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 村の洞窟工房では、文字通りに「原始人のような男」が、黒曜石を打ち欠いて「打製石器」を作っていた。無精ひげを生やしていたが髪の毛はちゃんと切られていた。それなりに清潔にしている違い(妻の世話による功績らしいが)はあれど、知らない人が見たら「原始人の生き残りが隠れ潜んでいる」と思うだろう。
 棚や机があって、魔法陣の描かれた鉄板の上で、作りたてのキラキラ輝く打製石器が、下から青白い魔術の火でチロチロと炙られている。

「手紙どおりだな」

「お久しぶりです、クリュエルさん」

 来客に顔を上げるクリュエル。ちょうど加工済みの魔術加工の粉に手を伸ばしたところだった。
 なんだか、無人島に置き去りにされた人か、牢獄の囚人みたいだった。
 彼はエルフの「毛皮鎧」を愛用していることもあって「原人騎士」と呼ばれている。その凶悪な戦い振りもあいまって、だ。だがこんな風であってもトラと魔法学校で同窓生だったりして、そこいらのバカな学者や下手な政治家よりはよほど学もあるのだという。

「やあ、元気そうだな。こっちゃ、ずっと穴熊で内職してるよ」

 この手の洞窟は防音や安全に加えて、地脈で魔術兵器を作るにはもってこいらしい。
 クリュエルの「石器」は魔術効果のある特製品であるために価値が高く、直接の味方のための需要に加えて、味方陣営に売って資金源にもなっている。そのために、リーダー格でありながら、穴蔵でこんな作業仕事する時間比率が長い。
 彼は「付呪」の魔術の名手だった。
 通常は「エンチャント」などとも言われる魔法技術で、剣や槍などに魔法効果を付与する。そうすると魔術的な才能がない者であっても魔法攻撃を物理攻撃に付加できるし、事前に仕込んでおけば魔法力も消費せずに済むからだ(魔法力は時間経過で回復するから、先に準備しておいた分だけ戦闘時に余裕が出来て有利になる)。
 クリュエルの「魔法石器」はその魔法技術の応用で使い捨ての武器に仕立てたもの。一度または数回だけの使用であれば、必ずしも剣や槍でなくても構わないし、特に投擲して使うならば回収の余計な手間がなくてすむ。威力はそれなりであるために管理は厳重で、限られた相手にしか売らない・渡さないわけだが、無力な者たちに一時限りの使い捨てとはいえ自衛力のある武器を持たせられる利点がある。

「頼まれていた分は出来ている。管理倉庫の受け取り窓口に行って受けとってくれ」

 クリュエルは焼き印とインクの書き込みのある木の札を二枚差し出す。一枚はレトの獣エルフ村のための輸送分で、もう一枚はトラとレトが冒険で使うためのものだった。
 トラは受けとって頷く。書類を手渡す。

「トラップ五十枚は、先にそっちの倉庫に渡しておいた」

「ああ、サンキュー。前に魔族が攻めてきたときの防衛戦で、半分以上も仕掛けといたのが吹っ飛んで、予備の追加トラップが欲しかったんだ」

 同じようなやり方だが、トラは魔術トラップを羊皮紙に仕込むことも出来る(威力範囲が広かったり敵の接近で自動発動するなどの利点はあるものの、ただしかさばるためにメリット・デメリットがある)。効果・属性に微妙に違いがあることもあって、こうしてしばしばお互いの製造物を「交換して交易」している。
 まだ、都市部の防衛ならば軍や警察の精鋭部隊もいる。しかしそれにもおのずから限界がある上に、先述の「政治的事情」で行動が制限されがちなのである。結果として村々や地方のレジスタンスでは戦力の人数的にも劣勢や不利になりがちであるため、単に「強い戦士」というだけでなく「数の差を埋め合わせする工夫」がなければやっていられない。いくら個々の勇士が強かろうが、敵方の魔族は匪賊の手下や「奴隷兵士」で物量でゴリ押ししてくる場合が少なくないため、バカ正直に正面から正攻法・決闘のように戦うだけでは敗北したり詰んでしまうからだ。


