空中に飛び上がったギガントスパイダーの体に炎の槍が突き刺さったのだ。
槍の形をとった紅蓮の炎が、ギガントスパイダーの体を中から焼き払う。
「シィィィィィィィィ!!!」
悲鳴を上げて体をよじるギガントスパイダーの体に更に炎の槍が二本突き刺さり、そこの箇所から激しい火が噴き出す。
そしてその体は炎上した。
炎の塊となったギガントスパイダーの巨体は空中でバランスを崩し、仰向けの姿勢で馬車の後方に落ちる。
「ゼンケルさんゼンケルさん、安心してください。もう終わりましたよ。あちらの人たちを救助したいので馬車を一度止めてもらっていいですか?」
「ひぃぃぃぃぃ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅ!! 助けてぇぇぇぇ……ってあれ、終わ…った? 終わりました?」
目を閉じて絶叫し続けているゼンケルの肩に、俺は手を置いてとりあえず馬車を止めてもらうようお願いする。
“炎槍”と呼ばれる文字通り紅蓮の炎を槍の形にして撃ちだす魔術によってギガントスパイダーを屠ったキルシュは、黒こげになりながらも尚炎上し続ける魔物の死骸に目を向けた。
「ちょっと変わったケースだねぇ。ギガントスパイダーは確かに様々な環境に生息している魔物だけど、森とか洞窟などの薄暗い場所に粘着質の糸で巣を張り巡らせて、そこに入り込んだ獲物を襲うことを好むんだよ。その待ち伏せ型の魔物がこんな開けた草原に、ねぇ……」
「確かに気になりますね……。とりあえず俺はあの魔物に襲われていた二人を見てきます」
確かにキルシュの指摘どおり、ギガントスパイダーは薄暗い森や洞窟などを根城にしていることが多い魔物だ。
このような平野で遭遇することは滅多になく気になるが、まずは先ほどの二人組の安否を確認することが大事だ。
考察はキルシュに任せ、俺は馬車の御者席から周辺を見回し、魔物に追われていた二人組の姿を探すことにした。
他にも魔物が残っていないかどうか感覚を強化して辺りを探ってみるが、匂い、音、気配、どれも感じられ無かったので、とりあえずこの場に脅威になる魔物などはいないと判断していいだろう。
周囲の安全を確保できたので、ギガントスパイダーに追い回されていた二人組の元に向かうことにした。
二人はどちらも粗末な木綿の衣服を纏っているが、逃げている間に負ったのだろう、いたるところが擦り切れて傷だらけ泥だらけの悲惨な状況だ。
二人組の一人は幼い少女で、まだ十歳にも達していない華奢というよりは痩せぎすな体つきをしている。
透けるような白い肌に銀糸のように輝く髪の毛をもつ、どことなく人間離れした風貌の持ち主だ。
もう片方は男性で、こちらは俺よりも年上の青年というよりは壮年といっていい顔立ちをしていた。
こちらもかなり顔がやつれていて、手足もやせ細っている。
相当衰弱しているようだ。
年齢差などを考えると、二人は親子の関係なのだろうか。
しかし今は目の前にいる二人への疑問を明らかにすることより、状況を確認して救助することが優先すべき事項だ。
「立てますか? ポーションがありますのでもし怪我があれば飲んでください」
俺が手を差し伸べて近づくと、疲れ切った様子で地面に座り込んでいた二人はビクリと体を震わせて警戒する素振りを見せた。
近づいて見てみると、二人の頭には獣を思わせるふさふさとした毛に覆われた耳が生えていることに気づいた。
獣人とは一見すると人間と同じような姿をしているが、体のどこかに動物のような特徴をもった種族である。
彼らはアルテンブルク王国ではあまり見かけない種族で、西方の山岳地帯などで暮らし、他の種族とはあまり積極的に交わらない者たちが多いと聞く。
尻尾を生やしていたり爪を生やした手をしているなど様々な特徴があるが、人間よりも優れた身体能力をもつ者が多い。
二人の耳は狐のもののように見えるので、俊敏な身のこなしが特徴なのかもしれない。
なるほどギガントスパイダーに追われながらも逃げ続けられていたのも、その優れた身体能力故であれば頷ける。
俺を見る二人の目には、明らかに怯えて警戒する色が浮かんでいた。
武器一つもたず粗末な衣服に傷だらけの体、そして俺に向けられるこの視線とどうにもこの二人からは違和感を感じる要素が多い。
「警戒しないで大丈夫ですよ。俺は護衛士をしているザイフェルトといいまして、あちらが俺の主であり魔術師のキルシュです。あなた方に対して危害を加えるようなことはありませんから、安心してください」
丁寧に話しかけてみると、少しだけ警戒心が薄れたようで顔の強張りがとれてきたようだ。
