「ありがとう」
私は何万回かのこの台詞を口にしてコンビニを出た。
毎日登校する度に、毎日駅前のコンビニで、毎日お茶を買う。
同じことの繰り返しだ。
そこに取り立てて素晴らしさというものはないと思うんだ。
今日も、いつものように高校へと向かう。
・・・
私はよく、"きちんと感謝できる子だよね"と言われてきた。
そうだろうか?
感謝の言葉を口にするのは、当たり前のことだと思っている。
私自身、言わないと気持ち悪いし、喜ばれることをしたのだから、きちんとお返しするべきだろうと思っているだけだ。
教室に入るときに、おはようって言うのと同じようなものだと思うんだ。
ああ、そうだね。
まるで口癖のようだと言われたらそうなのかもしれない。
普段から使っている言葉だし、特に魔法のようなものではないと思う。
・・・
私を特徴づける言葉と言えば、そそっかしいということだろう。
だからよく消しゴムは落とすし、教科書を間違えたり、忘れたりは日常茶飯事だ。
隣の席に座る男の子が、よく些細なことに気づいてくれた。
誰とも話す様子を見せない彼は、休み時間はずっと席に座っていてイヤホンかマンガを読んでいた。
それでいて、周りに気を使うことができる、そんなイメージだった。
落とし物なんかはすぐに拾ってくれるし、誰かのケータイに着信があることを本人よりも先に気づいて教えてくれていた。
「教科書、持ってきてる?」
いつの日か、彼は私の方を見ながら言ってくれた。
「え?
あ、忘れて来たかも」
そうして彼に見せてもらうになったこともあったっけ。
落ち着いて周りを見ている子なんだな、これが彼に対する第一印象だった。
・・・
ある日、授業中に彼が消しゴムを落としてしまった。
私は目に端に映ったから、当然のように拾ってあげた。
「落としたよ」
私は小声でそう彼に教えながら手渡しした。
だけども、彼はちょっと会釈をしただけですぐに黒板にの方を向いてしまったんだ。
まあ、授業中だしそんなに声を出すわけにもいかない。
何か大切なものを忘れていると思ったけれど、すぐに忘れてしまった。
それからというものの、彼について分かった気がする。
先生やクラスメイトに言われることについては、しっかり話していた。
彼から話かけることも色々あったように思うんだ。
人付き合いが苦手でもなく、決して口下手でもないようだ。
だけども、私については何か話してくれただろうか。
彼から感謝の言葉を告げてもらったことは全くなかった。
会話してても、なんだか素っ気ない感じがするんだ。
......これは、なにか嫌われたんだろうか。
私のそそっかしさが悪影響を及している、と思うに違いないんだ。
・・・
ある日の、放課後の教室。
日直当番になった私と彼は、教室の掃き掃除をしている。
だから、私はそれとなく聞いてみたんだ。
「ねえ、高校生ってなんだか大変だよね」
「そうだねえ。
でも、学校の授業なんてどんどん難しくなるしさ、日々を進んでいくしかないよね」
彼はきちんと言葉を交わしてくれた。
落ち着きながら、でもどこか素気のないようだった。
「うーん。
ねえ、私って何か迷惑かけたかな?」
「なんでそう言う事を言うの?」
彼はしっかりこちらを見て答えてくれた。
「だって、その......。
何も感謝の言葉を言ってくれないじゃん。
消しゴム拾っても、プリント渡しても、君は返事が素気ないんだもの......」
私は彼の方を見ながら必死に声を掛けた。
だけども、顔を良く見ていると、彼の顔が少しずつ赤くなってきていた。
どういうことだろうか?
「君のこと、嫌いじゃないよ」
え?
