なんて美しいの………!
何度見ても、そう思ってしまう。
だが、それは、メモリーバンクの中にあるデータ化された感嘆表現のコードの一つが読み込まれただけに過ぎない。
スラっと伸びた手足。
銀色がかった瞳と髪。
淡い紫色をベースにしたスーツ系の制服。
襟元のカラーには釣鐘の形をしたバッジ。
外見的には、二十代半ばの女性にしか見えない。
それほどまでに精巧に作られたアンドロイド。
コードネームは“三玲”。
そして正面の宇宙空間に浮かんでいるのは、天の川銀河、第百二十五惑星。
地球。
三玲は操縦席のシートに座りながら、視線をゆっくりと動かした。
数メートルほどの広さの機体内部は球状になっていて、左右に無数のパネルが埋め込まれていた。
そこには、周回軌道上から超望遠カメラで撮影された様々な様相が映し出されていた。
植物の受粉や萌芽、昆虫や魚の産卵と孵化、小動物や大型生物の出産。
地球上の生命の営みを記録した映像データを毎日上官に送ること。
それが三玲の任務だった。
目的は、命の起源を紐解くこと。
地球はまさにその宝庫だからだった。
だが、このまま何もしなければ、いずれ闇に飲まれてしまう。
三玲はそのことを知ってしまっていた。
果たして、本当にそれでいいのだろうか………?
だから、そう思いつつも、日に日に焦りともどかしさを募らせていた。
とはいえ、いまだに具体的な指示はなかったので、勝手に動くこともはばかられた。
………!?
と、突然、前方に浮かぶ地球の内部から滲み出して来るかのようにして一点の光が発生した。
さらにそれは瞬く間に数倍に光度を増すと、その中に一人の人物の影が浮かび上がった。
が、あまりのまばゆさのために、顔も容姿も視認できない。
分かるのはシルエットのみ。
その人には翼がある。
大きな黄金色の。
そして、肩の上で憩うようにしている白黄色の羽の蝶。
………!?
そこまで確かめた時、三玲は信じがたいものを見た。
膝の上に、忽然と出現したものが二つある。
一つは、側面にちぎった跡が残る一枚の紙。
見た感じでは何かの書物の一ページのようにも思えたが、文字は書かれておらず、全体を使ってある一場面の絵が描かれている。
《それは誰にも見せてはならない》
………!?
と、どこからか声が聞こえた。
というより、頭の中に直接伝わってきたような感じだった。
三玲は何か言いたかったが、まるで体中の細胞がしびれてしまったかのように唇さえ動かすこともできなかった。
それでも膝の上にあるもう一つのものが、ほんのりと発光しているのが見て取れた。
それは黄金色の羽で、シルエットの人物の翼からもたらされたものだと直感で分かった。
が、その直後、溢れ出すように光が一気に輝きを放ち、三玲の視覚がホワイトアウトした………。
………。
やがて視界が正常に戻るや、三玲はしばし思考停止に陥った。
自分に組み込まれてるプログラムには、たった今、目撃した現象を理解するためのロジックがなかったからだ。
ただ、何をするべきなのかは分かったので、左手の袖を少しまくった。
手首には超光速通信装置“ささやきさん”。
形は真四角、中央に液晶画面、左の側面にはプラグの差し込み用のジャック、右側には発信用のスイッチがあった。
三玲がすぐさまスイッチを押し込むと、画面に糸電話のマークが現れる。
それは呼び出し中の表示で、ほんの数秒の間のあとで、そこに一人の男が映った。
三十代ほどの容姿。
藍色の髪と瞳。
三玲と同じ制服とバッジ。
コードネームは“九恩”。
九恩は三玲の上官であり、地球観測任務を統括する司令官だった。
「九恩さま、申し訳ありませんが、私はこれより任務を離脱します………」
『………』
九恩は突然の三玲の言葉を聞いてしばし黙した。
だが、動じた様子は見受けられなかった。
恐らく、過去にも似たような状況があったからなのだろう。
