シャンボール城内部、一番の見どころはやはりレオナルド・ダ・ヴィンチが設計に関わったと言われている二重螺旋階段である。この二重螺旋階段、相手に出逢うことなく、三階まで上り下りができるようになっているのだ。
 それぞれツアー客達は二ヶ所に別れて二重螺旋階段を上る。
「すげえな。向こうに斉藤さんがいるのに全然すれ違わない」
 誠一が興味深そうに呟く。
「そうだね」
 美玲はそれに同意し、シャンボール城内部の設計などをじっくり見ながら歩いていた。
「あ、おーい、お姉ちゃん。全然すれ違わないね写真撮るよ」
「ええ、菫、別にいいよ」
「何言ってんの。せっかく来たんだからさ」
 それぞれ別の階段を上っている神田姉妹が楽しそうにそんなやり取りをしていた。
「凛ちゃんの姿は見えるのに全然すれ違いすらせんな」
「ほんまやな」
 晃樹と凛子もそれぞれ別の階段を上ってすれ違わないことを楽しんだりシャンボール城内部の造りやお互いの写真を撮っていた。
 他のツアー参加者も、シャンボール城の二重螺旋階段を楽しんでいた。

 二重螺旋階段を最後まで上った後は、シャンボール城の部屋を見学する。
「実はこのシャンボール城はですね、建築に二十年かかっています。そしてですね、このお城は狩猟の際の短期滞在を目的として建造されたので、フランソワ一世が滞在したのは何と通算七週間だったんですよ」
(こんなに広いお城に七週間だけしか滞在しなかったの!? とんでもない贅沢品じゃん!)
 仁美の解説に、美玲は驚いていた。

 その後、豪華な調度品が揃えられた部屋や、シャンボール城内の礼拝堂を見学した。
 フランソワ一世の紋章は火トカゲらしく、シャンボール城内のあちこちに火トカゲの飾りやマークがあった。
(本当にすごい……)
 荘厳で煌びやかなシャンボール城をじっくり見た美玲。フランス観光序盤にも関わらず、美玲の中には満足感が広がっていた。
「もう死んでもいいかも……」
 ついポツリと呟いてしまい、ハッと口を塞ぐ。
(誰にも聞かれてないよね……?)
 美玲はキョロキョロと周囲を見渡す。しかし、周囲のツアー参加者達は美玲の発言など聞こえていないようである。隣にいる誠一も、シャンボール城を眺めているだけである。
(よかった、誰にも聞こえてなかったみたい)
 美玲はホッとした。

 ツアー参加者達は仁美について行き、広いテラスまで出た。テラスからは広大な庭園を見ることができる。
 天気が少し曇り始めているが、何とか雨は降っていない。
 ここでも皆それぞれのスマートフォンでパシャパシャと写真を撮っていた。
「岸本さん、撮るぞ」
 ここでも誠一が写真を撮ってくれた。

◇◇◇◇

 その後、お土産売り場へ向かい、ツアー参加者はそれぞれ重い思いにお土産を選んでいる。
(あ、チーズだ)
 美玲はスマートフォンの翻訳アプリを起動し、チーズの説明書きの日本語訳を読む。
 誠一がポケットWi-Fiを使わせてくれているので、翻訳アプリを使うことができた美玲である。
(へえ、ロワール地方の名産品なんだ。せっかくだし、ホテルで食べてみようかな。もう欲しいものはどんどん買っちゃえ)
 美玲は値段を見ずに気になったチーズをかごに入れるのであった。
 更に、シャルトル大聖堂の時と同じように、気になったお菓子やアクセサリーを、バッグに入る範囲で片っ端からカゴに入れる。
「岸本さん本当大人買いだな。次のクレカの請求額とか怖くないの?」
 誠一が苦笑した。
「いいのいいの。せっかくフランスまで来たんだし。気になったものを買わなくて後悔とかしたくないから」
 美玲はクスッと笑った。
「まあ……確かにそうだけどな」
 誠一はどこか意味ありげな表情であった。美玲はそれに気付いていない。

