「ありがとう。それでは聞くけど、ボクたちが調査してきた範囲で、実は冒険者と思われる痕跡が村の周囲で一切見つからなかったんだよね。ボクたちが把握できる範囲の痕跡はせいぜいが一週間程度の間のつけられたものに限られるけど、実はもっと前から村の周辺で活動する冒険者たちの数が減ってるんじゃないかな?」
「先生もお気づきでしたか……。実はここ一か月ほど村から出した冒険者ギルドへの依頼が受理されないケースが増えているのです」
ため息をつきながら口にするダミアンの答えは、キルシュの仮定を裏付けるものだった。
「ここ一か月、ね……。理由とかに何か心当たりはある?」
「いえさっぱり……。ここ二週間は特に酷くて、素材の採集や害獣の駆除など町に出した依頼がまったく引き受けてもらえないのですよ。先生のご相談すべきか悩んでいたところでした」
「この近辺で冒険者ギルドがある町といえば、確かディリンゲンでしたね」
俺は交易都市の事を思い出しながら町の名前を口にした。
交易都市ディリンゲンはティツ村から西に半日ほど馬車で移動した先にある大きな町で、近郊の村々と街道で繋がっている。
この村のように人口の少ない場所では、冒険者ギルドの支店が存在しないことが多い。
冒険者ギルドでは、そういった場所で発生する依頼は人口がそれなりに存在している場所の支店がが請け負うシステムをとっている。
「ええ、おっしゃるとおりディリンゲンの町の冒険者ギルドがこの村を管轄しております。ですので、このままディリンゲンのギルドに依頼できない状況が続くと非常に困るのですが、他の町の冒険者ギルドに依頼を持ち込むというのも無理な話ですし、どうしたものかと悩んでおりました」
「正直、ボクとザイがいればこの村の周辺の安全を確保するぐらいならとうにでもなるけど、それは“塔”の方針からずれるし、かかりっきりになるのはまずいよね」
「そうですね。キルシュの立場はアルテンブルク王国辺境地区担当の魔術師ですから、この村だけというわけにはいきません。しかしディリンゲン周辺の他の村も全て俺たちで管理するのは無理があります」
基本的に地域の守り手となった魔術師は、魔物の出現など有事以外の物事に積極的な干渉を行うことは好まれない。
力ある存在である魔術師が、あまり一つの場所に力を与え続けると力の均衡が崩れる場合があるためだ。
人間の世界で起きた問題は基本人間のみの力で解決すべきというのが、魔術師の組織である“叡智の塔”の姿勢だ。
例外として国家の政に携わる宮廷魔術師がおり、これは国家という人間が世界で生きていく上で必要不可欠な巨大な組織が善き方向に向かっていくため、叡智の部分から政の手助けを行う相談役のような立場である。
広範な知識と極めて慎重な行動と言動が求められる難しい立場で、優秀な宮廷魔術師を求める国家は多いが成り手は常に不足している。
「わしらに難しい話は分かりませんが、お二人のお陰で多くの村や町が守られているのは事実です。それだけで十分有難いことですわ。……ところでもうご夕食はお済で?」
まずい、この流れは……。
俺とキルシュは互いに目くばせし合い、急ぎ席から立ちあがる。
「いや、とりあえず報告を先に済ませておこうと思ったからね。もう遅いし、宿屋に立ち寄って済ませていこうか」
「そうですね。さすがにこれから準備するとなると時間がかかり過ぎますからね。そろそろ失礼しましょう」
「そんなとんでもない!せめてご夕食ぐらい食べていってくださいよ」
遅かった。
俺たちが慌てて席を立ち家を辞そうとするタイミングで、アンゼルマが台所から声をかけてきた。
コンソメの良い香りが奥から漂ってくる。
「折角先生方が来てくださったから、ポトフを沢山作ったんですよ。どうせあたしと爺さんだけじゃ大して食べられませんからね。是非食べていってくださいな」
「おお、そうしていただけると有難い。いつもわしと婆さんだけの寂しい食卓でしてな、是非ご一緒していただきたい」
根菜がたっぷり煮込まれたポトフが盛られた皿が、アンゼルマの手によって運ばれてきた。
すでに俺たちはここで村長夫婦と一緒に食事をするというのが彼女の前提になっているようで、俺とキルシュの前にも皿が置かれていく。
彼女が食卓の準備が整える合間に、ダミアンは戸棚から葡萄酒の入った瓶を取り出し、俺たちの前に置かれたグラスに中身を注ぐ。
老夫婦の手際の良さに、キルシュは苦笑した。
「……う~ん、ここまで頼まれたら嫌とは言えないよね」
「……そうですね。では御馳走になっていきましょう」