「......嫌いじゃないけど、返事ができなくなるってことだよ。
分からないかなあ」
ごめん、分からない。
私は知らずのうちに顔を横に振っていた。
全く話の本質が分からなかったんだ。
「......気になって仕方ないんだよ。
恥ずかしくて、なにもしゃべれないんだ」
......恥ずかしいっていうこと。
私は目をぱちぱち、閉じたり開いたりしてしまった。
彼の言わんとしていることが何だか分かってきたような気がする。
これから言われる台詞に、私の顔は真っ赤に染め上げることになるのだった。
・・・
「良かったらでいいんだけど、付き合ってくれないかなあ」
彼は早口で言ってのけると、こちらに右腕を差し出してきた。
よろしく、の握手の合図だ。
お互いに掃除の手を止めて、その場に立ち尽くしてしまう。
「......ちょっと待ってよ、どうして急にそんなことを言うの?」
私の頭はパニックになってしまっている。
ただ隣の席に座っている男の子であって、必要以上の事は全く話したことがなかった。
好意を示したことすらなかった気がする。
付き合うなんて、私の辞書には早すぎる言葉なんだよ。
「......ええ、分からないかなあ。
こんなにも"ありがとう"って言ってくれたのに」
彼も困ったように顔を背けている。
私はその場にぺたんと座り込んでしまった。
つまり、こう言う事だ。
私が当たり前のようにありがとうと口にしている。
どういう訳か、彼は好意があると受け取っていた。
......私は、この言葉で彼に恋の魔法をかけていたようだ。
静かな教室に沈黙が流れている。
ちょっとだけ揺れるカーテンがささやかな効果音を奏でていた。
ああ、何か言わないと。
深呼吸した私は彼の瞳をしっかり見た。
お互いの顔が、しっかり熟れたトマトの様に赤くなっている。
「初めて言ってくれた言葉だよね。
ごめん、今はそういうの考えられないんだ」
でも、少しずつ話していこうよ。
クラスメイトなんだから。
私はこう告げると、彼はやっと落ち着いたようだった。
最後に一言だけ呟いて、先に帰ってしまった。
「ありがとう」
ちょっと待ってよ、掃除の途中でしょー!
私がこういうも、彼の耳には届いていない様子だった。
だけども、なんだか嬉しかったんだ。
私は何万回かのこの台詞を口にしてコンビニを出た。
毎日登校する度に、毎日駅前のコンビニで、毎日お茶を買う。
同じことの繰り返しだ。
そこに取り立てて素晴らしさというものはないと思うんだ。
今日も、いつものように高校へと向かう。
・・・
私はよく、"きちんと感謝できる子だよね"と言われてきた。
そうだろうか?
感謝の言葉を口にするのは、当たり前のことだと思っている。
私自身、言わないと気持ち悪いし、喜ばれることをしたのだから、きちんとお返しするべきだろうと思っているだけだ。
教室に入るときに、おはようって言うのと同じようなものだと思うんだ。
ああ、そうだね。
まるで口癖のようだと言われたらそうなのかもしれない。
普段から使っている言葉だし、特に魔法のようなものではないと思う。
・・・
私を特徴づける言葉と言えば、そそっかしいということだろう。
だからよく消しゴムは落とすし、教科書を間違えたり、忘れたりは日常茶飯事だ。
隣の席に座る男の子が、よく些細なことに気づいてくれた。
誰とも話す様子を見せない彼は、休み時間はずっと席に座っていてイヤホンかマンガを読んでいた。
それでいて、周りに気を使うことができる、そんなイメージだった。
落とし物なんかはすぐに拾ってくれるし、誰かのケータイに着信があることを本人よりも先に気づいて教えてくれていた。
「教科書、持ってきてる?」
いつの日か、彼は私の方を見ながら言ってくれた。
「え?