魔術師と護衛士という立場は、世界の守り手として一定の信用があるのだ(勿論、例外はある)。
「お名前をうかがっても?」
立場を明確にしたことで二人から多少話が聞き出しやすくなった様子に見て取れたので、俺は二人の名前を尋ねてみた。
「……私はシュールといいます。それでこの娘はエーリカと申しまして……私の娘、です」
シュールと名乗った男性の方が答えてくれた。
「ありがとうございます。怪我の具合はどうですか、立てますか?」
「は、はい、立てます。怪我はさっき転がった時の擦り傷があります……」
あれだけ激しくギガントスパイダーに追われていたというのに、擦り傷で済んでいるとは大した逃げ足だ。
何とか立ち上がろうとする二人だったが、魔物に襲われていた緊張が解けたためか足に力が入らず、体勢がぐらついているように見えた。
そこで俺が手を貸すために二人に近寄ると、二人の服の隙間から胸元がチラリと垣間見えた。
二人の胸には赤色の紋章のような刻印が施されていた。
最初は青刺のように思えたが、二人の胸に刻まれているそれは、複雑な魔術文字によって構成された紋であり、俺が護衛士の研修時に学んだ“呪術”の系統に記されていたものと酷似していた。
あの刻印が意味するものは確か……。
(「ザイ。二人の様子は?」)
ギガントスパイダーの考察を終えたキルシュが、“念話”と呼ばれる心の声を送る魔術で俺に声をかけてきた。
この魔術がかけられている間は対象同士で会話が成立するため、俺も心の声で返答する。
(「大きな外傷はないようですが、全身に擦過傷あり。挫傷も見受けれれます。石などに体をぶつけたのかもしれません。ギガントスパイダーによる咬傷はないようです。それとやや体が衰弱しているようで、栄養失調の様子が見受けられます」)
かるく見ただけでも二人の頬がこけ、皮膚が乾燥してカサカサしていた。
栄養失調の症状だ。
(「……それはよろしくないね。まずは治療を優先しよう。消毒の用意もしておいたほうがいいね。薬袋をもっていくよ。それとやや衰弱しているなら、食べ物と水もあったほうがいいようだね」)
(「はい、お願いします」)
(「ああ、そうだ。ゼンケルさんには少し待ってもらうようにお願いしたから、時間は気にしなくて大丈夫だよ。それでは通信を切るね」)
槍の形をとった紅蓮の炎が、ギガントスパイダーの体を中から焼き払う。
「シィィィィィィィィ!!!」
悲鳴を上げて体をよじるギガントスパイダーの体に更に炎の槍が二本突き刺さり、そこの箇所から激しい火が噴き出す。
そしてその体は炎上した。
炎の塊となったギガントスパイダーの巨体は空中でバランスを崩し、仰向けの姿勢で馬車の後方に落ちる。
「ゼンケルさんゼンケルさん、安心してください。もう終わりましたよ。あちらの人たちを救助したいので馬車を一度止めてもらっていいですか?」
「ひぃぃぃぃぃ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅ!! 助けてぇぇぇぇ……ってあれ、終わ…った? 終わりました?」
目を閉じて絶叫し続けているゼンケルの肩に、俺は手を置いてとりあえず馬車を止めてもらうようお願いする。
“炎槍”と呼ばれる文字通り紅蓮の炎を槍の形にして撃ちだす魔術によってギガントスパイダーを屠ったキルシュは、黒こげになりながらも尚炎上し続ける魔物の死骸に目を向けた。
「ちょっと変わったケースだねぇ。ギガントスパイダーは確かに様々な環境に生息している魔物だけど、森とか洞窟などの薄暗い場所に粘着質の糸で巣を張り巡らせて、そこに入り込んだ獲物を襲うことを好むんだよ。その待ち伏せ型の魔物がこんな開けた草原に、ねぇ……」
「確かに気になりますね……。とりあえず俺はあの魔物に襲われていた二人を見てきます」
確かにキルシュの指摘どおり、ギガントスパイダーは薄暗い森や洞窟などを根城にしていることが多い魔物だ。
このような平野で遭遇することは滅多になく気になるが、まずは先ほどの二人組の安否を確認することが大事だ。
考察はキルシュに任せ、俺は馬車の御者席から周辺を見回し、魔物に追われていた二人組の姿を探すことにした。
他にも魔物が残っていないかどうか感覚を強化して辺りを探ってみるが、匂い、音、気配、どれも感じられ無かったので、とりあえずこの場に脅威になる魔物などはいないと判断していいだろう。
周囲の安全を確保できたので、ギガントスパイダーに追い回されていた二人組の元に向かうことにした。
