機材と音楽作成用のソフトを渡してから数日間、麻衣はあまり部屋から出なくなった。音楽を作ることに集中しているのだと思う。
平日は仕事で忙しいので会話の量は減ってしまった。顔を合わせるのだって食事のときぐらいだ。どうやら深夜まで作業をしているみたいで、夜になっても部屋からでないのだ。
正直、途中で飽きるだろうと思っていたから、ここまで熱中するとは思わなかった。今は休みの期間だから良いけど学校が始まったら生活スタイルを元に戻してもらおう。
そんなことを思いながらも忙しい日々を過ごしていると、いよいよ麻衣の入学式当日になった。
今日は休みを取って一日空けている。人生で数回しか着たことのないスーツとネクタイ、そして黒い革靴を履いている。隣で歩いている麻衣はおろしたてのセーラー服だ。落ちついたデザインが、よくあっている。
……変な男に声をかけられないか心配だよ。
「出発しよう」
「はい」
玄関のドアを開けて外に出る。
今日はタクシーで駅まで移動すると電車に乗った。
高校までは五駅なんだけど車内は空いていたので座ることにした。
麻衣は相変わらずお気に入りのイヤホンをつけて何かを聞いているみたいだ。嫌な音が聞こえないと自衛しているらしい。耳が良いと知った後に聞いたことだ。
そういった性質と麻衣は上手く付き合っていくしかないし、周囲は理解する必要がある。特に家族であればわかってあげなければいけない。近くに人がいるのにイヤホンをしているなんて失礼だなんて、絶対言ってはいけないのだ。
窓から流れる景色を見ている時間が過ぎ、すぐに降りる駅に着く。麻衣はイヤホンから流れる音に集中しているらしく気づいていない。
「降りるよ」
制服の袖を引っ張ってから立ち上がる。ぼーっとしている様子だったので、ちょっとためらったけど手をつないで電車から降りる。
イヤホンをつけてても俺の声が聞こえるように、口を耳元のに近づけた。
「明日からは一人で通学するんだから、音楽を聴くのはいいけどぼーっとしすぎないようにね!」
「ひゃい!」
驚かせてしまったみたいで、麻衣は聞いたこともない高い声で返事をした。
少し申し訳ない気持ちになってしまったが、ここはちゃんと注意するのが義兄としての役割なのだから仕方がない。そう割り切ることにする。
動揺が収まっていない麻衣の手を取って改札の外にまで出ると、偶然にもスポーツ少女の紬と出会った。
「麻衣ー!」
ばっと手を振りほどかれると、麻衣はイヤホンを外してから紬に駆け寄る。
手を離した理由は分かるがちょっと寂しく感じてしまった。
「紬~! 偶然だね!」
俺の存在なんて忘れてしまったように、二人は話し出した。入学式に参加する別の親子は見かけるが、紬の両親だと思われる人たちはいなかった。
麻衣の義兄として紬のご両親には挨拶しておいた方が良いだろう。
「数日ぶりだね」
「あ、優希さんも一緒にいたんですね!」
「うん。一緒に出てきたんだ。紬さんのご両親は?」
「恥ずかしいので別々に行動しています」
思春期の子共々らしい理由だった。納得すると同時に、麻衣にそう思われなくて良かったと安堵する。
別々に行きましょう。なんて言われた日には立ち直れない。夜な夜な枕を濡らす自信があるぞ。
「そうすると、今は一人なのかな?」
「はい!」
「なら、一緒に行こうか。麻衣も良いよね?」
断ることはないだろうと思いつつ麻衣を見ると、想像していた通り小さくうなずいてくれた。
三人で歩き始めるとあえて速度を落とし、自然と二人が前を歩く形をとった。歳の離れた俺は邪魔者になるだろうと思っての行動だ。
そんな些細な作戦が功を奏したのか、話は弾んでいるようだった。
「ねーねー。クラス分けどうなるんだろうね」
「一緒だと嬉しいね」
俺には片思いの女の子と同じクラスになりたい! といった甘酸っぱい思い出はなかったが、それでもクラス分けって楽しみだったな。
二人の会話を聞いていると、なんだか俺まで高校生になったような、そんな気持ちになってしまう。
「やっぱり、紬はテニス部に入るの?」
「うーん。ちょっと悩んでる。麻衣はどうするの?」
「私は帰宅部かなぁ~」
「えー、吹奏楽部や軽音部に入らないの?」
「う~ん」
音楽を作るなら音楽系の部活に入るのは麻衣にとっても良いことだろうとは思うが、何に悩んでいるんだ?