「うわあ! 外見てください! 雨です〜!」
「あらら、降ってきたんですね」
 店の中で穂乃果と神田姉妹の姉・美桜の声が聞こえた。美玲と誠一は店の外に目を向ける。
 いつの間にか、外は雨が降り出していた。
「わあ、結構降ってる」
 美玲は驚く。
 雲行きは少し怪しかったが、こんなに早く降るとは思っていなかったのだ。
「やっぱりフランスも天気変わりやすいんだな。調べたけどドイツとかイギリスもそうらしいぞ。晴れてると思ったら急に雲行きが怪しくなって雨が降ってきたりさ。ヨーロッパ全体がそうなのかもな」
 誠一がそう考え込んでいた。
「そっか。念のために折りたたみ傘持ってきておいて正解だったね」
 美玲はバッグから折りたたみ傘を取り出した。
「それにしてもさ、高校の地理とかで習ったよね。フランスとかヨーロッパは基本的に西岸海洋性気候だって。ほら、夏はそこまで暑くなくて、冬もそこまで寒くない気候」
 美玲は高校時代の知識を思い出す。
「おお、そういやそんなこと習ったな。よく覚えてるな、岸本さん」
 誠一は懐かしそうに笑う。
「うん。地理は結構好きな科目だったから。私さ、ずっとヨーロッパの気候が羨ましいなって思ってたんだよね。夏ものすごく暑くて冬は結構寒い日本とは大違いに見えてさ」
 美玲は日本の気候を思い出しうんざりする。
「確かにな。日本の暑さは何とかなんねえかなっていつも思う。特に最近。絶対おかしいだろ。四月で暑くなってるんだぞ」
 美玲に激しく同意する誠一。
「四季じゃなくて夏と冬の二季になるかもってニュースもあったしさ。もう日本に私達の春と秋を返せって感じだよね」
 フッと笑う美玲。
「だよな」
 誠一は深く頷く。
「何か、こうして岸本さんと喋ってると……高校時代に戻った感じするわ。あの時もたまにこんな風に他愛のない話してたよな」
 誠一は左上に目線を向け、懐かしそうに目を細めた。
「確かにそうだね。もう十年も前のことなんだ」
 美玲も懐かしむように微笑んだ。
「そういえば、中川くんと最後に話したの、卒業式の日だったね」
 美玲はゆっくりと高校の卒業式の日のことを思い出した。

◇◇◇◇

 十年前。
 群馬県にある、とある高校にて。
 卒業式が終わり、三年の教室では別れを惜しんだり思い出話に花を咲かせたりする生徒達で賑わっていた。
 当時美玲も複数人の同性の友達とあれこれ話していた。
 そして昇降口で一人になった時、クラスメイトの誠一から声をかけられた。
「岸本さんはさ、大学どうするんだっけ? 国立後期は受けんの?」
 まだ国立大学の前期日程の結果は出ていないのだ。
「うーん……多分受けないかも。前期受けたのが合格してたら国立に行くけど、不合格なら後期受けずに私立に行く。チャレンジした東京の私大、一つだけ合格してるんだ」
 美玲は嬉しそうに笑う。
「そっか。チャレンジ校受かったんだな。おめでとう」
 誠一はまるで自分のことのように嬉しそうであった。
「ありがとう。中川くんは?」
「俺は前期駄目だったら後期まで粘る。やっぱり国立なんだよな。学費的にも。一応私立も受かってるけどさ」
 ハハっと笑う誠一。
「そっか、頑張ってね」
 美玲は穏やかに微笑む。
「おう」
 誠一はニッと白い歯を見せて笑う。
 そして次の瞬間真剣な表情になる。
「あのさ、岸本さん……」
 そこで口ごもる誠一。
「何?」
 美玲はきょとんと首を傾げる。
「いや、何でもない」
 誠一は再びニッと笑った。
「そっか。じゃあまた会えたらいいね」
 美玲は靴を履き替える。
「そうだな」
 誠一はフッと少しだけ寂しげな笑みだった。
 美玲はそのまま友人達の元へと向かったのである。

◇◇◇◇

(そういえばあの時、中川くんは何を言おうとしてたんだろう……?)
 美玲は卒業式後の誠一とのやり取りを思い出し、少しだけ疑問が湧く。
 それと同時に、別の気持ちも湧き出していることに、美玲はまだ気付かなかった