3つの掛けもちバイトの15連勤を終え、心身ともにぐったりとしながら、私は信号が変わるのを待っていた。

 信号が変わり、向かいから俯いた女の子が歩いてくる。夜道でも目を引くその容姿に、私の目は釘付けになった。

 つややかな髪、整った顔立ち(とくにおめめが可愛い)美しいプロポーション、全身からあふれる可愛いのオーラ。

 バイト先のコンビニのチョコレートのポスターに写っていた、アイドルグループのセンターにいる子によく似てる、と思った。

 あの子は確か、10,000年に一度の奇跡のアイドルと形容されている子だ! これは明後日バイトに行ったら自慢しよう。

 今はプレイベートだし、呼びとめたらかわいそうだよね、なんて考えながら彼女とすり違った瞬間、横断道路に眩い光が浮かび上がった。

 その瞬間、地面が割れ、身体が宙に浮き、吸いこまれる。

「ひぁ…っ! なに!?」

 気が付いたら、魔方陣の中に美少女と一緒に倒れていた。

「成功したぞ…!!」

「やべぇ…妄想よりも可愛いすぎ!」

「天使降臨…っ!!!」

 中世貴族のような装束を着た男達にあやしげな黒フードをかぶった男達が、私たち、というよりは10,000年に一度のアイドルを見て悶えている。

「聖女様、立てますか?」

 ひときわお身分が高そうな服をきた金髪のイケメンが、アイドルの前に跪く。

「私はナルメキアの王太子、サイフォン・ジェイル・ナルメキアです。我が国は全力であなた様を歓迎いたします」

 映画で見るような騎士の礼をしたイケメン王太子が、美少女アイドルをそれはそれは優しくエスコートをする。

「お名前は……?」

柊 萌花(ヒイラギ モエカ)ですけど、あなた一体なんなんですか?」

 そうそう、柊萌花ちゃん。もえもえ、と呼ばれていた。これはもえもえをターゲットにしたドッキリなんだろうか。よく芸能人を落とし穴に落としたりしてるし。

 それにしても随分でかい落とし穴……。関係ない一般人を巻き込むな。

「先ほども申しましたが私はこの国の王太子で…」

「ここはどこなんですか?」

「ですから、ナルメキアで…」

 もえもえも、かなり錯乱しているようだ。

 王太子はもえもえをエスコートしながら部屋を後にする。ぞろぞろと他の中世貴族のような服装の人や、黒フードの男達も後に続く。

「貴女様のために特別な部屋を用意しました」

 アイドルに媚びた王太子の声がだんだんと離れていく。わたしはぽつんと消えた魔方陣の中に取り残されていた。

「ちょっと…! あんた達なんなのっ! テレビ局の人!? 私はどうなんの!?」

 全力で叫ぶと、黒フードの最後尾にいた人が、怪訝な顔をして振り返る。

「あれ……あんた誰?」

 お前こそ誰だ?

「おい、聖女は一人のはずじゃ…」

 初めに気付いてくれた人が、周りに呼び掛ける。

「なんか冴えない子だな。おまけがついてきたのか?」

「王太子や魔術大臣に報告するか?」

「気付いてないみたいだし、いいんじゃね?」

 よくねぇよ。おまけってなんなの。どうせ冴えないですよ。

「念のため鑑定しとくか、おい、そこのお前……」

 そこのお前、と呼ばれた若者黒フードが私のところにやってきた。ここがテレビ局なら、この人はADさんかな? それにしてもなんでみんな黒フードなんだろう。

 ADさん(?)は私の目の前で跪いて、手をかざす。

「うん、魔力量…0。レベル0。聖女ではない」

 周りの黒フードもうなずく。

「とりあえず、聖女召喚の儀は国家機密だし、そいつは正式発表まで地下牢で寝かしとけ」

 人を拉致しておきながらとんでもないことを言う男達。

「は!? 地下牢って意味わかんないんですけど! 警察行くよ、警察! どこのテレビ局!? SNSに書いてやる! 書きまくって炎上させてやる!」

 地下牢へ連れていけと指示を受けた人は、私を強引に部屋の出口まで連れていく。末端のADさんなのかな。それにしてもテレビ局がこんな悪の組織だなんて思わなかった。

 誰もいなくなった時、ADさんと思わしき人は溜息を吐いた。

「さすがに横暴だ。いくらなんでも罪のない女の子を地下牢だなんて」

「だよね? あなたもそう思うよね?」

「聖女ではないかもしれないが、君だってよく見たら可愛いじゃないか。目つき悪いけど」

 そう。私は目つきが悪い。幼いころから世間の冷たさに触れる度に目つきが凶悪になっていったのだ。

「そういうこと言ってんじゃなくて! 家に帰せって言ってるんだけど!」

 ADさんは、扉を開けて私を連れて外に出た。巨大な城壁を抜け、大きな扉を開ける。

「とりあえず、そこから逃げて。城の外に出れるから。あと、10日間は誰にもこのことを言わないでね……俺もこの仕事やめよっかな」

 そう言って私を城の外に放り出して、そのまま扉を閉めてしまう。

 地下牢には入れられずに済んだけど。でもそうじゃない。私は家に帰せって言ってんのに!


