文字が消え、漆黒の闇に包まれてから数秒。

ほのかに明るくなりこの世界のであろう地図が浮かび上がるのと同時に女性の声が頭の中に響いて来る。

『このたびは当社のアスフォデルスをお買いいただき誠にありがとうございます。
このゲームは七つの大陸、ヨトゥンヘイム、ムスペルヘイム、ミズガルズ、ニヴルヘイム、スヴァルトアールヴヘイ、ウートガルズを舞台に、
軍事技術が進んだガンバンテイン国、魔法技術が進んだドラウプニル国、自然の力を使うホルグル国の三つの大国のいずれかに所属して頂きます。
仲間とともに他国を占領したり、自国をお大きくしたり、新たに自分の国を作るのも、世界を旅するのも、何をするのも自由です。自分の好きな事をしてお過ごし下さい』

女性の声が終わると地図の前に三つの国の文字が表れた。

ガンバンテイン国以外の国は黒くなっていて選べなかったため、仕方なくこの国をクリックすると、花火のように視界がはじけ、目の前が急に明るくなると視界に一面の草原が広がった。

上を見ると現実世界では見ることが無い。

飛行機に乗った時しか見れない青い空に、太陽が顔を出している。

草原は遠くまで広がり、後ろから気持ちいい、そよ風が体を通り抜け、草原の草を揺らす。

草花の気持ち良い香りに全身が包まれる、まるで実際にその場にいるようだった。

 「これが、バーチャルの世界なのか?凄い・・・。まるで本当にここにいるみたいだ」

しゃがみこみ、草を1本引きちぎる。

手に草の感覚、ちぎった感覚が伝わる。

 テュールがゲームの世界に浸っていると急に耳に痛みが走る。

 「痛っ」

痛みで顔を歪め、耳を押さえる。

 「さっきから何回も呼んでるのに無視ですか?テュールさん」

声がした方向を見ると、見たこともない女性が立っている。

百六十センチほどの身長に整った顔立ち、すらりと伸びる手足。

金の絹のような髪は肩で切りそろえられ、先の方がカールしている。

両耳は鋭く尖っており、両目は透き通った海《ブルー》の色の瞳。

白を基調とした服と膝より短いスカート。

見たことがない金の装飾が胸、腰などに施されている。

胸には服と同じ紋章の金のネックレスに綺麗な花をモチーフにしたブレスレットをし、

片手には木らしき素材で、てっぺんの頭には銀の妖精の形をした飾りが取り付けられている杖を持っている。

彼女の頭の上、空中に『エイル、レベル九九九』と文字が表示されている。

 「エ、エイルさん?」

 「私よ、私。松下よ」

エイルは微笑んだ。 

 「まっ、松下さん?」

テュールは松下と聞いて驚きの声を上げた。

実物の松下はいつも冷静沈着で、ひたすら業務をこなす絵に描いたようなОLだったからだ。

こんなキャラを選ぶとは思えなかった。

 「そうだよ。よろしくね。テュールは鎧着ているから騎士かな?」


鎧と言われて自分の体を改めて見る。

黒の無地のシャツと黒のズボンの上から青色に輝く鎧が胸、腰、足、腕に付けられている。中に着ている生地が見えるのは一部の太ももと腕くらいか、全身鎧《プレートアーマー》と言って良いほどだが、かといって重さはほとんどなく、瞼を閉じると服しか着ていない感覚だった。

  「うん。剣士と簡単な魔法が使えるパラディンにしたんだ。エイルは杖を持っているから魔法使い?僧侶?」

  「どっちも外れー。賢者よ。私はこう言うゲームは必ず賢者にするの。それに、社長が自分で行動するみたいにリアルって言われたから剣とか使うキャラはやめたんだけど、やっぱりやめて正解。実際にもって切りつけるのは私には無理だもん」