観念した俺たちは、二人して満面の笑顔を浮かべる村長夫婦のもてなしを受けるのだった。
案の定、俺たちはがっちりと村長宅に拘束され、夫婦からとんでもない量の長話を聞かされ、相談を受けるハメに陥った。
乳の出が悪い牛の話から始まり、今年の作物の収穫はどれくらい見込めるのか、最近体の節々が痛いがどうにかならないか、果てはご近所の若夫婦に子供が恵まれないが何かアドバイスできることはないかなど、話題はひっきりなしだった。
これがあるから俺たちは報告を終えた後すぐに立ち去ろうとしたのだが、村長夫婦の方が役者が上だったようだ。
話題が一つ終わる度に俺たちは席を立って話を終わらせようとするが、そうはさせじと村長夫婦はどちらかが話を持ち掛けてくる。
それでも何とか話を切り上げ(尚も二人は話したがっていたが)、俺たちはデミアン宅を辞し帰路につけたのは、報告に訪れてから三時間以上経過した後の事だった。
「お疲れ様でした、お二人とも随分お疲れのようですね」
村の門にさしかかったところで門番のデットが声をかけてくれた。
顔に疲労の色が出ているということは、相当疲弊させられたようだ。
正直、俺としてはヴァンキッシュ退治よりも村長夫妻との会話のほうが疲れた気がする。
「色々と話があったからね。君こそ遅くまでご苦労様だよ。明け方まで見張るのかい?」
「はい、今日は俺が寝ずの番です」
「そりゃ大変だ。ボクたちは帰って休むとするよ。見張り頑張ってね」
「ありがとうございます、頑張ります」
本当は夜間の見張りなどは二人以上で担当するのが望ましいのだが、ティツ村のような小さな集落では見張りに立てる者の人数も限られる。
一人で夜から明け方まで門を見張り続けるのは精神的にも肉体的にもかなりの労苦だが、テッドはキルシュの励ましを元気に応じた。
彼のような良い若者には、村のために今後とも頑張ってもらいたいところだ。
「流石に疲れましたね……」
テッドに見送られた後、庵までの道を歩く俺がため息交じりに発した言葉にキルシュがうんうんと頷く。
「いやぁ油断してたよ……。最近村長の家に行ってなかったから、あの二人が話題と相談事を沢山用意して待ち構えていることを完全に失念していたね」
「他の村人たちと違って、あのご夫婦は中々に強かですからね。キルシュとじっくり話せるタイミングと見てとるや、ここぞとばかりに相談事の山を持ち掛けてきましたね。まぁ、そんな人だからこそ村長という大変な立場をやっていられるとも言えるわけですが……」
「先生もお気づきでしたか……。実はここ一か月ほど村から出した冒険者ギルドへの依頼が受理されないケースが増えているのです」
ため息をつきながら口にするダミアンの答えは、キルシュの仮定を裏付けるものだった。
「ここ一か月、ね……。理由とかに何か心当たりはある?」
「いえさっぱり……。ここ二週間は特に酷くて、素材の採集や害獣の駆除など町に出した依頼がまったく引き受けてもらえないのですよ。先生のご相談すべきか悩んでいたところでした」
「この近辺で冒険者ギルドがある町といえば、確かディリンゲンでしたね」
俺は交易都市の事を思い出しながら町の名前を口にした。
交易都市ディリンゲンはティツ村から西に半日ほど馬車で移動した先にある大きな町で、近郊の村々と街道で繋がっている。
この村のように人口の少ない場所では、冒険者ギルドの支店が存在しないことが多い。
冒険者ギルドでは、そういった場所で発生する依頼は人口がそれなりに存在している場所の支店がが請け負うシステムをとっている。
「ええ、おっしゃるとおりディリンゲンの町の冒険者ギルドがこの村を管轄しております。ですので、このままディリンゲンのギルドに依頼できない状況が続くと非常に困るのですが、他の町の冒険者ギルドに依頼を持ち込むというのも無理な話ですし、どうしたものかと悩んでおりました」
「正直、ボクとザイがいればこの村の周辺の安全を確保するぐらいならとうにでもなるけど、それは“塔”の方針からずれるし、かかりっきりになるのはまずいよね」
「そうですね。キルシュの立場はアルテンブルク王国辺境地区担当の魔術師ですから、この村だけというわけにはいきません。しかしディリンゲン周辺の他の村も全て俺たちで管理するのは無理があります」
基本的に地域の守り手となった魔術師は、魔物の出現など有事以外の物事に積極的な干渉を行うことは好まれない。
力ある存在である魔術師が、あまり一つの場所に力を与え続けると力の均衡が崩れる場合があるためだ。
人間の世界で起きた問題は基本人間のみの力で解決すべきというのが、魔術師の組織である“叡智の塔”の姿勢だ。