 ◇◆◇


 振り返ると、今まで私がいたと思われる純白の巨大なお城が目に映る。

 ここは日本じゃない。テレビ局のセットでもない。これは異世界召喚というやつでは……漫画によくある。

 とりあえず道まっすぐに歩くが人一人いない。貴族の家と思わしき立派な邸宅のあたりを抜ける。

 手持ちのお金、ゼロ。スマホは通じるか……電子マネーなんて概念は当然ないだろうけど。ポケットからスマホを取り出すが、当然電波は入っていない。見つかると地下牢に入れられてしまうから、さっきの黒フード達にこの世界の説明を聞くことはできない。

 漫画の異世界召喚とか転生とかは、主人公に何らかの補正がつくはずなのだけど、そもそも主人公はもえもえであって私じゃないんだよね……。

「何がなんだかわかんないけど、とにかくここがどこで、何をして金をかせげばいいのか調べないと」

 あたりは夕暮れ時に近いのか、日が傾いている。スマホの時間は22時22分のまま止まっている。

 相変わらず貴族の家の並びは続いていて、宿も飲食店もない。とにかくまっすぐ足早に歩くと、巨大な門があり、そこが閉まっている。

「鍵かかってないかな」

 くるりと取っ手に触れると、バチンッ!と静電気が走る。

「いったぁ……なんなの。でもとりあえず開いた!」

 そのまま扉を閉めて、またしばらく歩くと昔のヨーロッパの街並みのような可愛らしい小さな家が見えてきた。さきほどの貴族とは異なり、質素な服装の人々が、屋台で買い物をしていた。

「ちょっと小腹空いたな。バイト雇ってくれる店ないかな」

 幸いなことに屋台のメニュー表の文字は読める。異世界召喚特典なのか、英語が苦手な私にも書いてある意味がわかる。求人募集とかは……ないか。

「おい、そこの女」

 周りには屋台のおじさんとやり取りをしている肉体労働者のようなお兄さんと、杖をついたおばあちゃんと、野良犬と戯れる子供が三人。女って私のことか?

 振り返ると柄の悪そうなオッサン三人組が、私を値踏みするように上から下まで観察している。

 私の服は着古したTシャツと、よくある大量生産メーカーのジーパン。靴も特にブランドものではないが、とにかくこの世界では異質かもしれない。

 おばあさんも、じろじろと私を見ている。

「変な服着てるけど、外国人か? 珍しい髪色だしな」

「まぁ、そうですね。ここはナルメキアって国ですよね?」

 怪しいなぁ……と警戒しながらオッサンと会話を始めてみる。

「どっから来たんだ?」

「記憶喪失なんで忘れました。それよりどこか働ける場所か、宿を知りません?」

 後から考えるとバカな質問をしたもんだと思う。でも仕方ないじゃない。チュートリアル進めてくれるような案内人もいないんだもの。

「おう、どっちも満たすところ紹介してやるよ」

 男達は私を屋台の奥の人気のない路地裏へ誘う。そしてそのまま……。

「うぎゃぁぁぁ……ッ! 離して!!」

 オッサンは私を抱えあげて走り出す。

 これは人攫いだわ! 拉致された国でまた拉致られるとは。

 手足をばたつかせて抵抗するけど、悪いオッサン達は手慣れているようだ。全然歯が立たない。

「誰か……っ! 誰かぁぁぁ……ッ! 泥棒!! 警察を呼んでーーッ!!」

 絶叫をあげても人気がないので誰も助けてくれない。スラム街っぽい場所なのか、貧しそうなおじいさんが生気のない目でこの異常事態をみつめて、目をそらす。もはやゲームオーバー。そう思った時……。

 私を後ろ抱きに抱えていたオッサンが「ぐはっ」とうめき声をあげて倒れこむ。

 抱えられた私もその勢いで道に投げ出された。

「いっ……たぁ……」

 見上げると、そこには黒髪が美しい青年が立っている。

 風にたなびく長い髪を質素な髪留めで結び、もえもえに負けず劣らずの美しいキューティクルが眩しい。

「カグヤの女を拉致るとはいい度胸だな」

 おぉ……低音の心地よいイケボ。でもカグヤの女とはなんだろう?