私は思いきって、カレンちゃんと鏡の中に入った。光に包まれた私は、気がつくと一人で校門の前に立っていた。
 空はまだオレンジ色に染まっている。


「カレンちゃん?」


 どれだけ呼びかけても、カレンちゃんは姿を現さなかった。その代わり「チリン」と鈴が鳴り、足元を見ると、カレンちゃんがランドセルにつけていた鈴が落ちているのを発見した。


 私はその鈴を拾って、明日丘の上にあるカレンちゃんの家に届けようと思った。


 家に帰ると、お母さんが「遅いから心配したわよ」って私を抱きしめてくれた。嬉しかった。
 両親とご飯を食べて、テレビを見て、宿題をして、お風呂に入って、いつもと変わらない日常を送る。そうしてると、カレンちゃんと学校で過ごしたことは全部夢だったのかなって思えてくる。
 そしてカレンちゃんの存在も──。
 でも私の手の中には、カレンちゃんの鈴が確かにあった。


次の日、学校に行くと大きなトラックが止まっていた。


「何かあったの?」

「なんか二宮金次郎の像がね、道端に倒れてたらしいよ」

「!」


 まさか……と思った。
 カレンちゃんの言うとおり、本当に二宮金次郎が夜中に動いて走り回っていたのかもしれない。
 そう期待したのに、


「他の小学校でも、像が盗まれる事件があったらしいよ~」


 最後まで話を聞いてガッカリした。


「立花さん」


 名前を呼ばれて振り返ると、担任の美代子先生がこっちに歩いてきた。


「昨日は大丈夫だった?」

「はい、無事に宿題を取りに行けました」

「そう、良かったわ。ところで立花さん、昨日はどうして人形を……」

「人形?」


 私が首を傾げると、美代子先生は微妙な顔をした。


「ううん、なんでもないわ。やっぱり見間違いだったみたい。さ、教室に行きましょう」


 なんなんだろう。
 先生が言いかけた「人形」って……。


 しばらく気になっていた私だけど、算数の授業で谷口先生に褒められたことと、給食で大好きなカレーを食べられたことですっかり忘れてしまっていた。


 放課後、私は丘の上の家を目指して歩き始めた。昨日よりは少し早いから、空もまだ明るい。
 坂道がすごくきつかったけど、丘の上から見える景色は今まで見たどの景色よりもキレイだった。


 私はカレンちゃんの鈴を握りしめて、大きな家の玄関のブザーを鳴らす。
 昨日は少し喧嘩みたいになっちゃったけど、きっと鈴を渡したら許してくれそうな気がした。


 「どちら様ですか?」とドアから顔を出したのは、エプロンを身に付けたおばさんだった。


「あの、カレンちゃんいますか?」


 私がそう言うと、なぜかおばさんは目を丸くした。


「どうしてその名前をあなたが……」

「あの、私……カレンちゃんとは違う学校なんですけど、学校の帰りによく一緒になって……」


 私がそう説明したのに、おばさんは更に変な顔をする。


「あの……この鈴をカレンちゃんに渡したいんですけど……」

「!」


 私が手を広げて鈴を見せると、おばさんの両目がこれでもかというくらい大きく見開いた。


「あの……」

「ありがとうございます……確かにこの鈴はカレンお嬢様の物です」


 そう言われて、私はやっとホッとすることができた。


「あなたがどうやってこの鈴を手に入れたのか……いえ、どうやってカレンお嬢様と知り合ったのか不思議でなりませんが……でもこれで奥様も安心するでしょう」


 おばさんは私から鈴を受け取ると、すぐにドアを閉めようとした。


「待ってください! カレンちゃんはいらっしゃいますか?」


 私はなんだか腑に落ちなかった。
 私がカレンちゃんと知り合ったのが不思議って、一体どういうことなんだろうって。


「……カレンお嬢様はいらっしゃいません」

「いつ帰って来ますか? 帰って来るまで待ってていいですか?」

「……」

「私っ……昨日カレンちゃんにひどいこと言っちゃったんです! だから一言謝りたいんです!」

「……」


 私の必死さが伝わったのか、おばさんは深いため息を吐いた。



「カレンお嬢様はもうすでにこの世にいらっしゃいません。小学校に上がる前に事故で亡くなりました」

「!!」

「そしてこの鈴は、奥様がカレンお嬢様の代わりにと買ったフランス人形のランドセルにつけていた鈴でございます」

「!!」


 フランス人形?
 私はふとカレンちゃんの姿を思い出した。


「あの、カレンちゃんって……髪の色は金髪で……目は青色ですよね……?」

「違います。カレンお嬢様は日本人ですよ。黒い髪の、おかっぱ頭の女の子でした」

「───っ!!」


 もうわけがわからなかった。なのに、更にわけがわからないことが起きた。私のランドセルからボトッと何かが落下した。


 それは……
 カレンちゃんと全く同じ姿をした、フランス人形だった。





【おわり】