カコン。
冷え切った冬の空に乾いた音を響いた。
斧で両断した薪が地面に落ちており、俺はそれを拾い集める。
割った薪が十分な数に達したことを確認した俺はタオルで汗を拭き家に戻ることにした。
木製のドアを開けると、軋んだ音が上がった。
どうやら蝶番に油をささないといけないようだ。朝食の後にやっておくとしよう。
俺は部屋の真ん中にある暖炉に薪を並べ、乾いた麻を塊にしたものを上に置く。
カチッカチッカチッ。
俺は火打ち石を打ち鳴らすと、飛び散った火花が麻の塊に落ち火が付いた。
薪をくべ暖かな炎が暖炉についた事を確認して、俺は右奥の部屋の扉を開き中に入る。
部屋は暗く、カーテンは閉まったままだ。
部屋の主は案の定、まだ起きていない。
窓のカーテンを勢いよく開けて朝日を部屋に取り込むが、ベットの主はまだ起き上がる気配はないようだ。
諦め悪く毛布を被りもぞもぞと動いているが、中から出てくるつもりはないらしい。
「いい加減にしてくださいキルシュ、朝ですよ。起きてください。朝食を食べないで相談を受けることになりますよ」
「う~ん、起きたくない。あと半日寝かせてぇ……」
「そんな訳にいかないでしょう。村の人は待ってはくれませんよ」
俺は容赦なく毛布を剥ぎ取った。
白金のように細く輝く髪に尖った耳、透けるような石花石膏のごとき白い肌をした一糸まとわぬエルフの華奢な体が露わになる。
主ことキルシュは、冬の朝の寒さに体を縮こまらせて震えた。
「寒! ザイ、ひどいよ。いきなり毛布を剥ぐことないでしょ」
「いつまでも起きないからです。それよりまた寝間着を着ないで寝たんですね。朝方は冷えるから着てくださいといったはずです。また風邪を引いて辛い目に合っても知りませんよ」
「裸で寝ると気持ちいいんだよ。寝間着を着て寝るのってどうもぐっすり眠れないし……。それに風邪引いた時はザイに看病してもらうからいいもんね」
「俺の仕事を無駄に増やさないでください。ただでさえ仕事の量が沢山あるのにこれ以上増やされたら貴方のお世話が滞りますよ。さ、服を着て居間で待っていてください。暖炉に火を入れてありますから居間は暖かいですよ」
俺は昨晩用意しておいたキルシュに着てもらう服をベットの上に置いた。
「やっぱりザイは気が利くよね。大好き」
「そんなことをいって身支度まで手伝わせようとしてもダメですよ。今日も通常営業の日なんですから、自分で立って早く準備してください。さっきも言いましたが村の人たちは待ってくれませんよ」
「ちぇ……。庵に来たばかりザイはすごく優しくてなんでもかんでもやってくれたのに、最近はすごく冷たいね。ボクの事、嫌いになっちゃった?」
円らな瞳で上目遣いといういつものおねだりポーズをしてくるキルシュだが、俺は素っ気なく応じてやり過ごす。
「このやり取りは何度目ですかね。俺にはもう通用しませんよ。ゴルトベルク先生からもキルシュは絶対に甘やかさないようにと厳命されていますからね。自分の事は自分でやってください。身支度できたら居間で待っていてください。いいですね?」
「はーい。ゴルトといいザイといい、どうしてボクに辛く当たるかなぁ。なんか口うるさいママみたいだよ」
「誰が貴方のママですか。そもそもあなたがいつもしっかりしてくれれば、こんなことやり取りはしなくて済むんですよ。それでは俺は朝食を作りますので居間にいてくださいね。それまで身支度ができていなかったら、朝食は抜きですよ」
「もう、わかったよ。着替えるから早く出て行って!」
「はいはい」
彼はエルフとして既に八百年以上も生きているはずなのに、どうしてこんなに子供っぽいのだろうか。
彼の五十分の一程度の時間しか生きていない俺は、いつもの朝のやり取りを終えて苦笑した。
我が主キルシュはエルフ、それも上のエルフ(ハイエルフと称される)という古代種族である。
身長は175cm体重は50kgしかなく、エルフ特有のかなりほっそりとした体つきをしている。
その容姿は恐ろしいほど美しいという形容詞が似合うほどに整っている。
森の神シルヴィアが自身に似せて生み出したとされるこの繊細優美な種族は、長命種としても知られており、一千年以上の時を生きる者もいるという。
キルシュは八百歳を優に超えているが、それ以上は数えることが面倒になったという理由で正確な年齢は分からない。
