黄金色に輝く草原の風が、頬を掠める。整備されてない道だからか、たまにガタガタと揺れて、慣れていないから、落ちそうになる。彼女の自転車の後ろに乗せてもらい、家に行くことがトントン拍子に進んだ。日本の男は頑固だというが、果たして彼女の祖父、幸彦さんは自分という存在を許してくれるだろうか。自分が見た情報は『縁を切った娘がいる』というだけで、それがどういう経緯だとか、そもそもその夏子さんが何をしているのかは、全くわからない。だんだん嘘を突き通せるのか、不安になってきた。
「ねぇ、ジュンさん……って、名字は白河、でいいの?」
そんな不安をさらに煽るように彼女がそんなことを聞いた。今思えばこんなヘンテコな乗り物に二人で乗車しているなんて……と思いながら「父親のことはよくわからなくて」と適当に答えた。
「えっと、ごめんなさい。そんな複雑な事情があるとは知らず、変なこと聞いちゃって……」
「……いや、いいんだ。俺の方こそ突然の来訪になってしまってすまない。母は事情があってこれないから……俺だけ来たんだ」
「そっか……あ、ここからふつうの道だから、ガタガタしないはずです」
 やっと壮大な牧草地を抜け、一般的な道路を走り出す。といっても、ポツポツと家や店らしきものがあるだけで大半は田んぼなのだけれど。
「……もうひとつ、聞いてもいいですか? あ、もう夏子さんのことは聞きません」
「構わない。……あと、そんなに改まって話す必要はない。俺も日本語は不慣れだし、歳も近いだろうから」
彼女は俺を乗せているにも関わらず、ふらつくことなくペダルを漕ぎ続ける。
「じゃあ、ジュンくん……って、歳っていくつ?」
「21だ」
「全っ然、近くない! わたし、17だもん! え、じゃあ大学生……?」
「大学は17のときに卒業している。まぁ、4歳差なんて大した差じゃない」
「いや、すっごい大人じゃん! ていうか17歳で大学卒業したって何事!? ますますなんで私なんかに告白なんかしたの……?」
 おそらく、これが一番最初に聞きたかった本来の質問なのだろう。時雫はこちらを向くこともなく、ただゆっくりと自転車を漕ぐ。こういう時は、なんて答えるべきなんだろう。というか俺は、『恋人を作る手伝い』をしにきたのであって、『恋人になる』ために来たのではなかったはずだ。いくら80年という時空を超えてきたからといって、自分の失言が恥ずかしい。
「わからない。けど、……好きなんだ」
自転車を止めた彼女が俺の方を振り返り、目があった。
「……なんか『雨の日のソワール』みたい」
「待て、それはなんだ?」
「日本のえーっと、漫画は知ってると思うんだけど、少女漫画っていう女の子向けのジャンルがあってね……あ! もちろん男の子も読めるんだけどね!?」
「ふっ……そうか、キミはそれが好きってことなんだな」
「そうなの! 家にも何百冊もあるんだけどね……雨ソワは今一番ハマってて〜」
 雨の日のソワールはね、過去から来た男の子が現代を生きる女の子に出会って恋するっていうストーリーでね、と説明する彼女に、まぁ俺は過去ではなく未来から来たんだけどな、心のなかでそう突っ込んだ。
 自分が、はるか遠い、80年先の未来からの来訪者だと言えば彼女はどんな顔をするだろうか。
「へぇ、面白そうだ」
「……バカにしてるでしょ」
「い、いや……そんなことは」
 やっぱり、彼女は見た目はアホそうだがウソはすぐ見抜かれる。今後はもっと自然に振る舞おうと心に決める。
「もうすぐ着くよ、私の家。……おじいちゃんのことなら私に任せて」
「わかった……色々と悪いな」
 いつの間にか自転車は少しスピードを上げていて、ゆるやかな坂道を下りだす。
「ジュンくん、ちょっと掴まったほうがいいかも……」
「え? あ、え……!?」
 次の瞬間自転車が猛スピードで坂を下りだす。俺の驚きように笑い出す彼女に、一抹の不安と同時に少し、笑みがこぼれたのだった。