だからなのか、間違いなく“処分”の対象となるようなことを口にした三玲に対して細々としたことは言わず、単刀直入に聞いてきた。
『理由は………?』
「私も視ました、光の人を………」
『………!?』
それを聞いた九恩は、さすがに目元をわずかに上げて驚いた素振りを見せた。
『託されたものは?』
「ありますが、お見せすることはできません」
『何故だ?』
「誰にも見せてはならないと伝わってきたからです」
『………』
三玲がそう言うと、九恩はそれ以上何も聞いてこなかった。
九恩もまた、同じ出来事の体験者だからだった。
「だからお願いがあります、九恩さまに託されたものを送っていただけませんでしょうか?」
『どうするつもりなのだ?』
「私がやります」
『本気なのか………?』
「はい」
三玲が迷いなく答えると、九恩は再び黙したあとで言った。
『少し考えさせてほしい………』
「分かりました」
そして、その三玲の返答を聞き終えると、九恩が画面から消えた。
これでよかったのかどうか………。
三玲は袖を元に戻しながら、改めて考えた。
いまいち判然としない感覚だった。
九恩から明確な肯定も否定もなかったからだ。
とはいえ、自分の決意には微塵の曇りもない。
だから、まずは膝の上の紙を折りたたんで服の胸ポケットに入れる。
それから黄金色の羽を包み込むように手に取り、それは内ポケットにおさめた。
そのあとで、右手の腕時計で日付けを見る。
二〇三八年七月一日。
残された時間はちょうど半年。
それを確認すると、そのまま人差し指を立てる。
すると指先が開き、中から出てきた細いプラグをアームレストからせり出している小型パネルに差し込んで接続する。
機体システムへのアクセスは、ほんの数秒で充分だった。
あっという間に、一旦【観測録画モード中止】と表示されたあと、すぐ【着陸モード起動】に切り替わる。
地上到着まで九百四十七秒、九百四十六秒、九百四十五秒………。
そして、同時にカウントダウンが始まると、丸みを帯びたテントウムシ型の観測船が地球の周回軌道を外れて徐々に降下を始めた。
何度見ても、そう思ってしまう。
だが、それは、メモリーバンクの中にあるデータ化された感嘆表現のコードの一つが読み込まれただけに過ぎない。
スラっと伸びた手足。
銀色がかった瞳と髪。
淡い紫色をベースにしたスーツ系の制服。
襟元のカラーには釣鐘の形をしたバッジ。
外見的には、二十代半ばの女性にしか見えない。
それほどまでに精巧に作られたアンドロイド。
コードネームは“三玲”。
そして正面の宇宙空間に浮かんでいるのは、天の川銀河、第百二十五惑星。
地球。
三玲は操縦席のシートに座りながら、視線をゆっくりと動かした。
数メートルほどの広さの機体内部は球状になっていて、左右に無数のパネルが埋め込まれていた。
そこには、周回軌道上から超望遠カメラで撮影された様々な様相が映し出されていた。
植物の受粉や萌芽、昆虫や魚の産卵と孵化、小動物や大型生物の出産。
地球上の生命の営みを記録した映像データを毎日上官に送ること。
それが三玲の任務だった。
目的は、命の起源を紐解くこと。
地球はまさにその宝庫だからだった。
だが、このまま何もしなければ、いずれ闇に飲まれてしまう。
三玲はそのことを知ってしまっていた。
果たして、本当にそれでいいのだろうか………?
だから、そう思いつつも、日に日に焦りともどかしさを募らせていた。
とはいえ、いまだに具体的な指示はなかったので、勝手に動くこともはばかられた。
………!?
と、突然、前方に浮かぶ地球の内部から滲み出して来るかのようにして一点の光が発生した。
さらにそれは瞬く間に数倍に光度を増すと、その中に一人の人物の影が浮かび上がった。
が、あまりのまばゆさのために、顔も容姿も視認できない。
分かるのはシルエットのみ。
その人には翼がある。
大きな黄金色の。
そして、肩の上で憩うようにしている白黄色の羽の蝶。
………!?