創造神同様に森を愛し慈しむ種族であるエルフたちは当然森の中で暮らすことを好むが、中には目的を見出して故郷の森を飛び出す者がいる。
キルシュもその一人だ。
彼がどのような目的をもって人の住む世界に済むようになったか、それは後で語ることにしよう。
俺はキルシュの部屋を出て居間から台所に向かった。
窯とオーブンに火を入れ、冷蔵箱からバターとチーズそれに牛乳と塊のハムを取り出した。
先日作ったグラタンの残りを使ってクロックムッシュにしよう。
冷蔵箱の上段を確認すると、氷はほとんど溶け切っていて受け皿に水が溜まっていた。
「またキルシュに氷を作ってもらわないといけないな」
冷蔵箱とは木製で造られた棚の中に亜鉛で覆われた壁で囲った食品貯蔵設備である。
都に住まう富裕な商人の家庭や、王侯貴族の館や城の台所で使われる高級な代物であり、上部の棚に金属製の皿が置かれ、そこに氷塊を置いて空気を冷やす。
空気は冷たくなると密度が濃くなり下に溜まるようになり、下部の冷気が循環した場所に食材を置くことで長期的に保管することができるのだ。
この設備は、一日に一回は受け皿の水を捨てて氷塊を補充しないといけないため、一般庶民では手の届かない奢侈品であるが、キルシュが新鮮な食材がどうしても食べたいと大枚をはたいて購入したのである。
勿論、氷塊の補充はキルシュが担当しており、その手段は彼の職業
冷蔵箱の扉を閉め、取り出したバターとホワイトソースをボウルにあけて湯煎の準備をする。
コンロにかけた薬缶のお湯が沸くまでまだ時間があるから、その間にパンをとりだし、四枚の厚切りサイズに切り分ける。
次にチーズとハムをまな板に乗せて切りかけていると、薬缶から蒸気が吹き出し湯が沸いたことを知らせる。
薬缶の湯を鍋に注ぎ、バターが入ったボールを中に入れる。
熱で柔らかくなったバターをヘラでかき混ぜ、ふるいにかけた薄力粉を入れてさらにかき混ぜる。
牛乳を少しずつ、二度三度とわけてダマにならないよう少しずつ混ぜていく。
とろみがでたら、最後に塩とナツメグの粉末を加えてホワイトソースの完成だ。
冷え切った冬の空に乾いた音を響いた。
斧で両断した薪が地面に落ちており、俺はそれを拾い集める。
割った薪が十分な数に達したことを確認した俺はタオルで汗を拭き家に戻ることにした。
木製のドアを開けると、軋んだ音が上がった。
どうやら蝶番に油をささないといけないようだ。朝食の後にやっておくとしよう。
俺は部屋の真ん中にある暖炉に薪を並べ、乾いた麻を塊にしたものを上に置く。
カチッカチッカチッ。
俺は火打ち石を打ち鳴らすと、飛び散った火花が麻の塊に落ち火が付いた。
薪をくべ暖かな炎が暖炉についた事を確認して、俺は右奥の部屋の扉を開き中に入る。
部屋は暗く、カーテンは閉まったままだ。
部屋の主は案の定、まだ起きていない。
窓のカーテンを勢いよく開けて朝日を部屋に取り込むが、ベットの主はまだ起き上がる気配はないようだ。
諦め悪く毛布を被りもぞもぞと動いているが、中から出てくるつもりはないらしい。
「いい加減にしてくださいキルシュ、朝ですよ。起きてください。朝食を食べないで相談を受けることになりますよ」
「う~ん、起きたくない。あと半日寝かせてぇ……」
「そんな訳にいかないでしょう。村の人は待ってはくれませんよ」
俺は容赦なく毛布を剥ぎ取った。
白金のように細く輝く髪に尖った耳、透けるような石花石膏のごとき白い肌をした一糸まとわぬエルフの華奢な体が露わになる。
主ことキルシュは、冬の朝の寒さに体を縮こまらせて震えた。
「寒! ザイ、ひどいよ。いきなり毛布を剥ぐことないでしょ」
「いつまでも起きないからです。それよりまた寝間着を着ないで寝たんですね。朝方は冷えるから着てくださいといったはずです。また風邪を引いて辛い目に合っても知りませんよ」
「裸で寝ると気持ちいいんだよ。寝間着を着て寝るのってどうもぐっすり眠れないし……。それに風邪引いた時はザイに看病してもらうからいいもんね」
「俺の仕事を無駄に増やさないでください。ただでさえ仕事の量が沢山あるのにこれ以上増やされたら貴方のお世話が滞りますよ。さ、服を着て居間で待っていてください。暖炉に火を入れてありますから居間は暖かいですよ」
