本来冒険者ギルドのロビーは依頼を求める冒険者たちでにぎわっているものだが、現在は閑散としていて冒険者らしき者たちはまばらにしか見えない。
ロビーを進んで一階中央には冒険者に向けた依頼書を張り出す木製のボードがあるのだが、張りだされた依頼書でびっしりと埋め尽くされていた。
どうやら手つかずの依頼書が相当に溜まっており、このギルドにもたらされた依頼は解決が滞っている様子が見て取れる。
「ディリンゲンの冒険者ギルドへようこそ! 冒険者の方たちですか? 依頼は沢山ありますよ」
受付のカウンターにいた女性が俺たちに声をかけてきた。
制服らしい服を着ているところから、冒険者ギルドの職員であることが窺える。
少し厚めの化粧で隠してはいるものの、よく見てみると彼女の目元には大きなクマができており疲労が蓄積している様子が察せられた。
「申し訳ない、俺たちは冒険者ではないのです」
俺の言葉に受付嬢はあからさまに落胆する様子を見せたが、すぐに気を取り直して表情を笑顔に戻せた。
やはり依頼を引き受ける冒険者が不足しているらしい。
「そうですか、それでは当ギルドへのご依頼でしょうか? 申し訳ないのですが現在依頼が立て込んでおりまして、すぐにお引き受けするのが難しい状況なのですが……」
「いやいや、ボクたちはこちらのギルドマスターに用があってね。ディーゼルさんに魔術師のキルシュが来た、と伝えてもらえるかな?」
「魔術師の方でしたか。大変失礼いたしました。すぐにディーゼルに伝えてまいりますので、お待ちください」
キルシュが自己紹介したことで事態を察したらしい。
受付嬢は居住まいを正して頭を下げると、受付の奥に下がっていた。
「ギルドのこの状況からしてやはり尋常ではないこと起きているようだね。これはもっと早く動くべきだったかなぁ」
「ティツ村周辺はいままで平和でしたからね。魔物が発生することすら稀でしたし……。冒険者たちの活動を邪魔しないようにしていたのは正解だったと思いますよ。ただそれが理由で今回は初動が遅れたことは事実ですね」
「地域への関わり方を見直す時期にさしかかっているのかもね」
キルシュは魔術師の立場から地域の問題に対しては必要最小限の干渉に留め、ティツ村での活動に終始していた。
魔物退治や遺跡探索を主な生業にしている冒険者とギルドの仕事を奪わないようにという配慮だったが、結果としてディリンゲンの町の冒険者ギルドの活動そのものが破綻しかねないほど差し迫った状況に陥っている事を気づけなかったのは、この地域を守護する魔術師と護衛士としては怠慢だったのかもしれない。
そのような事を二人で話し合っていると、受付嬢がカウンターに戻ってきた。
「お待たせいたしました。ディーゼルがお会いになります。どうぞ、こちらへおいでください」
「遠路はるばるご足労をおかけしました。さ、まずはお座りください」
ギルドハウス一階奥の応接室に通された俺たちは、中年の男性に出迎えられた。
年の頃は五十代半ばといったところで、立派な口髭を蓄えた紳士然とした男だった。
体つきは引き締まっており、歴戦の戦士の風格を漂わせている。
勧められるままソファに座った俺たちに対し、彼は頭を下げた。
「申し遅れました。私、当ギルドのマスターをしておりますディーゼルと申します。エルフの御仁がキルシュ師としてそちらの御仁は護衛士の方ですか? それに珍しい、獣人をお連れとは……」
「はい。キルシュの護衛士を務めておりますザイフェルトと申します。この二人はエーリカとシュールといいます。話の前にまずはディーゼル殿に折り入ってお願いしたい事があります」
「ほう、お願いですか?」
俺に話が振られたので、今回の件の説明もそのまま俺が担当する事にした。
キルシュがこういった事の説明を行うと専門的な話に終始したり話が脇道に逸れたりとやたらと時間と手間がかかる事が多いので、俺が代理で交渉することもそれなりにあるのだ。
先ほどディリンゲンの町で遭遇した二人とのいきさつについて、かいつまんだ話をディーゼルに語った。
「……ということがありまして、とりあえずこちらのギルドで二人の身柄を保護していただきたいのです。二人の身元については我が主が保証します」
「そのような事がこの町の近郊で起きていたとは……。分かりました、魔術師であるキルシュ師が保証されるのであれば問題ありますまい。お二人は客人として当ギルドで保護させていただきます」
一般人が犯罪に巻き込まれた場合、通常はその地方の権力者、今回の場合は領主であるシュタインドルフ卿に保護を訴え出るのが筋である。
しかし遥か西方の地から無理やり連れてこられた二人はこの地にとって異邦人であり、加えて珍しい獣人という種族でもあるため常に周囲から好奇の目でさらされ、居心地が酷く悪い場所だ。