 エルイは無邪気に笑った。

  「じゃ、エイルに援護は任せたね」 

  「任せといて」と笑顔でブイサインを指で作るエイル。

テュールはエイルにドキッとして目線を外し、話題を変えた。

  「ところで、荒木と大久保はどこにいるの?」

  「あっちで二人でさっきから模擬戦してるわ。大久保君がウルフで荒木君が魔法使いよ」

エイルの目線の先を辿ると、銀色に全身を包んだウルフと杖でウルフの爪を受け流す男がいた。

荒木は黒いローブを身に着け、フードを頭からすっぽりとかぶっていて顔の判別は出来なかった。

二人の頭の上にエイルと同じように名前とレベルが出ている。

魔法使いの荒木はヘーニル。大久保のウルフはガルムと。

どちらもエイルと同じレベル数だからこれがマックスなのだろう。

二人の少し離れた場所に一人の杖を持つ老人が見守るように立っていた。

  「あの老人は誰?まさか社長とか?」

  「あの老人はガルムの同伴NPCよ。ヘーニルは邪魔になるから作らなかったんだって、ちなみに私は小人の妖精ソールちゃんよ」

エイルの髪の毛の中から手のひら大の妖精が飛び出してくる。

緑色の長い髪に、緑色のお腹部分が開いた服を着ている。

  「挨拶してソール」

  「初めまして私の名はソールと言います。よろしくお願いします」

ソールは可愛い声で挨拶するとテュールの肩に座り鼻歌を歌い出した。

  「テュールの同伴NPCは女の子なんだ。へー、そんな子がタイプなんだね?」

  「えっ?そんな子?」

エイルの目線は自分の後ろ見ている。

振り返ると、白いシャツに首元に赤のリボンをつけ、緑の膝までのスカートと膝までの白ソックスを履き、特徴的な紋章が描かれている白いローブを着た赤髪の女性が立っている。

あっ忘れてた。テュールはその言葉を口から出す前に飲み込んだ。

  「名前はなんて言うのかな?」

  「名前は二ージだよ」

  「二ージです。よろしくお願いします」

  ニージの口からおしとやかな声が発せられた。


 (エイルのソールといい、自分の作ったニージといい、 ちゃんと口が動いてまるで本当に生きているみたいだ。このゲームのNPCは本当に凄いな)

  「男の子ってさ、こういうキャラ決める時って自分の理想の女の子にするんだよね?」

  「へっ?いや、違うよ適当にしただけだよ」

声が裏返る。

エイルは疑いの目を向けたが。

  「まっ、そういう事にしといてあげるわ」

エイルは微笑んだ。

  『お前ら、遊びはいいがしっかりと仕事してくれよな』

また頭の中で急に社長の声が聞こえる。

  「社長。そっちから見えてるんですか?」

  『パソコンディスプレイでずーと見てるんだよ。バグ探しだからお前らのレベルはマックスだし、装備は最強だし、アイテムも所持数九九九九のマックスだからな、アイテムの使い方とか攻撃の仕方とか先に始めた三人は分かってるだろうから。五十嵐、さっさと三人にレクチャーして貰って全員仕事しろ。俺は自分の仕事に戻るからな』

後半怒り口調になっていた社長の声は聞こえなくなった。

  「テュール。攻撃とかアイテムの使い方分かる?」

  「いいや、分からない。どうやって使うの?」

  「頭の中でメニュー画面って呟いてみて」

エイルに言われて頭の中で呟くと、目の前の空中に名前、レベル、HP、MP、魔法、アイテム、フレンド、メッセージ、オープンメッセージ、ログアウトなどの文字が現れた。

   「まずは攻撃呪文からね。攻撃呪文を使いたいって思って、そしたら呪文一覧が更に表示されるから」

エイルに言われて強く思うと、空中のメニュー画面の攻撃呪文一覧が出現する。

   「片手を前に突き出してからどれか唱えて見て」

   「どれか唱えてって言われても」

テュールは下の方にある呪文を読んだ。

   「地獄の爆発インフェルノエクスプロージョン」

伸ばした手の平からマグマを丸めたような球体が出現したと思ったら凄いスピードで前の原っぱに突っ込むと、三十メートル以上の火柱が目の前に現れ爆音が響き渡る。

火柱が収まるのを待つと、さっきまであった原っぱには縦五十メートル以上、横二十メートル以上の大きな穴が開いていた。

   「うわー、凄い呪文ね。いきなり最強呪文唱えたの?」

   「いや、どれが最強とか良く分からなくて、適当に読んだんだけど」

   「呪文の横に星マークがあるでしょ?一星が一番弱くて七星が一番強い最高魔法よ」

エイルに言われて先ほど唱えた呪文の横を見ると

   『三星地獄の爆発インフェルノエクスプロージョン』と書かれていた。

   「三星って書いてるよ」

   「今ので三星?テュール凄い強いね」

(今の威力で三星か、どの呪文がどれくらいの威力や効果があるか分からないから、使うときは仲間の位置に注意しないとまずいな)

