「岸本さん? どうかしたか? さっきからボーッとしてるけど」
 誠一が美玲の顔を心配そうに覗き込む。
 美玲はハッとした。
「あ、いや、大丈夫」
 ハハハと笑う美玲。
「美玲さん、ご無理はなさらないようにしてくださいね」
 正面にいる朱理も少し心配そうだ。
「うん。ありがとう、朱理ちゃん」
 美玲は苦笑した。

 その後、昼食を終えた美玲達は、バスに乗り込みモン・サン=ミッシェルから少し離れた場所で降りた。そこからはシャトルバスでモン・サン=ミッシェルがある島の入口へ向かう。

「わあ! 悠人、見て! モン・サン=ミッシェルがどんどん近付いてくる!」
「早く写真撮りたいな。それに、中がどうなってんのか気になる」
 相変わらずキラキラしたオーラの高橋悠人、佳奈の新婚夫婦だ。

「モン・サン=ミッシェル。あいつが一番行きたがっていた場所だ……」
「父さん、暗くなんなって。楽しむために来たんだろうが」
 今岡親子である。亡き妻を思いしんみりする隆に対し、息子の圭太が元気を出すよう肩を叩いた。

「貴子、確かかなり前にもモン・サン=ミッシェルは来たことあったか?」
「茂さん、多分それ四十年前くらい前に新婚旅行で行ったイギリスのセント・マイケルズ・マウントと勘違いしてますよ。似てるって言われてますからね」
「おお、そうだった。そういやイギリスにも行ったな」
 松本茂、貴子夫妻だ。
 そして茂が近くにいた宗平に話しかける。
「君はモン・サン=ミッシェルは初めてか?」
「はい。フランス自体初めてですから。だから、とても楽しみです」
 宗平は朗らかに笑った。

 美桜と菫の神田姉妹、穂乃果、晃樹と凛子のカップル、朱理も楽しそうである。

「何かワクワクするな」
 誠一はシャトルバスの車窓からモン・サン=ミッシェルを見ながら美玲にそう声をかけた。
「うん」
 美玲はそう頷いた。

◇◇◇◇

 シャトルバスから降り、橋を渡っている。
 モン・サン=ミッシェルの島がどんどん近付いてきている。
 美玲や他のツアー参加者は、歩きながら写真を撮っていた。
 いざ島の入り口に到着すると、立派で厳かな修道院がそびえ立っている。
「さあ皆さん、この辺でどうぞご自由に写真をお撮りください」
 明美にそう言われ、皆再び思い思いに写真を撮る。
「あの、すみません。写真お願いできますか?」
 美玲にそう頼んだのは、今岡親子の息子・圭太である。
「はい、いいですよ。お二人でですね」
 美玲は圭太から彼のスマートフォンを受け取る。
「ほら、父さんも笑顔。笑わないと母さん心配するだろ」
 圭太はやれやれと言うような感じである。
「じゃあ撮りますよ」
 美玲はモン・サン=ミッシェルを背景に、今岡親子の写真を数枚撮影した。
「ありがとうございます。うん。父さんもまあまあいい表情。妹も父さんのこと心配してたぞ」
 圭太は写真を見て満足そうな表情である。
「岸本さん、写真撮らなくていい?」
 そこへ、誠一がやって来た。
「うん、じゃあお願い」
 美玲は誠一に自身のスマートフォンを手渡し、写真を撮ってもらった。
「中川くんは写真いいの?」
「ああ、俺はさっき瓜生さんに撮ってもらった」
 ハハっと笑う誠一。
「朱理ちゃんか……」
 美玲は少し複雑な気持ちになった。
 朱理は今、神田姉妹の妹・菫に穂乃果とのツーショットを撮ってもらっている最中である。
(まあ同じ横浜から来た者同士だし、楽しそうに話してたもんね。うん、中川くんと朱理ちゃん、お似合いじゃん。私は帰国したら死ぬ予定だし、それでいいじゃん。別にモヤモヤする必要ない)
 美玲は自嘲気味に口角を上げた。
「あ、美玲ちゃん、一緒に写真撮ろう」
 そこへ、さっぱりと明るい笑みの凛子がやって来た。
「あ、うん」
 美玲は誠一に凛子とのツーショットを撮ってもらう。また、美玲、誠一、晃樹、凛子の四人でモン・サン=ミッシェルを背景に写真を撮った。
 美玲はチラリと長身の凛子の横顔を見上げる。
(凛ちゃん……せっかく知り合って仲よくなったけど、私が死ぬ選択をしたら、きっと悲しませることになるよね……)
 ほんの少し、自分の決意に迷いが生じる美玲であった。

◇◇◇◇

「さて皆さん、今日のガイドのアルマさんです」
 島の入り口にて、明美はツアー参加者にガイドのアルマを紹介した。フランス生まれ、フランス育ちだそうだ。

 アルマを先頭に、美玲達ツアー参加者一行(いっこう)は島へ入る。
「それから皆さん、こちらはお手洗いなのですが、使用する時に一ユーロかかります。一応島の中にも無料のお手洗いはありますが、そちらは何と鍵がなくて危険です。有料だとしても、なるべくこちらを使った方が安全ですよ」
 明美にそう言われ、美玲はギョッとする。
「鍵がないトイレって……」
「びっくりですよね」
 美玲の隣にいた佳奈も引き気味の表情だった。

 その後、進み出す一行(いっこう)
 フランス語が話せる朱理はガイドのアルマと何やら楽しそうに会話している。
 そしてモン・サン=ミッシェル麓の小さな町を歩き始めた。
 こぢんまりとした町だが、多くの観光客で賑わっている。
 アルマ曰く、今この町に登録されている住民は四十人くらいしかおらず、全員が修道士か修道女らしい。
 つまり、美玲達を含め、町にいる者達はほぼ観光客で間違いない。
「うわあ、すごいね。ガイドブックとかでよく見るやつだ。お姉ちゃん、写真撮っといたら?」
「うん。そうしとく」
 楽しげに周囲を見渡す神田姉妹。
「きゃっ」
 その時、穂乃果がつまずいてドタっと派手に転んでしまう。
「あらら、穂乃果ちゃん、大丈夫?」
 妹の美桜がすぐに穂乃果に駆け寄る。
「大丈夫ですか? 荷物とか落としてないですか?」
 姉の菫も穂乃果を気遣いながら周囲に荷物が落ちていないか見渡した。
「大丈夫です。ありがとうございます」
 穂乃果はへへッと笑いながら立ち上がった。
「坂口さん、怪我とかないですか?」
 明美も穂乃果の元へ向かう。
「はい、全然」
 穂乃果はへにゃりと笑う。大丈夫そうである。
 美玲はそれを横目に町並みを眺めていた。
(うん、とりあえずフランスにいる時は何も考えない。今を楽しむことだけに集中しよう)
 美玲はそう決めるのであった。