「あーーッ! いつものクソガキ!」
私を攫った仲間が黒髪の青年を指差して怒り狂っている。
「てめぇ今日こそぶっ殺してやるからな!」
人攫い仲間が鋭利なナイフを手に黒髪の青年に襲いかかると、彼は難なくその手をひねり上げて放り投げる。その流れでもう一人の男に上段回し蹴りを加える。
あまりに華麗な動作に、気付いたらぱちぱちと力のない拍手を送っていた。
「またやったのかよ、お前……」
青年の後ろからもう一人、歩いてくる。耳が隠れるくらいに伸ばした明るめの栗色の髪で、可愛い系のイケメンだ。黒髪の青年の行動に呆れているようだ。
黒髪の青年は後ろを振り返った。
「ごめん、今回はカグヤ人っぽかったし。それに放っておけねーじゃん」
苦笑いを浮かべる黒髪の青年はこれまた綺麗系なイケメン。しかし彼は私と目が合うと微笑みを消して怒りの形相だ。
「おい、お前。なんであんな怪しげなオッサンに付いていったんだよ? ここは渡航警戒区域だろ? ちゃんと調べてから行動しろよ!」
とこうけいかいくいきとはなんぞや? 調べろと言われたって誰もそんなこと教えてくれなかったし。
◇◆◇
「なぁんだ。お前、カグヤ人じゃなかったのかよ」
助けて損したとばかりに黒髪くんはぼやいた。
カグヤとは、とある国の名前と教えてくれた。
私は事情を聴きたいと言ってきた二人に連れられて、大通りにある大衆定食屋っぽいお店に入っている。さすがに二度もほいほいと知らない人に付いていくのもどうかと思ったけど、大通り沿いにあることと、お客さんも働いている人も健全な庶民っぽい人で溢れているからまぁいいやって思ったのだ。
奢ってくれるって言うしね。
ちなみに二人はキャッツランドと言う国の人のようだ。黒髪くんはキャッツランド人とカグヤ人のハーフで、カグヤの女の子が拉致されてると思い助けてくれたようだった。
「ていうかね、こいつ、人攫い妨害の常習犯なの。ここ来るたびにあーいうことしてるの。そろそろ目を付けられて大勢で囲まれるよ?」
茶髪くんが黒髪くんのほうを横目で睨む。
「雑魚100人に囲まれても負ける気がしないね」
血の気の多いタイプなのか、黒髪くんは自信過剰にドヤる。茶髪くんは大げさなくらいに嘆息していた。
料理が運ばれてきたので、遠慮せずに勢いよく掻きこんだ。おなか空いていたんだよね。
あ、忘れないうちに情報収集しなきゃ。
「先ほどは助けてくれてありがとうございました! 実は私、記憶喪失でよくわからないんだけど、ここはナルメキアって国ですよね? とこうけいかいくいきってなんですか?」
とりあえずお礼。記憶喪失設定は、異世界がどうとか言っても通じなさそうだから。
「ナルメキアは大国だけど、ああいう人攫いが横行してるからね。カグヤでもキャッツランドでも若い女性は一人で歩いちゃダメって呼び掛けてるんだよ」
茶髪くんが優しく教えてくれる。なかなか良い人のようだ。
「そういや、自己紹介まだだったな。俺がラセルでこいつがキース。仕事でこっちに来てるんだよ。お前は?」
黒髪くんが自己紹介を始める。ていうかいきなりお前呼ばわりとか、血の気の多そうなお兄さんはなかなか失礼なヤツだ。私は男にお前と言われるのが一番嫌なのだ。
「私は松平佳奈。松平が名字で下の名前が佳奈です! それとお前って言うのやめてもらっていいですかっ?」
渾身の殺気を込めて黒髪くん……ラセルを睨みつけると、キースが苦笑いをしている。
「ごめんねぇ、失礼なヤツで。それにしてもカナちゃん、名字を先に名乗るなんて珍しいね」
「私の国ではそうなんです」
「どっから来たの?」
「日本」
そうだった。ここの世界には日本なんて国ないんだ……。それに記憶喪失設定だった。もういろいろあり過ぎてよくわかんなくなってきた。
「あ、あの小さな国なんで知らないかも。とにかくなんか働ける場所とかないですかね? あ、そのカグヤって国はなんかいい仕事あったりします? どうやって行くんですか?」
矢継ぎ早に質問を加えてなんとかごまかそうとしてみた。
それに、もしかするとカグヤって国の方が東洋人っぽい人が多いのかもしれない。元の世界に帰れないならそっちに移住しちゃおうかな。
でもラセルはこちらを警戒するように窺っている。
「俺が知らない国はない。けどニホン……それにお前のその服、すげぇ珍しいな。どこで手に入れたもんだ?」
この人は、お前呼びをどうしてもやめられないらしい。こんなにカッコいいのにお育ちが悪いのかね。喧嘩ばかりして友達が呆れてるくらいだし。
昔の少年漫画にいがちなヤンキーって人種かもしれない。それにしま●らで買った服をじろじろ見ないでほしいんですけど!
