「ああ、これ美味しい。牛肉が柔らかい」
 美玲は目の前に出された牛肉のプロヴァンス風蒸し煮に舌鼓を打っていた。
 牛肉の旨味、トマトの酸味、ハーブの香りが絶妙に混ざり合い、美玲は満足そうに頬を緩める。
「確かに、美味いな」
 美玲の隣にいた誠一も料理に夢中であった。バゲットにソースを付けて食べている。

 南フランスのプロヴァンス地方から、太陽の恵みをたっぷり受けた食材を取り寄せてふんだんに使用した料理を提供するこのビストロ。観光客にも人気の店である。

 現在美玲達ツアー参加者はビストロで昼食中である。

「何か二日目はエスカルゴとか鯛のポワレとかクレームブリュレで、これぞテレビとかで写真でよく見るフランス料理みたいな感じだったけど、今日のはまたちょっと違った感じがするね」
 美玲はロワール地方で食べた昼食と比べていた。
「南フランスとか、プロヴァンス地方ってイタリア料理とか北アフリカ料理から結構影響受けてるみたいやからね」
 メインの牛肉の蒸し煮を食べた凛子は、炭酸水を飲みながらそう笑う。
「ニースで食べていた料理もこんな感じでした」
 朱理はそう言いながら、品よくナイフで牛肉を切って食べている。慣れた仕草が本当にお嬢様だ。
「フランス料理っていっぱいあるんですね〜。どれも美味しいです。量は結構多いですけど。あ、そういえば、バームクーヘンってフランスのお菓子でしたっけ?」
 穂乃果が牛肉を頬張りながらへにゃりと笑った。
「バームクーヘンはドイツですよ。フランスのお隣です」
 美桜が苦笑する。
「確かに量は多めだよね。私、昨日のお昼ちょっとだけ残しちゃった」
 菫が困ったように笑っていた。
「ああ、日本の感覚だと残すのは申し訳ないと思ってしまいますけど、フランスでは多ければ残しても大丈夫ですよ。自分の胃を守るためのことですからね」
 明美が菫の罪悪感を消すかのように、やんわりと微笑んだ。

 パリのビストロで昼食を取った後、美玲達はバスで美術館に向かった。

◇◇◇◇

「はい皆さん、ここがよくテレビやガイドブックなどで見る景色ですね」
 美術館に向かう一行(いっこう)だが、先頭の仁美が一旦立ち止まった。
 美玲達がいるのはナポレオン広場。
 広場中央付近に、かの有名な大きなガラスピラミッドがある。
「うわあ、本物だ」
「テレビとかで見るのと同じやつだ」
 新婚夫婦の佳奈と悠人が足を止める。
「まずは美術館に入りますので、写真は自由行動の時にじっくりとお撮りいただけますよ」
 最後尾から明美がツアー参加者達にそう呼びかけた。

◇◇◇◇

 簡単な手荷物検査を受けて、美術館に入った美玲達。
 仁美の話によると、実はこの美術館、元は宮殿だったそうだ。美術館の地下に宮殿として使われていた跡が残っていた。厳かな雰囲気が広がっている。

 いよいよ本格的な美術館見学スタートである。
 中学校の美術の教科書で見たことがあるような彫刻が展示してある部屋を一旦通り過ぎ、フランスの王族が使っていたとされる王冠やティアラが展示してある場所へ向かった。

 そこは、何とも煌びやかな空間だった。
 中央のガラスケースに豪華な王冠やティアラやアクセサリーなどが展示してある。
 それだけでなく、壁や天井には厳かな絵が描かれていたり、意匠が凝らされた模様が彫られたりしていた。
 ガラスケースの前には大勢の観光客が群がって写真を撮っていた。
 皆、豪華な品に夢中になっていた。
「お姉ちゃん、すごいね。フランスの王族達、こんな豪華なものを着けてたんだ」
「うん、そうだね。細部まで凝ってる」
 神田姉妹の菫と美桜が美玲の隣でそう話していた。妹の菫は目をキラキラと輝かせている様子だ。
(うわあ、結構宝石とか使われてるなあ。めちゃくちゃ豪華じゃん。でも、何か重たそう……)
 美玲はガラスケースの中に展示されている王冠を自身のスマートフォンで撮影しながらそう感じた。
 説明文はフランス語と英語でしか書いていないので読めなかった。

 その後仁美の後に続き、様々な宗教画や様々な絵画が飾られた部屋に移動するツアー参加者一行(いっこう)
 仁美から宗教画の条件など聞くのだが、宗教的なことはさっぱりの美玲である。
 朱理は熱心に仁美の解説に頷いたりしていた。
「宗教……キリスト教とかは日本人にはあんまり馴染みないからよう分からんよなあ」
 美玲の隣で凛子が呟く。
「うん。そうだよね。私も全然分かんない」
 美玲はあまり分かっていないのが自分だけではないと気付き、少しだけホッとしていた。
 美玲達はゆっくりと進み、絶対に中学校の美術の教科書に載っているような有名な絵画が展示してある部屋までやって来た。
 世界的にも有名な絵画なので、観光客でごった返している。特に、中国人の団体観光客達が我こそはとグイグイ前に行こうとするので、絵画前は色々とカオスな状況である。
 フランス・パリ在住の仁美と、添乗員としてフランスに慣れている明美曰く、「スリの温床だからくれぐれも気を付けるようにしてくださいね」とのことだ。
(うん……。教科書とかに載ってる有名なやつだ……)
 人混みの中、自身の荷物を盗まれないように守るなどして、色々とそれどころではない美玲。そんな感想しか出てこなかったのである。せっかくなので記念に一枚だけ写真に撮るのであった。
 大きなキャンバスに描かれた厳かな絵画などの解説を聞きながら、ゆっくりと歩く美玲。

 そして最初の彫刻が展示してある部屋まで戻って来た。
 世界的に有名な、紀元前二世紀頃に古代ギリシャで作られたと言われる彫刻。両腕がないことには今でも色々な説がある。
 次に、ギリシャ神話に登場する勝利の女神の彫刻の前で立ち止まる。美しい翼を持つ彫刻なのだが、頭と腕がないのが印象的だ。仁美曰く、某世界的有名なスポーツブランドの会社名はこの勝利の女神の名前にちなんで付けたそうだ。
「おお! 俺が今履いてる靴のやつやな」
 晃樹が彫刻と自分の靴を交互に見ていた。
「その話、何かのクイズ番組で見たことがあったかも……」
 晃樹の隣で宗平がポツリと呟いた。
 美玲はただ黙って彫刻を見ていた。

◇◇◇◇

 美術館から出た美玲達はミュージアムショップでお土産を選んでいた。
 絵画がプリントされたTシャツやトートバッグ、そしてエッフェル塔のキーホルダーなどが販売している。
(まあせっかくだし、せめて記念に買おうかな)
 美玲はTシャツ、トートバッグ、そしてエッフェル塔のキーホルダーを購入することにするのであった。