二人はどちらも粗末な木綿の衣服を纏っているが、逃げている間に負ったのだろう、いたるところが擦り切れて傷だらけ泥だらけの悲惨な状況だ。
二人組の一人は幼い少女で、まだ十歳にも達していない華奢というよりは痩せぎすな体つきをしている。
透けるような白い肌に銀糸のように輝く髪の毛をもつ、どことなく人間離れした風貌の持ち主だ。
もう片方は男性で、こちらは俺よりも年上の青年というよりは壮年といっていい顔立ちをしていた。
こちらもかなり顔がやつれていて、手足もやせ細っている。
相当衰弱しているようだ。
年齢差などを考えると、二人は親子の関係なのだろうか。
しかし今は目の前にいる二人への疑問を明らかにすることより、状況を確認して救助することが優先すべき事項だ。
「立てますか? ポーションがありますのでもし怪我があれば飲んでください」
俺が手を差し伸べて近づくと、疲れ切った様子で地面に座り込んでいた二人はビクリと体を震わせて警戒する素振りを見せた。
近づいて見てみると、二人の頭には獣を思わせるふさふさとした毛に覆われた耳が生えていることに気づいた。
獣人とは一見すると人間と同じような姿をしているが、体のどこかに動物のような特徴をもった種族である。
彼らはアルテンブルク王国ではあまり見かけない種族で、西方の山岳地帯などで暮らし、他の種族とはあまり積極的に交わらない者たちが多いと聞く。
尻尾を生やしていたり爪を生やした手をしているなど様々な特徴があるが、人間よりも優れた身体能力をもつ者が多い。
二人の耳は狐のもののように見えるので、俊敏な身のこなしが特徴なのかもしれない。
なるほどギガントスパイダーに追われながらも逃げ続けられていたのも、その優れた身体能力故であれば頷ける。
俺を見る二人の目には、明らかに怯えて警戒する色が浮かんでいた。
武器一つもたず粗末な衣服に傷だらけの体、そして俺に向けられるこの視線とどうにもこの二人からは違和感を感じる要素が多い。
「警戒しないで大丈夫ですよ。俺は護衛士をしているザイフェルトといいまして、あちらが俺の主であり魔術師のキルシュです。あなた方に対して危害を加えるようなことはありませんから、安心してください」
丁寧に話しかけてみると、少しだけ警戒心が薄れたようで顔の強張りがとれてきたようだ。
魔術師と護衛士という立場は、世界の守り手として一定の信用があるのだ(勿論、例外はある)。
「お名前をうかがっても?」
立場を明確にしたことで二人から多少話が聞き出しやすくなった様子に見て取れたので、俺は二人の名前を尋ねてみた。
「……私はシュールといいます。それでこの娘はエーリカと申しまして……私の娘、です」
シュールと名乗った男性の方が答えてくれた。
「ありがとうございます。怪我の具合はどうですか、立てますか?」
「は、はい、立てます。怪我はさっき転がった時の擦り傷があります……」
あれだけ激しくギガントスパイダーに追われていたというのに、擦り傷で済んでいるとは大した逃げ足だ。
何とか立ち上がろうとする二人だったが、魔物に襲われていた緊張が解けたためか足に力が入らず、体勢がぐらついているように見えた。
そこで俺が手を貸すために二人に近寄ると、二人の服の隙間から胸元がチラリと垣間見えた。
二人の胸には赤色の紋章のような刻印が施されていた。
最初は青刺のように思えたが、二人の胸に刻まれているそれは、複雑な魔術文字によって構成された紋であり、俺が護衛士の研修時に学んだ“呪術”の系統に記されていたものと酷似していた。
あの刻印が意味するものは確か……。
(「ザイ。二人の様子は?」)
ギガントスパイダーの考察を終えたキルシュが、“念話”と呼ばれる心の声を送る魔術で俺に声をかけてきた。
この魔術がかけられている間は対象同士で会話が成立するため、俺も心の声で返答する。
(「大きな外傷はないようですが、全身に擦過傷あり。挫傷も見受けれれます。石などに体をぶつけたのかもしれません。ギガントスパイダーによる咬傷はないようです。それとやや体が衰弱しているようで、栄養失調の様子が見受けられます」)
かるく見ただけでも二人の頬がこけ、皮膚が乾燥してカサカサしていた。
栄養失調の症状だ。
(「……それはよろしくないね。まずは治療を優先しよう。消毒の用意もしておいたほうがいいね。薬袋をもっていくよ。それとやや衰弱しているなら、食べ物と水もあったほうがいいようだね」)
(「はい、お願いします」)
(「ああ、そうだ。ゼンケルさんには少し待ってもらうようにお願いしたから、時間は気にしなくて大丈夫だよ。それでは通信を切るね」)