「俺さ、日本出国前とかはフランス到着直後は岸本さんがいること全然気付かなかった。それにしても懐かしいな」
シャルトルの街並みを歩きながらホテルへ戻る途中、誠一は明るく笑いながらそう言った。
「そうだね」
美玲はほんの少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
遠い異国フランスで、高校時代少しだけ親しかったクラスメイトに再会し、どこか安心していた美玲である。
「岸本さんは高校卒業後何してた?」
興味津々な様子の誠一。
「私は別に普通だよ。東京の私大の理工学部に入学してそのまま同じ大学院に進んだよ。で、その後就職。部品メーカーの研究開発やってる。中小企業だけどね。多分うちの高校からは割とありきたりの進路だよ」
美玲はフッと笑う。肩の力は抜けていた。
「そういや岸本さんも東京の大学だったんだな。てか、割とレベル高い私立じゃん」
誠一は嬉しそうに目を見開いていた。美玲の出身大学を聞き、尊敬の眼差しを送る。
美玲は「いやいや」と首を横に振る。
「大袈裟だよ。たまたま入試問題と相性がよかっただけだから。運よく合格しただけ。チャレンジ校だったし」
誠一に褒められて美玲は若干照れくさそうであった。
「運も実力のうちって言うだろ」
ハハっと笑う誠一。彼はそのまま言葉を続ける。
「実は俺も。東京の国立で、理工系に特化した大学だった。で、同じくそのまま院(大学院のこと)まで進んでその後は就職」
聞いた話によると、誠一は現在大手化学薬品メーカーの研究職に就いているそうだ。ちなみに勤務地は横浜で、職場近くに住んでいるらしい。
大学名や会社名を聞き、美玲は驚きと尊敬と少しの劣等感を誠一に抱く。更に、朱理と同じ横浜住みということにチクリと胸が傷む。
「すごいね、中川くんは。大学も就職先も私より上じゃん」
美玲自身は納得して今の会社に入社したのだが、やはり大手には憧れてしまうのだ。
「それにしても、高校卒業してもう十年も経ってるのによく私のこと気付くことができたね」
美玲は切り替えてそう返す。
「まあ、最初は気付かなかったけどさ。そりゃあ岸本さんは……」
ここで誠一は少し美玲から目をそらして口ごもる。
美玲はきょとんとしている。
「いや、岸本さん、高校時代の面影めちゃくちゃ残ってるからさ。あの時とあんまり変わんないぞ」
相変わらず美玲から目をそらしたまま、誠一は懐かしげに目を細め、口角をほんの少し上げた。
「何それ? 最初は私のこと気付かなかったって言ってたじゃん。変な中川くん」
美玲は面白そうにクスッと表情を綻ばせた。
「それはさ、ほら、日本から出るしその空気というか、ワクワクした感じに飲まれてたからさ。やっぱ海外行く時は毎回ワクワクすんだよなあ」
誠一は少し困ったように苦笑した。
「中川くん、海外結構行くんだ」
美玲は意外そうに目を見開く。
「まあな。大学の時初めて行った海外がエジプトで……」
そこで複雑そうに口ごもる誠一。
「中川くん? どうしたの?」
美玲は不思議そうに首を傾げる。
「いや、何でもない。それからエジプト以外にも、トルコ、大学の卒業旅行でスペイン、それから今ウクライナ侵攻で行けなくなったけど、ロシアとウクライナも行ったことある。それから、エストニアにも。コロナが世界的に流行る前は結構行ってた。学生時代はめちゃくちゃバイトして金貯めてさ」
ハハっと笑う誠一。
「すごい。結構行ってるね」
美玲はクスッと笑う。
「まあそれにしても、まさか同じツアーに岸本さんがいるだなんて全くの予想外。めっちゃくちゃ驚いた」
誠一はニッと白い歯を見せ、爽やかな笑みを浮かべた。
「それは私もだよ。高校時代のクラスメイトに会うとか思ってもみなかった。完全に予想外だったよ」
美玲はどこか穏やかな笑みである。
(そういえば、高校時代こんなに中川くんと話したことあったかな?)
