次は噴水庭園の散策と昼食、その後大トリアノン宮殿と小トリアノン宮殿を見に行くのだが、現在はトイレ休憩の時間である。
「そういえば、フランス革命で処刑されたのってルイ何世でしたっけ?」
 ふと穂乃果が首を傾げている。
「ルイ十六世ですよ」
 朱理がおっとりとそう答える。
「ああ、十六世か〜。確か、死ぬ前に『お前もブルータスか』って言ってた人だっけ?」
 穂乃果がきょとんとしている。
「え……」
 朱理は少し引き気味だ。
「穂乃果ちゃん、それ絶対違うよ」
 美玲は高校時代に習った世界史を思い出そうとしていた。
「穂乃果ちゃん、それイタリア……と言うか、古代ローマのカエサルやな」
 凛子が苦笑しながら答える。
「それとさ、『ブルータス、お前もか』やな。『お前もブルータスか』やとブルータス何人おんねんってなるやん」
 隣で晃樹がそう爆笑している。
「確かに言われてみればそうだよな」
 誠一も笑いながら同意する。
 もうツアー終盤で、すっかり参加者達は打ち解けていた。

◇◇◇◇

 ベルサイユ宮殿にある、広大な噴水庭園。
 緑の絨毯のような芝生が遠くまで続いている。
 左右対称の平面的な幾何学的作りはフランス式庭園の特徴である。
「皆さん、この庭園はただの庭園ではありません。芸術と自然の融合なんですよ」
 仁美の説明に、美玲は納得していた。
(確かに、ただの庭園じゃない。自然も感じられて、見ても楽しい)
 美玲はクスッと笑い、写真を撮るのであった。

 その後、ベルサイユ宮殿内のレストランで昼食を取る美玲達ツアー参加者。
「仁美さんって、フランスでもヒトミって呼ばれてるんですか? スペルで言えば、H、I、T、O、M、Iじゃないですか。フランス語ってHの音は発音しないからどうなのかなって思ったんです」
 食事中、朱理がガイドの仁美に素朴な疑問をぶつけていた。
「ああ、夫や仲のいい人達にはちゃんとヒトミって呼ばれますよ。ただ、やっぱりフランス語はHの音を発音しないから、初対面の人にはイトミって呼ばれますね」
「そうなんですね」
 朱理は納得したように頷いていた。
「確かフランスってHをエイチじゃなくてアッシュって呼んでましたよね。私動画で見てびっくりしちゃいました」
 佳奈が炭酸水を飲み、そう言った。
「え? Hをアッシュって言うんですか?」
 美玲もそれには驚いていた。
「はい。せっかくだから少しはフランス語を勉強しようって思って、悠人と動画を見たんですけど、アルファベットでギブアップでした」
 佳奈は苦笑している。
「英語ですら微妙なのに、フランス語なんて分かるわけないですよ。Vはフランス語ではヴェ。そしてWはドゥブルヴェ……Vを二つに見立ててこう言うなんてもうめちゃくちゃです」
 悠人も苦笑していた。
「僕も大学時代第二外国語フランスってだったのでアルファベットから苦労の連続でした」
 宗平も苦笑して自らの大学時代を思い出していた。
「でも英単語も時々フランス語から輸入してきた系のやつもありますよね」
 誠一も会話に加わっている。
「フランス語から借用しているものですよね。実は英語のmountain……山もフランス語から来ているんですよ」
 添乗員の明美がそう説明すると、皆目を丸くして驚いていた。
「フランス語、奥が深いなあ」
「そうですねえ」
 年配夫婦の松本夫妻、茂と貴子が穏やかに笑っていた。
 昼食は和気藹々とした雰囲気であった。

◇◇◇◇

 昼食後はトラムで大トリアノン宮殿へ移動した。
 大トリアノン宮殿はベルサイユの壮麗さとは異なり、静かで親しみやすい雰囲気に包まれていた。
(何と言うか、ベルサイユ宮殿と比べるとシンプル。だけどやっぱり高級感はあるなあ)
 優雅なシンプルさがある大トリアノン宮殿。美玲はこちらにも心を奪われていた。
「この大トリアノン宮殿は、ルイ十四世が愛妾……要は愛人のことですけど、愛妾のモンテスパン夫人と密会するために建てられたんですよ」
 仁美がそう解説する。
 確かに愛人と密会するのならベルサイユ宮殿のような豪華絢爛な場所ではなく、シンプルで落ち着いた場所の方がいいかもしれないと美玲は思うのであった。

 柱の回廊ゆっくりと歩く美玲達。
 その名の通り、繊細な柱が並ぶ回廊である。ピンク色の大理石が特徴的だ。そこから見える庭園も、フランス式の幾何学的で美しかった。

 大トリアノン宮殿を回った後、再びトラムで小トリアノン宮殿へ向かった美玲達。
 五分程で到着した。
「小トリアノン、プティ・トリアノンとも呼ばれているこの場所は、ルイ十五世が愛人のポンパドゥール夫人のために建てたものでした。その後、ルイ十六世の妻で王妃だったマリー=アントワネットが堅苦しい宮廷生活から逃れるために使っていたそうです」
 仁美がそう解説する。
 落ち着いた上品さのある宮殿である。
 小トリアノン宮殿の王妃の寝室はベルサイユ宮殿のものとは異なり、豪華ではあるが落ち着いた雰囲気だった。
 その他にも、いろいろな部屋を回る美玲達。
 更には王妃の村里まで足を伸ばしていた。
 のんびりとのどかで可愛らしさのある雰囲気。
 美玲は深呼吸をし、その空気を全身に感じていた。

 ルーブル宮殿に比べると歴史は浅いが、それでもかつてフランスの中心地だったベルサイユ宮殿。
 一番行きたかった場所だったので、この日美玲は精一杯楽しんでいた。