煙が立ち上り、焦げた匂いがする穴を見て呟いた。

  「次はアイテムだね。呪文と同じようにアイテムの事を想像してみて。そしたらアイテム欄が表示されるから」

目線をエイルに向けると、呪文と同じようにアイテムを想像した。

魔法の時と同じようにアイテムの一覧が目の前の空中に表示される。

  「今の攻撃でテュールのМPが消費されたでしょ?マジックピルで回復しましょう」

メニュー画面のМPの数字は九六四になっていた。

エイルに言われてマジックピルと頭の中でつぶやくとアイテム一覧からマジックピルが表示される。

   「そのアイテムの下に手を置いてみて」

 テュールは言われた通りに手を伸ばすと空中に表示されたアイテム文字の場所から緑色の小さな粒が1つだけ手のひらに落ちた。

アイテム欄のマジックピルの数が九九九九から九九九八に変わっていた。

   「そのアイテムを飲んでみて」

テュールは口の中に入れると、その錠剤は空気みたいにすぐに無くなり、全身が少しだけ青く輝いた。

   「どうかな?回復してる?」

メニュー画面のМPの数字は九九九になっている。

   「うん。回復してるよ」

   「あとは慣れる事だね。よーし、そろそろバグ探しでもするかー。早くしないとまた社長に怒られちゃうしね」

エイルは背伸びをしてから笑った。

その時、立ってられないほどの地震が起こり地面が海みたいに波打つ。

   「なんだ、急に。エイルしゃがんだ方がいいかも。倒れて怪我するよ」

ゲームの世界で怪我をしたところで現実で怪我をするわけではないし、回復魔法で直せばいい。

テュールに言われたエイルは一瞬戸惑いの表情を出すが、すぐに微笑んでしゃがもうとした時、エイルの後ろの地面が突如、口を開けるように割れた。

その穴は一瞬で大きく広がり、逃げる間もなくテュールとエイルの二人は吸い込まれるように地割れに落ちるがテュールは間一髪エイルの手を掴み、もう片方の手で断層から飛び出している岩を掴んだ。

下に目を向けると底は目視出来ないほどの深さまでになっている。

  「ありがとうテュール」

  「大丈夫だよ気にしないで」

アスフォデルスは重さなどは数値化していないのだろう。人一人を片手で支えているにもかかわらずテュールには何も掴んでないくらいの軽さだった。 

(重さもリアルだったらきっと二人とも落ちてたかもな)

テュールは考えて背中に冷や汗が垂れたような気がした。

ふと見ると妖精のソールはエイルの袖を両手で持ち、小さな羽を必死にはためいている。

(エイルが命じた?いや、そんな命令を言ったのは聞こえなかったぞ。ある程度の事は自動で判断するのか?やっぱり凄いなアスフォデルスは)

テュールは岩を持つ手に力を込めて上に上がる。

目線が断層から地上に出たとき、ニージはロボットみたいにフリーズしていた。

(えっーーー。エイルのソールは自分で動いてるのに僕の作ったニージは何で動かないんだ?やっぱり命令しないとダメなのかな?それともあらかじめ設定したプログラムがいるのか?)

テュールはエイルに聞いてみようと思いつつ更に手に力を入れて地上に上がろうとした時また地震が起こり、油断していたテュールはバランスを崩して穴に落ちそうになる。

  「ニージっっっ助けてーーー」

声に反応したニージはテュールの手を掴んだ。

  「ふぅ。危なかった」

(命令はすぐに実行に移すのか)

テュールはエイルを引っ張り、地面に下した。

   「この地震って何かのイベント?エイル何か知ってる?」

「ううん。私は何も知らないわ。でも危なく落ちる所だった。助けてくれてありがとうテュール」

エイルが言ったとき、無情にもテュールたちがいる場所ごと崩れ落ち、テュール、エイル、ソール、ニージの四人?は悲鳴をあげながら奈落の底に吸い込まれるように落ちていった。