魔術師のキルシュが身元を保証すれば大抵の場所で受け入れられるはするが、安全やプライバシーも守られる場所となると限られる。
その点、国家などあらゆる組織に対して中立の立場を貫く冒険者ギルドであれば、二人を狙う者たちも迂闊に手を出すことはできないだろう。
冒険者ギルドは常に力無き民衆の味方であることをモットーとしている組織なのだ。
キルシュがディーゼルに頭を下げ、礼を述べた。
「助かるよ。これから危険な場所に立ち入ることになるかもしれないからね。さすがにこの二人をそんな場所に連れていくわけにはいかないよ。冒険者ギルドなら二人の安全が保障されるし、周囲の事もそれほど気にしなくていいからね」
「それでは先にお二人を部屋に案内させましょうか。見たところ長旅で相当お疲れのご様子です」
「そうしていただけると助かります。二人共それでいいか?」
ディーゼルの提案を俺が確認すると、シュールが頷く。
「ああ、十分です。何から何までしてもらって感謝の言葉もありません」
エーリカはというと、相変わらず俯いて押し黙ったままの態度である。
まだ会話をするのは難しい状況のようだ。
ディーゼルがテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、先ほど俺たちに応対した受付嬢が中に入ってきた。
「お呼びですか、マスター?」
「ああ、こちらのお二人を二階の空いている部屋に案内してくれ。それからこっちにお茶を頼む」
「かしこまりました。それではご案内いたしますね、どうぞこちらへ」
受付嬢の案内に従って獣人の二人が退出し、応接室には俺たち三人が残された。
キルシュが徐に口を開く。
「実はボクたち……というよりはボクがかな、今まであまりにも冒険者ギルドに対して距離を持ち過ぎていたことを反省していてね」
「と、おっしゃいますと?」
「魔術師と護衛士は、はっきり言って冒険者を含め大半の人々より力ある存在だ。だからこそなるべく政や他組織に干渉することを避けてきたんだよ。社会の問題をなんでもボクたちが解決するというのは筋違いだからね」
魔術師と護衛士は、はっきり言ってしまうとこの世界の人間社会からやや隔絶した存在だ。
魔術を行使できるこの力をもってすれば、叶えられない望みのほうが少ないといっていいだろう。
だからこそ魔術師と護衛士は、世界に対して直接干渉することをなるだけ避ける。
ロビーを進んで一階中央には冒険者に向けた依頼書を張り出す木製のボードがあるのだが、張りだされた依頼書でびっしりと埋め尽くされていた。
どうやら手つかずの依頼書が相当に溜まっており、このギルドにもたらされた依頼は解決が滞っている様子が見て取れる。
「ディリンゲンの冒険者ギルドへようこそ! 冒険者の方たちですか? 依頼は沢山ありますよ」
受付のカウンターにいた女性が俺たちに声をかけてきた。
制服らしい服を着ているところから、冒険者ギルドの職員であることが窺える。
少し厚めの化粧で隠してはいるものの、よく見てみると彼女の目元には大きなクマができており疲労が蓄積している様子が察せられた。
「申し訳ない、俺たちは冒険者ではないのです」
俺の言葉に受付嬢はあからさまに落胆する様子を見せたが、すぐに気を取り直して表情を笑顔に戻せた。
やはり依頼を引き受ける冒険者が不足しているらしい。
「そうですか、それでは当ギルドへのご依頼でしょうか? 申し訳ないのですが現在依頼が立て込んでおりまして、すぐにお引き受けするのが難しい状況なのですが……」
「いやいや、ボクたちはこちらのギルドマスターに用があってね。ディーゼルさんに魔術師のキルシュが来た、と伝えてもらえるかな?」
「魔術師の方でしたか。大変失礼いたしました。すぐにディーゼルに伝えてまいりますので、お待ちください」
キルシュが自己紹介したことで事態を察したらしい。
受付嬢は居住まいを正して頭を下げると、受付の奥に下がっていた。
「ギルドのこの状況からしてやはり尋常ではないこと起きているようだね。これはもっと早く動くべきだったかなぁ」
「ティツ村周辺はいままで平和でしたからね。魔物が発生することすら稀でしたし……。冒険者たちの活動を邪魔しないようにしていたのは正解だったと思いますよ。ただそれが理由で今回は初動が遅れたことは事実ですね」
「地域への関わり方を見直す時期にさしかかっているのかもね」
キルシュは魔術師の立場から地域の問題に対しては必要最小限の干渉に留め、ティツ村での活動に終始していた。
魔物退治や遺跡探索を主な生業にしている冒険者とギルドの仕事を奪わないようにという配慮だったが、結果としてディリンゲンの町の冒険者ギルドの活動そのものが破綻しかねないほど差し迫った状況に陥っている事を気づけなかったのは、この地域を守護する魔術師と護衛士としては怠慢だったのかもしれない。
