薄らと、家の中からピーンポーンと鳴ったのが聞こえた。数秒後にインターホンから若女性の声が聞こえる。

「はーい。明日香料理教室です」

 カメラの付いてないタイプなのだが、訪問者が生徒だと分かっているようだ。名前だけでなく料理教室まで付け加えていた。

「予約した涼風です」
「お待ちしてましたー! 今、ドア開けますね」

 ブツっと音声が途切れると、すぐにドアが開いた。玄関からこちらに歩いてくる女性は、腰に届くほど長いストレートの金髪に青い目、まるで雪のように白い肌をしている。体の線は細いが胸は大きい。外国人風の見た目ではあるのだが、どこか日本人の面影もある。不思議な雰囲気をまとった女性だ。

「やっほー! 久しぶりだね。優希」

 俺の名前を親しげに呼んだ彼女は、レイチェル・イケダ。アメリカ人の父と日本人の母を持ち、高校と大学は俺と同じ学校に通っていた知り合いであり――。

「数年前に別れて以来かな」

 元カノだ。別れた理由はお互いに忙しくなって会わなくなり自然消滅しただけなので、嫌悪感というものはない。レイチェルも同じだろう。ニコニコと笑みを浮かべながら近づくと軽く抱き着いてきた。

 親しい友達にはよくやるので、恥ずかしがることや戸惑うことはない。
 腕をレイチェルの背中に回して軽く触ると離れる。

「相変わらず元気そうだ」
「もちろん! 優希も素敵な声のままで嬉しいよ」

 そういえばレイチェルは俺の声が好きだと言ってたな。聞いているだけで頭がぼーっとするような気分になるらしい。声の善し悪しなんて分からないから当時は聞き流していたけど、別れた今でもそんなことを言うからには本気で気に入ってくれていたんだろうな。

 と、ここまで冷静に状況を受け入れて分析していたが、実は非常に驚いている。まさか麻衣と一緒に通うかもしれない料理教室に、元カノがいるだなんて思いもしなかったぞ……。

「レイチェルの家はマンションだったよね? 引っ越したの?」
「別れた後、色々あってね。家を買って、ママと一緒に料理教室を始めたんだ」

 レイチェルはWebデザイナーをしていたはずだ。忙しいけど好きな仕事といっていたのに。仕事を辞めたようだ。家を建てて引っ越したみたいだし、別れてからの二年で何があったんだ……?

 過去について聞こうか悩んでいると、レイチェルの視線が俺から外れて隣に移った。

「ねぇ、そろそろ優希の隣で固まっている可愛い女の子を紹介しいてくれない?」

 好奇心に満ちた目でレイチェルが言った。
 青い瞳には固まったまま動けないでいる麻衣が姿が映っている。

「義妹の麻衣だ」

 横を向いて新しくできた家族を紹介する。

「俺の親父が再婚してね。家族が増えたんだよ」
「ああ、そうだったんだ。てっきり近所の子供を攫ってきたのかと思ったよ」
「そんなこと、するわけないだろッ!」

 ツッコミを入れるとレイチェルがお腹を抱えて笑い出した。

「あはは!! ホント、優希は変わらないね!! 真面目だ!」

 笑いの壺に入ったようで、目尻に涙が溜まっている。よく笑うタイプではあったけど、俺の記憶に残っている彼女であればもう少し落ちついて返事をしたはずだ。もしかしたら久々の再会でテンションが上がっているのかもしれない。

 いや、そんなことはどうでもいい。話が脱線してしまった。
 置いてきぼりにされて、麻衣は少し拗ねているような表情をしている。

「麻衣ちゃん、この人はレイチェル・イケダ。高校と大学が一緒だった友達だよ」

 紹介の仕方が気に入らなかったようで、レイチェルは頬を膨らませて不満そうな顔をしながら、麻衣との会話に割り込む。

「あれ? その紹介はちょっと情報が足りないね。付け加える、高校から大学の六年間付き合っていた彼女でもあるよ。よろしくね!」

 俺を腕で押しのけるとレイチェルは麻衣に抱き着いた。

「え、えッ、ええ!?」

 同性とはいえ初対面の相手に抱き着かれて、麻衣は驚きの声を上げる。手を上下に振りながら、でも相手に失礼にならないよう気をつけているのか、引き離そうとはしない。そういたところで変に気を使ってしまうのが、らしいなと思ってしまう。

「お義兄さん……どうすれば」

 助けを求めるようにして見られてしまった。可愛い義妹のお願いであれば動くしかない。レイチェルの肩に手を置いて声をかける。

「驚いているから離れてくれないか」
「そっか、ごめんね!」

 パッと勢いよく離れたレイチェルは、何故か俺の腕に絡みつく。それを見た麻衣の目が鋭くなっ多様な気がした。

「今はとお義兄さんは付き合ってないんですよね。少し近すぎだと思います」

 この指摘はごもっともなのだが、元々レイチェルはパーソナルスペースが狭い。いやゼロと言っていいだろう。彼女からするとこれが普通なのだ。

「付き合ってないからって、くっついてはいけない理由にならないんじゃない? 本人が嫌がってたらやめるけど、ほら、優希は嬉しそうにしているし」
「!!!!!」

 何故かさっきよりも強くくっつき、柔らかい大きな胸が腕に当たる。個人的には嬉しい状況ではあるが、目の前にいる麻衣の機嫌が急降下しているので、感触を楽しんでいる暇はない。そろそろレイチェルに注意しなければいけないだろう。