「お前まさか……」
ラセルは私の目を見つめた。黒曜石のような瞳が一瞬金に光る。私はなぜかその目から目が離せなくなって……。
「俺の目を見ろ。真実を俺の眼に映せ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ふわり……と意識が飛んだ。
コンビニの壁にポスターを張る。新発売のチョコレートのポスター。もえもえがチョコレートを手に微笑んでいる。歴史学のレポート提出って明後日だっけ? 早くやらなきゃ。でもその前に寝たい。
あれ…あれはたしか…もえ…もえ…? 向かいから歩いてくる。
足元がなんか光った。なんだろう、これ。
あれ? どこだろう、ここは。魔方陣? 怪しい男達と金髪イケメン……。
イケメンは王子様? もえもえが聖女……?
じゃあ私は? 地下牢ってどういうこと!?
急に心の奥底から強い怒りが込み上げてきた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ふざけないでよ!」
その時に頭の中に風船が破裂するような音が響いた。
「――――――――――ッ!!」
目の前でラセルが目を押さえてなぜか痛がっている。
「え? マジで? 失敗したの? うそだろ…」
キースもなぜかおろおろしている。
さっき、この人俺の目を見ろって言ったよね? なんかさっき意識が飛んだような。何か催眠術とかかけられた?
「あ…っ! あんた一体何したの!? 変なことしたでしょ!?」
ガタッと席を立ち、悶えるラセルにどなると、隣のキースが目を泳がせる。
これはクロだわ。いい人達だと思ったけど、悪いヤツらだったんだ! この世界悪いヤツしかいないじゃない!!
「ちょっといい人だと思ったのに! この世界って悪いやつらばっかり!」
怒りを込めてそう言い残し、私は定食屋を飛び出した。
◇◆◇
辺りはもう薄暗くなってきていた。日本にある街頭とは異なり、街並みには小さな石が各建物の前に飾られて、石が薄い光を放っている。
道行くものたちは、むさくるしい男達ばかりで、私と目が合うとナンパをしかけてくる。それを、さっきまでの苛立ちをぶつけるように、渾身の殺気で退ける。
「すげぇ目つきの悪い女だったな」
ナンパ野郎どもはそう言ってケラケラと笑っている。
うっせぇわ! ほんと、この世界にはロクなのがいない。
酔っ払いだらけの居酒屋通りを抜けて、もう人気のないメインと思わしき広い通りにたどり着いた。
さきほど見た屋台のような建物が並んでいるが、もう店が閉まっているからか人気がいない。人のいない場所は危険かもしれない……と思いつつ、空からぽつんと一粒の雨が落ちてきた。
「少しだけ雨宿りさせてもらお」
閉めた屋台通りには小さな倉庫があった。幸いなことに扉が空いている。
ぽつぽつ程度だった雨はいつの間にかどしゃぶりに変わる。
倉庫の暗闇の中、屋根に落ちる雨音だけが響いていた。
いつもの癖でポケットからスマホを取り出す。SNSを開いたけどつながらない。時間もさきほどと変わらず22時22分。
スマホにポツンと水滴が落ちた。
私はいつの間にか泣いていた。
「うっ……ぇ…っ」
これからどうすればいいのかわからない。この世界がどういう世界なのか、誰も教えてくれない。悪いやつらばかりで……。
「かえりたい……っ……ひ……っく……がえりたい……ぐすっ」
大学が、バイト先が恋しい。
電波のない、死んだようなスマホに雫が落ちる。
私はずっと、一人だった。
父は生まれた時からいない。母は幼いころに他界した。
親戚中をたらいまわしにされ、でも必死に働いてお金を貯めた。
大学で勉強して、たくさん資格取って、起業して社長になってお金持ちになって、みんな見返してやるんだって。
あの世界で頑張って生きてきたのに、アイドルの巻き添えで意味不明な異世界に飛ばされるなんて……。もう完全に心が折れた。
一人で好きなだけ嗚咽を漏らして泣いていると、ふと何かの気配がした。顔をあげて横を見ると、《《それ》》と目が合った。
とがった二つの耳、丸いつぶらな金の瞳、柔らかな曲線、長い尻尾。闇にとけそうな黒いシルエット。
「ねこ…くろねこ?」
私を攫った仲間が黒髪の青年を指差して怒り狂っている。
「てめぇ今日こそぶっ殺してやるからな!」
人攫い仲間が鋭利なナイフを手に黒髪の青年に襲いかかると、彼は難なくその手をひねり上げて放り投げる。その流れでもう一人の男に上段回し蹴りを加える。