この場で聞くと二人の空気を壊してしまいそうなので、後で聞くことに決めた。
しばらくすると"入学式"と看板が立った校門が見えてきた。記念撮影している家族もいる。
なるほど、ああやって思い出を作っていくのか。大雑把な親父は、そういったことはしなかったので発想自体が思い浮かばなかった。
大人になってわかるが、振り返る写真がないのは少し寂しい。そんな思いを麻衣にはさせたくないので他の家族に習って記念写真を撮っておくか。
「あそこで写真を撮ろう。二人一緒でも良いよね?」
後ろから声をかけると麻衣と紬は喜んでくれた。
一度使ったまま家で眠らせているデジタル一眼レフカメラを持ってくれば良かった。そんな後悔をしながら真新しい制服に身を包み、笑顔で立つ二人の写真を撮るのだった。
平日は仕事で忙しいので会話の量は減ってしまった。顔を合わせるのだって食事のときぐらいだ。どうやら深夜まで作業をしているみたいで、夜になっても部屋からでないのだ。
正直、途中で飽きるだろうと思っていたから、ここまで熱中するとは思わなかった。今は休みの期間だから良いけど学校が始まったら生活スタイルを元に戻してもらおう。
そんなことを思いながらも忙しい日々を過ごしていると、いよいよ麻衣の入学式当日になった。
今日は休みを取って一日空けている。人生で数回しか着たことのないスーツとネクタイ、そして黒い革靴を履いている。隣で歩いている麻衣はおろしたてのセーラー服だ。落ちついたデザインが、よくあっている。
……変な男に声をかけられないか心配だよ。
「出発しよう」
「はい」
玄関のドアを開けて外に出る。
今日はタクシーで駅まで移動すると電車に乗った。
高校までは五駅なんだけど車内は空いていたので座ることにした。
麻衣は相変わらずお気に入りのイヤホンをつけて何かを聞いているみたいだ。嫌な音が聞こえないと自衛しているらしい。耳が良いと知った後に聞いたことだ。
そういった性質と麻衣は上手く付き合っていくしかないし、周囲は理解する必要がある。特に家族であればわかってあげなければいけない。近くに人がいるのにイヤホンをしているなんて失礼だなんて、絶対言ってはいけないのだ。
窓から流れる景色を見ている時間が過ぎ、すぐに降りる駅に着く。麻衣はイヤホンから流れる音に集中しているらしく気づいていない。
「降りるよ」
制服の袖を引っ張ってから立ち上がる。ぼーっとしている様子だったので、ちょっとためらったけど手をつないで電車から降りる。
イヤホンをつけてても俺の声が聞こえるように、口を耳元のに近づけた。
「明日からは一人で通学するんだから、音楽を聴くのはいいけどぼーっとしすぎないようにね!」
「ひゃい!」
驚かせてしまったみたいで、麻衣は聞いたこともない高い声で返事をした。
少し申し訳ない気持ちになってしまったが、ここはちゃんと注意するのが義兄としての役割なのだから仕方がない。そう割り切ることにする。
動揺が収まっていない麻衣の手を取って改札の外にまで出ると、偶然にもスポーツ少女の紬と出会った。
「麻衣ー!」
ばっと手を振りほどかれると、麻衣はイヤホンを外してから紬に駆け寄る。
手を離した理由は分かるがちょっと寂しく感じてしまった。
「紬~! 偶然だね!」
俺の存在なんて忘れてしまったように、二人は話し出した。入学式に参加する別の親子は見かけるが、紬の両親だと思われる人たちはいなかった。
麻衣の義兄として紬のご両親には挨拶しておいた方が良いだろう。
「数日ぶりだね」
「あ、優希さんも一緒にいたんですね!」
「うん。一緒に出てきたんだ。紬さんのご両親は?」
「恥ずかしいので別々に行動しています」
思春期の子共々らしい理由だった。納得すると同時に、麻衣にそう思われなくて良かったと安堵する。
別々に行きましょう。なんて言われた日には立ち直れない。夜な夜な枕を濡らす自信があるぞ。
「そうすると、今は一人なのかな?」
「はい!」
「なら、一緒に行こうか。麻衣も良いよね?」
断ることはないだろうと思いつつ麻衣を見ると、想像していた通り小さくうなずいてくれた。
三人で歩き始めるとあえて速度を落とし、自然と二人が前を歩く形をとった。歳の離れた俺は邪魔者になるだろうと思っての行動だ。
そんな些細な作戦が功を奏したのか、話は弾んでいるようだった。
「ねーねー。クラス分けどうなるんだろうね」
「一緒だと嬉しいね」
俺には片思いの女の子と同じクラスになりたい! といった甘酸っぱい思い出はなかったが、それでもクラス分けって楽しみだったな。
二人の会話を聞いていると、なんだか俺まで高校生になったような、そんな気持ちになってしまう。
「やっぱり、紬はテニス部に入るの?」
「うーん。ちょっと悩んでる。麻衣はどうするの?」
「私は帰宅部かなぁ~」
「えー、吹奏楽部や軽音部に入らないの?」
「う~ん」
音楽を作るなら音楽系の部活に入るのは麻衣にとっても良いことだろうとは思うが、何に悩んでいるんだ?
この場で聞くと二人の空気を壊してしまいそうなので、後で聞くことに決めた。
しばらくすると"入学式"と看板が立った校門が見えてきた。記念撮影している家族もいる。
なるほど、ああやって思い出を作っていくのか。大雑把な親父は、そういったことはしなかったので発想自体が思い浮かばなかった。
大人になってわかるが、振り返る写真がないのは少し寂しい。そんな思いを麻衣にはさせたくないので他の家族に習って記念写真を撮っておくか。
「あそこで写真を撮ろう。二人一緒でも良いよね?」
後ろから声をかけると麻衣と紬は喜んでくれた。
一度使ったまま家で眠らせているデジタル一眼レフカメラを持ってくれば良かった。そんな後悔をしながら真新しい制服に身を包み、笑顔で立つ二人の写真を撮るのだった。