俺は岡田卓也。プラスチック製品をつくる工場で働いている22歳。現在正社員として働いているのだが、正直言ってもう辞めたい。その理由はまぎれもなく圧倒的な製造量とすごく嫌な先輩(横山先輩)と関わるのがもう嫌だったからだ。なんとまあ単純な男だろうかと自分でも思った。

「おい岡田、なんでお前はまたこういうミスすんねん!」
「すみません…。」
「声が聞こえないんねん!なんて?」

こんな感じでいつも高圧的な態度をとってくるのが横山先輩で、この人の態度にはいつもうんざりしている。言ってることは正しくても、こんな言い方しなくても…と思う。こういうのを周囲に相談しても「気にするなよ」とか「割り切って仕事していくしかないよ」とよく言われる。その考えも正しいのだろうが、俺にはその考えはどうしてもできず、やっぱり嫌なものは嫌だ。

もちろんただ嫌な事から逃げるというだけで辞めるつもりはない。先のことは一応考えてある。フリーランスだ。俺はフリーランスになりたい。フリーランスになって独立してたくさん稼ぎつつ、自由に旅をするような生活がしたい!…というのもあるんだが、今はとりあえず自分の好きなように働けたらいいという提だ。

ただ、フリーランスだってもちろん楽じゃないし大変だ。仕事取るまでが大変だし仕事取れたとしてもそこからいかに高収入につなげるか、責任の重さなど、フリーランスの地獄なところを挙げたらきりがない。ただ俺はそれでも自分らしい働き方をしたかった。さてこれで決意は固まった。あとは上司にその旨を言うだけだ。ところが現実は甘くないよな…。

「はぁ?フリーランスになるために会社辞める?お前、正気か?」
「いえ、俺は本気です。」
「あのなあ岡田、フリーランスなんか辞めといた方がいいぞ。今の会社で多少苦労しながらも働く方が、将来は安心だぞ?もう少し続けたらどうだ?」
「じゃあ、上司はフリーランスになったことが1度でもあるんですか?」
「なんだお前、その言い方は。」

結局この日上司は、俺の意見をまともに聞いてはくれなかった。上司の言いたいことも分かるが、世の大人ってみんな言うことは同じなんだ。その日の夜、俺は今日の横山先輩と上司とのやり取りを振り返りつつも愚痴をこぼしていた。

「俺は、このままずっとこの会社で我慢しながら働くしかないのかな。おとなしく上司の言うことを聞いて、横山先輩を刺激しないように立ち回るしかないのかな…。」

今の人生の不満さに、簡単に打ち砕かれる己の弱さに俺は泣きそうになっていた。自分がこんな情けない人間だったなんて…。その時だった。後ろから全く聞き覚えのない声がしたのは。

「あんちゃんは、それが正しいと思ってるんか?」
「いや、本当は正しいなんて思ってな…??????」

びっくりして当然だ。慌てて俺は声の方を振り返ると、そこにはタヌキらしき動物が宙に浮きつつ俺の目の前にいた。…いや、「らしき」ではなくモロ「タヌキ」だ。帽子のようなものをかぶっており、酒と将棋で使うような駒らしきものを両手に持っていた。まるで滋賀県のある地域ですごく有名なタヌキそのものだった。

え…突っ込みたいことは山のようにあるが、俺は一瞬で冷静さを取り戻し、1つ質問をした。

「えっと…あなたは一体。」
「自分か?自分はタヌキや。」
「いやそれは分かってるんですが…なんでしゃべってるんですか?あとどこから入ってきたんですか?」
「まあまあ、細かいことはええやん。あんちゃんはどうやら今の職場で相当な悩み持ってるみたいやけど…」

やばい、この得体の知れないタヌキについて色々突っ込みたいのにどんどん向こうのペースになってしまう。そう戸惑っていると、さらにタヌキが切り出してきた。

「最後どうするかはあんちゃん次第やけどな、これは言っとくわ。辞めたい会社を今辞めなかったらこの先も永遠に働くことになるわ。断言する。」
「…!!」
「ま、あんちゃん若くて人生まだまだこれからやし、よう考えいや。また来るで。」
「え、ちょ、待ってくだ…」

ドロン!

そう言って不思議な喋るタヌキは忍者のようにドロンと姿を消した。何だったんだ今のは。仕事で頭がおかしくなりすぎて夢と現実の区別がついてないのか?と思い、自分の頬をつねったり叩いたりしてみたが、普通に痛い。ということはこれは現実だ。

「まじかよ…。」

俺はいつの間におとぎ話の世界に入り込んだんだ…?だけどあのタヌキがさっき言ってた言葉…。あれは間違いなく今の俺に必要なことだった。俺はさらに自分を見つめなおす。

「そうだよな。今会社を辞めなかったらもう辞めることはない。フリーランスで過酷を味わうよりも今の会社の不満に耐え続ける方が俺にとってはもっと地獄だ。」

そう思った俺は、明日もう一度上司に話してみようと思った。



「ただいま…」

正直に言うと、また今日も上司のペースに押されて終わった。なんでこうなるんだろうか。やっぱりこのまま働き続けるしか…
って思ったが、昨日の不思議なタヌキの言葉を思い出した。そこで俺は再び我に返った。

「そうだ。ここで諦めたら、また明日も明後日も同じことの繰り返しになる。望んだとおりの人生にするためには今ここで変えないと…」

そう思ってからの行動は早かった。そして俺は気づかないうちにとんでもないことをしようとしていた。とある書類を準備し、とある場所にお金を払い、なんと会社を辞めるという願いが今夜のうちにして叶った。翌日、会社から鬼のように電話が鳴ったが、これはとってはいけない。その日の俺は1日ゲームでもして、やり過ごした。

察した人も多いだろう。実は昨夜俺が何をしたのかと言うと、退職代行サービスを利用したのだ。どうせまともに俺の意見は聞いてくれないし、俺のような弱者が長々と話し合って折り合いをつけるよりはプロに任せた方が10倍効率としてはいい。非常識だが、あんな会社だからもういいやと内心思っている自分がいた。

「さて、これで準備は整った。あとはフリーランスに向けて色々準備していくだけだ。」

開き直った俺は早速行動を開始した。度重なる行動の末、俺はついにいっぱしのフリーランスになり、自由に旅をしながら仕事をする生活を手に入れられた!…というのは先の話。