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 晩餐は丸木小屋の会堂で、イノシシ肉のシチューだった。パンやお粥も。
 当然ながらこの場所では十分な穀物が得られるわけではないし、布の衣類などの日用品だって全部が自給生産できるわけがない。それでも生存できているのは近隣の炭鉱や鉱山を防衛やパトロールすることで村のギルドが報酬を得ていることや、貴重な薬草の採取・栽培による医薬品の精製販売(エルフたちとサキのノウハウがあって初めてできることである)で外部から資金や資材・物資を獲得しているからだ。クリュエルの魔法石器もそうだが、鉱山から買い入れや譲渡された金属で刀鍛冶もやっているし、エルフ・ドワーフの得意な弓矢・木工品や陶芸品も作っている(地脈エネルギーや火山の熱も利用している)。
 一般に「山村は全く孤立している」「自給自足して自己完結している」と思われがちだが、実はそれこそ上辺だけを見た先入観や固定観念でしかない。むしろ交易や付き合いがなかったら、地理的に離れた山村での生活や山仕事は成り立たない。
 ここは開拓村であり、魔族帝国の支配領域拡大を食い止める屯田兵村なのだ。レトの獣エルフ村などとつながって、暗黙の防衛戦を作り上げているフロンティアなのだ。

「本日は、獣エルフ村からレト君と私の友人が遊びに来てくれました。お互いの無事を祝い、祈って乾杯!」

 拍手。共同戦線している結束や絆。
 レトとトラは、クリュエルの近くの同じテーブルに席を与えられている。
 サキのテーブル周りには「義兄弟」の古参の側近グループがおり、鍛冶屋のブラックスミスと槍術戦士に、兄を亡くした義妹。サキはレトと目が合うとヒラヒラ手を振った。

「あいつ、レト君も狙ってるっぽい」

 友人のマタギ娘がヒソッと囁く。前に聞いた話では、遠慮しつつもクリュエルも「将来的には視野」らしい。普通なら争いの原因になりそうなものだが、サキの性格(と実績人数)からして、もはや古参の義兄弟たちも他の女たちも「今さらだし」ということになっている。一説では、この村の過半の男と関係があり、女性でも「食われた」人が少なくないのだとも。

「そうだ。ここにいる間に、お前の剣も手入れして貰ったらどうだ? 明日の朝にドワーフの研ぎ師が来るから、金属疲労の修復も」

「そいつはラッキーだ。記念品だし」

 トラバサミの兜の下(口や顎のガード)を下げて食事しながら、トラは友人の勧めに頷く。彼らの剣には独特の経緯があるらしい。
 トラのフランベルジュ剣は魔族の貴族を殺して奪ってきた特別な鹵獲品で、魔族の技術で作られた大業物。その刃は銀色の炎が揺らめいているようなギザギザで、ノコギリのようになっている「苦痛を与える剣」。そんなもので斬りつけられたらどんな悲惨なことになるかはお察しで、肉を引き裂いてズタズタにして、付与されている魔法効果(魔法回復妨害)も相まって回復困難。
 その強奪したフランベルジュ剣で、元の所有者の魔族の貴族(小魔王・男爵だったそうだが)とやらがどんなふうに殺されたか、レトは考えたり想像すらしたくありません!
 当のトラは「純粋な悪意は案外に美しいのかもな? 鬼畜の精神の模範とすべき記念品だ」などと、いつぞやレトに訊ねられて目を血走らせて語っていた覚えがある。トラはたまに(主に敵に対して)狂った鬼畜のようになります。何か歪んだものや絶望や心の暗黒を抱えているのでしょう。
 クリュエルの傍らに立てかけられている「かつて聖剣と呼ばれた剣」は、切っ先が折れてなくなっている。理由はかつて「聖剣詐欺村」で、抜けないようにボルト止めされた「偽の聖剣」をへし折って強奪し、反魔王の候補者を騙したり謀殺していた卑劣詐欺の村人たちを皆殺しにしてきたから。
 その先端の欠けた独特の形状から「クリュエルの処刑刀」と呼ばれている。それもまた、聖剣ではないものの、大昔の魔族の名工が作った代物なのだ。「この剣を抜く者によって多くの魔族が殺されるだろう」と予言された曰く付きで、間違っても抜けないようにボルト止めしてあったのに、それで(抱き込んだ卑劣な村人たちに命じて)聖剣詐欺していたらクリュエルが(先端をへし折って)強奪してしまい、以来に(魔族たちにとって)恐るべき予言が的中・実現しまくっている。