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 今まで知りもしなかった鬼族の存在。何故私が狙われているのかわからないけれど、いつ現れるかわからない彼らを警戒しながら過ごさなくてはいけないのも大変だ。
 いつものように家事をこなそうと思っても、集中力が続かない。
「……理由さえわかればいいのだけれど」
 私は思った。深守…さんは、今は教えられないと言っていたけれど、理由によっては、鬼族も困っていることかもしれない。
(折成さんは、どうなんだろう…)
 とはいえ鬼族と気軽に会えるものではないだろうし、そもそもあんな事があってすぐだ。鬼族と会わせてほしい――だなんてとてもじゃないが言えるわけがなかった。
「………」
「…どうしたんだい? 手が止まっているじゃないか」
「あ、深守さ」
「深守」
「……深守。鬼族について考えていたんです…いつまた来るかもわからなくて、どうしたらいいのかなって……」
 竹箒を握り締めながら言った。まだまだやるべき事は山ほどあるのに情けない。
「そうよねぇ…。アタシがついてるってだけじゃあ、ちと頼りないトコロあるかもだし……。あ、お洗濯は終わらせといたから安心して頂戴ね」
「いえ、そういうわけではないんですけど…! って、あれ? お洗濯…?」
 私はぽかんとする。いつもは朝ご飯を頂いて片した後、すぐさま洗濯に取り掛かっていた。しかし今持っているのは、竹箒だ。掃き掃除は私の中で基本、家の中の事を終わらせてからこなす作業だった。
「……結望、もしかしたら忘れてるんじゃないかと思ったんだけど…ホントだったみたいね」
 深守は扇子を口に当てるとくすくすと笑った。
「あぁっ…もう私ったら…。深守、わざわざすみません」
 私は申し訳なさから何度も何度もお辞儀をする。考え事をしていたからとはいえ、一番忘れてはならない洗濯を飛ばしてしまうなんて…。
「顔を上げなさいな。アタシも此処に住まわせてもらうんだから仕事はしなくちゃだしイイのよ、気にしないで。分担していきましょう?」
 深守は私の頭をぽんぽんと撫でると、廊下を見ながら「気張るわよ」と意気込んだ。
「ありがとうございます…」
「ふふ、大丈夫よ。さ、残りもさっさと終わらせてお茶の時間…しなくちゃね」
「はい。…ふふっ、深守はなんだか…、初めて会った気がしませんね」
 私は深守のひとつひとつの言動が、本当に私を熟知しているような気がしてつい面白くなってしまった。昨日出会ったばかりだというのに、何故そう思うのかはわからなかったけれど。
「…………」
 深守は私の方をじっと見つめながら、言葉を失っている。私は、人によっては失礼だったかな。と思い訂正した。
「あ…えっと、ごめんなさい…。何だか落ち着くんです」
 今度は軽く頭を下げた。
 深守を見やると、
「………いや、いいんだよ。ありがとうね」
 と、とても嬉しそうに微笑むものだから。
 少しの間だけ、見とれてしまったなんて――言えなかった。