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 私達三人は暗がりの山道を急いで下っていた。
 鬼族の折成さんと一緒だからという理由抜きに、見つかりにくいだろうという観点から裏道を進んでいる。それにもし何かあったとしても、村人を巻き込む可能性が低くなるからだ。
 妖葬班の拠点となる建物は、比較的山の麓にある。私達の住む村は、山と山の間にある言わば山間集落なのだが、その中でも土地が広い麓で土地全てを管理しているのだ。
 とはいえ、この村以外にも近くに集落があるのかと聞かれれば“無い”に等しい。何とも閉鎖的な村なのだろう、そう思ってもおかしくはない。
「―――危ないから気をつけろ」
 そう言いながら手を差し伸べるのは敵であるはずの折成さんだ。
「ありがとう…」
 私は素直に折成さんの手を取って木々を抜ける。勿論、後ろには昂枝が付いて私を挟む形を取ってくれていた。
「…で? 俺らに付いてる理由は?」
 昂枝は先程聞いて後回しにされていた質問を、改めて折成さんに振った。
「あ~……それは……な。気が変わった…というか、お前ならわかるだろ。こんなの。誰も望んでねぇよ」
「………そう、だな」
 二人は神妙な面持ちになる。
「…………私、は……。もしかして鬼族…の、生贄、とかなんですか……」
 なんとなく、私は今までの事を振り返り感じたことを聞いた。
 生贄だなんて考えたくもないが、流石の私でもここまできたら、この選択肢以外思いつかなかった。
 折成さんは急ぎ足だったのを少し緩め、
「………それが本当だったとしたら?」
 と、私達の方へ振り向いた。
「俺とこいつはお前の敵だ。お前は鬼族の長と結婚する為にずっと監視されていた」
「監視………?」
 折成は立ち止まってはいられないからとまた歩き出す。
「そいつはずっと、お前が産まれた時からの監視役だ。十七になり嫁入りするまでの間、何も悟られないように……なぁ、宮守」
「………あぁ」
 私の横を歩きながら答えた。昂枝は複雑な表情を浮かべている。
 確かに先程、宮守が自分にとって敵だという事を知った。それは勿論昂枝も例外ではなくて、だけど―――。
 私は昂枝の手を取って「自分は大丈夫だ」という事を伝える。
「結望…」
「勿論、俺もお前を鬼族の元へ渡す役割がある。それは今も…変わっちゃいねぇんだよ。お互い……、今は仕事を放棄しているだけだ」
 折成さんは大きく溜息を吐く。
「笹野結望、お前は………やっぱ狐達の所へ行くよりもずっと遠くへ逃げるべき――」
「それは駄目…!」
 私は繋いでいた手に力を入れてしまうくらい、力強く言い放った。
「深守と想埜、二人が無事でいることが私の願いなんです。……私以外の皆が生きているなら、それで十分。それこそ……、生贄になってもいいくらいには」
「…っ、ふざけるな……!」
 折成さんは私の両肩を勢い良く掴んだ。
「そんな事言うな…! お前は、お前達には…何の罪もないだろうが。この世に捧げて良い命なんかねぇんだよ。そもそも、狐がお前を必死に守ろうとしてるのは何なんだ? お前に生きていて欲しいからだろうが! お前のことが好きだからだろうが…! って、あ~もう、お前ら自己犠牲が激し過ぎんだよ馬鹿! この先自ら生贄になるなんて言ったら許さねぇからな」
 チッと舌打ちをして、またそそくさと歩き出してしまう。
「ご、ごめん…なさい……」
 私は後ろから折成さんに謝罪を零す。
「………俺も、お前には生きていて欲しいよ」
 昂枝は折成に同感だ。と、困ったように私の頭を撫でて、また手を握る。
 私は、私のことを好きだと勇気を振り絞って告白してくれた人の前で、とても酷いことを言ってしまった。申し訳なくて、顔が見られなくなってしまう。
 深守達も私の発言を聞いていたら、怒っただろうか。それとも悲しませてしまったろうか。命を張ってまで守ろうとしている相手がこんなでは、深守もやるせないだろう。だって彼は、最初から全てを知っていて、鬼族と宮守家から私を救い出そうとしてくれていたのだから。
「俺達は必ず、狐の元へお前を―――」
 折成さんが言いかけ、止める。
 右手で槍を構えると、左手で私達を庇うようにして手前をじっと見つめた。昂枝も私を離すまいと抱き締める。大分真っ暗になっている為、近く以外を認識するのは難しい。だが目を凝らしていると、徐々に人影が浮き出て近づいてくる事に気づく。
「……か、空砂…さん」
「こんな時間に一体何をしておるのじゃ」
 空砂さんは顔色一つ変えずに私達三人の目の前に立ちはだかった。
「………くそ、間に合わなかった」
 悔しさを顕にしながら、折成さんは吐き捨てる。
「何が間に合わなかったと申す。貴様はいつになったら言う事を聞くようになるのじゃ」
「…そ、それは……」
「“また”言い聞かせなくてはならぬか?」
「やめてください! それだけは…それだけはお願いですから」
 空砂さんに縋るように懇願する折成さんの姿は、先程までの強さとは打って代わり立場の違いを見せつけられていた。
「―――ではそこにいる娘を早く渡すが良い」
「……………」
「おや、何を押し黙っておるのじゃ。今までだってそうしてきたじゃろう」
「ちがっ…」
「何が違う。それ以上逆らうのであれば後はないぞ」
 空砂さんは折成さんを押し退けてこちらへ近づこうと手を伸ばした。そうはさせまいと折成さんも既のところで空砂さんの手首を力強く掴む。
「…っ………げろ。……逃げろお前ら!!」
 そして私達の反対側へ空砂さんを引っ張ると、槍を勢い良く放った。
「…! 結望!」
 彼の動きに合わせて昂枝は私の手を引くと全速力で走り出す。
 ガンッ! と鋭い音が背後から聞こえ、走りながら後ろを振り返った。折成さんの槍と、空砂さんの短刀がギリリと擦れている。
「俺の事などどうでもいい! 早く狐の所へ行け!」
 険しい表情で折成さんは訴える。
「…っごめんなさい、折成さん」
 私達はそれ以降振り向くことなく、すぐそこまで来ていた妖葬班の根城へと足を急いだ。