あまりに華麗な動作に、気付いたらぱちぱちと力のない拍手を送っていた。
「またやったのかよ、お前……」
青年の後ろからもう一人、歩いてくる。耳が隠れるくらいに伸ばした明るめの栗色の髪で、可愛い系のイケメンだ。黒髪の青年の行動に呆れているようだ。
黒髪の青年は後ろを振り返った。
「ごめん、今回はカグヤ人っぽかったし。それに放っておけねーじゃん」
苦笑いを浮かべる黒髪の青年はこれまた綺麗系なイケメン。しかし彼は私と目が合うと微笑みを消して怒りの形相だ。
「おい、お前。なんであんな怪しげなオッサンに付いていったんだよ? ここは渡航警戒区域だろ? ちゃんと調べてから行動しろよ!」
とこうけいかいくいきとはなんぞや? 調べろと言われたって誰もそんなこと教えてくれなかったし。
◇◆◇
「なぁんだ。お前、カグヤ人じゃなかったのかよ」
助けて損したとばかりに黒髪くんはぼやいた。
カグヤとは、とある国の名前と教えてくれた。
私は事情を聴きたいと言ってきた二人に連れられて、大通りにある大衆定食屋っぽいお店に入っている。さすがに二度もほいほいと知らない人に付いていくのもどうかと思ったけど、大通り沿いにあることと、お客さんも働いている人も健全な庶民っぽい人で溢れているからまぁいいやって思ったのだ。
奢ってくれるって言うしね。
ちなみに二人はキャッツランドと言う国の人のようだ。黒髪くんはキャッツランド人とカグヤ人のハーフで、カグヤの女の子が拉致されてると思い助けてくれたようだった。
「ていうかね、こいつ、人攫い妨害の常習犯なの。ここ来るたびにあーいうことしてるの。そろそろ目を付けられて大勢で囲まれるよ?」
茶髪くんが黒髪くんのほうを横目で睨む。
「雑魚100人に囲まれても負ける気がしないね」
血の気の多いタイプなのか、黒髪くんは自信過剰にドヤる。茶髪くんは大げさなくらいに嘆息していた。
料理が運ばれてきたので、遠慮せずに勢いよく掻きこんだ。おなか空いていたんだよね。
あ、忘れないうちに情報収集しなきゃ。
「先ほどは助けてくれてありがとうございました! 実は私、記憶喪失でよくわからないんだけど、ここはナルメキアって国ですよね? とこうけいかいくいきってなんですか?」
とりあえずお礼。記憶喪失設定は、異世界がどうとか言っても通じなさそうだから。
「ナルメキアは大国だけど、ああいう人攫いが横行してるからね。カグヤでもキャッツランドでも若い女性は一人で歩いちゃダメって呼び掛けてるんだよ」
茶髪くんが優しく教えてくれる。なかなか良い人のようだ。
「そういや、自己紹介まだだったな。俺がラセルでこいつがキース。仕事でこっちに来てるんだよ。お前は?」
黒髪くんが自己紹介を始める。ていうかいきなりお前呼ばわりとか、血の気の多そうなお兄さんはなかなか失礼なヤツだ。私は男にお前と言われるのが一番嫌なのだ。
「私は松平佳奈。松平が名字で下の名前が佳奈です! それとお前って言うのやめてもらっていいですかっ?」
渾身の殺気を込めて黒髪くん……ラセルを睨みつけると、キースが苦笑いをしている。
「ごめんねぇ、失礼なヤツで。それにしてもカナちゃん、名字を先に名乗るなんて珍しいね」
「私の国ではそうなんです」
「どっから来たの?」
「日本」
そうだった。ここの世界には日本なんて国ないんだ……。それに記憶喪失設定だった。もういろいろあり過ぎてよくわかんなくなってきた。
「あ、あの小さな国なんで知らないかも。とにかくなんか働ける場所とかないですかね? あ、そのカグヤって国はなんかいい仕事あったりします? どうやって行くんですか?」
矢継ぎ早に質問を加えてなんとかごまかそうとしてみた。
それに、もしかするとカグヤって国の方が東洋人っぽい人が多いのかもしれない。元の世界に帰れないならそっちに移住しちゃおうかな。
でもラセルはこちらを警戒するように窺っている。
「俺が知らない国はない。けどニホン……それにお前のその服、すげぇ珍しいな。どこで手に入れたもんだ?」
この人は、お前呼びをどうしてもやめられないらしい。こんなにカッコいいのにお育ちが悪いのかね。喧嘩ばかりして友達が呆れてるくらいだし。
昔の少年漫画にいがちなヤンキーって人種かもしれない。それにしま●らで買った服をじろじろ見ないでほしいんですけど!
