信が帰り、静まり返った屋敷。
母親の自室で泣き続ける玲奈は今だに現実を受け入れられていなかった。
龍神に選ばれなかった悔しさと、彼に愛してくれなかった悲しさで泣き縋る玲奈の頭を母親は慰めるようにそっと撫でる。

「うっ…こんなのひどいわ…!!酷すぎるわ…!!私の方が花嫁に相応しい筈なのに…!!」
「可哀想な私の可愛い玲奈。貴女の言う通り、龍神の花嫁に相応しいのは巫女である貴女なのに」
「本当よぉ…!!なのに龍神様は得体の知れない女を娶るなんてぇ…!!」

見たことのない龍神の花嫁になった女に玲奈は怒りをぶつける。本当は自分がなる筈だった。村のこんな掟がなければすぐに会いに行ったのにと。
完全に和正のことなど眼中にない玲奈は、あの美しく凛々しい龍神が欲しくて仕方がなかった。
悲しみに暮れる愛する娘に見兼ねた母親は「少し待ってね」と優しく玲奈を引き剥がした後、立ち上がり鏡台の方へ向かった。
泣き足りない玲奈は涙を拭いながら母親が戻ってくるのを待つ。
母親は鏡台の引き出しからある物を取り出した。持ち出したそれは小さな赤い桐箱。母親は大事そうに箱を持ちながら玲奈の元へ帰ってくる。

「お母様、それは何…?」
「貴女の幸せを取り戻す為の道具よ」

赤い桐箱を開けると中には、折り紙で折られた黒い蝶が入っていた。小さな折り紙の蝶なのだがどこか禍々しい雰囲気を醸し出している。触れるのも躊躇してしまうほどだ。

「ご先祖様を助けてくださった"術師"の方から貰った物。もし、子孫達に何かあったらコレを使いなさいとね」
「こんな蝶々を使ってどうやって…」
「まぁ、見てなさい」

すると、母親は帯に挟まっていた手拭いを取り出しそれを開く。開くと中には長い銀髪が一本収められていた。

「これって龍神様の…」
「龍神様が座っていた所に偶々落ちていたのを拾ったの。やはり神様は私達を見限ってなんかなかったのよ」

手拭いの中の銀髪を箱の中の蝶の上に落とすと銀髪は蝶の中に入り込んでゆく。
すると、紙の黒蝶は命を与えられ母親の手に止まる。

「さぁ、黒蝶よ。私の可愛い娘を泣かせたこの髪の主人の花嫁を見つけ出してきなさい。そして、ここに連れて来るのです」

命令を聞いた黒蝶は手を離れ、窓から外へ飛び出して行った。玲奈はその様子を不思議そうな顔で見守った。

「本当にこれで見つかるの?」
「大丈夫よ。術師様の力は偉大だったと私の母から聞いているわ。必ず私達の願いを叶えてくれる筈よ。だからもう泣くのはおよし。貴女は笑っているのが一番似合うわ」
「お母様…!!!」

観劇のあまり、玲奈は勢いよく母親に抱きつく。そんな玲奈を見て母親は愛おしそうに頭を撫でた。大丈夫、貴女の欲しい物は私が手に入れてあげると優しく微笑みながら。
だが、彼女らはまだ知らない。
龍神の花嫁の正体も、蛇神の恨みの力も、大事なモノを奪われた時の龍神の怒りも。
玲奈の願いが叶えられることだけしか見ていなかった。龍神と結婚し、未来永劫贅沢暮らしができるとしか。
龍神の巫女とは思えない行動ばかり起こす彼女等は仮初の幸せの中を生き続ける。


外へ飛び出して行った黒蝶は龍神の住処を探す。
そして、龍神の花嫁となった陽子に魔の手を伸ばそうとしているのであった。