そこまで確かめた時、三玲は信じがたいものを見た。
膝の上に、忽然と出現したものが二つある。
一つは、側面にちぎった跡が残る一枚の紙。
見た感じでは何かの書物の一ページのようにも思えたが、文字は書かれておらず、全体を使ってある一場面の絵が描かれている。
《それは誰にも見せてはならない》
………!?
と、どこからか声が聞こえた。
というより、頭の中に直接伝わってきたような感じだった。
三玲は何か言いたかったが、まるで体中の細胞がしびれてしまったかのように唇さえ動かすこともできなかった。
それでも膝の上にあるもう一つのものが、ほんのりと発光しているのが見て取れた。
それは黄金色の羽で、シルエットの人物の翼からもたらされたものだと直感で分かった。
が、その直後、溢れ出すように光が一気に輝きを放ち、三玲の視覚がホワイトアウトした………。
………。
やがて視界が正常に戻るや、三玲はしばし思考停止に陥った。
自分に組み込まれてるプログラムには、たった今、目撃した現象を理解するためのロジックがなかったからだ。
ただ、何をするべきなのかは分かったので、左手の袖を少しまくった。
手首には超光速通信装置“ささやきさん”。
形は真四角、中央に液晶画面、左の側面にはプラグの差し込み用のジャック、右側には発信用のスイッチがあった。
三玲がすぐさまスイッチを押し込むと、画面に糸電話のマークが現れる。
それは呼び出し中の表示で、ほんの数秒の間のあとで、そこに一人の男が映った。
三十代ほどの容姿。
藍色の髪と瞳。
三玲と同じ制服とバッジ。
コードネームは“九恩”。
九恩は三玲の上官であり、地球観測任務を統括する司令官だった。
「九恩さま、申し訳ありませんが、私はこれより任務を離脱します………」
『………』
九恩は突然の三玲の言葉を聞いてしばし黙した。
だが、動じた様子は見受けられなかった。
恐らく、過去にも似たような状況があったからなのだろう。
だからなのか、間違いなく“処分”の対象となるようなことを口にした三玲に対して細々としたことは言わず、単刀直入に聞いてきた。
『理由は………?』
「私も視ました、光の人を………」
『………!?』
それを聞いた九恩は、さすがに目元をわずかに上げて驚いた素振りを見せた。
『託されたものは?』
「ありますが、お見せすることはできません」
『何故だ?』
「誰にも見せてはならないと伝わってきたからです」
『………』
三玲がそう言うと、九恩はそれ以上何も聞いてこなかった。
九恩もまた、同じ出来事の体験者だからだった。
「だからお願いがあります、九恩さまに託されたものを送っていただけませんでしょうか?」
『どうするつもりなのだ?』
「私がやります」
『本気なのか………?』
「はい」
三玲が迷いなく答えると、九恩は再び黙したあとで言った。
『少し考えさせてほしい………』
「分かりました」
そして、その三玲の返答を聞き終えると、九恩が画面から消えた。
これでよかったのかどうか………。
三玲は袖を元に戻しながら、改めて考えた。
いまいち判然としない感覚だった。
九恩から明確な肯定も否定もなかったからだ。
とはいえ、自分の決意には微塵の曇りもない。
だから、まずは膝の上の紙を折りたたんで服の胸ポケットに入れる。
それから黄金色の羽を包み込むように手に取り、それは内ポケットにおさめた。
そのあとで、右手の腕時計で日付けを見る。
二〇三八年七月一日。
残された時間はちょうど半年。
それを確認すると、そのまま人差し指を立てる。
すると指先が開き、中から出てきた細いプラグをアームレストからせり出している小型パネルに差し込んで接続する。
機体システムへのアクセスは、ほんの数秒で充分だった。
あっという間に、一旦【観測録画モード中止】と表示されたあと、すぐ【着陸モード起動】に切り替わる。
地上到着まで九百四十七秒、九百四十六秒、九百四十五秒………。
そして、同時にカウントダウンが始まると、丸みを帯びたテントウムシ型の観測船が地球の周回軌道を外れて徐々に降下を始めた。