そのような事を二人で話し合っていると、受付嬢がカウンターに戻ってきた。
「お待たせいたしました。ディーゼルがお会いになります。どうぞ、こちらへおいでください」
「遠路はるばるご足労をおかけしました。さ、まずはお座りください」
ギルドハウス一階奥の応接室に通された俺たちは、中年の男性に出迎えられた。
年の頃は五十代半ばといったところで、立派な口髭を蓄えた紳士然とした男だった。
体つきは引き締まっており、歴戦の戦士の風格を漂わせている。
勧められるままソファに座った俺たちに対し、彼は頭を下げた。
「申し遅れました。私、当ギルドのマスターをしておりますディーゼルと申します。エルフの御仁がキルシュ師としてそちらの御仁は護衛士の方ですか? それに珍しい、獣人をお連れとは……」
「はい。キルシュの護衛士を務めておりますザイフェルトと申します。この二人はエーリカとシュールといいます。話の前にまずはディーゼル殿に折り入ってお願いしたい事があります」
「ほう、お願いですか?」
俺に話が振られたので、今回の件の説明もそのまま俺が担当する事にした。
キルシュがこういった事の説明を行うと専門的な話に終始したり話が脇道に逸れたりとやたらと時間と手間がかかる事が多いので、俺が代理で交渉することもそれなりにあるのだ。
先ほどディリンゲンの町で遭遇した二人とのいきさつについて、かいつまんだ話をディーゼルに語った。
「……ということがありまして、とりあえずこちらのギルドで二人の身柄を保護していただきたいのです。二人の身元については我が主が保証します」
「そのような事がこの町の近郊で起きていたとは……。分かりました、魔術師であるキルシュ師が保証されるのであれば問題ありますまい。お二人は客人として当ギルドで保護させていただきます」
一般人が犯罪に巻き込まれた場合、通常はその地方の権力者、今回の場合は領主であるシュタインドルフ卿に保護を訴え出るのが筋である。
しかし遥か西方の地から無理やり連れてこられた二人はこの地にとって異邦人であり、加えて珍しい獣人という種族でもあるため常に周囲から好奇の目でさらされ、居心地が酷く悪い場所だ。
魔術師のキルシュが身元を保証すれば大抵の場所で受け入れられるはするが、安全やプライバシーも守られる場所となると限られる。
その点、国家などあらゆる組織に対して中立の立場を貫く冒険者ギルドであれば、二人を狙う者たちも迂闊に手を出すことはできないだろう。
冒険者ギルドは常に力無き民衆の味方であることをモットーとしている組織なのだ。
キルシュがディーゼルに頭を下げ、礼を述べた。
「助かるよ。これから危険な場所に立ち入ることになるかもしれないからね。さすがにこの二人をそんな場所に連れていくわけにはいかないよ。冒険者ギルドなら二人の安全が保障されるし、周囲の事もそれほど気にしなくていいからね」
「それでは先にお二人を部屋に案内させましょうか。見たところ長旅で相当お疲れのご様子です」
「そうしていただけると助かります。二人共それでいいか?」
ディーゼルの提案を俺が確認すると、シュールが頷く。
「ああ、十分です。何から何までしてもらって感謝の言葉もありません」
エーリカはというと、相変わらず俯いて押し黙ったままの態度である。
まだ会話をするのは難しい状況のようだ。
ディーゼルがテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、先ほど俺たちに応対した受付嬢が中に入ってきた。
「お呼びですか、マスター?」
「ああ、こちらのお二人を二階の空いている部屋に案内してくれ。それからこっちにお茶を頼む」
「かしこまりました。それではご案内いたしますね、どうぞこちらへ」
受付嬢の案内に従って獣人の二人が退出し、応接室には俺たち三人が残された。
キルシュが徐に口を開く。
「実はボクたち……というよりはボクがかな、今まであまりにも冒険者ギルドに対して距離を持ち過ぎていたことを反省していてね」
「と、おっしゃいますと?」
「魔術師と護衛士は、はっきり言って冒険者を含め大半の人々より力ある存在だ。だからこそなるべく政や他組織に干渉することを避けてきたんだよ。社会の問題をなんでもボクたちが解決するというのは筋違いだからね」
魔術師と護衛士は、はっきり言ってしまうとこの世界の人間社会からやや隔絶した存在だ。
魔術を行使できるこの力をもってすれば、叶えられない望みのほうが少ないといっていいだろう。
だからこそ魔術師と護衛士は、世界に対して直接干渉することをなるだけ避ける。