「いらっしゃいませー……ってアンタたちか」
 休日の昼下がり。まえに約束したとおり、俺たちはしのぶがバイトしている店に来ていた。
 ドライブスルーは混んでいるようだが、店内はさほど混んではいない。有線ラジオと、そこまで騒がしくない談笑が聞こえる。二人組の中学生と、小さい男の子を連れた親子、一人でカウンター席に座る男性くらいしかいない。俺がいた現代にもファーストフード店はあるが効率重視で店員はAIだし、いつも客はたくさんいるが、喋る必要やノイズキャンセルがされたパーテーションを設置しているところがほとんどなので、咀嚼音もほとんど聞こえない。こっちに来てからあまりに現代とはかけ離れた景色を見ているからか、思い出すことはなかったがファーストフード店という自分もよく通っていたところに来ると、やはり時代の違いを感じさせられる。
「売上貢献しに来た、しのぶもう上がりでしょ?」
「あんたらの注文聞いたら上がるわ……どうせ時雫はテリヤキバーガーとシェイクでしょ。ジュンペイは?」
「俺はコーヒーのS」
「おっけー、ポテトとナゲットとコーヒーLね。あ、カルピスも」
「おい」
 しのぶは慣れた手付きでタブレットの画面をタッチする。どうやら俺の注文に上乗せした分は自分で食べるようだ。別にそれはいいけど、コーヒーのサイズを変えられたことはどうも気に食わない。
「しのぶが上がってくるついでに持ってくるだろうから、私達は座ってよっか」
「そうだな」
 店内の一番後ろのソファがある四人掛けの席に座る。「アイトも連れてくればよかったなー」という彼女に適当に「ああ」と返すと彼女が笑い出す。
「そ、そんなに怒らなくても……ふふっ」
「怒っていない……」
「絶対、一瞬怒ったじゃん!」
 無意識に嫉妬してたのか、恐ろしいな、というか対して怒ってなかったんだけれども。そう思っていると後ろの方から、私服に着替え、両手にトレーを持ったしのぶが来た。
「おまた〜、みんな飲み物Lにしといたよ〜そんでもって、イチャイチャしないでくださいね〜」
「おおー! こういうときにしのぶの友達で良かったって思うわ」
「ありがたいけど俺はそんなに飲まない……というか、多分Sサイズの料金しか払ってなかったんじゃないか?」
「あー、ここの店長うちのじいちゃんだから、サービスね。あたしらがいつも閉店まで喋るからさー、喉渇くだろうって」
 ほら、そういってしのぶが指差す先には厨房が見える小窓からマスクで顔の大半を覆ったおじいさんが手を降っていた。なるほど、ファーストフード店でありながら家族経営なのか。
「というか、キミたちは閉店までそんなに話すことがあるのか。すぐ帰るつもりだったんだが」
「そりゃああるよー、ねー? 時雫。アタシら、三日後に迫る収穫祭のクラス実行委員なんだから」
「収穫祭?」
 そういえば前にも言っていたような。詳しく聞くと、収穫祭とは時雫たちが通っている農業高校と自治会がコラボしたイベントで、その名の通り、乳牛や野菜を販売したり、それら食材を使ったお菓子や料理を振る舞うイベントらしい。
「ハンドメイド作品売ってる人とか、ダンスを披露したりする人もいて楽しいんだよねー」
 テーブルの上に出された資料を見ながら、時雫はうんうんとうなずく。確かに前回の写真というものを見てみると、農産物を売っている人のほうが少ない。
「へぇ、もう収穫祭っていうのはあんまり関係ないんだな」
「そうよ、収穫うんぬんより、もうカップルで行く行事って感じになってるもんねー」
「……そんなことになってるのか」
「昔はじじばばが主体だったんだけどね。設営とか運営も、うちの高校がやるようになってから結構おしゃれな祭りになっちゃってねー……ほら、結構飾り付けとか可愛いでしょ」
 そう言ってしのぶが指差す写真を見てみると、確かにキャンドルや風船、ガーランドといった装飾品で飾られた会場内は若者が好みそうだと思った。
「はー、くま君は部活の遠征らしくってさー……一緒に行けないんだよねえ」
「そうか、なら運営に専念できるな」
「まぁ大人しくそうするわ……毎年当日は時雫に任せちゃってたし、いい機会だから今年は選手交代よね」
「どういうことだ?」
 
「ちょ、しのぶ!」
「へ?どういうことってアンタら……
「しのぶー、休憩室にこれ忘れとったぞ」
「おおー、ほんとだ。ありがと、じいちゃん」
「はい、時雫から借りてた漫画。今日返そうと思ってわすれてたんだわ」
「あ、私も忘れてた。それで、どうだった?」
 時雫は受け取った紙袋を、横に置く。中を見てみると俺も読んでいる『雨の日のソワール』の最新刊が入っていた。続きが気になっていたが、しのぶに貸していたのか。
「うーん、アタシああいう終わり方嫌いだなー。ベタでも王道がいいんだよね、離れても、数年後に巡り合う的なさ」
 しのぶのその言葉に一瞬、コーヒーを飲む手が止まる。ネタバレをされたからではない、ズキッと胸に刺さるものがあったからだ。
「あんだけ無責任に好きって言っておいてさ、主人公のこと散々振り回してさ、帰るときになったら帰りますー、なんてずるくない?」
 手が震えていないだろうか。前に座るしのぶを見れない。横にいる彼女を見ることも、出来ない。
 『雨の日のソワール』は過去からの来訪者ドナシアンと、現代を生きるメルアが出会って恋に落ちるというストーリーだ。メルアは結婚願望があるが、もちろん過去からやってきたドナシアンと結婚することは出来ない。自分を想ってくれる同僚のケイトもいるが、ドナシアンと結ばれたい気持ちも合って葛藤する話だったが……多少、設定は違っていても、似たような境遇だと思って読んでいた。
「メアリの人生もあるわけだしさー、ドナシアン、気持ち伝えずサッサと帰って、ケイトに託せばよかったのにねー。なんか、愛がないなっておもちゃった」
 畳み掛けるようなしのぶの言葉に、冷水をかけられたような気持ちになる。なんで彼女と俺が一緒に行けると思っていたんだろう。
「えっと、なんの話してたんだっけ……あ〜そうそう、収穫祭!当日は私がなんとかするから時雫は……」
「藍徒といけばいい」
「……はぁ?」
「藍徒と行けばいいだろう、それかクラスの他のやつと行けば……」
「いや、どう考えてもアンタら二人で……」
「会議の邪魔になるし……俺は帰るよ」
 しのぶを無視して、席を立つ。なにも言わない彼女の顔を見ることは出来なかった。
 傘は時雫と一緒にさしてきた一本しかなかったので、雨は来た時より降っていたが、なにもささずに出た。