俺は昨晩用意しておいたキルシュに着てもらう服をベットの上に置いた。
「やっぱりザイは気が利くよね。大好き」
「そんなことをいって身支度まで手伝わせようとしてもダメですよ。今日も通常営業の日なんですから、自分で立って早く準備してください。さっきも言いましたが村の人たちは待ってくれませんよ」
「ちぇ……。庵に来たばかりザイはすごく優しくてなんでもかんでもやってくれたのに、最近はすごく冷たいね。ボクの事、嫌いになっちゃった?」
円らな瞳で上目遣いといういつものおねだりポーズをしてくるキルシュだが、俺は素っ気なく応じてやり過ごす。
「このやり取りは何度目ですかね。俺にはもう通用しませんよ。ゴルトベルク先生からもキルシュは絶対に甘やかさないようにと厳命されていますからね。自分の事は自分でやってください。身支度できたら居間で待っていてください。いいですね?」
「はーい。ゴルトといいザイといい、どうしてボクに辛く当たるかなぁ。なんか口うるさいママみたいだよ」
「誰が貴方のママですか。そもそもあなたがいつもしっかりしてくれれば、こんなことやり取りはしなくて済むんですよ。それでは俺は朝食を作りますので居間にいてくださいね。それまで身支度ができていなかったら、朝食は抜きですよ」
「もう、わかったよ。着替えるから早く出て行って!」
「はいはい」
彼はエルフとして既に八百年以上も生きているはずなのに、どうしてこんなに子供っぽいのだろうか。
彼の五十分の一程度の時間しか生きていない俺は、いつもの朝のやり取りを終えて苦笑した。
我が主キルシュはエルフ、それも上のエルフ(ハイエルフと称される)という古代種族である。
身長は175cm体重は50kgしかなく、エルフ特有のかなりほっそりとした体つきをしている。
その容姿は恐ろしいほど美しいという形容詞が似合うほどに整っている。
森の神シルヴィアが自身に似せて生み出したとされるこの繊細優美な種族は、長命種としても知られており、一千年以上の時を生きる者もいるという。
キルシュは八百歳を優に超えているが、それ以上は数えることが面倒になったという理由で正確な年齢は分からない。
創造神同様に森を愛し慈しむ種族であるエルフたちは当然森の中で暮らすことを好むが、中には目的を見出して故郷の森を飛び出す者がいる。
キルシュもその一人だ。
彼がどのような目的をもって人の住む世界に済むようになったか、それは後で語ることにしよう。
俺はキルシュの部屋を出て居間から台所に向かった。
窯とオーブンに火を入れ、冷蔵箱からバターとチーズそれに牛乳と塊のハムを取り出した。
先日作ったグラタンの残りを使ってクロックムッシュにしよう。
冷蔵箱の上段を確認すると、氷はほとんど溶け切っていて受け皿に水が溜まっていた。
「またキルシュに氷を作ってもらわないといけないな」
冷蔵箱とは木製で造られた棚の中に亜鉛で覆われた壁で囲った食品貯蔵設備である。
都に住まう富裕な商人の家庭や、王侯貴族の館や城の台所で使われる高級な代物であり、上部の棚に金属製の皿が置かれ、そこに氷塊を置いて空気を冷やす。
空気は冷たくなると密度が濃くなり下に溜まるようになり、下部の冷気が循環した場所に食材を置くことで長期的に保管することができるのだ。
この設備は、一日に一回は受け皿の水を捨てて氷塊を補充しないといけないため、一般庶民では手の届かない奢侈品であるが、キルシュが新鮮な食材がどうしても食べたいと大枚をはたいて購入したのである。
勿論、氷塊の補充はキルシュが担当しており、その手段は彼の職業
冷蔵箱の扉を閉め、取り出したバターとホワイトソースをボウルにあけて湯煎の準備をする。
コンロにかけた薬缶のお湯が沸くまでまだ時間があるから、その間にパンをとりだし、四枚の厚切りサイズに切り分ける。
次にチーズとハムをまな板に乗せて切りかけていると、薬缶から蒸気が吹き出し湯が沸いたことを知らせる。
薬缶の湯を鍋に注ぎ、バターが入ったボールを中に入れる。
熱で柔らかくなったバターをヘラでかき混ぜ、ふるいにかけた薄力粉を入れてさらにかき混ぜる。
牛乳を少しずつ、二度三度とわけてダマにならないよう少しずつ混ぜていく。
とろみがでたら、最後に塩とナツメグの粉末を加えてホワイトソースの完成だ。