ポケットWi-Fi充電切れのトラブルはあった美玲。しかし、誠一のポケットWi-Fiを使わせてもらえることになり、この問題はひとまず解決した。
 美玲達はゾロゾロとガイドの仁美について行き、シャルトル大聖堂へ向かう。

 石畳の広場から、改めて美玲はシャルトル大聖堂の姿に目を奪われた。
「皆さん、このシャルトル大聖堂は過去に火災に見舞われていて、三十年かけて再建された過去があります。よく見てください。右側が火災前の尖塔、左側が火災後に再建された尖塔です。右と左で雰囲気が違うことが分かりますよね。実は右側ロマネスク様式、左がゴシック様式。建築様式が違うんですよ」
 ガイドの仁美がそう解説してくれた。

 その後、ツアー参加者は皆思い思いにスマートフォンで写真を撮っている。
「あ、美玲さん、写真撮ってもらっていいですか?」
「うん、いいよ、穂乃果ちゃん。どの辺で撮る?」
「えっと〜、この辺で〜!」
 穂乃果に頼まれ、美玲は彼女のスマートフォンを受け取って写真を撮る。
「こんな感じでいいかな?」
 美玲はスマートフォンを穂乃果に返し、写真を確認してもらう。
「まあ……はい。ありがとうございました」
 穂乃果は若干微妙そうな表情であった。
 その後、穂乃果は「朱理ちゃ〜ん、写真お願いできる?」と朱理の方へ向かって行ったのである。
「あ! うん! 丁度こんな感じに撮って欲しかったんだ〜! 朱理ちゃんありがとう! 写真上手だね!」
 朱理に写真を撮ってもらった穂乃果は嬉しそうにはしゃいでいた。
 年下の朱理が大人っぽく見え、年上の穂乃果が子供っぽく見えた。

 その様子に、美玲の劣等感が刺激され、心に暗い影を落とす。

「私、写真撮るの下手なのかな……?」
 俯いて自嘲する美玲。
「じゃあ俺の写真撮って。きっと大丈夫だから」
 側にいた誠一は、優しい表情で自身のスマートフォンを美玲に渡した。
 美玲は言われるがままシャルトル大聖堂の前に立つ誠一の写真を撮る。
「うん、普通に上手いじゃん。きっとさっきの……えっと名前分かんないけど、あの子のこだわりが強過ぎただけだって」
 誠一はフッと笑った。
「ありがとう、中川くん」
 誠一の言葉により、少しだけ心が晴れたきがした。
「岸本さんも写真撮ろっか?」
「私はもう撮ったけど」
「シャルトル大聖堂だけのはな。岸本さんが写ったやつはまだだろ」
「いや、別に私のはなくていいよ。どうせ」
 死ぬつもりだしと言いかけてハッと口を押さえた美玲。
(いけない、つい口から出そうになった。死ぬためにフランスに来たとか言ったら絶対変な空気になるじゃん)
「……せっかくだし撮っとこうぜ。ほら、そこに立ってさ」
 誠一はひょいと美玲のカメラを起動したままのスマートフォンを取り上げた。
「ほら、岸本さん表情硬いぞ」
「ええ……これが精一杯の笑顔だけど」
「もっともっと、スマイルスマイル!」
 美玲はされるがまま、誠一に写真撮影をされた。

 スマートフォンには、荘厳なシャルトル大聖堂の前で少し硬い笑顔の美玲の写真が複数枚保存されるのであった。

 その後、シャルトル大聖堂に入る際に軽い手荷物検査があった。
 美玲はウエストポーチなどを体から外したのだが、ポーチのチャックが開いていたらしく、中身をぶちまけてしまった。
(やばい、どうしよう!?)
 美玲は焦って更に手を滑らして荷物を落としてしまう。
「岸本さん、落ち着いて」
 誠一が美玲の荷物や落としたウエストポーチの中身を拾ってくれた。
「ありがとう、中川くん」
 美玲は力なくお礼を言う。
「大丈夫だから。とりあえずこれで全部。もし足りないものとかあったら言ってくれよな。探すの手伝うから」
 誠一はニッと白い歯を見せた。
「うん……。ありがとう……」
 美玲は恥ずかしさで少し俯いてしまった。
 そして荷物を確認する。
「うん、大丈夫。これで全部」
「そっか。よかった」
 誠一は安心したような表情である。
 美玲のことなのに、まるで自分事のような誠一に対して美玲は少し不思議に思ってしまった。

 その後、ツアー参加者がいる場所まで追いついた美玲と誠一。
 一応最後尾に明美があるのではぐれることはなかった。
 シャルトル大聖堂の中に入るなり、すぐに見事なステンドグラスか美玲の目に飛び込んできた。バラ窓と呼ばれる有名なものである。
 薄暗い中でステンドグラスから射し込む光が幻想的な雰囲気を出している。
「このシャルトル大聖堂、十三世紀頃は巡礼地として栄えていまして、信者や巡礼者が数多く訪れました。この時期に大聖堂のステンドグラスや彫刻などの芸術作品も完成し、その美しさで知られるようになったんですよ」
 再び仁美がそう説明する。
 美玲は仁美の解説を聞きながら、バラ窓のステンドグラスに目を奪われていた。
 ステンドグラスに使われた深い青は「シャルトル・ブルー」と呼ばれている。
(綺麗……。こんなに綺麗なものがあるんだ……)
 美玲は表情を綻ばせ、スマートフォンでバラ窓の写真を撮った。
「岸本さん、こっちにもステンドグラスがかなりある」
 ほんの少しはしゃぐような誠一。
 その姿に美玲はクスッと笑う。
「本当だ……!」
 美玲は誠一が示したステンドグラスに目を奪われた。
 仁美曰く、これらは文字が読めないキリスト教信者に聖書を分かりやすく説明するために作られたそうだ。
「宗教的なことは全然分からないけど、すごく綺麗……」
 美玲はうっとりとステンドグラスを眺めていた。
「そうだな」
 誠一も満足そうな表情であった。

 美玲達は華やかさと厳かな雰囲気が入り混じるシャルトル大聖堂を楽しむのであった。

◇◇◇◇

 その後、シャルトルの街でお土産を買う美玲達。
(あ、このステンドグラスのブローチ綺麗。……でも高いなあ)
 そう思って手に取ってみたものの、値段を見て少し躊躇ってしまう美玲。
(いやいや、どうせ人生終わらせに来たんだし、あの世にお金は持って行けない。欲しいと思ったら買っちゃえ!)
 美玲はそう決意し、気になったものを片っ端から……と言ってもバッグに入る程度にステンドグラスのアクセサリーを買い漁った。
「大人買いだな。今円安だぞ」
 近くにいた誠一が驚く。
「いいじゃん。せっかくフランスに来たんだし。円安とか気にして欲しいもの買えずに後悔したくないもん」
 美玲はフッとと笑う。
「……そっか」
 誠一は苦笑した。その目が美玲を少し訝しげに見ていたことに、美玲自身は気付かなかった。
 その後、近くにあったスイーツのお店でチョコレートやマカロンも買い漁る美玲であった。