僕はいつも通り登校する。

 電車の中には新聞を読むサラリーマンや笑顔で談笑している高校生が居た。
 僕はその光景を横目で見ながら、スマートフォンを起動する。

[****]

 4桁のパスコードを入力して、SNSのアプリを立ち上げた。
 これが、いつもの光景だ。

 ・・・

<[おはようございます!]

 僕は、SNSに簡単なメッセージを添えて投稿した。

 このSNSはeverythingという名前で、100字以内の短い文字を投稿することができる。
 趣味・趣向が合う人を<友達>として承認することで交流を深めるアプリである。
 ユーザー名は本名ではなくても構わないため、10代にも多くのユーザーが居る。

<[おはよう...♪]

 さっそく返信のメッセージが投稿されていた。
 そのユーザーの返信はいつも早いんだ。

 "まこちゃん"というユーザー名で、可愛いハムスターのアイコンをしている。

 きっと、女の子のユーザーなんだろう。
 "まこ"は本名なのだろうか。

 毎日会話しているうちに、僕は"彼女"の事が気になっているんだ。

 彼女から<友達申請>があった日から、アカウントを初めてみたときから、
 なんだか惹かれるところがあったと思う。

 ・・・

 まこちゃんについて、彼女について、分かっていること。

 それは同い年の高校一年生だということだ。
 彼女がよく学校の内容について書きこんでいるからだ。

<[今日は部活の紹介がありました~。何に入ろうかなあ]

 とか。

<[数学の確率っていうの、よく分からなくてつらたん......]

 とか。

 僕は、自分と彼女との間に共通点を見つけられて何だか嬉しかった。
 僕は彼女の投稿を見つけると嬉しくなって、つい返信を書きこんでしまった。

<[僕も数学って苦手です! 公式を覚えて解けるようにならないとですね......]

 彼女の返事もきちんと返ってくるんだ。

<[お! 君も同士だねえ。お互い頑張ろうね~]

 たわいもない会話しかしていないふたりだけど。
 彼女の投稿を見るだけで口角が上がる、そんな気分がするんだ。

 ・・・

 今日もいつも通り登校する。

 僕の目の前には、つり革につかまっている女子高生が居た。
 屈託ない笑顔で友達と談笑をしている。

 彼女らは知らない高校のブレザーを着ていて、ひとつ手前の駅で降りてしまった。

 僕は気に留めるまでもなく、スマートフォンの画面に目を落としていた。
 どんな格好の子かなあ、気になったんだ。

 たった一瞬だけ。

 ・・・

 いつの間にか、僕とまこちゃんは話をすることが日常茶飯事になっていた。

<[おはようございます!]

<[おはよう~]

 だいぶ会話の調子は砕けていた。
 いわゆるため口というやつだけど、お互いに悪い気持ちはしなかった。

 この会話というのは、ふたりだけではなく他のユーザーからも見ようと思えば見ることができる。
 それでも、特に気にならなかった。


 もし、ふたりだけの言葉で交わそう、となったらどんな風になるのだろうか......。


 それを打ち破ってきたのは、まこちゃんから送られてきたDM -ダイレクトメッセージ- だった。
 この機能を使うと、誰も覗くことができない、ふたりだけのチャットをすることができる。

<[こんばんは......。 ちょっと怖いことがあって]

<[夜、塾に行こうとしてたら、○○の場所を教えてくださいっておじさんに言われた。]

<[だけどさ、急に怖くなって私はすぐに逃げたんだよ]

 お風呂上りだったけど、ドライヤーを使うのも忘れて画面に見入ってしまう。

 僕は何を言えば良かったのだろうか。
 頭の中が"緊張"の二文字で埋め尽くされた僕は、これと言ってコメントできなかった。

<[だいじょうぶ? 逃げられたかなあ]

<[うん。何もなかったよ]

<[深呼吸しなよ、気分が落ち着くからさ]

<[よかった。君に言ってスッキリしたよ]

 僕は息を撫で下ろした。

 おやすみなさい。
 お互いに心地よく眠れますように......
 そういう願いを込めて、スマートフォンに入力したんだ。

 彼女との距離が近くなった日だった。

 ・・・

 それから、夏が過ぎ秋が過ぎていった。

 僕たちは色んな、たわいもない会話を繰り返していった。
 顔を知らない相手だけど、それがたまらなく楽しかったんだ。

 ......それだけでも、画面の中のロマンスを感じるようになっていたんだ。

 そして、冬を越したある日。
 もう春を迎えつつある季節になった。

 僕はそれとなく彼女に伝えてみた。

<[これから春休みですか? もし良ければ、会ってみませんか]

 わかりやすいデートの誘いだった。
 既読のマークがついたけれどなかなか返事がこなかった。

 やっぱりだめなんだろうなあ......。

 諦めかけた頃、彼女からの返事があったんだ。

<[ありがとう。 私たちはまだ早いかもね、大学生になったら会いましょう...♪]

 ......そりゃそうだよなあ。

 僕は彼女に、友人以上の関係を期待してたんだと思う。
 それからというものの、彼女に返事をすることをためらうようになってしまった。

 そして、新年度となる4月1日を迎えたんだ。

 ・・・

 僕は久しぶりにSNSを立ち上げてみた。

 先ず目についたのは、まこちゃんの投稿だったのだ。

<[私の父親ってハムスターなんですぅ~?? #質問コーナー]

 僕は思わず笑ってしまう。
 変わらない明るい雰囲気のまま、エイプリルフールの嘘をついていたのだ。

 それは、SNSにある機能のひとつ、<質問コーナー>だった。
 質問者は匿名で質問を送ることができる。

 僕は、「エイプリルフールに丁度いい嘘をついてください」と書きこんでいたのだ。
 彼女は僕の質問だと知らずに、回答を投稿したわけだった。

 この子はどこに住んでいるかも分からない。
 だけども、こうやって元気に過ごしていればいいんだなって思うんだ。

 ・・・

 僕は、学年が繰り上がり高校二年生になった。

 今日は始業式があるので久しぶりに登校している。
 電車のドアが開くと、サラリーマンやどこかの高校か分からない学生が乗ってくる。

 そして、ポニーテールの女子高生が僕の前に立った。

 僕の耳に、彼女と親友の会話が流れていくのだった。

「春休みってどうだった?
everythingを見てたら、誰かが私の<質問コーナー>に、"エイプリルフールの嘘を教えて"って言ってきて......」

 ......どこかで聞く言葉だった。

「だから私、"父親がハムスターだ"って書いたんだよ。
面白い人がいるんだね~」

 僕がした質問のことだった。
 とっても小さい嘘が、まこちゃんを召喚してくれたような気がした。
 彼女が、目の前に居る......。

 彼女の素顔を、表情を初めてしっかり捉えた。

 その屈託のない笑顔が、電車の窓から入る朝日に照らされてキレイに輝いていた。