美玲は高校時代を思い出す。
誠一とは高校二年の時の、物理の授業の実験でペアになり、その時初めて話した。その後はクラスでも少しだけ話す程度であった。それも大体は授業で出された課題などの業務連絡のようなもの。
美玲が誠一と少しだけ他愛のない話をする関係になったきっかけは、高校二年の物理の定期テストの時。
当時、美玲の隣の席の誠一が、消しゴムを忘れて焦っていた。美玲はそれに気付いて自身の予備の消しゴムを誠一に貸したのだ。「私、消しゴムは割とたくさん持ってるから、別に返さなくてもいいけど」と添えて。
その翌日、誠一は美玲に消しゴムを返してくれた。コンビニの新作のお菓子と共に。「昨日は本当に助かったからさ、そのお礼。岸本さんの口に合えばいいけど」と爽やかな笑みで消しゴムとお菓子を渡されたのだ。
美玲はその新作のお菓子のことが少し気になっていたので、ありがたくお菓子ごと受け取ることにした。
それ以降、美玲は誠一と少しではあるが他愛のない会話をする仲になった。時々お菓子の交換もしたりということもあった。
しかし、それだけの関係である。連絡先を交換することもない、ただ学校やその帰りだけで少し話す友人のようなもの。
高校卒業以降は全く会っていなかった。
「岸本さんはさ、何でこのツアーに参加したの? フランスとか興味あったから? それとも海外旅行の方に興味があるからとか?」
高校時代を回想していたら、誠一にそう聞かれてドキリとする。
「えっと、元々フランスに興味があって、行ってみたいなあって思ってたから」
決して、仕事で散々な目に遭い恋人にも浮気された挙句捨てられた末に、もう死んでやろうと思ってこのツアーに参加したとは口が裂けても言えない。
美玲は当たり障りのない理由で誤魔化した。
美玲のその目は、どこか遠くを見つめていた。
「……そっか。俺はさ、海外とか色々行って、観光とか、その土地にあるものを見たくてさ。それで、今回はフランスってわけ」
シャルトルの街を眺めながら、穏やかに笑う誠一。
「そうなんだね」
美玲は微笑む。
(まさかフランスで中川くんと再会するとはね。もしかして、神様が死ぬ前に懐かしい人に会わせてくれたとか? いや、まあ単なる偶然なんだろうけどさ)
美玲はぼんやりとそう考えながら、シャルトルの街を眺めていた。
シャルトルの街並みを歩きながらホテルへ戻る途中、誠一は明るく笑いながらそう言った。
「そうだね」
美玲はほんの少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
遠い異国フランスで、高校時代少しだけ親しかったクラスメイトに再会し、どこか安心していた美玲である。
「岸本さんは高校卒業後何してた?」
興味津々な様子の誠一。
「私は別に普通だよ。東京の私大の理工学部に入学してそのまま同じ大学院に進んだよ。で、その後就職。部品メーカーの研究開発やってる。中小企業だけどね。多分うちの高校からは割とありきたりの進路だよ」
美玲はフッと笑う。肩の力は抜けていた。
「そういや岸本さんも東京の大学だったんだな。てか、割とレベル高い私立じゃん」
誠一は嬉しそうに目を見開いていた。美玲の出身大学を聞き、尊敬の眼差しを送る。
美玲は「いやいや」と首を横に振る。
「大袈裟だよ。たまたま入試問題と相性がよかっただけだから。運よく合格しただけ。チャレンジ校だったし」
誠一に褒められて美玲は若干照れくさそうであった。
「運も実力のうちって言うだろ」
ハハっと笑う誠一。彼はそのまま言葉を続ける。
「実は俺も。東京の国立で、理工系に特化した大学だった。で、同じくそのまま院(大学院のこと)まで進んでその後は就職」
聞いた話によると、誠一は現在大手化学薬品メーカーの研究職に就いているそうだ。ちなみに勤務地は横浜で、職場近くに住んでいるらしい。
大学名や会社名を聞き、美玲は驚きと尊敬と少しの劣等感を誠一に抱く。更に、朱理と同じ横浜住みということにチクリと胸が傷む。
「すごいね、中川くんは。大学も就職先も私より上じゃん」
美玲自身は納得して今の会社に入社したのだが、やはり大手には憧れてしまうのだ。