「お前まさか……」
ラセルは私の目を見つめた。黒曜石のような瞳が一瞬金に光る。私はなぜかその目から目が離せなくなって……。
「俺の目を見ろ。真実を俺の眼に映せ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ふわり……と意識が飛んだ。
コンビニの壁にポスターを張る。新発売のチョコレートのポスター。もえもえがチョコレートを手に微笑んでいる。歴史学のレポート提出って明後日だっけ? 早くやらなきゃ。でもその前に寝たい。
あれ…あれはたしか…もえ…もえ…? 向かいから歩いてくる。
足元がなんか光った。なんだろう、これ。
あれ? どこだろう、ここは。魔方陣? 怪しい男達と金髪イケメン……。
イケメンは王子様? もえもえが聖女……?
じゃあ私は? 地下牢ってどういうこと!?
急に心の奥底から強い怒りが込み上げてきた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ふざけないでよ!」
その時に頭の中に風船が破裂するような音が響いた。
「――――――――――ッ!!」
目の前でラセルが目を押さえてなぜか痛がっている。
「え? マジで? 失敗したの? うそだろ…」
キースもなぜかおろおろしている。
さっき、この人俺の目を見ろって言ったよね? なんかさっき意識が飛んだような。何か催眠術とかかけられた?
「あ…っ! あんた一体何したの!? 変なことしたでしょ!?」
ガタッと席を立ち、悶えるラセルにどなると、隣のキースが目を泳がせる。
これはクロだわ。いい人達だと思ったけど、悪いヤツらだったんだ! この世界悪いヤツしかいないじゃない!!
「ちょっといい人だと思ったのに! この世界って悪いやつらばっかり!」
怒りを込めてそう言い残し、私は定食屋を飛び出した。
◇◆◇
辺りはもう薄暗くなってきていた。日本にある街頭とは異なり、街並みには小さな石が各建物の前に飾られて、石が薄い光を放っている。
道行くものたちは、むさくるしい男達ばかりで、私と目が合うとナンパをしかけてくる。それを、さっきまでの苛立ちをぶつけるように、渾身の殺気で退ける。
「すげぇ目つきの悪い女だったな」
ナンパ野郎どもはそう言ってケラケラと笑っている。
うっせぇわ! ほんと、この世界にはロクなのがいない。
酔っ払いだらけの居酒屋通りを抜けて、もう人気のないメインと思わしき広い通りにたどり着いた。
さきほど見た屋台のような建物が並んでいるが、もう店が閉まっているからか人気がいない。人のいない場所は危険かもしれない……と思いつつ、空からぽつんと一粒の雨が落ちてきた。
「少しだけ雨宿りさせてもらお」
閉めた屋台通りには小さな倉庫があった。幸いなことに扉が空いている。
ぽつぽつ程度だった雨はいつの間にかどしゃぶりに変わる。
倉庫の暗闇の中、屋根に落ちる雨音だけが響いていた。
いつもの癖でポケットからスマホを取り出す。SNSを開いたけどつながらない。時間もさきほどと変わらず22時22分。
スマホにポツンと水滴が落ちた。
私はいつの間にか泣いていた。
「うっ……ぇ…っ」
これからどうすればいいのかわからない。この世界がどういう世界なのか、誰も教えてくれない。悪いやつらばかりで……。
「かえりたい……っ……ひ……っく……がえりたい……ぐすっ」
大学が、バイト先が恋しい。
電波のない、死んだようなスマホに雫が落ちる。
私はずっと、一人だった。
父は生まれた時からいない。母は幼いころに他界した。
親戚中をたらいまわしにされ、でも必死に働いてお金を貯めた。
大学で勉強して、たくさん資格取って、起業して社長になってお金持ちになって、みんな見返してやるんだって。
あの世界で頑張って生きてきたのに、アイドルの巻き添えで意味不明な異世界に飛ばされるなんて……。もう完全に心が折れた。
一人で好きなだけ嗚咽を漏らして泣いていると、ふと何かの気配がした。顔をあげて横を見ると、《《それ》》と目が合った。
とがった二つの耳、丸いつぶらな金の瞳、柔らかな曲線、長い尻尾。闇にとけそうな黒いシルエット。
「ねこ…くろねこ?」