けていた。
「Cランクのヴェッツ、か……」
遺跡で行方不明になって一週間経過しているとなると、生存の可能性は低いだろう。
せめて形見になるプレートだけでも見つけ出せればよいのだが。
素材の清算をし終えた俺がギルドに併設された酒場の方に向かってみると、紙袋を抱えたキルシュが待っていた。
彼は大袈裟にため息をつくと、肩をすくめてみせた。
「なんだいザイ。切なるお願いをしてくるご婦人を前にして俺に任せろの一言も言えないわけ?」
「俺の性格はご存じでしょうに……」
「その真面目さはいいところなんだけど、融通が利かないカタブツさは欠点でもあるんだよねぇ。別に嘘をつけとまでは言わないけど、安心させるために優しい言葉ぐらいは言えるようになってもいいと思うよ?」
「……善処します。エーリカとシュールの二人は?」
「あの後食事をとって、今は落ち着いているみたいだね。しばらくはここに待機してもらって問題なさそうだよ」
エーリカとシュール、二人の獣人は客人扱いとして冒険者ギルドの一室をあてがわれた。
ここが今二人に用意できる場所の中で、最も安全が保障されている場所だろう。
しかし、それだけでは外敵に対する備えとしては十分ではない。
二人に害を及ぼす者が現れない様、キルシュは監視用の使い鴉を配置したと俺に伝えた。
「件の奴隷商の関係者がここまで追撃をかけてくるとは思わないけど、一応の備えしておかないとね。あ、これ、ケバブサンドだって」
そう言ってキルシュが差し出した紙袋の中には、平たく焼いたパンの間に羊肉とタマネギ、トマトが
挟まれたサンドイッチが入っていた。
南方より伝わった串に味付けした肉(主に羊、鶏、牛の肉が使われるらしい)を刺していって塊にし、グリルで回転させながら焼くケバブという料理をサンドイッチにするとは面白い料理だ。
一口齧り付いてみると様々なスパイスを用いた肉の味が刺激的で、たっぷりかけられた甘辛いソースと相まって独特の味わいが口の中に広がった。
「時間がないからね、食べながら城門に向かうとしよう。あ、それとこれケバブサンドに添えられるフライドポテトだって。ザイは確か皮つきのが好きだったと思うけど、この形のしかなかったよ」
「シューストリングポテトですね。確かに俺が好きなのはウェッジカットポテトですが、これも嫌いじゃないですよ。平時の食事としては栄養過多ですが、こういう時にはすぐに栄養を補給できていいですね」
まるで靴の紐のようにという意味がある、細い棒状にカットされたポテトをつまんで口の中に入れると、サクサクとした食感が心地良い揚げたての味を楽しめた。
ちなみに俺が好きといったウェッジカットポテトとは、皮つきのままくし形に切って揚げたポテトのことを指す。
ポテト本来の味が楽しめるので、俺が自分でフライドポテトを作る時はこのウェッジカットで揚げている。
しかし俺としては、自分の好きなポテトを覚えていてくれたキルシュの心が嬉しかった。
「栄養過多とかまた堅苦しい事を言うなぁ、ザイは。まぁ、こんな時でもないと軽食の類は中々食べさせてもらえないからね」
「主の健康に気を配るのも護衛士の務めですから」
キルシュは魔術と薬草については真剣なのだが、それ以外の事に関しては基本かなりのズボラだ。
いくら食べても太らない体だからといって、不健康な食事を続けていいという理由にはならない。
日々の食事が体を作り、偏った食生活が不健康な体を招く。
それが病気の源となることは薬草師でもあるキルシュも当然熟知している。
だというのに
「ボクは大病しないから」
とまったく根拠のない事を言い張ってジャンクフードをすぐに食べようとするのだ。
困った主である。
食事を全て腹に収めた俺たちが城門に着くと、そこには既に完全武装したディートリヒが城壁に寄りかかって待っていた。
「よぉ、来たか」
彼はスケイルアーマーと呼ばれる金属の小片を皮の下地に鱗状に貼り付けた鎧を身に着け、メインの武器であろうハルバートを背負い、近接用にはショートソードを腰に下げるというかなり実戦を意識した装備をしている。
ハルバードは斧槍と呼ばれる槍の穂先に斧頭を取り付けた、多様な取り回しのできる実用的な長柄武器である。
斬る、突く、払う、叩くなど様々な使い方ができるこの武器は、斧で甲冑を破壊したり高所の敵を槍でついて引きずり下ろすなど隙が無い優秀な武器だ。
懐に入られると不利になるのは長柄武器の共通の弱点ではあるが、いざとなればショードソードに持ち変えることで対処ができるようにしているので弱点も克服されている。
「どうやら待たせてしまったようだな、すまん」
「いや、俺もさっききたばかりだから気にしなくていいぜ」
この台詞は実際待たされた者が口にすることの多いものだ。
やはり待たせてしまったらしい。
「あんたたちの急いだほうがいいという判断には俺も同意するが、今から出発しても遺跡までは最低二日はかかるな」
ディリンゲンの町から南に伸びている交易街道を南に二日進んだ距離には白銀山が聳えている。
白銀山とはその山頂に常に白銀のように美しい雪が覆っていることから名づけられた、美しいことで知られる山である。
その麓にある眠れる竜の遺跡は魔物が少なく比較的安全な街道沿いにあるということで、駆け出し冒険者の腕試しに使われる場所にされているのも頷ける。
ディートリヒの言う通り、通常の手段でそこまで移動すれば二日以上の日数を消費してしまうだろう。
しかし遺跡までの道のりをギルドマスターから提供された地図で把握した俺たちは、その問題を解決する手段を持っていた。
「それに関してはいい策があるから任せてもらっていいよ。さて、早速始めるけどキミの準備はいいかな、ザイ?」
「ええ、既に感覚強化は発動してあります。いつでもどうぞ」
普通に感覚強化するだけでも、俺は半径100mの周囲の情報を視覚、嗅覚、聴覚から認識することができる。
この状態でキルシュから“超感”という対象の五感の機能を増幅する魔術をかけてもらうと、俺はさらに半径500mまでの情報を認識できるようになるのだ。
「……大丈夫です。半径500m以内に俺たちの脅威に成り得る魔物の姿は見受けられません」
「想定通りだね。よし、それでは一気にいくとしよう。ディートリヒくん、ちょっと飛ばすけど力まないようにね」