あ、忘れて来たかも」
そうして彼に見せてもらうになったこともあったっけ。
落ち着いて周りを見ている子なんだな、これが彼に対する第一印象だった。
・・・
ある日、授業中に彼が消しゴムを落としてしまった。
私は目に端に映ったから、当然のように拾ってあげた。
「落としたよ」
私は小声でそう彼に教えながら手渡しした。
だけども、彼はちょっと会釈をしただけですぐに黒板にの方を向いてしまったんだ。
まあ、授業中だしそんなに声を出すわけにもいかない。
何か大切なものを忘れていると思ったけれど、すぐに忘れてしまった。
それからというものの、彼について分かった気がする。
先生やクラスメイトに言われることについては、しっかり話していた。
彼から話かけることも色々あったように思うんだ。
人付き合いが苦手でもなく、決して口下手でもないようだ。
だけども、私については何か話してくれただろうか。
彼から感謝の言葉を告げてもらったことは全くなかった。
会話してても、なんだか素っ気ない感じがするんだ。
......これは、なにか嫌われたんだろうか。
私のそそっかしさが悪影響を及している、と思うに違いないんだ。
・・・
ある日の、放課後の教室。
日直当番になった私と彼は、教室の掃き掃除をしている。
だから、私はそれとなく聞いてみたんだ。
「ねえ、高校生ってなんだか大変だよね」
「そうだねえ。
でも、学校の授業なんてどんどん難しくなるしさ、日々を進んでいくしかないよね」
彼はきちんと言葉を交わしてくれた。
落ち着きながら、でもどこか素気のないようだった。
「うーん。
ねえ、私って何か迷惑かけたかな?」
「なんでそう言う事を言うの?」
彼はしっかりこちらを見て答えてくれた。
「だって、その......。
何も感謝の言葉を言ってくれないじゃん。
消しゴム拾っても、プリント渡しても、君は返事が素気ないんだもの......」
私は彼の方を見ながら必死に声を掛けた。
だけども、顔を良く見ていると、彼の顔が少しずつ赤くなってきていた。
どういうことだろうか?
「君のこと、嫌いじゃないよ」
え?
「......嫌いじゃないけど、返事ができなくなるってことだよ。
分からないかなあ」
ごめん、分からない。
私は知らずのうちに顔を横に振っていた。
全く話の本質が分からなかったんだ。
「......気になって仕方ないんだよ。
恥ずかしくて、なにもしゃべれないんだ」
......恥ずかしいっていうこと。
私は目をぱちぱち、閉じたり開いたりしてしまった。
彼の言わんとしていることが何だか分かってきたような気がする。
これから言われる台詞に、私の顔は真っ赤に染め上げることになるのだった。
・・・
「良かったらでいいんだけど、付き合ってくれないかなあ」
彼は早口で言ってのけると、こちらに右腕を差し出してきた。
よろしく、の握手の合図だ。
お互いに掃除の手を止めて、その場に立ち尽くしてしまう。
「......ちょっと待ってよ、どうして急にそんなことを言うの?」
私の頭はパニックになってしまっている。
ただ隣の席に座っている男の子であって、必要以上の事は全く話したことがなかった。
好意を示したことすらなかった気がする。
付き合うなんて、私の辞書には早すぎる言葉なんだよ。
「......ええ、分からないかなあ。
こんなにも"ありがとう"って言ってくれたのに」
彼も困ったように顔を背けている。
私はその場にぺたんと座り込んでしまった。
つまり、こう言う事だ。
私が当たり前のようにありがとうと口にしている。
どういう訳か、彼は好意があると受け取っていた。
......私は、この言葉で彼に恋の魔法をかけていたようだ。
静かな教室に沈黙が流れている。
ちょっとだけ揺れるカーテンがささやかな効果音を奏でていた。
ああ、何か言わないと。
深呼吸した私は彼の瞳をしっかり見た。
お互いの顔が、しっかり熟れたトマトの様に赤くなっている。
「初めて言ってくれた言葉だよね。
ごめん、今はそういうの考えられないんだ」
でも、少しずつ話していこうよ。
クラスメイトなんだから。
私はこう告げると、彼はやっと落ち着いたようだった。
最後に一言だけ呟いて、先に帰ってしまった。
「ありがとう」
ちょっと待ってよ、掃除の途中でしょー!
私がこういうも、彼の耳には届いていない様子だった。
だけども、なんだか嬉しかったんだ。