「もう、ユキちゃんってば怖がりなんだから」


 上履きに履き替えていると、隣でカレンちゃんがクスクスと笑いながら靴を揃えていた。


「怖がりじゃなくて呆れたの」


 二宮金次郎の銅像が夜中に走り回って、他の学校の二宮金次郎と交代しているから薪の数が違うなんて話、誰が信じるっていうの?


「もう、さっさと宿題取りにいくよ」


 私はカレンちゃんのちょっとズレたところに少しイラッとしながら、学校の廊下に一歩踏み出した。


「!」


 その瞬間、ゾワッと背筋が寒くなった。


 なんだろう……いつもと同じ風景なのに、人がいないだけでどうしてこんなにも怖いと感じてしまうんだろう。



「どうしたの?」

「ひっ」


 ヒョイッと右側からカレンちゃんが顔を出したもんだから、私は小さく悲鳴を上げてしまった。


「ユキちゃんの教室は一階? 二階?」

「さ、三階だよ。5年3組だよ」

「3組まであるの? 人数多いのね」

「カレンちゃんは何年生?」

「カレンはねぇ……あっ!」


 カレンちゃんは突然大声を出すと、すぐ近くの一年生の教室の中へと入って行った。


「ちょ、ちょっと……カレンちゃん!」


 慌てて追いかけると、カレンちゃんは適当に椅子に座ってはしゃぎ始めた。


「あはは、机小さ~い!」


 うん、どう見てもサイズが合っていない。


「あっ! 壁に国旗の絵がいっぱい貼ってある!」


 カレンちゃんはキラキラとした目で、一年生が描いた国旗の絵を順番に見た。


「カレンはね、フランスで産まれたのよ」

「へぇ、そうなんだ」


 だからカレンちゃんの目は青色で、髪は金色なんだなと思った。


 同じ学校に通っていると思い込んでいた私だけど、こんなに目立つ姿なのに、そういえば学校内でカレンちゃんを見たことがないことに今更気づいた。


 きっとカレンちゃんは隣の町の学校に通っているんだろう。そして身長と雰囲気からして、5年生か6年生かな?


 そんなことを考えていると、廊下側から「カシャカシャ」という音が聞こえてきた。


「カシャカシャ」
「カシャカシャ」


 その音はだんだん大きくなって、こっちに近づいてくる。


「カレンちゃ……」

「しっ! 声出しちゃだめよ」


 私はカレンちゃんに腕を引っ張られ、先生の机の下に一緒に隠れた。


「カシャカシャ」
「カシャカシャ」


 人が廊下を歩く音にしてはちょっと違うし、この音は一体なんなんだろうと気になって仕方なかった。


 心臓の音がやけにうるさくて、得体の知れない何かに気づかれちゃうんじゃないかとドキドキした。


 私たちは息を潜めて、ジッとその音が去っていくのを待った。


「カシャカシャ」
「カシャカシャ」
「カシャ……」


 しかし最悪なことに、その音は私たちがいる一年生の教室の前で止まった。
 私は思わずカレンちゃんの手をギュッと握る。カレンちゃんの手は思ったよりもヒンヤリしていた。


「カレンちゃんっ……」

「大丈夫よ、カレンが見てくるわ」


 そう言うとカレンちゃんはモゾモゾと机の下から這い出ると、大胆にも教室のドアをガラリと開けた。


 私は怖くて目を瞑った。
 でもカレンちゃんの笑い声で目を開けた。


「なあんだ、音の正体はあなただったのね」


 カレンちゃんが誰かに話しかけている。
 恐る恐る机の下から顔を出して覗くと、廊下に立っていたのはなんと人体模型だった。


 ──ガンッ!!


 私は驚いて、思わず机に頭をぶつけてしまった。


「え? やだ、ユキちゃん、大丈夫!?」


 カレンちゃんが心配して駆けつけてくれる。私は涙目になりながら、頭のてっぺんを両手で押さえた。


「なんで……なんで……」


 人体模型は身動きしないでジッとこっちを見て立っている。


「ユキちゃん。学校の七不思議、その二よ。理科室の人体模型が勝手に動き回るの」


 なぜかカレンちゃんは楽しそうにそう言った。


「……いや、待って……人体模型が本当に一人でここまで歩いてきたっていうの?」

「そうよ。あのカシャカシャという音は、彼が歩いていた音だったのよ」


 確かに聞いた。
 人の足音ではない、カシャカシャという音。


「でも……うそ……信じられない……。だって今動いてないし……」

「………」


 私がそう言うと、カレンちゃんは少し寂しそうな顔をした。
 でもすぐにニコッと笑って、


「なあんてね! 実はさっきドアを開けた時に角を曲がっていく先生の姿が見えたの。きっとここまで彼を運んできたのはその先生よ」

「……え? そうなの?」

「うん、ごめんね。ビックリした?」


 私は涙目になりながら、フンッとそっぽを向いた。


「カレンちゃんがそんな意地悪だと思わなかった!」


 ひどいよ、カレンちゃん。
 私は本当に怖かったのに。


 それに宿題を取りに来ただけなんだから、学校の七不思議で遊んでる場合じゃないのに。


 私がムスッとしている隣で、カレンちゃんは人体模型に向かって「お疲れさま」と声をかけていた。