「それにしても、高校卒業してもう十年も経ってるのによく私のこと気付くことができたね」
美玲は切り替えてそう返す。
「まあ、最初は気付かなかったけどさ。そりゃあ岸本さんは……」
ここで誠一は少し美玲から目をそらして口ごもる。
美玲はきょとんとしている。
「いや、岸本さん、高校時代の面影めちゃくちゃ残ってるからさ。あの時とあんまり変わんないぞ」
相変わらず美玲から目をそらしたまま、誠一は懐かしげに目を細め、口角をほんの少し上げた。
「何それ? 最初は私のこと気付かなかったって言ってたじゃん。変な中川くん」
美玲は面白そうにクスッと表情を綻ばせた。
「それはさ、ほら、日本から出るしその空気というか、ワクワクした感じに飲まれてたからさ。やっぱ海外行く時は毎回ワクワクすんだよなあ」
誠一は少し困ったように苦笑した。
「中川くん、海外結構行くんだ」
美玲は意外そうに目を見開く。
「まあな。大学の時初めて行った海外がエジプトで……」
そこで複雑そうに口ごもる誠一。
「中川くん? どうしたの?」
美玲は不思議そうに首を傾げる。
「いや、何でもない。それからエジプト以外にも、トルコ、大学の卒業旅行でスペイン、それから今ウクライナ侵攻で行けなくなったけど、ロシアとウクライナも行ったことある。それから、エストニアにも。コロナが世界的に流行る前は結構行ってた。学生時代はめちゃくちゃバイトして金貯めてさ」
ハハっと笑う誠一。
「すごい。結構行ってるね」
美玲はクスッと笑う。
「まあそれにしても、まさか同じツアーに岸本さんがいるだなんて全くの予想外。めっちゃくちゃ驚いた」
誠一はニッと白い歯を見せ、爽やかな笑みを浮かべた。
「それは私もだよ。高校時代のクラスメイトに会うとか思ってもみなかった。完全に予想外だったよ」
美玲はどこか穏やかな笑みである。
(そういえば、高校時代こんなに中川くんと話したことあったかな?)
美玲は高校時代を思い出す。
誠一とは高校二年の時の、物理の授業の実験でペアになり、その時初めて話した。その後はクラスでも少しだけ話す程度であった。それも大体は授業で出された課題などの業務連絡のようなもの。
美玲が誠一と少しだけ他愛のない話をする関係になったきっかけは、高校二年の物理の定期テストの時。
当時、美玲の隣の席の誠一が、消しゴムを忘れて焦っていた。美玲はそれに気付いて自身の予備の消しゴムを誠一に貸したのだ。「私、消しゴムは割とたくさん持ってるから、別に返さなくてもいいけど」と添えて。
その翌日、誠一は美玲に消しゴムを返してくれた。コンビニの新作のお菓子と共に。「昨日は本当に助かったからさ、そのお礼。岸本さんの口に合えばいいけど」と爽やかな笑みで消しゴムとお菓子を渡されたのだ。
美玲はその新作のお菓子のことが少し気になっていたので、ありがたくお菓子ごと受け取ることにした。
それ以降、美玲は誠一と少しではあるが他愛のない会話をする仲になった。時々お菓子の交換もしたりということもあった。
しかし、それだけの関係である。連絡先を交換することもない、ただ学校やその帰りだけで少し話す友人のようなもの。
高校卒業以降は全く会っていなかった。
「岸本さんはさ、何でこのツアーに参加したの? フランスとか興味あったから? それとも海外旅行の方に興味があるからとか?」
高校時代を回想していたら、誠一にそう聞かれてドキリとする。
「えっと、元々フランスに興味があって、行ってみたいなあって思ってたから」
決して、仕事で散々な目に遭い恋人にも浮気された挙句捨てられた末に、もう死んでやろうと思ってこのツアーに参加したとは口が裂けても言えない。
美玲は当たり障りのない理由で誤魔化した。
美玲のその目は、どこか遠くを見つめていた。
「……そっか。俺はさ、海外とか色々行って、観光とか、その土地にあるものを見たくてさ。それで、今回はフランスってわけ」
シャルトルの街を眺めながら、穏やかに笑う誠一。
「そうなんだね」
美玲は微笑む。
(まさかフランスで中川くんと再会するとはね。もしかして、神様が死ぬ前に懐かしい人に会わせてくれたとか? いや、まあ単なる偶然なんだろうけどさ)
美玲はぼんやりとそう考えながら、シャルトルの街を眺めていた。



