フランス六日目、この日は一日中自由行動だ。
 朝食を食べ終えた美玲は荷物を整理し、ロビーで待っていた誠一と合流する。
「遅くなってごめんね。お待たせ、中川くん」
「いや、気にするなよ。そんな待ってないから大丈夫」
 最終日、一緒に行動しないかと誠一から誘われていたのだ。
「もう私、セーヌ川クルーズ以外何も考えてないよ。パリは一昨日で見たいものは見ることできたし。あ、昨日朱理ちゃんから教えてもらったカフェ……なのかレストランなのか分かんないけど、そこのミルフィーユは食べてみたいかも。それと、せっかくだしパン屋巡りしたい。あれ? 何も考えてないけど何かやりたいこと次々出てくる」
 美玲は楽しそうに笑う。
「おう。店の名前聞いてるし、場所も調べたらから大丈夫。午前中空いてそうだったらまずはその店に行くか。セーヌ川クルーズは夕方とか夜の方がいいかもな。何か添乗員の斉藤さんが言ってたけど、エッフェル塔が夜の九時とか十時にライトアップされるらしいぞ」
 誠一はフッと頼もしげに笑うのであった。
 その表情に、美玲はやはりドキッとしてしまう。
「……ありがとう、中川くん。じゃあクルーズは夜だね。まあ夜って言ってもフランスはまだ明るいけど」
 美玲は少しだけ頬を赤く染めて微笑んだ。
「だな。パン屋巡りは……地図アプリ見ながら調べるか。何かこういうマークがあったらそこのクロワッサンは大会の賞とった経歴ありってことらしいぞ」
 誠一は美玲に自身のスマートフォンの検索ページに出てきた画像を見せる。
「そうなんだ。じゃあそのマークがあるパン屋探そうかな」
 美玲はワクワクと目を輝かせていた。
 その表情を見た誠一は、嬉しそうである。
 こうして、美玲と誠一のぶらりパリ歩きが始まるのであった。

◇◇◇◇

「……何これ?」
 美玲は目の前の光景にギョッとした。
 早速のトラブルである。
「ああ……地下鉄の券売機、故障してるっぽいな」
 誠一はフランス語で書かれた張り紙が貼られている券売機を見て苦笑する。
 券売機は二台あるのだが、どちらも使えないようだ。
 ホテル最寄りの地下鉄駅の券売機が故障し、駅員がいる場所にそこそこ長蛇の列ができていたのだ。
「まあこれは仕方ない。並んで切符買おう」
「そうだな」
 こればかりはどうしようもないので、美玲と誠一は諦めて並ぶことにした。

 何とか地下鉄の切符を買うことができた二人。そのまま目的地の方面の地下鉄に乗った。
 一昨日地下鉄に乗った時、手動のドアの開け方を覚えたので、今回は戸惑わずに乗ることができた。

「改めてさ、パリの街並みって何かお洒落だよね」
 地下鉄から降り、駅を出た美玲はパリの街並みを見渡す。
「まあ、確かにそうだな。日本とは違った雰囲気だ」
「うん。日本にも東京とか横浜とか神戸とか、お洒落な街はあるけど、それとは違うお洒落さがある」
 美玲はそう笑い、自身のスマートフォンでパリの街並みの写真を数枚撮る。
「岸本さん、パン屋、この近くだけど、早速行くか?」
 誠一がパリの街に夢中な美玲にそう呼びかける。
「うん」
 美玲は満面の笑みであった。

「んー! 美味しい!」
 サクサクの生地、ふわりと鼻奥を掠める香ばしいバター、ほのかな甘み。
 早速クロワッサンを買った美玲は、ベンチに座り舌鼓を打っていた。
「確かにクロワッサンの大会の賞を取ったって言われても納得できる味だな」
 誠一も目を見開き、クロワッサンを堪能していた。
「でも今食べ過ぎたらミルフィーユ、食べられなくなるぞ」
 誠一は隣でクロワッサンを食べる美玲を見て苦笑した。

◇◇◇◇

 続いて美玲と誠一は一昨日朱理と穂乃果が夕食を取ったレストランに行った。
 ランチやカフェメニューもかなり充実している。
「わあ……豪華……」
 美玲はそのインテリアに圧倒されていた。
 高級感あふれる空気が漂っていた。
 普段なら絶対に気後れしてしまうが、せっかくフランスに来ているのだから目一杯楽しもうと、案内された席へ進むのであった。
「めちゃくちゃ高級感あるからドレスコードとか必要かと思ったけど……そうでもないな」
 誠一は周囲の人のカジュアルな服装を見てホッとしていた。
 その後、美玲はミルフィーユと紅茶を注文し、特別感ある雰囲気を楽しむのであった。

 白く洗練された皿に乗った、美しく層を重ねたミルフィーユ。薄く繊細なパイ生地と濃厚なカスタードクリームが交互に重なり、表面は艶やかである。
 美玲はそっと用心深くナイフで一口分切り、口へ運ぶ。
 口の中に広がる甘さとバターの香り。サクサクとした食感。
 美玲は大きく目を見開き、表情を輝かせた。
「すごい……美味し過ぎる……!」
「そっか」
 誠一はコーヒーを一口飲み、見守るかのように美玲を見つめていた。

 スイーツと高級感あふれる空間を楽しむ二人であった。

 会計を済ませ店を出ようとした時、見知った顔を見かけた。
「あれ? 凛ちゃんだ」
「ああ、美玲ちゃん。もしかして、今出るとこ?」
 美玲は入り口で凛子を見かけて声をかけた。彼女の隣には晃樹もいる。
 凛子も美玲を見るなり表情を明るくする。
「うん。ミルフィーユ、美味しかったよ」
「そうなんや。私も頼もかな。今お店着いたとこやねん。楽しみやわ」
 ふふっと笑う凛子。
「誠一は今日も岸本さんと行動なんやな」
「まあな」
 晃樹の言葉にフッと笑う誠一。
「この後どこ行く予定なん?」
「まあパン屋巡りとか、パリをぶらぶらする予定。実は割と無計画なんだよ」
 誠一はハハっと笑いそう答えた。
「気ままにぶらぶらするのも楽しいよな。日本にはない景色見ることできるしさ」
 晃樹も同意していた。

 少しだけ四人で話した後、美玲と誠一は店を出て再びパリの街をぶらぶらと巡るのであった。