それから一年後、横浜のとあるマンションにて。
「ただいま」
 美玲が仕事から帰ってきた。
「お帰り、美玲」
 そう出迎えるのは、誠一である。
 半年前から美玲と誠一は横浜のマンションで同棲を始めたのだ。
「ご飯できてるけど」
「ありがとう、誠一。先に食べる」
 美玲はそう笑う。
「分かった。荷物置いたら準備手伝って」
「うん」
 美玲は頷き、荷物を置きに行く。
 誠一の方が帰りが早く料理が上手なので、料理は誠一担当である。
 その代わり、洗濯物は美玲が担当している。
「あ、今日麻婆豆腐なんだ。ご飯進みそう」
 美玲は誠一が作った麻婆豆腐を皿に入れる。
「おう。少し辛めだけど」
「辛いのは全然平気」
 美玲はクスッと笑う。

 夕食の準備ができたので、美玲と誠一は一緒に食べ始めた。
「そうだ誠一、今日のお昼に凛ちゃんから連絡あった。覚えてる? フランス旅行で一緒だったけど」
 麻婆豆腐を食べながら美玲は思い出したようにそう話す。
「ああ、覚えてる。早乙女さんだろ? いや、もう結婚してるから宮本姓になってたか。半年前……俺らが同棲し始めた頃に晃樹からも結婚したって連絡はきてた」
 口の中の麻婆豆腐を飲み込んだ誠一はフッと懐かしそうに笑う。
「そうそう。それで、凛ちゃんが旦那さんと一緒に再来週横浜に旅行するみたいでさ。会わないかって連絡があったんだ。誠一の方は旦那さんの方から連絡きてたりする?」
「いや、今日の昼はなかった。でも美玲の方に連絡きてるってことは多分俺の方にもそろそろ連絡くると思うな」
 楽しそうに笑う誠一。
「そうだね。予定調整しておかないと。それとさ、同じくフランス旅行で一緒だった朱理ちゃんは覚えてる?」
 美玲も楽しそうに笑う。
 朱理とも定期的に連絡を取っていた。
「ああ、瓜生さんか。あのフランス語ペラペラだった」
 誠一は思い出したようにハッとする。
「うん。あの子も今度結婚するんだってさ」
「へえ、めでたいな」
 誠一は目を丸くしている。
「うん。朱理ちゃんも横浜だし、近いから会いに行こうかなって思って」
 楽しそうに笑う美玲。
 死のうとした時とは違い、すっかり自分の人生を取り戻した表情である。
「そっか。もしかして、宮本夫妻と一緒に会うとか?」
「うん。朱理ちゃんの彼氏……というか、旦那さんになるのか。その人も含めてワイワイやるのも楽しそうかなって思って」
「当然俺もそのワイワイやるメンバーに含まれてると」
「まあね」
 明るく笑う美玲。
「そうだよな。楽しそうだし当然行く」
 ニッと白い歯を見せる誠一である。
「それとさ……」
 誠一は改まって美玲を見る。
「何?」
 きょとんとする美玲。
「瓜生さんの件に便乗するわけじゃなくてさ……元々今日言おうとしてたけど……」
 少し緊張気味に口ごもる誠一。
「いや、だったら麻婆豆腐とかじゃなくてもっと特別感ある料理作って雰囲気出せって感じではあるけどさ……」
 誠一は緊張した面持ちで頭をポリポリとかく。そしてまっすぐ美玲を見つめる。
「美玲、俺達結婚しないか?」
 その言葉に、美玲は目を大きく見開いた。
 結婚を意識していなかったわけではない。誠一とならば、とも思っていた。
 美玲はゆっくりと首を縦に振る。
「私でよければ、末長くよろしく」
 穏やかで、嬉しそうな表情の美玲だった。
 その答えに、誠一の表情がパアッと明るくなる。
「よかった。実は今日ずっと緊張してた。美玲に断られたらどうしようかって不安でさ」
 肩の力が抜けて安心する誠一だ。
「断らないよ。誠一となら、この先ずっと一緒にいてもいいかなって思ってたし」
「ありがとう、美玲」
 誠一は美玲の手を握る。
「こちらこそ、ありがとう。誠一」
 美玲は柔らかな表情だ。
「美玲のご両親にも挨拶に行かないとな」
「そうだね。私も中川くんのご両親に挨拶に行かないと。それとさ……」
 美玲はまっすぐ誠一を見る。
「新婚旅行はエジプトなんてどう?」
 まっすぐ、包み込むかのように柔らかな目の美玲。
 誠一は目を見開く。
 大学一年が終わる二月以来、誠一はまだエジプトには行けていなかったのだ。
「そうだな」
 誠一は穏やかに微笑んだ。
「美玲と行くエジプトなら、きっと大丈夫だ」
 誠一のその表情は、力強さを感じた。
「よかった。私はエジプト行ったことないから、楽しみ」
 ふふっと笑う美玲。
「エジプトはめちゃくちゃいいぞ」
 ニッと白い歯を見せる誠一。
「美玲に色々解説したいわ。まだエジプトでガイドさんが言ってたこと覚えてるし」
 ドヤ顔の誠一である。
「誠一のガイドも楽しみにしてる。それから、エジプトだけじゃなくてさ、これからもどんどん海外旅行楽しもうよ」
「おう。いいな、それ。パスポートに各国のスタンプ集めるの、結構楽しいぞ」
 ワクワクとした表情の誠一。
「うん。私、フランスのスタンプしかないから他の国にも行ってスタンプ集めたい」
 美玲もワクワクとした様子だ。

 二人の人生はこれからも続いていくのである。