例外として国家の政に携わる宮廷魔術師がおり、これは国家という人間が世界で生きていく上で必要不可欠な巨大な組織が善き方向に向かっていくため、叡智の部分から政の手助けを行う相談役のような立場である。
広範な知識と極めて慎重な行動と言動が求められる難しい立場で、優秀な宮廷魔術師を求める国家は多いが成り手は常に不足している。
「わしらに難しい話は分かりませんが、お二人のお陰で多くの村や町が守られているのは事実です。それだけで十分有難いことですわ。……ところでもうご夕食はお済で?」
まずい、この流れは……。
俺とキルシュは互いに目くばせし合い、急ぎ席から立ちあがる。
「いや、とりあえず報告を先に済ませておこうと思ったからね。もう遅いし、宿屋に立ち寄って済ませていこうか」
「そうですね。さすがにこれから準備するとなると時間がかかり過ぎますからね。そろそろ失礼しましょう」
「そんなとんでもない!せめてご夕食ぐらい食べていってくださいよ」
遅かった。
俺たちが慌てて席を立ち家を辞そうとするタイミングで、アンゼルマが台所から声をかけてきた。
コンソメの良い香りが奥から漂ってくる。
「折角先生方が来てくださったから、ポトフを沢山作ったんですよ。どうせあたしと爺さんだけじゃ大して食べられませんからね。是非食べていってくださいな」
「おお、そうしていただけると有難い。いつもわしと婆さんだけの寂しい食卓でしてな、是非ご一緒していただきたい」
根菜がたっぷり煮込まれたポトフが盛られた皿が、アンゼルマの手によって運ばれてきた。
すでに俺たちはここで村長夫婦と一緒に食事をするというのが彼女の前提になっているようで、俺とキルシュの前にも皿が置かれていく。
彼女が食卓の準備が整える合間に、ダミアンは戸棚から葡萄酒の入った瓶を取り出し、俺たちの前に置かれたグラスに中身を注ぐ。
老夫婦の手際の良さに、キルシュは苦笑した。
「……う~ん、ここまで頼まれたら嫌とは言えないよね」
「……そうですね。では御馳走になっていきましょう」
観念した俺たちは、二人して満面の笑顔を浮かべる村長夫婦のもてなしを受けるのだった。
案の定、俺たちはがっちりと村長宅に拘束され、夫婦からとんでもない量の長話を聞かされ、相談を受けるハメに陥った。
乳の出が悪い牛の話から始まり、今年の作物の収穫はどれくらい見込めるのか、最近体の節々が痛いがどうにかならないか、果てはご近所の若夫婦に子供が恵まれないが何かアドバイスできることはないかなど、話題はひっきりなしだった。
これがあるから俺たちは報告を終えた後すぐに立ち去ろうとしたのだが、村長夫婦の方が役者が上だったようだ。
話題が一つ終わる度に俺たちは席を立って話を終わらせようとするが、そうはさせじと村長夫婦はどちらかが話を持ち掛けてくる。
それでも何とか話を切り上げ(尚も二人は話したがっていたが)、俺たちはデミアン宅を辞し帰路につけたのは、報告に訪れてから三時間以上経過した後の事だった。
「お疲れ様でした、お二人とも随分お疲れのようですね」
村の門にさしかかったところで門番のデットが声をかけてくれた。
顔に疲労の色が出ているということは、相当疲弊させられたようだ。
正直、俺としてはヴァンキッシュ退治よりも村長夫妻との会話のほうが疲れた気がする。
「色々と話があったからね。君こそ遅くまでご苦労様だよ。明け方まで見張るのかい?」
「はい、今日は俺が寝ずの番です」
「そりゃ大変だ。ボクたちは帰って休むとするよ。見張り頑張ってね」
「ありがとうございます、頑張ります」
本当は夜間の見張りなどは二人以上で担当するのが望ましいのだが、ティツ村のような小さな集落では見張りに立てる者の人数も限られる。
一人で夜から明け方まで門を見張り続けるのは精神的にも肉体的にもかなりの労苦だが、テッドはキルシュの励ましを元気に応じた。
彼のような良い若者には、村のために今後とも頑張ってもらいたいところだ。
「流石に疲れましたね……」
テッドに見送られた後、庵までの道を歩く俺がため息交じりに発した言葉にキルシュがうんうんと頷く。
「いやぁ油断してたよ……。最近村長の家に行ってなかったから、あの二人が話題と相談事を沢山用意して待ち構えていることを完全に失念していたね」
「他の村人たちと違って、あのご夫婦は中々に強かですからね。キルシュとじっくり話せるタイミングと見てとるや、ここぞとばかりに相談事の山を持ち掛けてきましたね。まぁ、そんな人だからこそ村長という大変な立場をやっていられるとも言えるわけですが……」